2009年7月22日 (水)

皆既日食、見たかった

 場所は茨城県(北関東沿岸部)、時刻は午前11時20分前後。部分日食。

 あたりが心なしか暗くなったような感じがした。

 その時感じたことを何と表現したらいいだろう、、、

 浮かんだのは、神々しい(こうごうしい)という言葉だった。

 

 この感覚ってヤバいかもしれない。その時どこかの「教祖さま」みたいな人に何か説かれたらすぐにその教えに帰依してしまいそうだ。きっと、、、人が宗教的なものに入り込んでいくときにはこんな心的浄化の感覚を味わうのだろうと思った。

 自然のスケールの大きさに心を揺さぶられたのだろうか。

 自分も大自然の一部だという、人間の「自然性」みたいなものがそれに呼応したのだろうか。

 日食を目の当たりにした多くの人が歓喜の声をあげ、目に涙し、自然と万歳をしてしまうのは、一体どうしてなのだろう。

 考えてみれば、自然の雄大さに触れることは何も日食に限ったことではないだろう。雲海から立ち上る朝日を望んで、多くの人が感動に打ち震え、ある種の畏敬の念をも抱くと言われる。あるいは火砕流や土石流、大地震など、自然の圧倒的な脅威にさらされることもあるわけだ。

 それでも、日食…皆既日食にはまた特別な何かがあるのかもしれない。

 

 なんにしても、日食フィーバーは無事に(?)終わった。

 仕事の手を休めて空を眺めたとき、薄曇りの中にたしかに日食の姿があった。不思議なことに、朝から降り続いていた雨はさらに激しさを増し、空は厚い雲で覆われていたのに、「その時」になると、雲がやわらぎ、雨がやみ、地面を太陽が照らしていたのだった。

 残念ながらカメラが近くになかったので、携帯のカメラで撮ったけど、やはり無理があったようだ。

Nissyoku_m

 仕方ないので、目にした光景をPhotoshopで作ってみた。だいたい感じは似ていると思う。

Nisyoku

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2009年6月17日 (水)

鳩山総務大臣辞任のドタバタ

 正直わからない。郵政民営化のことで何でここまで大騒動になってるんだろう…

 なんといっても総理自身がブレてるから仕方ないんだろうけど、どんだけ利権がからんでるんだろうかね!?

「国民の財産を二束三文で売り渡すなんてけしからん!」

「最初からオリックスとの間でシナリオが出来てたんだろう!」

「郵貯資産をハゲタカに差し出そうとしてるって言われてたけど、ほんとは旧勢力と新興勢力との闘いだったんじゃないか!?」

「そもそも建設費用が高すぎたんだ!」

「ほっておけば、それこそ赤字たれ流しで大変だった!」

「巨大な集票マシーンが失われてしまった!」

「鳩山の後ろには大物マスコミ人がいる!」

 なんやかんや、、、いろいろとドロドロした話が聞こえてくるが、国民にとって何が一番かといえば、郵便局やかんぽ施設がいかに快適に利用できるようになるか!いかに充実したサービスが受けられるようになるか!ってことだろう。無駄な施設費とか天下り天国だとかもムカつくことだけど、それをなくすことばかりが民営化賛成の理由じゃなかったし!!

 だいたい小泉の郵政選挙では、ハッキリいって民営化がどーのこーのなんてよくわからなかった。とにかく当時の首相のあの「勢い」に国民は何かしらの変化を期待したんだと思う。ドラマじゃないけど、そこにあるCHANGEへの期待があのようなフィーバーをもたらしたんじゃなかったか。

 鳩山総務大臣の「正義」がどうであれ、西川社長のやり方がどうであれ、民営化の推進か逆行かがどうであれ、もうそんなことどーだっていいんじゃい!!

 なんか、、、官僚が甘い汁をすするか、新興金持ちが運用益でおいしい思いをするか、はたまた郵政利権の政治家が復活するか、、、って、どっちにしてもオレらに何も得なんかない話じゃん!!官僚か政治家か新興資産家かハゲタカかなんてことに興味ないから!!

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2009年5月12日 (火)

日立一高生が原子炉実験!

 今の高校生ってすごい!!

記事→ http://mainichi.jp/select/today/news/20090512k0000e040070000c.html?link_id=RTH02

 オレの高校時代なんて、中性子なんて知らなかったかもしれない……。物理も化学もまったくダメだったからかもしれないけど、、、(汗)

 それにしても、JCO臨界事故ってもう10年も前かぁ!

 ちょうどあの時、東海村近くにタンクローリーで重機の燃料配達に行ってた時だったっけ。夜にはたしか雨が降ったから、「黒い雨」を浴びてたことになる。翌日が仕事の休みの日だったから福島県に逃げたけど、遅いって、、、

 でもなぁ、あの爆発で飛び散った放射性物質は、雨で降り注がれたんだから、下手すると今でも土壌とかは放射能帯びてんのかもしれない。

 今でも、東海村の原子力施設のそばを通る時は車の窓を閉めてるけど。。。

 たしかに研究は大事だとは思うけど、なんか複雑な思いだ。

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2009年5月 5日 (火)

高速1000円大盛況!?明暗分けた!?

 大型連休は、ニュースを見る限り各地で大渋滞が起こるなどして、高速料金1000円効果はあったような感じ。「明暗分けた!」という声もあるね。観光スポットとして大盛況だった地域がある一方、素通りされちゃったところもあるとか、バスや電車の利用者が減少したとか。

 ところで、今回の高速料金1000円という景気対策、マクロ、ミクロと実際どんだけ効果があったのかはわからないけど、オレの仕事の上からの見方をひとつ!

 大まかに区切ってみると、、、

1、ETCあり → 遠くまで行って休みを満喫した。

2、ETCなし → 出掛けたかったけど1000円の恩恵ないからあきらめた。

3、ETCあり → 渋滞してまで行かない。そんなに関心ない。

4、ETCなし → はなから出掛ける気もない。

5、そもそも連休中も仕事。

 と、わがスタンドのお客さんを分類すると、こういう感じになる。

 3~5の人はいいんだけど、問題は1と2!!

 言うまでもなく、1の人たちはただただハッピー!だよね。このカテゴリーのお客さんは饒舌(じょうぜつ)だったなぁ。

 「新潟に行ってきたよ!よかったよぉ!高速代の浮いたお金で宿に泊まれたよ!」

 「岩手の実家に行ってきた。久しぶりで楽しかった!」

 「わざわざ遠回りして帰ってきた!ははは」

 それにくらべて、ETCを付けたくても在庫切れでとうとう付けることができなかったお客さん、、、この人たちの顔を見るのはつらかった、、、

Etc_shadow

 まさに「明暗分けた」って感じ。

 ま、オレも連休中は仕事だから、はなから遊びに出掛けるなんて発想はないくちだからいいけど、しっかり連休とりながらもテレビで渋滞情報を横目で見てるだけの人は悲惨だよなぁ。ここにも「勝ち組」と「負け組」という格差がでちゃってる。

 

 というか、今回のETCだけ1000円割引きってのはどーなのかねぇ、、、いろいろなタイミングが悪かった!!助成金に殺到するわ 、メーカーは新型への切り替え時期だわ、在庫調整の関係で疑心暗鬼が広がるわ、、、もっと事前アナウンスを徹底したり、時期を考えたりすればよかったのに。

 だって、ETC付けたいという需要が目の前にあるのに、供給不能だったんだから。儲けられる絶好のチャンスを逃したんだからなぁ。

 まぁ、そんなこんなで連休も終わりに近づいてますえ~。

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2009年5月 3日 (日)

画像縮小ソフトって便利!!

 たまに、というか最近は頻繁にブログ上にデジカメ写真を載せてるけど、今までは元の画像をブログ用にリサイズ(縮小)するのが面倒だった。いちいちPhotoshopでリサイズしてた。

 前々から画像の一括サイズ変更ソフトってのがあるに違いないとは思っていたけど、わざわざ探してまではねぇ、、、と、とくに探す努力はしてなかったんだけど、あるときヒマだったので古巣のVectorで調べてみたら、けっこうすぐに見つかって!!

 で、2、3種類落とさせてもらったんだけど、そのなかで気に入ったのが

「チビすな !!」

 というフリーソフト。

http://homepage3.nifty.com/metis/ です。

 最近ではデジカメでバシバシ撮りまくって、ドサッとPCに入れて、「チビすな !!」で一気に縮小してる。

 縮小するときは、横幅だけを720ピクセルとか400ピクセルとかに固定するよう指定(縦横比率を維持するようにも設定)。

 おかげでブログに気軽に画像を載せられるようになりましたm(_ _)m

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2009年5月 2日 (土)

予定外の山登りでグロッキー!

 ※ グロッキー = 疲れてふらふら状態のこと。

 今日から連休に入った後輩くん。今日はキャンプ場でバーベキュー大会!!

 そのための場所の偵察と確保(場所取り)のため、昨日は花貫渓谷(茨城県高萩市)にある「小滝沢キャンプ場」に行ってきた。後輩くんの友人Tくんと現地で合流。

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↑ キャンプ場としてはかなり小さいかも…。

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↑ すぐ下には美しい川辺。夏なら泳げるね!

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↑ ブルーシートを張って、明日のために場所を確保!

 と、これで帰る予定だったんだけど、、、Tくんがおもむろに

「そういえばさぁ、この山をちょっと登ったところに有名な『太刀割石』(たちわりいし)があるんだけど、ちょっと行ってみない!?」……と。

 「おぉ!前に聞いたことがあるぞ。近くならぜひ見てみたい!!」

 軽い気持ちで同意してしまったのだけど…

 というわけで、ランラン気分でいざ出発となったのだった、、、

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↑ 「土岳山」の登り口。

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↑ おっと、いきなり「ヘビに注意」だって(笑)カメラに収めてと。

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↑ 登り始めてほんの2分ほど。余裕の表情(^o^)v

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↑ ちょっと気味悪い花だなぁ…

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↑ 1本だけひねくれた木があったりして。

 ところが、登り始めて5分とたたないうちに、オレとTくんともに足が重たくなってきた…

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↑ ちょっとヤバいかも、、、足が重い!(約5分後)

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↑ ひぃぃぃ~!!「つれ~」(約10分後)

 最初は余裕で写真とりまくりながら登ってたんだけど、ほんの10分ほどで二人とも汗がダクダクと流れ出し…。

 それにしても、こいつ(Tくん)、さっきから「あと少し」、「もうすぐだ。この先だ」なんて言ってるけど、ぜんぜん着かないじゃ~ん!頂上にさぁ、、、(涙)

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↑ 写真じゃ伝えきれないけど、けっこう険しいとこを登りつづける。

ん~、、、それにしても、さっきオレたちが登り始めたときに、杖をもった老夫婦が下りてくるのとすれ違ったけれど、、、あの人たち、こんなとこ登ってたんだ…!!

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↑ またヘビかよ…(約20分後)

 もうこのころになると、足も慣れてきた。けど…水飲みて~!

 そしてついに!?有名な石に遭遇か!!?

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↑ う~ん、、、なんかイメージと違うんだよなぁ、、、

「ねぇねぇ、この石かねぇ?」

「いや、違うよ!もっと先だよ」とTくん。

よし!もう少しなんだろうから頑張るゾ~!

としばらくは期待感をエネルギーにかえて登りつづけ…

お!なんか標識らしきものが見えてきたぞ!!いよいよ山頂か!!

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↑ おいおい、、、

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↑ 山頂まで「あと10分もあるやんけ~~~!!!」

「あ、あの~、、、まだ登ります?」(力なく…)(しかも汗だく…)

 Tくんが叫んだ「あぁ!もう6時半だぁ!!」

「えぇ~!!!!!!」

携帯を開くと「16:20」の文字が…

「ほんとだぁ、えぇ、、、たしか出発したの4時前だったよなぁ。ひぇぇ~、もう2時間も歩いたんかい!!!」

 てか、オレ、7時半までに50kmも離れたホームセンターに重要な部品を買いに行かなきゃならないんだけど、、、いまから引き返してもギリギリか、手遅れじゃん!?(大涙)

 しかし、、、せっかく苦労してここまで来たのに、ひとめ有名な石を見ないとなぁ、、、

「仕方ねぇ、とにかくこのまま行くしかないよ!!」

やっと着いたぁ~!!!!!!!

