村上春樹『1Q84』(その2)ネタばれありまくり!
村上春樹的なるものがあって、それをよく知っていたとすれば、こんな感想は出てこないのかもしれないけど、残念ながらそんなものはオレは知らないから、あるいは幼稚な読書感想になるかもしれないけど、あえて率直な感想を書いてみた。
前回のブログでは書ききれなかったことについて、今回触れてみたい。
ふかえりに関して
ふかえりと天吾の「ギリヤーク人」の話。その時のふかえりはとってもかわいく思えた。ふかえりの言葉づかいもとても好きだった。結局天吾とふかえりの関係は中途半端で終わってしまい、後味が悪かった。ふたりが「パシヴァ」と「レシヴァ」の関係であったことは驚いたが、じゃあ天吾はどういう意味でそうであるのか。反リトル・ピープルとしての意味でなのだろうか。それならそれでよいが、ならばふたりの関係はもっと重要視されてもよいと思う。でも終盤ではあくまで天吾と青豆の「愛」の物語となってしまって、ふかえりの存在が急速にしぼんでしまった印象があり、残念。オレとしてはふかえりと天吾のハッピーエンドが理想だったなぁ。
感情移入に関して
感情移入が一番激しかったのは、後半に青豆が「さきがけ」のリーダーを消しに行く場面。かなり怖かった。出来るなら読み進めたくないと思った。もちろん主役だから最後は任務を完遂するだろうとの予想はあったが、その過程でリーダーという超人にどんな危険な目にあわされるのだろうかと思うと、正直、「その時」が来ないでほしいと思った。物語としてはあり得ないが、途中で青豆の気持ちが変わって「今回のミッションは中止する」なんてことにならないかなぁとさえ思った。
「その時」の場面での緊張感は相当のものだった。ふたりがやりとりした話の内容については一度読んだだけではよく理解できないものだったが、ともかくリーダーが予想に反して立派な人物だったことが物語の好感度をさらに高めてくれた。
超自然的なものに関して
冒頭から非常にリアリティにあふれる物語だった。最初に乗ったクラウンのタクシーから、首都高速の描写、青豆の挙動のひとつひとつ、部屋の描写、あゆみとのやりとり、もちろん天吾の方も、登場人物同士の会話の一言一句、感情、思考の流れまで、すべてがリアルでまったく違和感を感じさせない。そうであるからこそ、月が二つあることの非現実性が際立っていた。青豆の記憶に一部おかしな点があることもまた(あけぼの事件などを知らないということ)、そこにあるに違いない何らかの非現実性を思わせ、知的好奇心がめばえ、物語に引き込まれていった一因となっていた。
ところが、リトル・ピープルと空気さなぎ、そして「さきがけ」のリーダーの特殊な能力が出てきてしまったために、いくらか物語の品質が劣化してしまった、あるいは安っぽくなってしまった感じがする。あそこでリーダーが重い時計を持ちあげなければ青豆の気持ちに変化をおこすことは難しかったのかもしれないが、でもリーダーが自分が青豆にアイスピックで殺されることを「知っていた」というだけでも十分ではなかったか。リトル・ピープルと空気さなぎの話はふかえりの書いた物語のなかだけにとどめておいてもよかったのではないか。あるいはマダムに保護されていたつばさの口から出てくるだけでよかったのではないか。
性的な描写に関して
「この本いいよ~!ぜひ読んでみて!」と多くの人に言いたくても言えなくしてしまうのは、性的な描写のエグさだ。人間のリアルな側面でもあると言えばそれまでだけど、ちょっと嫌悪感を持ってしまう。その数の多さもさることながら、たとえば青豆が鏡の前に立ってチェックするのがどうして乳房と陰毛なのだろう!?女性じゃないから自信はないけど、たとえばお腹まわりだとか二の腕だとかふとももだとかではないの?ふかえりと天吾にしたって、「ベッドで重なり合った」でいいじゃん!ふかえりのイメージを壊さないで~!(笑)
煮え切らない謎の数々に関して
いろいろな謎については前回のブログで書いた。重複することもあるかもしれないけど。
小松がなんらかの方法で消されたのはいいでしょう。天吾の愛人である人妻が消されたことについては、もう少し内容を知りたかったけど、まぁいいでしょう。
戎野先生…彼はたぶん消されてないのだろうが、どうも役者としては中途半端な役回りじゃないかな。タマルはいいでしょう。あゆみも十分。でもマダムは?彼女は一体どんな裏がある人物だったのか少し気になる。資金力も含めてそれなりに力があるようだけど、そのわりには最後にきて力の程度が弱すぎる印象。
謎といえば、「さきがけ」の資金源はどうなった?もしかしてオレが見落としていたのか。
とはいえ、これらの謎についてはさほど本質的なものではないからいいけど。
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