2008年1月26日 (土)

なんか、この乖離感

 なんか奇妙な乖離(かいり)。よくわからない。というか、なんかしっくりこないんだよなぁ。

 

 株高だ!株安だ!空前の好景気だ!世界経済の停滞だ!……どこが?なにが?

 日経平均が1万8000円超えても、1万3000円割っても、オレの身の回りは何も変わらない。不景気で、ギスギスしてて、なんかどんよりしてて…。

 トップニュースになるほどの株価の激変と、身の回りの変化の無さのギャップ。この乖離感。

 そして、すっかりグローバル化された経済と、道路族の復活だなどと騒いでる政治の世界のギャップ。この乖離感。

 ついでに言えば、ガソリン代が安くなればいいなぁと単純に期待してるそこらの一般大衆と、必死になって抵抗してる県知事たちの、このよくわからん乖離感。

 オレが一般ピープルの声を代弁してるという自信はないけど、あえて言わせてもらえば(ごく感覚的な考えだけど)、ガソリン代が安くなる!そりゃありがたいわ!とりあえずありがたいわ!でも、、、えっ?別のところからは、やれ開かずの踏切だ、生活道路が整備されないだ、渋滞は続くだといった声が聞こえてくる。しかも、どっちも「国民のため」と言ってる。なんやねん!どっちか選べっていうのか?そこ対立するとこか?「こっちの水は甘いぞ!あっちの水は辛いぞ!」ってか!?

 話を戻そう。

 いつからか、、、日本の経済はすっかり世界の経済に巻き込まれてたのね。上海発世界同時株安、アメリカ発世界同時株安などなど、同時なんだぁね。これらはグローバル企業にとっては大変な問題だ。このところテレビ朝日系番組で何度かお目にかかった早稲田大学の教授先生によれば、海外の投資家の間では「日本以外のアジア」が注目されてるとか。それって、トヨタとかのグローバル企業は例外でしょうね。

 と、ここでまた乖離感。むしろ疎外感。

 グローバル企業とそうでない国内企業。グローバル企業は国境を「超越」してるから、もう「日本の企業」なんて呼んじゃいけないのかな。

 日本という「枠」、そしてそこに張り付いているわれわれ日本人が何となく置き去りにされてるような、最近の「世界同時~!」を見るたびにそんな気にさせられるのはオレだけだろうか?

 先日このブログで、「内需拡大だ!」と叫んだオレだけど、それってもしかして「時代遅れ」の酒場で酔っぱらいが叫んでるだけだったのかな。

 置き去りにされた日本国民、、、

 そして、サブプライム問題で損害を被った金融機関ばかりが注目されて、すっかり忘れ去られてる当のサブプライムローン組まされたアメリカの国民、、、

 さっきのNEWS23で、報道されなかった世界の人権問題のニュースってやってたけど、、、

 なんだかなぁ。

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2007年6月 9日 (土)

マスコミって何なんだろう…

 なんか最近、しんどいブログになってしまってる…

 だいたいオレのブログは長過ぎるんじゃん?

 そーだ!

 もともと日々感じたことをズラズラと書いていこうと思ってたんだ。

 んん、、、でもただ思ったことを書いてるつもりと言えばつもりなんだよなぁ、、、

 ま、いいか!(^o^)

 好き勝手に書いてけば!!

 今日、あるお得意様であるお客さんが来た。しばらく来なかったんだけど、今日来た。

 最初、なんて話かけたらいいか迷ってた。

 「うん、いっそ何も知らないことにして普通に接するか!」

 「う~~、でもまてよ、、、やっぱり事態が事態だけに、知らないことにするってのはマズイだろぉ…」

 「え~い、面倒だから○○さん(お得意様の名前)だってこと知らなかったってフリして済まそうか!」

 「いやいや、、、いくらなんでも、それは無理があるなぁ……」

 「やっぱり、ちょっと気まずいけど本音で接するのが一番だ!!」

 そんなこんなを短い間に思いめぐらし、、、意を決して、でもあくまで自然ふうに、

 「どうも、この度は大変でしたね」…と。

 「そうなのよぉ、まったく大変でねぇ。テレビに出ちゃったでしょ!あれから毎日マスコミが押しかけて大変なのよぉ。だから、こうして(帽子を深くかぶって)目立たないようにしてなきゃならないし、、、主人も(身も心も疲れ果てて)ボロボロなんだから。」

 「ええっ、そうなんですかぁ!?そんなにひどいの~!?」

 「まったく、朝からずっと自宅の前に群がるようにいて、店(商売やってる)にまで来てて、夜は10時頃まで離れないんだから!!」

 「それはひどいですねぇ!なんでそこまでするんですかねぇ…」

 「私たちが何も話さないからよ。なにか話を聞きたいらしい。それに顔写真!それが欲しいみたいなのよ!よくいるでしょ、卒業写真とか売っちゃう人…」

 「そうなんですか……」

 「私たちはそっとしておいて欲しいのに……」

 なんの話かわからないでしょうけど、内容を特定されてしまうのもまずいと思うんで…。しばらく前に、「殺人事件」で子どもさんを殺されたのです。

 そこで思ったこと…

 そっかぁ、オレも大きな事件が起こるとニュースやワイドショーにかじりついてしまうもんなぁ、、、次々と新たな事実とか新たな証言とか、顔写真とかが出ると見入ってしまうし、もっといろいろ知りたい、本当のことを知りたい!って、、、これって何だろう??同情心じゃないか?ただの好奇心か?

 たぶん、誰もが「知りたい!」って気持ちでニュースを見てるんだろうけど、それって何??知ってどうする?そこから何かを学ぶため?同じような事態にならないように参考にする?なかには実際に被害者のために行動を起こす人もいるだろうな。自分たちの生きてる今の社会状況を知っておくのは必要・当然だと考える人もいるだろうな。

 いやいや、結局は好奇心なのかも…

 こうして、個々人がブログなどを通して声をあげていくことで、もしかしたら何かが変わるかもしれないという思いもあるだろう。世論の盛り上がりが重要な役割を果たすことだってある。とくに政治的な事件とか。

 よく重大な少年犯罪とかが起こるとネット上ではすぐさま顔写真とか実名とかが飛び交う。で、それを知ってどうなる?近所の話ならまだしも、遠く離れた田舎町の少年やその家族の実名を知ってどうするって!?でも隠されてると知りたくなる気持ちもわかる。

 オレだって、大きな事件が起こると言いたいこと書きまくったりする。

 ブログに限らず、職場とかご近所とか仲間うちとかでいろいろ意見することで認識の共有をはかるというのは実は大事なことなのかもしれないとも思う。

 でも、今回、お客さんの話を聞いてて、メディアの怖い面について考えさせられてしまった。「もっと知りたい!」という視聴者の思いの陰で、実は被害者はものすごく精神的にまいっているケースがあるのだと。ただでさえ子どもを殺されてすごいショックを受けているのに、なんで被害者の家族までメディアにボロボロにされなければならないんだろう…。

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