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↑ う~ん、やっぱり気持ちいいなぁ!

登ってるときはどうなるかと思ったけど、苦労のあとには極楽だね!!

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↑ 見わたせば眼下にひろがる山々が!

晴れていれば筑波山とか富士山までも見えるそうな!?

 あれ??そういえば有名な『太刀割石』はどこ?

どこ??

どこ???

 案内板を見ていたTくんが言った、「あっ!違った!」

えっ?

 「太刀割石は別の山だったみたいだ!ほら、あそこに見える山!!」

え″~~~!!!!!

(例の石はこの土岳山じゃなくて、堅破山だったようだ)

 ところで、もうひとつ馬鹿みたいなのは、、、

 「おやっ!?」ふと腕時計を見ると午後4時半をさしてる…。

そう、よく考えたら途中で見た携帯の「16:20」は当然、午後4時20分だったのだ(^^;)

あまりに疲れ果てて、時刻をよく考えられなかったんだね(恥)

 こうして、予定外の山登りは終わり。

 帰りは猿のようにウキィ~って叫びながら、飛び跳ねながら山を駆け下りて10分くらいでキャンプ場に戻ったのでした。

 でもさ、普段から山登りとかしてる人たちからすれば、こんな30分くらいの山なんて山登りのうちに入らないんだろうなぁ。

 いかにオレらが運動不足かがわかるよなぁ…(完)

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2009年5月 1日 (金)

パンデミック(世界的感染拡大)目前!!

 昨年(2008年)冬、ちまたでは新型インフルエンザによるパンデミックが取り沙汰され、書店には様々な関連本が並び、NHKでは2回にわたるドラマを制作・放送した。その当時、オレもブログで少し触れた…

(→ http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_571e.html

 鳥インフルエンザによる死者についてのニュースが流され、日本でも大量のニワトリが処分された。鳥からヒトへ、そしてヒトからヒトへの感染力を獲得していったインフルエンザ・ウィルス。脅威は身近なところまで迫っていたが、まだ本格的なパンデミックと呼べるほどではなく、将来への警告といった感じだったと思う。とりあえず冬を無事越すことができればしばらくは大丈夫だといい、春、夏を迎えるにつれ、人々の記憶から忘れ去られていったように思う。

 ところが今年、インフルエンザ・ウィルスは、あらたな経路を辿って我々人間への侵入を果たしつつある。

 豚……。このインフルエンザ・ウィルスを受け入れる物体の中で、彼らは着実に「進化」をとげ、そして今、我々人類に満を持して総攻撃をしかけ始めている。その姿はまるで我々人類が次々と自然を侵食しながら自らの生存域を拡大させていった歴史を見ているかのようだ。

 ……と、シリアスに書いてみたが、ほんと豚インフルエンザあらため新型インフルエンザ、やばいなぁ!!他人事ではなくなってきているし。

 水際で食い止める努力を懸命にしているのはわかるけど、すべてがその簡易検査に引っかかるわけでもなく。今回、日本で初めて米国帰りの日本人女性に疑いありとされたが、そのほかどういう経路で日本に入ってくるかもハッキリしないわけだし、とんでもない田舎町で突如発症するなんていうドラマみたいなことだって起きかねないしなぁ。

 それにしても、今回感染が疑われた日本人とその関係者が、任意ではあれ一時拘束のような状態に置かれているとか、もし新型インフルエンザの疑いが濃くなった場合は、法的強制力をもって隔離措置がとられるなんて、まったく映画のシーンを見ているようだ!

 驚くのは、「なんで今時期!?」ってこと。だってもう春も盛りを過ぎようとしているんだよ!?やっぱり乾燥してるから生き残ってるのかなぁ、、、???

 今年、2009年という年は、きっと将来の歴史の教科書に名を残すだろうな。世界的な不況の年として、そしてパンデミックが現実化した年として、、、いや、そうならないよう全力を尽くさなくちゃいけないんだけど。

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2009年4月11日 (土)

今日のお客さんは高速帰りが多い

 「いらっしゃいませ~」

 

 受注して給油を開始。さて窓を拭こうかとフロントガラスを見ると、おぉかなり虫の死がいがついている!高速道路を走ると飛んでいる虫がバチバチ当たってきて、フロントガラスはこうなってしまうんだよなぁ。。。けっこうふき取るのが大変なんだな。

 つい先ほど来た常連さん。「ちょっとぉ、メーター見て下さいよぉ」と言われたので、メーターを見てみると……

「う~んと、、、180キロ……かな?」

「いや、もっとよく見て下さい!」

「えっとぉ、、、780キロ……!?」「えぇ~!今日一日でこんなに走ってきたの!?」

「ガソリン入れるの、今日だけで3回ですよ!!」

 なるほど、高速1000円の威力はすごいもんだ。通常なら往復で1万6000円近くもかかるそうだ。それが2000円なんだかなねぇ……。

 じゃあ行った先にしっかりお金を落としてきたの?と聞くと、「いえいえ、400円する焼きそばを買って花見してきましたよ。まぁ、お土産にはちょっとお金使っちゃったけど…」

 そっかぁ。やはり高速代は安くてよいけど、観光地で浮いた分パーっと使うというわけにはなかなかいかないのが現実なのかなぁと思ってしまった。

 ん!?

 もしかして経済波及効果としていちばん喜んでるのは、、、

 わがガソリンスタンド業界か!?

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2009年4月 8日 (水)

最近、ETC取付けやってます。

 全国的にETCの在庫がなくて、何十人とか何百人が予約・入荷待ちしてる状況みたい。

 うちのスタンドでも現在のところ約30人の方が入荷待ち状態……なんだけど、実際のところ入荷の目途はまったく立っていないため、期待してる大型連休前の取付けはかなり絶望的ですってさ(T T)

 昨日まででやっと早期注文してた分10台が入ってきた始末だし。

 先月を含めて、オレが取付けたETC車載器は8台ほど(イプサム、bB、アコード、ノア、クラウン、ライフ、バモス、オデッセイ)。

 取付過程の写真を少々ご紹介しましょう。

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▲17系クラウンです。フロントオーディオ裏から電源とりました。

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▲ライフは、まず中央パネルの下の部分を引っ張って外す。

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▲つぎは上部外し。最初にオーディオ下のネジを忘れずに。

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▲これは運転席正面にある小物入れのフタを外したところ。

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▲持ち主の要望で、ETC器を小物入れに格納することに。

で、だいたんに穴をあけてしまった!!(きたない…)

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▲バモスのセンターパネル外し。バモスの取付は1時間かかったが、その最大の難関がこのパネル外しだった!!(^^; だって、チョーきついんだもん!!力入れ過ぎて木目パネルを“パキッ!”とかやったら大変だから…。(全部クリップ止めなんで、とにかく何とかして外すしかない。パネルはずしを使って少しずつ慎重に。時に大胆に!)

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▲バモスも、オーナーの希望で穴をあけて、この位置に取付けることに(ハンドル脇の小物入れ)。

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▲ちなみに、電源取り時に重宝するのがこの「コード付きエレクトロタップ」です。

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▲検電テスターで常時電源とアクセサリー電源を探してるとこ。

●ETC取付けは、技術的には電気いじり素人でも何とかできるレベル!

手順としては、、、

①車載器本体の取付場所を決定。

②上の写真で説明した2種類の電源を見つけ接続。

③アース取り。

④アンテナをフロントガラスに貼る(分離型車載器の場合)

⑤サイドピラーを外してアンテナ線を通す。

⑥コード類を束ねて先端を本体の取付位置に持ってくる。

⑦コードを本体に接続してから本体を設置。

機会があれば、他の写真も紹介しますね。

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テポドン2号はどこへ!?

 結局のところ……

 「北朝鮮」を除いて、大騒ぎしてるのは日本だけだったりして……

 日本を「前線基地」くらいにしか考えてない米国はといえば、自国の経済立て直しに忙しいし、欧州なんて自分には関係ないって感じだろうし。

 あっ、韓国はどうなんだ、、、

 ところで、“発射”には成功したらしいテポドン2号は一体どこへ行ったのだろう。。。

 「北朝鮮」にしたら「大成功」だろうな。

 どうせ国民は真実を知らされないんだから、いかに自国が素晴らしい技術力を持っているかを如何様にも宣伝し国威の発揚ができる。

 対外的には、たとえ衛星打ち上げという目的は失敗に終わったとしても、確実に技術力を上げていること、少なくとも日本へ向けてのミサイルはいつでも可能だということをアピールできたのだから、今後の交渉には好材料となるだろうし。

 問題は日本だよねぇ……

 最初に切りはなされたロケットがどこに落ちたかもわからないのに、もし日本列島に落下物でもあれば「撃ち落とす!」というけど大丈夫なんだろうか!?

 今回あらためて米軍に依存してることもわかったし。

 あと今回よくわかったのは、オレたち国民は間違いなく逃げ遅れるだろうということ。。。ニュースで詳細が明らかになってきたときにはすでに日本上空を通過した後だったというんだから、、、そもそも4~5分じゃ逃げ場がないしねぇ。

 ただイージス艦にしろ、PAC3にしろ、いい訓練にはなったんでしょう!

 にしても……

 「情報戦」とか言われてるけど、真実って何なんだろ、、、

 「北朝鮮」の国内向け報道もかなり怖いもんがあるけれど、日本だって国内的にずいぶん危機感を煽ってた気もするし。

※追記

 日本の迎撃能力は大丈夫か?ってこと書いたけど、実際にはちゃんと追跡できていたという記事を見た。んじゃあ大丈夫ってことか。

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2009年3月31日 (火)

あの高橋洋一教授が!?

 たまたまヤホー!……じゃなくて、YAHOO!のニュース見てたら大ビックリ!!

 えっ!?あの「霞が関・埋蔵金男」として有名な元大蔵官僚で“脱藩官僚の会”とか作ってサンデープロジェクトとかに出てた、東洋大教授の高橋洋一氏が!?

 銭湯で窃盗で書類送検された!!?

( → http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090330-00000754-yom-soci )

 『さらば財務省』って本書いたあのオジさん!

 いやぁ、、、にわかには信じられない話でおどろいた!!

 記事を読んでまず思い浮かんだのが、、、

「官僚に嵌められたか!?」

ということだけど、どうも彼自身「盗んでしまった」とか「申し訳ないことをした」などと自供してるというじゃないの……

 本人が謝ってるってことはやはり、ついできごころで…ということなんだろうか。

 まぁ、小泉改革の推進役の一人ということで、オレ個人としては好きじゃない面もある人だから、べつにどうという感情もないけど、、、それにしても「なぜ!?」という気持ちはある。

 どうも、不思議な感じがしてならない。

風呂屋の脱衣所で…

ロッカーには鍵がかからない…

 う~ん、、、彼はある意味有名人で、自分の社会的、世間的な立場をわかってないはずはないし。 金にだって困ってないだろうし。

 なのに「なぜ??」

 目の前に高級腕時計があったというんだろう?ブランドもんの。

 人って、やっぱそういうものが目の前に無防備に置かれていたら、つい手が出てしまうものなんだろうか?

 今どき、盗んだら足がつくとか考えられないもんなのだろうか??

