「意味」の意味
「意味」の意味とは?前者の「意味」にはどうやら2つの意味が見い出せた。当然後者の方も2つの意味が見い出せる。これをオレは勝手に「意味1」と「意味2」と命名した。ところで「2つの意味が…」の「意味」の意味は1つだ。えっ?今言った「意味」はって?それも1つだ。
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意味1は、「ある別の事象によって代理される、事象内容」あるいは「ある代理された事象(多くは表現されたもの)が指し示すところの当のもの」。C言語を知っていればポインタが指している変数なり関数といったところ。
int a;
int *pt = &a;
たとえば信号機の赤色で表現されたものは、「止まれ」という内容を代理している(指し示している)。英語のdogは日本語で「犬」で表現されている動物を指している。もちろん正確には日米の単語間の概念(意味の幅)は必ずしも一致しないし、犬という単語自体も実際のそのものの代理であるが。ともあれ、これらを普通は「赤は止まれを意味している」、「dogは犬を意味している」という。そういうときの「意味」が意味1。
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意味2は、「価値」とか「目的合致性」、「目的達成性」あるいは「利益の有無」といったもの。この場合の「意味」には必ず「誰にとっての」とか「何にとっての」という前提が付く。
たとえば、「せっかく朝食をあきらめて間に合うように急いで走ってきたのに、予定よりも早くバスが出発してしまうなんて。これじゃあ<意味>がないじゃん!」というときの「意味」。せっかくの自分の努力が報われなかったということ。この場合、前提となるのは「自分にとって」ということ。そして、バスに乗るという努力の目的が達成できなかった、つまり意味があったと言える状況はバスに乗るという目的が達成された場合で、今回のように意味がないという状況は目的が不達に終わったという場合。
以下の例も同様。
「あんなに日本はアメリカの言うことをハイハイ聞いてきたのに、今回アメリカが『北朝鮮』に対するテロ支援国家指定解除に踏み切ったことは、もはや日本の対米従属の<意味>がなくなったも同じことだ」
「ゲームは楽しくなければ<意味>がない」
「自殺するなんて。死ぬことに<意味>があるのか!いやまて、生きる<意味>っていったい何だ!?」
「勝ち負けじゃない。参加することに<意味>があるんだ」
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ところでソシュール言語学でいう、言葉の<意味>はちょっと複雑なようだ。あくまでオレの素人的解釈になるかもしれないけれど。
言葉は何らかの対象物の名前だとも考えられる。ワンワンとほえる動物を犬という言葉で表現する。犬というのはワンワンとほえる動物につけられた名前だと。つまり犬という言葉はワンワンとほえる動物を意味している。犬はワンワンとほえる動物を指し示しているから意味1だということになる。
ところでソシュールの考えによると、言葉(記号=シーニュ)はまず2つの側面に分けられるらしく、ひとつは「犬」という発音、その音そのもの、「 i nu 」。もうひとつはその音に関連付けられた対象物(ワンワンとほえる動物)。前者は「意味を与えるもの(シニフィアン)」、後者は「意味を与えられるもの(シニフィエ)」という。(英語でいえば前者は記号signの現在分詞形signing、後者は受身形signedになるのかな?)
じゃあ結局は意味1と同じじゃないの?となるだろう。シニフィアンというのは犬という記号で表現されたものであって、シニフィエというのはその指し示されている内容であるワンワンとほえる動物だと。
ところがソシュール(というか丸山圭三郎?)によれば、我々にはワンワンとほえる動物についての知覚は(おそらく)あるだろうが、言葉としての「犬」が存在しないうちは我々にとってワンワンとほえる動物はまだ認識されていない(それどころか存在すらしていない!)らしく、「い・ぬ」というシニフィアンとそれによって「ワンワンとほえる動物」としてカテゴライズされるシニフィエというものの2つ1組である言葉(単語)によってはじめて現実に知覚されている(はずの)ものが我々の認識対象となる(概念化される、そして存在する!)。というオレの理解が正しいのかどうかも実はよくわからないが。。。
で、ここでのポイントは(非常に興味深いことに)、言葉によって意味づけされるということが、すなわち我々にとって意味2の意味で「意味づけされる」ということ。つまり言葉以前には意味2の意味で無意味な連続体でしかないあらゆる事象が、言葉化されることによって意味2の意味で我々にとって意味をもつようになるということ。(このことからすれば、とにもかくにも言語化される以前にも事象は存在していたといえるんだろうけど…)
我々にとって意味をもつようになる、あるいは意味づけされるということが、別の言い方で我々に「関連付けられる」とも言われることからわかるように、意味2の意味での「意味」というのは言い換えれば「我々と関係をもつ」ということになる。つまり、意味2の本質は「関係性」だということも出来ると思う。すなわち我々は言葉を習得することによって我々をとりまく世界と関係していく存在だというわけだ。
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