 そう考えると、どうも違和感が出てきてしまう。

 そもそも、盗まれた被害者は、そんな鍵もかからないような無防備な所に、それも公衆浴場みたいなところの脱衣所、雑多な人間がいる場所に、ふつう現金入りの財布とか数十万もする高級腕時計を置くか!?金持ちばかりが集まる完全会員制のサロンとかでなら気を許すということもあり得るだろうが。

 それと、被害者がすぐに盗難に気付いた!というのはいいとして、すぐさまビデオをチェックして高橋氏の画像を確認し、彼が銭湯から出てきたところを捕まえた!というんだろ。妙に手際がよ過ぎる気がするんだけど。

 たとえばこんな状況だったらどうだろう、、、

 誰かが高橋氏を嵌めるために、宴会の帰りに酔った高橋氏を銭湯に誘う。そして、さり気なく高橋氏の近くのロッカーに財布や高級腕時計を見せびらかせるようにして置いておく。そして、またまたさり気なく高橋氏ひとりを残してさっさと風呂に入ってしまう。残された高橋氏は?

 いやいや、たとえそういう状況が意図して作られたのだとしても、、、たとえ酔っていたとしても、、、やっぱり盗んでしまったらダメだよな。

 でも、どうやら高橋氏は宴会の帰りでもなかったようだ。ご夫婦で風呂に来たらしい。とすると、よほど高橋氏の行動を知ったものの計画的な犯行か、それともやはりなんのトラップでもなく本当に偶然のなかで起きた窃盗事件でしかなかったと考えられる。

 まぁ、ストーカー判事だのセクハラ教授だのと、いわゆる「優秀な頭脳」をもっていると思われている人たちが事件を起こしているというのはある意味不思議な気がするけどなぁ。そんなもんなのだね、「優秀」だからって物欲、金銭欲、性欲にすべて打ち克てるわけじゃないということだ。「頭がいい」ことと「犯罪をしない」こととはまた別の話なんだね。

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2009年3月28日 (土)

WBCと「北朝鮮」と愛国心

 普段は野球に興味ないけど、WBCはやっぱ見てしまった。仕事やってても店内のテレビでは当然のごとくWBCだし、、、

 最後の最後、優勝の瞬間を見ることができなかった。ちょうどお客さんが来店したので、、、思わず「この非国民!」と心の中で叫んでる自分がおそろしかった、、、

 というわけで、せっかくのWBCという明るい話題なのに、話はちょっとそれていく、、、

 「日本 VS ○○○」というと自然と自国を応援してしまうのは当然といえば当然だ。サッカーにしても、オリンピックの各種目にしても然り。これがスポーツだから許せるけれど、同じように戦争とかになっても日本が戦うとなると自然に日本に勝ってもらいたいと思うんだろう。戦争の場合は思い切り自分の命がかかってくるのだから、応援というより自らも戦いの当事者にならなきゃいけないわけだけど、、、いずれにしても、スポーツであれ戦争であれ、そこに自然と湧き起こる自国びいきの心理という点では変わらないということなんだろうな。

 当然のことだけど、当事者になるにせよ応援するにせよ、中心にあるのは自分というものだ。自分の属している集団に勝利してほしいわけだ。自分の住んでる地域、自分の通っている学校、自分の勤めている会社と。

 「愛郷心」、「愛校心」(?)、「愛社精神」などなど。愛社精神は行き過ぎると問題になることもあるけど、大抵それらはよいことだと思われている。それをさらに大きくしたのが「愛国心」と言われるものなんだろう。「愛国心」を持ってることは何も悪いことじゃないはずなんだけど、どうも「愛国」というと懸念を持たれることがある。戦争中に「お国のため!」といって戦ったことが往々にして否定的に捉えられている。結果として国民は利用されたと言われたり。軍国教育、国体護持、忠君愛国、たしかに「危険」な香りがプンプンする気もするし、国威高揚のため戦況は知らされず、結果国民が多大の犠牲をはらったことは大きな問題だけど、どういう認識に立っていたのであれ「大義」のために命を投げ打って戦った当の人たちの死を、後世の人が貶める権利はないようにも思う。

 為政者が天皇や国体などを大義として利用することには注意が必要だというのもわかるし、一方で平和主義だ、博愛精神だといっていても、現実に「北朝鮮」が打ち上げようとしているのが言われているように本当に弾道ミサイルだとしたら、それに対して何もしないでいるわけにもいかないわけだし、そこらへんの理想と現実との違いをどう受け取るかが複雑で難しいところなんだろう。

 WBCではイチローは、常に「日本」の国民の視線を感じていたという。ほかのスポーツ競技にしても、多かれ少なかれ選手たちは「日本」を背負って戦っている。だからこそ見ている国民の側もシンクロできるともいえる。共感できるともいえる。感動することができる。

 ダルビッシュがファーボールを連発したとき、多くは「馬鹿ヤロー!何やってんだよぉ!」と非難した。結果、勝利したことで今までの失敗は水に流され、ヒーローになった。けど、もし負けてしまっていたら!?スポーツ精神なるものに則るのであれば、たとえ負けても一生懸命頑張ったこと自体に拍手を贈るところだろう。星野ジャパンがボロ負けした時どうだったか?オシムジャパン、ジーコジャパンが負けた時どうだったか?

 そんなこと考えてどうするんだ!とも言えそうだけど、たしかにWBCの優勝で日本が明るくなった。暗いニュースばかりのなかでほとんど唯一見ていたいニュースだった。ともかく勝ったんだからそれでいいじゃん!!ま、そう思うことにしようか。

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2009年3月10日 (火)

ETC付ける人増えてきた!

 いよいよ3月28日から、土日の高速道路料金が「ETCなら、どこまで行っても一律1,000円」が始まる。それにともなってETC車載器を付けたいというお客さんが増えている。

 うちのスタンドでは、助成金5,250円の制度を使った場合で、ETC本体(分離型)+セットアップ料+取付工賃で約1万3000円ほどで提供している。通常は1万8000円ほど。

 ところで、肝心のETCで一律1000円の料金制度はいろいろと例外があるから困ったもんだ。麻生総理もよく理解できてないらしいし……(→ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090310-00000002-jct-soci )

 高速道路をメンテナンスする会社がうちのお得意様なんだけど、彼らにとってはハタ迷惑な話だという。

「道路は混雑するし、ゴミは増えるし、路面は悪化するし、事故も増えるだろうし、、、俺らにとっちゃいい迷惑だよ」

と言ってた。

 平日しか休みのとれないオレにとっては、まったく関係ない話なんだけど、、、

 それにしてもETCはいい仕組みだよなぁ、出入口での渋滞は緩和されるし、割引きはあるしと。

 利用者にとっても便利だけど、ETCを管理、運営する側にとっても確実に金は入ってくるんだからいい制度だ。天下ってるであろう旧道路公団の人たちは笑いが止まらないんだろうなぁ。

 でも、、、料金所のおじさんたちはETCによって仕事を奪われてる面もあるから、複雑な心境だ。といいながら、近々料金所勤めのお客さんの車にETC付けることになってるんだけど、、、

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2009年2月17日 (火)

我が政治家は本当は危機感ないの?

 麻生総理の郵政民営化反対だった発言、小泉元首相の麻生批判発言、中川財務相の酔っぱらい会見と、飲んだか飲まないかをチクチク攻める野党、そして財務相の辞任、、、

 「与党VS野党」もいい加減うんざりだけど、今度は「与党VS与党」だもんなぁ、補正予算、来年度予算、その中身がどれくらい効果があるのか!?というより、決まらなけりゃ効果もへったくれも無いし……

 日本中が暗くなりかけてるときに、それに泥を塗るようなことばかりしてて、ホントに日本の政治家には危機意識があるんだろうか??

 アメリカは経済危機が深刻ななかでも、経済にせよ外交にせよちゃんと戦略をもって着実に行動してるって感じだけど、、、

 日本は、クリントン国務長官が最初に日本を訪問してくれた!とか、世界で最初に首脳会談を持たせてくれた!とかいって喜んでるんだからなぁ、、、

「パパはやっぱり僕のことを一番かわいがってくれてたんだね!」

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2009年2月 3日 (火)

ムカつく公務員…教師もかぁ!

 みんながみんな、、、じゃないよ!少なくともオレの友だちの公務員はそうじゃないんだけどさ。

 なんつーか、なるべく厄介ごとには関わりたくないのか、自分に関係なかったら無視なのか、われ関せず、事なかれ、見てみぬ振り、、、

 オレみたいなサービス業(いちおう接客業)の人間じゃないから仕方ないのかもしれないけれど、、、

 先日、近くの役所に行った。印鑑証明書を発行してもらいたくて。

 オレの常識では、窓口に立ったら誰かしら近寄ってきてくれて、

「本日はどのようなご用件ですか?」くらい言ってくれるもんだと思ったが、、、

 そこには5~6人の人たちがいたんだけどさ、誰ひとり来てくれないんだよね。申請書を手に持って窓口に立ってる人がいるんだけどなぁ、、、みんな忙しそうに自分の仕事してる。

 しばらく立って待ってみた。中には席を立ってうろついてる人もいて、オレの前を足早に通り過ぎてったりするんだけど、「私は関係ありませ~ん」って感じで「無視」!!!

 やっぱ、こっちから適当な人つかまえて「すみませんけどぉ~」って言わなきゃダメなのかなぁ。

 一生懸命そこにいる人たちを見やるオレ。たまに目が合うと、スッと視線を下に落とす。

 きっと、応対する担当とかはいないんだろう。そういう人が選任されていれば、まずその人が応対してくれるんだろう。だけどそんな仕組みがないらしく、みな各々が「私は関係ありません」を決め込んでいるだけ。

 しかたないから一番近くにいた人に声をかけた。「ちょっとぉ、すみませんけど~!」

 「ちぇっ、名指しされちゃ仕方がないや…」って感じで、やっと応対してくれた。

 周りを見ると、おばあちゃんやおじいちゃん、子どもを抱えたおかあさんたちが様々な申請に訪れている。みな窓口にいくと「あ、あの~、お願いしますぅ」、「えっと~、すみませ~ん」と言ってペコペコ頭を下げる。

 (そっか、ここでは我々住民は「お役人さま」に頭を下げてお願いするもんなんだ)そのことに気付いたときにはもうオレは半ばキレていた。

 (なんだよ、こいつらの「上から目線」はよぉ!「おれたちは選ばれた人間なんだ」みたいな意識があるんじゃねぇの!?)

 「では手続きをするのでお待ちください」と言われたが、オレはムカムカしてたんでそのまま帰ってしまった!(ま、名前を見れば、オレのことは地元の人間なら知ってるだろうからいいや!)と、、、

 会社に戻ると、社長に怒られた。

「役所から電話があったぞ。なんで黙って帰ってきちゃったんだ!」

「いや、あまりにも態度が悪かったから……」

「だめだなぁ!役所にはいろいろお世話になってるんだから、今後のお付き合いが気まずくなるじゃないか!!」

 はぁぁ、、、そっか、、、うちの店も役所から注文もらってるんだ。結局民間は官僚に頭を下げる存在なんだ、、、

 

 ところが、もっと最悪なのが

学校の先生たち!!!

 今日も同僚が小学校へ灯油配達に行った。しばらくして電話がかかってきた。

「すみません、社長!一度小学校へ電話をかけてもらえますか!?」

はっ?なんで??

 帰ってきた同僚くん、かなり熱くなってる。「なにをカッかしてるんだよ?」

 いわく、学校に着いて職員室(事務員さん、用務員さんとも同室なのだ)のドアを開け、開いたドアをノックしながら

「すみません、灯油をお持ちしました~」と大きな声で言ったんだけど、用務員さんが席を外していて不在だった。こういう場合は、ちょっと手の空いてる先生に用務員さんに取り次いでもらうしかない。

 何度も大声で先生に呼びかけた。「あの~、すみませんけど、灯油持ってきたんですけど~~!!」

 部屋には数人の先生がいて、一番近くは2、3メートルほど。しかもまんじゅう食べながら談笑してたという。それでも誰も知らん振り!何度か目が合ったけど、やはり「私、関係ありません」って態度。

Teachers1

 それで仕方なく同僚くん、会社に電話してわざわざ学校に電話かけてもらうしかなかったというわけ。

 

 電話を受けて話を聞いた先生がやっと来てくれた「灯油ですか。少々お待ちくださいね」といって用務員さんを呼んでくれた。

 おいおい、さっきからすぐそばにいたし、たまに目が合ったじゃないか!!

 「まったく、だから学校へは行きたくないんですよ。いつもいつも、先生の態度にはムカついてくるんで。」

 「あれで、ふだんは生徒に『きちんとあいさつしましょうね!』って言ってるんじゃないですかぁ。子どもに言う前に自分たちがちゃんとあいさつしろ!って感じっすよね」

 もちろん、役所の人間すべてがそうだというわけじゃない。教師のすべてがそうだというわけじゃない。違う役所ではとても気持ちよく応対してくれるところもある。違う学校では気付いた人がすぐに応対してくれるところもある。

 たまたま、オレの近くの役所がそうなのかもしれない。たまたま○○小学校がそうだったに過ぎない(と思いたい)、、、

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2009年2月 2日 (月)

婚活かぁ、、、

 昨日は、お客さんである「議員さま」から

「実はなぁ、ある人に嫁さん探してくれって頼まれてるんだけど、だれか知り合いで結婚したい女性いないかね」

と相談を持ちかけられた。

 41歳、未婚、ひとり息子、土地持ち、両親は健在だけど同じ敷地内の別棟に住んでいる。地元企業に高校卒業からずっと勤めている。このさい、バツイチでも、子持ちでも構わない。

 う~ん、、、

 さっそく女友達にメール。何人かあたってくれるという。オレの兄弟にも聞いてみる。

「いちおう、数人に聞いてますから」

というと、「議員さま」、、、

「善は急げだ!」

といって、いったん帰ったかと思いきや、すぐさま舞い戻ってきて、写真と身上書を持参。

 おぉ、なかなかよくとれた写真だ!あきらかにお見合いに向けての写真じゃん!

 とりあえず写メとって、送信!

「げっ!高卒かぁ…」

「おっ!土地あるなら金持ちか!?」

「ところで、身長は?」

 知らんって!会ったこともないんだから、性格だってわからん!!

 それにしても、現実は、、、

 背が高くて、金持ちで、高学歴で、一流企業で、ついでに長男じゃなくて、両親の面倒みなくてよくて、、、、、、

 女も30も半ば過ぎると、そういうとこ厳しいのかねぇ、、、

 一方で、バツイチ子持ちさんは、もらってくれるなら贅沢いわない!だって、、、

 そんなこんなで、あっちこっち連絡とりあって、、、

 一日が過ぎたのでした。平和だなぁ、、、平和なのかなぁ、、、

 てゆーか、オレ自身も、、、、、、

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2009年1月31日 (土)

小中学校でのケータイ所持は是か非か!?

 文部科学省としては小中学生が学校にケータイを持っていくことを原則禁止したいそうだ。まずはいろいろな議論が出ることを期待しているとのこと。

 しばらく前からこの問題についてはニュースでたびたび取り上げられていたね。すでにケータイを利用している子どもたちからすれば今さら禁止されたら困る、というか嫌だ!というのは当然だろう。ケータイを持ってない子どもは「関係ねー」だろう。

 ただ、賛否分かれるのは親なんだね。昨今の子どもを狙った犯罪なんかを考えると、いつでも連絡が取れるし、それで安否の確認ができるわけだから、子どものためにも持たせておきたいという親の気持ちもわかる気がする。一方で、プロフでの中傷問題や自身の個人情報を公開してしまうという問題、「有害サイト」の閲覧・参加などの問題のため、ケータイは持たせるべきでないという側の言い分もわかる。

 オレなんかは率直に言って、「ガキのくせにケータイなんて上等じゃあ!そんなもんいじってる暇あったら外でみんなと遊べ、もしくわ図書館で本でも読んでろ!」と言いたくなる方だ……けど、、、

 実際、犯罪に巻き込まれたら…と思うと、いちがいに禁止とも言えなくなる。ホントはそういう社会であることが問題で、「たまたまケータイというものがある」からあたかもケータイは不可欠だ!みたいな話になってるだけで、できるなら「たまたまモビルスーツが普及して」くれてた方がよいのだけど。そういう世の中になるにはまだまだ時間がかかるだろうし、、、

 そーなんだよ、子どもを犯罪から可能な限り守ろうとしたら、ケータイなんて単に連絡がとれるかどうかでしかなくて、実際に犯罪に遭いそうになったとき理想的には催涙スプレーを携帯していたり、超デカ音の防犯ベルでも携帯してた方がよっぽど身の安全を確保できるわけだ。

 そもそも犯罪者は子どもがケータイを持ってるのを百も承知なわけで、わざわざそれを使わせるようなことをしないさ。せいぜい予定の時間より遅れてて不審に思った親が連絡してみたら音信不通だったってことで、そのときにはもう手遅れだってことだし。

 そう考えると、ケータイを持たせているから安心というのは違うんじゃないの!?となる。

 やはり子どもを夜遅くまでひとりで外出させたりしないことが一番だ!親が働きに出ていて家にいなくても、少なくとも子どもだけでも家に帰らせておくことだ。自分が外出してる親の場合、頻繁に「家」に連絡すればいいだけの話だ。塾に通わせる?そんなのやめとけ!子どもの安全よりも受験勉強優先させるのなら、送り迎え含めてとことん関わっていくしかないって!

 思うに、ケータイ世代の若い親たちがすでにケータイを生活の一部にしてしまっているわけで、それゆえ自分の子どもにもケータイを持たせるのがいわば「当然」、「自然」、「違和感ゼロ」になってるだけなんじゃない!?

 とはいえ、それが現実であって、今後ますますそうなっていくことを考えると、結局はいまさらケータイ禁止というのは無理なんだろうなと思う。

 だいたい、オレは便宜上そうしてるけど、携帯電話とか携帯じゃなくわざわざカタカナで「ケータイ」と言ってるうちはまだそれを特別視している証拠なわけで、つまりはまだ日本社会にあっては「ケータイ」(子どもにおけるケータイ所持)というのが一般化の途上にあるということだ。すなわち「過渡期」の現象として「ケータイ問題」があるということ。

 よって、近い将来はこういった議論そのものがナンセンスになる日が来るんだろう。

 心情的には子どもにケータイなんて持たせるな!全面禁止しちゃえばいい!とは思うけど、世の中の流れには逆らえないだろう。むしろ、携帯各社が取り組み始めてるようなアクセス制限をするとか、業者側を規制するとかしていくことで落ち着くんじゃないかと思う。

 オレの小学生時代は、「インベーダーゲーム」が大流行していて、当時ゲームなんて子どもには有害だ!と言われていたらしく、小学校高学年くらいに「インベーダーゲーム」は禁止となった。中学生のときはいちおう禁止されていた「ゲームウォッチ」を隠れて持ち込んでは遊んでいた。あのころ、学生がゲームをやるなんてけしからん!というのが社会の風潮だったんだろう。今じゃ考えられないけど、でもたしかにゲームに夢中になってる子どもを見ると(って、ほとんどの子がそうだろうが)、こいつら大丈夫なのかよ!って思う。

 ただケータイは単なるゲームとは違うからなぁ。サイトというもので媒介されているけどその先には生身の人間がいるわけで、それが実際の同級生であり、援助交際を求めている大人であるわけだ(ケータイ、バーチャル世界などについては以前ブログで書いた)。

 最後にもうひとつ、、、

 プロフを使っての攻撃、(性)犯罪の温床である有害サイトへの参加などは、当然ながらケータイという道具があるからこそ起きる問題だ。もちろんこれらの問題・犯罪は子どもだけに限ったことじゃないが、とくに子どもは自制心が弱いものだし、自分で自分に責任を持てない立場だから一層深刻なわけだけど、では子どもからケータイを取り上げたら問題はなくなるのだろうか?直接的な原因を取り除けば結果も生じなくなるというだけで済むのだろうか?つまりはケータイがあるが故に子どもたちに他人を誹謗・中傷するといった行動を生じさせているのだろうか?そこのとこ、もうちょっと親や教師は考える必要があるんじゃないだろうか?ケータイに責任を押し付けて、もっと基本的なとこで手を抜いてたりしてたらダメじゃん!?

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2009年1月11日 (日)

NHK日曜討論~細田幹事長にあ然!

 仕事の中休み中でゆっくり書いてる時間ないけど、、、

 いやぁ、びっくりだ。。。。。日曜討論での細田自民党幹事長の話は次から次へと驚かされた!ここまで言っちゃうか!?

 司会の影山さん「年末は一次補正で乗り切れると言ったが、民間のボランティアのおかげで何とか年を越せた人たちがいたが」

 細田幹事長「一番大事なことは、企業が金融危機を乗り越えられるかどうかで、これはうまくいった」

 影山さん「それにしても一昔前だったらこんなにいっぺんに解雇することはなかったが雇用の規制緩和のために企業は首切りしやすくなったからこんな大量解雇が行なわれてしまったのでは」

 細田幹事長「バブル崩壊後は失業率が5%台までいった。それに比べれば今はまだ低い…(失業率は)同じくらいまで行くだろうが、そもそも今回はアメリカ発なのでアメリカにまずきちっとした対策をとってもらって、アメリカが立ち直ってくれることが第一に必要だ。われわれはその津波を受けた被害者だ」

 影山さん「派遣法制を見直すべきじゃないか」

 細田幹事長「バブル崩壊後の大量リストラから景気がよくなったが、これまでのような終身雇用、常用雇用ではこれからの企業はもたないんじゃないか。そこで臨時雇用でいいじゃないかという話になった。今は非常に景気が悪い時期だけど、いずれ景気がよくなったとき、派遣がダメなら企業は人を雇いませんと言うかもしれない。そうなったらかえって働けない人が出てしまう」

 まぁ、、、、ほんの最初の部分だけみていて、開いた口が塞がらず、とりあえず書いてしまった。二人のやりとりはオレの「意訳」だから正確じゃないけど、だいたい趣旨はそういうことだ。

 その後の定額給付金の話もそうだけど、自民党の感覚ってかなりズレ過ぎてないか!?

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2009年1月 9日 (金)

定額給付金をめぐる国会論戦を見て

 民主党・管直人の発言はちょっと過激だったねぇ、、、

 『定額給付金って結局は公明党の選挙目当てのバラマキだろ~!!自民党だって本音では反対なんじゃないの~!!』

 って、、、そこまで言ってダイジョーブかよぉぉぉ、、、身の危険を顧みずなのか(汗)

 それにしても、麻生総理の「ぶれ」は置いといても、いい加減にしてほしいよなぁ、、、このままいったら結局は与党が押し切ってしまうんだろうけど、、、、

 なにしろ、国民自身が「ひとり1万2千もらうんだったら、その総額2兆円を他で使ってよ!」と言ってんだ。

 じゃあいらないの?いらない人にはあげないだけのことだ。どうぞ手を上げてください!と政府は言う。

 「そりゃあ、もらえるものならもらいたい。」 あまりふところの助けにはならないけど、そりゃあ誰だってもらえるならもらいたいと思ってるさ!

 だけど!!!わずかな金をもらうより、もっと必要としている人たちがいるならそちらに回してくださいよ!!!と国民自身が言ってるんだ。なんとこの気持ちと国会とに距離があることか、、、

 ついでだけど、このあいだのどっかの政務次官(だっけ??)がつい本音を漏らしたね、、、「働く気がない」人間たちと。。。

 てゆーか、そもそも国民全員がバリバリ働く気があったって、それだけの労働需要を吸収できるだけの場があるか??コインの裏表じゃないけど、金持ちが金持ちとして存在できているのは、その対極に貧乏、貧困者がいるからこそなんだ。

 所得の再分配こそが政府の大事な役割じゃないか!!

 あぁ、いつまで続くんだろう、、、この論戦は、、、

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非正規解雇問題と過疎地域の活性化

 少し前のブログでオレが何気に書いたこと、、、

 < 都市部で「派遣切り」などで路上に放り出された人に、地方の限界集落など「過疎化」がすすむ地域に移り住んでもらってはどうだろう!? >

 そのあとで何冊かの貧困に関する本を読んでみて、オレの思いつきなどは所詮、「絵空事」でしかないようだと思っていた。

 

 ところが昨日(1/8)朝のNHKニュースを見て驚いた。

「製造業などで雇用情勢が悪化するなか、全国の農業法人が人手不足解消のため、370人あまりの人材を募集している。農水省でも、全国的に農家の高齢化や後継者不足が深刻化していることや、先進国で最低水準となっている食料自給率を引き上げるためにも、製造業を中心に解雇された派遣労働者などを農業に呼び込みたいとしている」(概要)

 そうなのかぁ…!実はそういった動きがすでに始まっていたんだ!!

 それは大変よいことだと思った。

 ただこれもブログで書いたことだけど、問題もあるだろうと思っていた。一番の問題は過疎地域の社会の「閉鎖性」だ。日本人はもともと内輪意識が強いし、ましてや田舎の高齢者ばかりの村落、集落といったら相当「よそ者」に対する警戒心が強いんだろうなぁと想像された。

 だが!!!同じく昨日の「クローズアップ現代」でまさにタイムリーなことに、今広がり始めている過疎地対策の新しい有効な活動が紹介されていた!!!

 それは「集落支援員制度」というらしい。もともとはNPOの若者たちが違う目的で始めた過疎地のお年寄りとの交流が思わぬ波及効果をもたらしたという。集落(のお年寄りたち)に活気が戻ったというのだ。テレビで見ていても本当にほほえましく思えるようなお年寄りたちの笑顔、笑顔、また笑顔!!!

 これまでの国の過疎地対策というのは、公共事業によって道路や「都会に引けをとらないような」立派な建造物を建てることだった。しかし過疎化はさらに進行するだけで効果がなかったという。

 すでに欧州などでは気付いて取り組み始めていること、すなわち過疎地対策としては公共事業などのハード面での対策よりも、人を直接「元気にする」ようなソフト面の活動こそが必要なのだということ、、、遅ればせながらわが国もようやくそうした方向へと転換しようとしているそうなのだ。

 もちろん、若者が集落に入っていけばすぐにでも活性化されるというわけではなく、最初は集落の抱える課題を見つけたり解決したりという地道な作業も必要だし、やはりお年寄りたちと本当に馴染んで「受け入れられる」までにはそれなりの交流も必要だろう。すべての地域でうまくいくとも限らない。

 いろいろと課題もあるけれど、番組を見ていてひとつの大切なことに気付かされた。

 それは、、、なんでも都会に近づけることが良いことだとか進歩発展だといった価値は見直されるべきだということ。その地域にもともとある優れた点を伸ばしていくという道も重要じゃないだろうか!?ということ。

 若者はどうしても都会へと目を向けてしまうということも否定できないところだが、ただそれがすべてでもないかもしれないと思う。残りたくとも職がない、希望がない、活気がない、そういったことも一因じゃないかと。国の農業政策の誤りもあるかもしれない(勉強不足でわからないが)。いま、見直されるべき価値があるのかもしれないと思った。

 さて、このクローズアップ現代で取り上げられた「集落支援員制度」と過疎地活性化とが、先の非正規労働者の「行き場」とマッチングされる可能性は多少なりともあるように思うんだけど、いかがだろう!?

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2009年1月 2日 (金)

新年にあたって

 新年早々私事で恐縮だけど、、、

 昨日(大晦日)まで仕事してた。そして今日(元旦)から普段どおり仕事してる。

 この仕事(地方の零細サービス業)に就いて10数年、2日以上の「連休」をとった記憶はあまりない。3日以上の「連休」は、彼女との北海道旅行(3日間)と昨年年初の重い風邪によるダウン(5日間)だけだ。

 ま、そんな話はどうでもいいけど、要するに年末もなければ年始もないし、ゴールデンウィークやお盆や夏休みなんてのもないもんだから、日々の生活に大きな「区切り」というものがない生活をずっと続けている。だから、世間的に新年をどーのと言っているのを見ても、実に実感が湧かない。

 そんなオレが言うのもなんだけど、正月の3日間くらいは実家へでも帰って、もちを食べたり、かるたや凧揚げをしたり、年始回りでもして穏やかに過ごすのが日本的でいいんじゃないかなぁと思う。

 けれどもこの年末年始はおそらく例年にも増して、寒空のもと冷たい路上で年を越し、ボランティアの人たちからの振るまいだけが唯一のぬくもりだったという人たちがたくさんいたことだろう。

 思い出されるのは昨年末の政治家たちの議論の内容だ。1次補正だけでこの年末は乗り切れるだの、いや乗り切れないだの、与党野党がぶつかり合っていた。そんな議論してたっていつまでたっても何の解決にもなりゃしないだろう。どうせ平行線のままだし。そんななか、現実はまさにボランティアの人たちの必死の活動だけがせめてもの救いだったわけで。

 

 最近、NHKの「ワーキングプア」本や、テレビでお馴染みの湯浅誠さんの『反貧困』などを読んでみて、あらためてオレの認識の乏しさに恥じ入ってしまった。少し前のブログでは、過疎化し高齢化している地方の田舎へでも失業した人たちを送り込めばいいじゃないかと書いたけど、地方の現状はとても他者を受け入れられるようなもんじゃないと知らされた。

 

 たった今、NHKの新年特集番組を見ていた。日本を代表するとされる経済などの専門家が熱い議論を戦わせていた。NHKの心にくいセッティングを待たずとも、顔ぶれを見、その席の配置を見ただけでも、わくわくさせられるものだ。一方には竹中、八代、もう一方には金子、山口、斉藤と。(やっぱり森永氏はわかり易すぎて無理だったのかな?)

 こういう構図は多くの国民に受けやすいのだろうか、、、いわゆる「市場原理主義」肯定派と否定派。竹中さんはそういうレッテル貼りは単純すぎるとバカにしていたが、、、

 それぞれの先生方の議論、できるだけ真剣に聞こうとはしていたが、やっぱり議論が深いとこにいくと理解することもできなくなった。なにより難しいと思うのは、画面左の方々は(勝間さんはいまいちわからないけど)なんとなくサヨク的なんだろうなとわかるけど、右側の人たち(竹中さんや八代さん)はわからない。社会的弱者、非正規労働者、社会保障などそれなりにすくい上げようとしているような話の内容みたいだし、また理想論よりも具体的な政策を論じているようにも聞こえる。けれども、オレとしてはどうしても左側の人たちの言ってることに共感をおぼえてしまう。

 いつも思うこと、、、たとえば政党間の議論を聞いていても、社民党や共産党が言ってる弱者切捨て、大企業優遇に対する批判などはなるほどそうだと共感はするけれど、いまひとつ現実的な話から距離があるという気がしてしまう。

 それが、今日のNHKでの議論を聞いていてもそうなんだ。

 問題の核心は、「(原理)主義(~イズム)というひとつの思想を取り入れるか否か」ということにあるのではない!んじゃないかな?と思うんだよなぁ、、、たしかに政府の強力な政策の力が経済構造の転換を可能にする部分もあるとは思うけど、けっきょく「グローバル化」という成熟資本主義の当然の流れが大元のところにあるわけで、それこそグローバル化であって、グローバリズム(グローバル主義的思想)ではないんじゃないのかな!?と。

 そこのところ、つまり、世の必然の流れに対してどう乗っていくかという議論と、かたや「原理主義的」政策という人間の選択の問題だという議論とがごっちゃになってるから齟齬をきたしてるんじゃないのかな?と。ま、しょせん素人の感覚的な話なんだけど。

 

 グローバル化と並んでもうひとつ難しいのは、日本が輸出依存型経済だから脆いんだという点。あるいはここ最近では外需依存だといわれる点。もちろんグローバル化と密接に関係していることだろうけど、たとえば麻生総理が登場した当初さかんに内需拡大だと言ってきたが、これも言うほど簡単じゃないわけで、これまで日本経済がそういう経済構造に傾斜していったのもやはりそれなりの必然性があったからだと思う。たとえば資源小国であること、少子化がすすんでいることなど、内需といってもバブルでも起きなければ国内需要ってそんなにキャパもないだろうから。

 世界的な規模で経済はフラットになろうとしているわけで、冷戦構造が崩れたときから労働市場がグローバル化され(『資本主義はなぜ自壊したのか』などを読むと)、企業の論理としてより安い労働力を求めて後発国へ出て行くことで技術移転がすすみ(日本での非正規雇用形態が促進され)、結果として新興国とよばれる国々に「世界の工場」の座を奪われようとしている。

 そうした中で議論にあったような、今後日本がどういう分野を「飯の種」として伸ばしていくかという経済的なビジョンを持つことの必要はとても重要な課題だと思う。。。思うけど、遅い気もする。日本は環境技術先進国で行こう!なんて叫ばれていたのはついこの前の話だと思うけど、それもアメリカのオバマに遅れをとろうとしているとか、、、トヨタが太陽電池車を開発すると意気込んでいるが、そういうことも国家的なバックアップがあれば早いんだろうケド。

 

 八代さん竹中さんは、日本の正社員は非効率すぎるとも言っていた。成長期ならば日本的経営も機能するだろうが、いまやグローバル化の中で勝ち抜いていくためには非正規雇用が必要不可欠だと。そこで欠けているのは非正規を殺させない制度設計が大事なんだとも。

 オレが思うには、、、子どもじみた考えかもしれないけど、、、そもそも、そんなに企業は国際競争の中で勝ち抜いていかなければならないんだろうか??国民がみんな「そこそこ」の暮らしができるような経済じゃダメなんだろうか??終身雇用で非効率でダメなんだろうか??日本の一部の大企業が国際的に勝ち残ることこそが大事で、国民は一部の金持ちと多くの貧困層が生まれることは仕方ないことだというのじゃ本末転倒じゃないだろうか??グローバル化の名の下に結局生まれる社会というのは弱者を肯定し、貧富の差を正当化し、いらんテロの恐怖におびえ、軍隊の必要性を正当化し、ゆくゆくは戦争を当然のこととするような社会じゃないのか??「そこそこ」の経済的に豊かな社会、日本人も外国人もともに共生する社会は夢想でしかないのだろうか??

 

 「年始」にあたってあえて今年の日本のキーワードを挙げるなら、総選挙での国民の「選択」かな!?竹中さんのいうのとは違う意味での「分かれ道」か……

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2008年12月 9日 (火)

支持率低下…暗い年の瀬…明るい日本を「引き寄せ」よう!

 麻生政権、いよいよ秒読み段階か、、、

 自民党と公明党はとりあえず「下野」(げや)かな。少し前まではお客さんの社長さんらと話してても、解散の話よりも「とりあえずは景気対策しっかりやってもらいたい」って声が大きかったけど、ここ最近ではいつまで待ってても景気対策なんて期待できないじゃん!って怒りの声やあきらめ、失望に変わってきてる。

 うちの町は某大企業の企業城下町で、そこにぶら下がっている町工場のお客さんが結構いるけど、みんな顔が暗い。元気がない。「数十年、一度も途絶えたことのない仕事が初めて"パタッと"無くなった」とか。

 「定額給付金」については、創価学会のお客さんは当初しきりに自慢してたけど、それ以外の人たちからは最初から「意味ない」って声が多かった。オレの場合は最初から「定率減税復活」だったけど…。1万そこそこでは消費喚起は難しいだろうなぁ。そっちにお金使わないで雇用対策にでも使ったほうがいいんじゃないかね。

 雇用対策っていえば、ひとりのお客さんが言ってたけど、なんでも退職した公務員の人たちに再就職させるためにも使われるらしい。その人たちの就職斡旋でチラシを配り歩いてるんだそうな、、、まさかそんなことってあるの!?

 麻生政権はさんざんだけど、こうなったのも直接は去年からのサブプライムローン破たんが原因で、それは証券化商品で儲けようっていう無政府的な金融モデルに走ったためだろうし、おひざ元のアメリカがそうした行きすぎた自由主義にノーを突きつけたくらいなんだから、それを日本に置き換えれば、なんだかんだ言っても小泉とかの行きすぎた自由主義の結果でもあると思うんで、そのあとに政権を引き継いだ人たちはまぁ不幸といえば不幸だったかもね。

 あぁ~、またしても政治の愚痴が出ちゃった、、、

 なるべく暗い話題から目をそむけようと思ってたのに!!

 でもまぁ、暗いのは人間だけだよ。大自然はそんなことお構いなしに、今日も明るい日差しで世の中を照らしてくれる。

Sunrise_1

 いくら「こんな世の中イヤだ!!」と思っても、人間の好き嫌いに関係なく思ったことは「引き寄せられる」わけで、、、オレは常に「すべてがよくなる途中だ!」と考えます。毎日ワクワクして、楽しく過ごしています(^o^)v

 この日の出のように!!

Sunrise_2 

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2008年11月20日 (木)

紅葉スポットだったみたい

 おとといの火曜日、オレは休日だったんでぶらりドライブ。

 茨城県高萩市から国道461号線で花貫渓谷を通り同県里美村へ抜けた。花貫渓谷はよく通る場所で、散策や軽い登山が楽しめる場所として地元では有名らしい(散策も登山もやらないのでよく知らない)。

 たまたま通っただけなんだけど、、、

 いやぁ~~~じつにすばらしい!!!

 約20Kmほどの山道なんだけど、、、

 紅葉がきれいで!

 

 きれいで!

 

 きれいでぇぇぇ!!!

 涙が出るほどきれいで感動ぉぉぉ!!!

 なんてゆーか、、、言葉では言い表せないんだねぇ、こーゆーのって

 自然の美しさってのかなぁ、こういうのは人工的な美とはまた違うのかも、、、自分も自然の一部だからかねぇ、「心を洗われる」って感じ。

 天気もまぁまぁ良かったし、そんでもって停車してるけっこうな数の車。なかには観光バスもあったけど、マイカーで紅葉見物でも来たんだろう、それぞれ好き好きにスポット付近に車をとめて眺めてたり歩いてたり、老夫婦や若いカップルや…

 オレはといえば、ただただ見とれてて、、、幸い前にも後ろにも走ってくる車はほとんどなかったんで、20~30Km/hくらいの超低速で、現われては過ぎ去る赤、黄色、緑、橙、紅…の色の移りゆく様を堪能しながら1時間弱のドライブを楽しんだのでした。すっかり癒された~!!

 こうしてあとになって書いてもいまいちなんだけどね、その時々に心に浮かんだものを言葉にできればよかったんだけど、やっぱりそういう感情ってのはその場だけのもの、「一期一会」みたいなもんだから仕方ないか。

 いちおう安いデジカメは持ってたんだけど、きっとそんなもんで撮っても目の前の生の情景をとどめることはできないだろうと思った。一眼レフとそれなりの腕前でもあればよかったなぁ、、、

Koyo_1

 車でかけてた音楽も感動をいっそう誘ったみたいでした。今さらながら聞いてたのは「冬のソナタ」のサントラ。あんな中を「My memory」とか「あなただけが」とか聞きながら走ってたらもう

これ以上のぜいたくはないよぉ~!!(^o^ ;

うぅ、あらためて冬ソナの音楽の美しさにも感動してしまった!!

Koyo_2

 感動しまくってた風景は心にとどめただけで、結局撮った写真はこんなもん。過ぎてみればやっぱ安もんカメラでも少しは撮っておけばよかったかなぁとも思ってるんだけど。

 で、さっきお客さんと話してたら、なんとタイムリーな話題…

「そういえば、紅葉見に行ったりしないのかい?おれは昨日行ってきたよ。花貫渓谷。いやぁ、よかったぞ~!」

 って、オレもおととい行きましたよ~!!まさにそこへ!!たまたまドライブで通りかかっただけなんだけど、、、

 そしたらお客さんによると、ちょうど昨日NHKで紅葉がきれいだと紹介されてたっていうじゃん。そーだったのかぁ、もしかしてオレ、ラッキー!?

 そういうわけで、まだまだ紅葉スポットはあると思うんで、近くにそういう場所がある方はぜひこの週末でも!(^ ^)

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2008年11月 8日 (土)

原油暴落と、ガソリン価格続落と、人々の心理

 レギュラーガソリンは毎週のように下がり続けている。うちなんかも前月から20円超の下げ。

 悲しいかな、おもしろいことに、お客さんの心理ってのは……

 現在、周りを見渡すとすでに120円台のところも、、、

 170円、160円、150円、140円とずいぶん下がってるんだけど、たとえば160円だったのが翌日には150円に下がったとしよう。

 うちらは「いや~、ずいぶん安くなったなぁ!よかったよかった!これでお客さんも満足されるだろうなぁ」と思ってられるのも、せいぜい2日間くらい。

 まわりがさらに下げてくると、お客さんの反応は、、、

「えぇ~!150円なの~!高いわぁ!!」

 次の週、150円だったのが140円に下がった。「おぉ、こりゃまた下がったなぁ。お客さんも喜んでくれるだろう!」というのもつかの間、、、

「えぇ~!140円なの~!高いわぁ!!」

 なんというか、人々の感覚ってそういうもんなんだね。。。

 なんか、さびしい世の中、、、

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原油バブルははじけ、そして経済は…

 約1年半ぶりに原油価格(NY・WTI先物取引価格)が60ドルに!一時は60ドルを割った。きっとまだまだ下がるんだろう。OPECが減産を決めたとしても下落に歯止めはかからない見通しだ。

 あれは何年前だろう、、、オレらスタンド仲間が何かの研修会で集まったときのこと、話題は原油価格の「高騰」でもちきりだった。

「大変だ!もうすぐ原油が45ドルを突破しそうだってさ!」

って、あの頃はまだかわいいもんだった。

 去年の暮れ頃だったっけ、、、このままいけば原油価格は200ドルを突破するだろう!とか、ガソリンの店頭販売価格も200円は行きそうだね!なんて話が飛び交ってた。

 原油に関する本もずいぶん出回った。あらたに商品先物取引に走った人も多かっただろう。とうもろこしだ、大豆だ、アルミだ、そしてオリンピックじゃないけど金、銀、胴(銀もかな?)と…。ジム・ロジャースの本を読んで勇気づけられて…。

 その頃は、サブプライムローン問題で株式市場が暴落したり反発したりしてたけど、基本的には株安で行き場を失ったマネー(投機的なマネー?)が商品市場に流れ込んでいると言われた。実際にそうだったんだろうけど。

 実体経済がここまで悪くなるという感覚はなかったんだろうか?単に株式相場が再び上昇すれば投機マネーも戻ってきて、それによって商品市場のバブルもはじけるだろうと思われていた(オレもそんなことブログに書いていた)。

 でも実際に起こってるのは、全体的な資産価値の消失!原油が下がったら最後は安全な「金=GOLD」に流れるという話も間違いだった。ただ外為市場での円の強さだけは際立ってるみたいだけど。こちらは相対的なものだから全体的な収縮は起きないということかな?(よくわからない)

 いま振り返ってみてもうひとつ興味深いのは、あの中国騒ぎは何だったんだろうということ。中国やインド、ロシアなど新興国の台頭によって、今後はこれらの国が世界経済を引っ張っていく、資源高騰もこれらの国の需要がもたらしているから、今後はずっと資源高が続くだろうといわれた。アメリカがダメになっても、、、それを真に受けて中国株やインド株に投資した人もいただろう。たしかに長期的なトレンドとしては正しいのかもしれないけど、現時点ではその新興国株もダメだ。

 まったく懲りない面々というわけでもないのかもしれないが、最近の日本では再び個人投資家を煽り立てる動きが活発になっているようだ。いわく「今こそチャンス到来!」だと…。さぁ、せっせと金を貯めてきた人たちよ、どうぞどんどん株を買ってやってくださいな!そして骨の髄までしゃぶられてくださいな。

 てゆーか、せっかく内需拡大といって「給付金」が与えられるんだから、株じゃなくてモノを買ってよ~!!

 といっても買わないだろうなぁ。賢明な人たちは投資なんかもせず、相変わらず貯め込むんだろうな。

 デフレ……

 デフレなんだよ!デフレをなんとかしろよ!今まで国内デフレを放置して、というか助長してきたつけだ。デフレを止めなきゃ内需も伸びやしない!デフレを何とかしなきゃ、いくら日銀が銀行に金をまわしても、金利の誘導やっても銀行は貸し渋りをやめないしやめられないんだし!

 トヨタはじめ輸出に頼ってきた多くの大企業は大変だろう。そして今後ますます「雇用調整」の対象とされる労働者はもっと大変だろう。彼らの受け入れ先なんて無いんだし!サービス産業に引き取ってもらうなんて考えも甘いことだ。すでに規制緩和とかで慢性デフレ不況に苦しんでる国内産業にそんな余裕など無い!すべては小泉改革路線のつけだ。せめて本気になって少子化対策をしていればまだよかったのに…。

 オバマ新大統領がまず取り組まなくてはならないのは、金融危機対策と雇用対策、中低所得者層の下支えだとかいわれてる。極端な国内産業保護政策に出る可能性がある。日本はアメリカにいいように使われて、あっさり切り捨てられるのだろうか…。それならそれで日本も外資締め出しでもするしかないだろう!

 麻生総理のもとでの新経済戦略では技術革新で積極的に海外へ打って出ようなんて書かれているみたいだけど、ここはすこし頭を冷やして、「足るを知る」という日本古来のつつましく質素な、そして堅実な路線でいこうじゃないの。儲けが儲けを生むマネーゲームはしばらくお休みして、国内でみんなが「適度」な儲けを分け合って地道に財政再建に取り組んで行くと!

 というわけで例によって、ぜんぜん話がずれてしまったと…。毎度おちのない話。

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2008年11月 6日 (木)

オバマ大統領

 超格差社会アメリカでどれだけのことが出来るのか大いに注目したい。

 オバマは融和をどれだけすすめるか?

 どれだけ協調をすすめられるか?

 外に向かっての協調なのか、それとも内向きの、アメリカという国の中での協調となるのか?

 彼はグローバリストなのか?アンチ・グローバリストなのか?

 時を同じくして日本でも新自由主義・市場原理主義への反動が起こっている。アメリカが大きな政策転換(大きな政府路線)をするとしたら、日本でもこれまでの小泉路線(小さな政府路線)の修正を迫られるんだろうな。

 レーガンからクリントンそしてブッシュと、これまで左右にゆれ動いてきたアメリカ社会。オバマという選択もその動きのひとつに過ぎないという単純な見方もあるだろうが、ぜひオバマにはこれまでとは違うベクトルというものを期待したい。自由主義か保護主義か、市場主義かケインズ主義かといったものとは違った、まったく新しい方向…。「初の黒人」という要素が右と左という単純な対立を超えた何かを生んでくれるのか、そこへの期待。

 まぁそれにしても、テレビで見る限りではもの凄い活気だね。日本ではあの小泉旋風の熱狂があったけど、まったくスケールが違う。支持者たちが涙を流すほどにオバマへの期待は大きい。それだけに期待が外れたときのことを考えると…との不安もよぎる。

 日本では「小浜市」だとか「小浜温泉」だとかで騒いでいるようだけど、「オバマ大統領バンザーイ!」と両手を挙げ喜んでいた彼らは一体何者なんだろう??ただ同名の大統領が誕生したというだけで喜んでいるのだろうか?理解に苦しむ。福島県の小浜で盛り上がりがないというのはさらに気にかかってはいるけれど…。

 なにはともあれ、「変革」が時代のキーワードだというのは間違いない。

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2008年10月31日 (金)

政府与党の追加経済対策案…感想

●「定額給付金」 ひとり当たり1万6千円くらいになるらしいが…。だからどうしたって?これを何に使えって?商品券だったら何かを買わなくちゃいけないんだろうけど、正直いって中途半端って感じ。オレのことだからたぶん何か買うとしたら家電品だな。そうするとKデンキとかYデンキとかが助かるのかな?

 願ってるのは今の不景気が少しでも解消してくれて景気が上向いてきてくれることだから、そのためにはどんなとこに使えば効果的なのか逆に教えてもらいたいね。そうすれば出来るだけ協力したいと思う。けど、そんなもん限定できる話じゃないしね。

 問題は「気分」なんだよなぁ。こんな一回限りの「おこずかい」もらったって気分が明るくなるわけじゃないし。そもそも給付金なんていってるけど国がお金をくれるってことは結局はそのお金はオレらが払ってるってことなんだから「ありがたく頂戴いたします!」なんて気分にもなれないし。将来取られること考えたら要するに今クレジットで買ったってことじゃん?あるいは借金して現金を手にしたってことと同じジャン?

 気分をよくしてくれるなら「定率減税」復活してよ!

●「高速道路料金を1,000円以下にする」 ま、土日休みじゃないオレにとっては関係ないけど、景気対策としては効果がありそうな気もする。でも、出かける先といえば観光名所が中心になるんだろうから、そういうとこにはいいかもしれないけど、それとはあまり関係ない地方の商店街は何の恩恵も受けられないんだね。

 というか普段高速を利用してない人ってさぁ、はっきりいってヤバイよなぁ。慣れてないだけに高速走るときのルールもマナーも知らない人いるからさ。平気で追い越し車線走ってる人とか見かけるし、大渋滞は目に見えてるし。

 このときとばかりみんなが揃って長距離運転したら絶対疲労で事故起こすやつもいるだろうね。

 燃料高騰で一番苦しんでる運送業者の人たちが値下げの対象から外されたのはつくづく可哀想だと思う。それに加えて一般車の増加で走れたもんじゃないだろうなぁ。

 ただ、そう考えると民主党の言ってるような高速道路の無料化なんてのはさらに大渋滞と事故の危険が高まるわけで、まだ与党の案の方がいいかもね。理想的には高速も無料化してもらいたいけど、あまり利用が増えすぎると「高速」道路という意味がなくなるかもしれない。与党案に注文付けるとしたら、たとえば平日は大型トラックを値下げするとかね。

●その他、「中小企業向け融資枠の拡大」は銀行がちゃんと貸してくれるならオレの立場からは大歓迎だ。でも、非効率な部門を潰して産業構造を変えることが日本の将来にとって必要だという「構造改革」の趣旨からしたら、いたずらに中小零細を生き延びさせることは矛盾してるよな。

 「住宅ローン減税」や「投資減税」なんかはオレには関係ない。

 「農業者支援」や「児童手当の拡充」なんかは必要だろう。

 ともあれ、緊急経済対策なんだから、やるならさっさと決めてほしい。

あと、久しぶりのブログ更新だから、言いたいことをひと言ずつ。

★民主党は、例の給油法の態度からして信用できないね。選挙のためだったらそんなことするのかよ!

★解散・選挙の準備のために政治家は500万とか1千万とかを費やしてて、それらが無駄金になってるということだけど、ふざけんじゃないよ!この不景気で苦しいといってる人が大勢いるなかで、選挙に備えて事務所を確保してるだけで何百万もが消えてくのかい!ぜったいおかしいよそれ!

★本気で内需主導にするんなら部分的にでも保護主義に走るべきだ。タクシー業界じゃないけどある程度の参入規制をかけるとか。でもそんなことできるわけないけど。

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2008年10月21日 (火)

IME 2007修正プログラム適用した

 ベリーグッドです!これで快適に使える!!

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Office2007の日本語入力システムに不具合!…だったのかぁ

 最近1台のパソコンが新しくなった。高スペックなのでVistaも快適だ。ただ、Vistaはいいけどそのためにソフトも新たに購入しなければならなくなったのは辛いところ。イラストレーターもCS3にアップグレードしなきゃならなかったし、プログラミングのためのVisual Studio 2005も2008にした。もう財布がカラカラ、、、

 それはそうと、Office2007がプレインストールされていたモデルを買ったんだけど、そこで使われるIME2007に不具合があったらしい。

 やっぱりそうだったんだ!なにしろこのIME2007ときたらぜんぜん学習しないのだ。同じ漢字を何度使ってもいつも初期状態で毎度キーを叩き続けて変換してた。オレの得意の…(3点リーダー)はいつも候補の一番下に出てくる。学習機能はたしかにONになっているのに、、、もしかしたらオレのIMEは「ハズレ」だったのかなぁと半ばあきらめていた(プログラムに当たり外れなんてあるの!?)。ATOKに替えちゃおうかなぁとも思ったりした。

 昨日も「ねん」と打って変換しようとしたら「ね・ん」と区切られて「根・ん」だとか「値・ん」だとか、、、いい加減にしろ~!!!

 と思っていたところ、さっきたまたまYahoo!でIME2007不具合の記事を目にした。よかったぁ、オレのが「ハズレ」だったわけじゃないんだぁ~(^o^)

 で、ここ→ http://www.microsoft.com/japan/office/2007/ime/fixmodule.mspx で修正版をダウンロードできるらしい。

 明日やってみよ~!

 みなさんも心当たりあったかな?

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2008年10月 6日 (月)

景気対策か選挙か(その前に現状認識)

 各種指標からも景気後退、景気の悪化が裏付けられてきているという。

そんなことない!実感からすれば、そもそも景気はずっと悪かった!

 この間、小泉改革の成果が出てきた2003年くらいから好景気が続いていたと言われた。それが、昨年夏以降のアメリカの住宅バブル崩壊によるサブプライムローン問題の表面化によって、一方でアメリカ国民の消費減退と実体経済のリセッション、一方で金融上の信用収縮の世界的な広がりによる金融不安の発生で、外需依存と輸出主導型経済だった日本の「好景気」もついに後退局面に入ってしまったとされる。さらには同じくサブプライムローン問題を受けての投機マネーなどの商品市場への流入による原油バブルと世界的な食料・資源の高騰によって日本は物価高騰(コストプッシュインフレ)というダブルパンチを食らったわけだ。

 しかし!!そういう一連の世界規模での経済的変動も、いわんや日本においての好景気~景気後退でさえも、一般国民からすれば「雲の上」の出来事のようなものだ。好景気といっても輸出関連の一部上場企業の経常利益がよかったことと国民の税金投入で助けられた銀行の資本増強がされただけで、そこで得られた「果実」はついに一般国民に落ちてくることはなかった。逆にキャピタルフライトや信用収縮で株価が暴落してもリーマンショックで株価が暴落しても、やはり一般国民にとってはほとんどピンと来ない出来事だった。大量に株式投資をしている一部の高額所得者や「マネーゲーム」にうつつを抜かしている者たちが大騒ぎしているだけだ。

 それなのに、ほとんど自分たちとは違う世界で起こっていることの負の部分だけはしっかり身に降りかかってきてしまうのだ。たとえば日用品の値上げラッシュ、たとえば中小零細への銀行の貸し渋り、貸し剥がし等々…。

 ただ、もうすでに「一般国民」とか「一般庶民」などという言葉は使えなくなってきているのかもしれない。この間の構造改革政策によって日本の国民のあいだにはずいぶん格差が広がってしまったからだ。

 内需型産業(オレのとこみたいに円高で有利になるはずの輸入型産業であっても同じだが)はこの間ずっとデフレ不況といった状況が続いてきた。いくら物の価格が上がっていても基本的に消費が伸びないなかでは絶えずデフレ圧力がかかっているので、供給側の利益は圧縮されていく一方なのだ。

 政府・与党は今さらのように「内需拡大」などと言っているが、今までさんざん内需をないがしろにしておきながら今さらそんなこといってもほとんど手遅れだ!先週のサンプロで与党も田原さんでさえもバブル崩壊後の不況(いわゆる失われた10年)を脱するためには構造改革による経済の効率化(つまり無駄・非効率の解消)が必要だったのだと言っていたが、やってきたことは単に非正規雇用の増大という大手企業に都合のよい「使い捨て労働者」を生み出しただけで、これをもって労働市場の流動性が増したなどということは決していえないわけだ。市場原理主義者が唱えるような効率性、流動性が増す「理想状態」はちゃんとした雇用の場が(正規雇用の場が)保証されているような場合なら一理あるかもしれないが、リストラされた者にはちゃんとした再雇用の場は存在しなかったのだ。それはそもそも構造的に外需依存型で内需に目を向けていなかったことと、外資依存で株主にしか目を向けていなかったためだ。

 戦後の高度成長を支えてきたのはたしかに原材料輸入・加工製品輸出型の日本の経済構造にあった。「世界の工場」を自認しまたそう世界から認められているうちはよかった。また国内的にはインフラ整備の必要から公共事業依存型産業が大きく成長したのも当然だった。しかし時代は変わり今では新興国がその座を占めつつある。アメリカの民主党がどう批判しようともグローバリズムはきっと歴史の必然なのだろう。グローバリズムを認めないわけにはいかない。インフラが整いつつあるなかで、また本格的な少子高齢化社会を迎えるのを前に財政の逼迫している状況での公共事業などこれ以上の財政出動は現時点では厳しいというのもその通りだろう。

 ただ、そうであるならば政府として日本の将来像をもっと語ってもらわなければならない。時代が変わるなかで日本が今後どういう経済構造に変わっていくべきなのか、そのために国内産業がどう変わっていくべきなのかを語ってもらわなければならない。本来は新しい経済構造に変えていくために構造改革が叫ばれたのだろう。しかし結局その答えは見つけられないまま、、、何をした?市場にすべてを任せれば自然に(勝手に)構造が変わっていくだろうといって知恵を出さなかっただけじゃないか。フリードマンの描いた理想に日本を丸投げしただけじゃないか、、、

 自民党総裁選での各候補の議論ばかりを聞いていたから、どうしても考え方が自民党の枠内での微妙な差異に押し込められてしまった感があるが、そういう前提でいえば基本的には麻生総理がいう当面景気対策、長期的には構造改革、経済成長という路線が現実的だと思う。まちがっても今この不景気で世界的な金融恐慌が心配されるなか財政健全化優先だとか構造改革の継続などと言ってる場合ではない。金融安定化のためにぜひとも日本は各国と協調して全力でシステムを守っていかねばならない。それと同時に緊急経済対策をあげること。とにかく景気の下支えの第一歩を踏み出すこと。国内需要の喚起のまえに中小企業の窒息死をまず止めることだ。まずは今の世界的危機を乗り切ることと国内の倒壊を防ぐ。その後、内需の強化策、そして長期的ビジョンを示しつつ構造改革を進めること(ただし小泉構造改革路線の継続という意味ではない)。

 選挙はいつがいい?今の当面の危機がある程度収束ないしはしばらく安定(恒常化?)した時。小選挙区制である以上、自民と民主の徹底した政策論争をじっくりと聞きたい。たんに票目当ての個別対策合戦ならしらけるだけ。「耳障りな話」を避けるなら無視!注目はまずもって日本と世界の現状認識。そして今後の日本の進路、ビジョン。そのうえでの政策の現実性。国際貢献論、犯罪対策、少子化などもちろん大切だが、なによりも景気と社会保障(年金、医療、介護)と派遣労働問題。

 『官僚国家の崩壊』(中川秀直)、『霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」』(高橋洋一)、『日本経済を襲う二つの波』(リチャード・クー)、『竹中平蔵闘う経済学』(竹中平蔵)、『堂々たる政治』(与謝野馨)、『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(スティグリッツ)、『バブルの歴史』(E・チャンセラー)、『資本主義と自由』(M・フリードマン)、『経済論戦』(川北隆雄)、『景気と経済政策』(小野善康)、『デフレはなぜ怖いのか』(原田泰)、『閉塞経済』(金子勝)、『日本の財政』(林信光)、『チーズの値段から未来が見える』(上野泰也)、『歴代首相の経済政策全データ』(草野厚)、『虚構の景気回復』(水野和夫)、『新帝国主義論』(武者陵司)、『バブルとデフレ』(森永卓郎)

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2008年8月31日 (日)

国民の方向いてない気がする

 今はとにかく選挙のために国民にいい顔しとかなきゃ!って感じがする。選挙が終わっちゃえばあとはまた国民のことなんて気にしなくなりそう。

 国にとって国民ってなんだろう?政治家って口ではいいことばかり言ってるけど、本当に国民のために働こうって気があるんだろうか?国家…これがなくなってしまっては元も子もないからそれには必死になるんだろうけど、生き残ってほしいのは国としての形であって、そこから甘い汁を吸い続けられればいいのかな?

 官僚(トップにいるような官僚)だっていちおう公僕なんていわれているけど、心の中じゃ俺たちが仕切ってんだよ!くらいにしか思ってないんだろうな。愚民たちはおとなしくせっせと働いて納めるもん納めてりゃいいんだよ!とか。

 生き残ってほしいのは、利益を上げてきて自分たちに貢いでくれる大手の企業であって、それを下で支えるのは日本の中小企業である必要もない。大手企業に安く材料を提供して利益をあげさせられるなら中国人だって東南アジア人だって構わない。むしろ人件費が高くていろいろ「うるさい」日本人は目障りな存在なのかもね。

 失われた10年だかなんだかしらないけど、日本って国の形を生き残らせるためにしてきたことは、規制を取り払い、資本の自由化をすすめ、国内企業同士または国内企業を外資と戦わせるということだったのかな。いろんな業種での日雇い、派遣労働を認め、労働力を流動化して効率よく人員配置を行なう…これまでさんざん肥やしを与えて育ててきた国内産業、とくに建設関係は大きく育ちすぎて過剰になってしまったから、これを解体して労働力を開放させることが必要だったのか?

 そういえば昔から切り札的に使われていた「民営化」。中曽根首相くらいからしか覚えてないけど、ずいぶん「分割・民営化」って騒いできたっけ。国鉄や専売公社、最近の道路公団や郵便局。たとえば道路公団の民営化といっても、現場の人たちに聞けばけっきょくは公団の職員たちはそのまま民営化会社の管理部門にそのまま横滑りしてるだけで、下請けだけが競争で厳しさを増しただけだとか。テレビでやってたけど緑資源機構だって解体されて新会社になったといってもただ表向きの名前が変わっただけで、中の人たちはまったく変わらないという。社会保険庁だって同じようなことになるのかなぁ?

 安倍さんがわかりやすく言ってたけど、まずは大企業が収益をあげることでその利益を国民に還元することが出来るようになれば国民は豊かになり国も豊かになると。経済成長によってプライマリーバランスの黒字化を達成すると。だけどそんなことは結局は絵に描いた餅だったんだろうな。経済成長の中身はなんだったのかな?国内にある民族企業はそっちのけで、とにかく輸出頼み、アメリカやその他の新興国の需要頼み、世界中をうろついてるマネー頼み。ところが結局目先の利益ばかりしか追わないマネー、バブルマネーに心を奪われた挙句、サブプライムの失敗で輸出もダメになり、マネーも逃げていき、気がついたら土台であるべき国内産業はズタズタになってたってか…。

 与謝野大臣が書いた本『堂々たる政治』のなかに「国家とは、国民が割り勘で運営している組織に過ぎない」(P.147)とある。

 「…国民と遊離したところに国という別の組織があるわけではない。そこのところを、国民の皆様にわかってもらわなければいけない」

 「国と国民は同義語だから、国の借金というのは国民の借金である」

 「…みんなでちゃんと割り勘分を払わなければ、本当にこの国は支えられない…税負担という苦い薬を飲む前に、ぜひとも、皆さんに国民と国家というのは同じものだということを理解してもらう必要がある」

 国と国民が同義語で、国民が税という形で国のために働く。そのかわり国は国民生活を守る。国を運営する者たちが本当に国民の方を向いていると感じられれば国民は(仕方ないと思いつつも)だまって税負担を受け入れると思うんだけどね。

 今回決まった定額減税も単年度の措置であろうと、減税になるのは国民にとって嬉しいことに違いない。公明党の人気もあがるかもしれない。でも何かおかしくない?そもそも恒久的なものと言っていた定率減税は何のために廃止になった?ずっと前に消費税が導入されたときは福祉目的税とか言われていたけど実際はどうだった?逆に暫定的であったはずのガソリン税などの上乗せ分はその根拠を失ったにもかかわらず今の医師不足などの騒ぎに乗じて一般財源化され固定されようとしているし。

 ともあれ、今はとにかく選挙目当てであろうとなんであろうといいから(よくないけど)、もうすこし内需に目を向けてもらいたい。上げ潮のやり方は結果的に国民を豊かにはしなかったわけだから、バラマキではないにしても、それと財政健全化も猶予がないにしても、もっと思い切った物価高対策いや景気対策をやってもらいたい。今回の補正予算での規模じゃ焼け石に水、というか一瞬だけの息継ぎしかできないような気がする。そう思うのは結局は選挙のための付け焼刃的なものとの不信の念がぬぐえないためじゃないかな。

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2008年8月30日 (土)

大分県教員不正採用者取り消し

 21人もの不正合格者がいたとは驚いた。今回大分県教委はつらい判断だったが不正は正していかなければならないと言い、苦渋の決断だったと漏らしていた。

 もっとも心配されるのは子どもたち。夏休み明けてみたら先生が替わっていたとなれば今までの先生は実は試験に受かっていなかった人だったんだとなる。「先生」が「ただの人」になる瞬間だ。べつにその人たちが人間的にダメだったというわけじゃないし、教えられてきた内容を否定する必要もない。不正によって先生になったとしても当人はちゃんと勉強してそれなりの熱意をもって職に望んでいただろうから。内容だってまさか間違って教えるなんてこともないし。それでも、、、子どもや保護者からすれば不信感を抱いてしまうことだろう。

 他にかわいそうなのは不正操作によって不合格にされた人たち、それと不正によって合格させてもらっていた人たち。どちらも本人の全く与り知らぬところでなされていたなら被害者といえる。不正合格した人も不正のため不合格となった人も被害者だからこそ、一方を辞めさせる(臨時講師としての採用あり)のは苦渋の判断だったといえるだろう。それでも県教委の判断は当然のことだ。採用取りやめとなった人たちは自分の身内を恨むことだ。 

 でもきっと不正合格者のなかには事前にそれとなく知らされていた人もいたと思う。

「おまえは心配することはない。落ちることはないから大丈夫だ」

なんてことを言われていた人もいたと思う。

 そんなやり取りはきっと過去からずっとどこの県でもあった風景のような気がする。日本ってけっこうそういうやり取りがある国だと思う(事実、親戚の校長経験者がそんなことどこでも当たり前にやってたことだと語ってくれた)。

 教員採用の現場だけじゃない。言ってみれば「談合」の一種だし。業者の間での「お中元」や「お歳暮」ってのは案外形を変えたワイロと見えなくもない。要するに特定の「立場」にある人やその関係者たちはずっとおいしい蜜を吸い続けられる構造。天下りだって同じ範ちゅうに入るものだ。国の経済のパイが大きかった時代にはそんな仕組みもうまく機能していたんだろうし、取りこぼした者たちにも別の機会が与えられていただろうから問題はなかったといえるが、今はそんな時代じゃない。。。

 パイの大きさは教育界でも同じように小さくなってしまった。子どもたちが減っているのだから。小さくなったパイをめぐって競争は熾烈にならざるを得なくなる。思えば昔の教員大量採用の時代に教員になった者は幸せだっただろう。今はとくに地方では教員への道は非常に狭き門となっているらしい。だからといって、簡単に先生になれた時代の人よりも今の狭き門をくぐり抜けた先生たちの方が優れているとかいうわけじゃないだろう。先生と呼ばれる人に限ったことじゃないけれど、人は社会人となってその現場で働く経験を通してその道のプロとなっていくのだから、先生も採用されたらいきなり尊敬される先生になれるわけじゃなく、現場での経験を通して先生になっていく。採用時の試験の当否よりもそちらの方が大事なわけで、そういう点ではたとえ夏休み前までに教わっていた人が「先生」じゃなかったからといって何も悲嘆することはないと思う。本人自身は悪くないんだし、逆に先生は気の毒だったなぁと子どもたちに思ってもらえるように子どもたちのアフターケアはしっかりやってもらいたいものだ。

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2008年8月27日 (水)

ココスのドリンクバー

 昨日のディナーは久々のココス。なんとなくカレー食べたいと思ったのと、ついでにゆっくり読書したいと思ったためだ。(読書の場にするのも悪いけど)

 ちょうどカレーフェアみたいなのやってて、辛そうな黒カレーを注文した。

 辛かった、、、(^v^;

  うまかった!!(^o^)☆☆☆☆

 それはそうと、ドリンクバーも頼んだ。

 それはいいとして、、、

 店内放送を聞いてたら、
「このたび、皆様からの御要望にお応えして、お子様のドリンクバーを無料にしました!」
などと。(正確な言い方は忘れたけど、だいたいこんな感じだったと思う)

 う~ん、そっかぁ、皆様から
「子どものドリンクバーは無料にしてほしい」
といった要望がたくさん寄せられたんだねぇ。

 にしても、、、要望した人って、どこからそういう発想が出てきたんだろう?

なぜドリンクバーなんだろう?

なぜ子どもの…なんだろう?

ドリンクバーって、大人に比べて子どもは消費量が少ないだろうから、そのかわり安くして欲しいなんて要望ならわかるんだけど…

 まぁ、別にどうでもいいことなんだけど。

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同情される人、されない人!?

アフガンで拉致されたNGOの方。情報が錯綜するなか、安否が気遣われる。無事でいてもらいたい!

同じように危険地帯にはいって拉致された日本人が何人かいた。解放された人もいた。残念な結果に終った人もいた。

それぞれに対する国民の世論はどうだったか?

危険と分かっていながら冒険心で行った者にたいしては世論は冷たかった(と思う)。人道的な面もあるしけっして表立っては言えないことだろうけど、、、「自業自得じゃん」って思った人も多かっただろう。

かわいそうなのは親や親しい人たちだ。そんな世間の空気をわかっているだけにいっそう…。

今回も危険だという警告はなされていたが敢えて活動を続けていたわけだけど、現地の人のために人生を投げだす覚悟でNGO活動をしているという点で違いがあるんだろう。

同情される場合と、されない場合と…。

同列に言っちゃいけないだろうけど、、、

冬山登山で遭難した人たちのニュースが大々的に継続して報じられるのはなぜだろう?報じるのがおかしいとまでは言わないけど、あれって自分で好きでリスクをおかして登山してるんじゃないのかな?といつも疑問に思う。そりゃあ、国民の安否を同じ国民として心配しないわけではないけれど…なんかなぁ。

自衛隊艦船に衝突されて行方不明になった人たちのニュースが大きく扱われるのはもちろん納得できる。

また、同列に論じられないかもしれないけど、、、

星野ジャパン、全敗したからかさんざん叩かれているみたいだ。あれで全勝とかして金メダルとってたらまったく評価は違っていたんだろうな。

でも、、、王監督がWBCで勝ったけど、あれで負けていても星野さんのような酷評にはならない気がする。偏見かな?オレ的にはどうも星野さんが好きじゃない。。。だからかもしれないな。なんか、、、星野さんって精神論ばかりであまり深く考えてない人ってイメージあるからかも。

前にNEWSゼロでいじめ問題やってたときにゲストコメンテーターとして出演してた星野さん。彼いわく自分が子どもの時は大将とかいて弱いもんを守ったもんだ!とか。それが印象に残っていたもんだから、今回も「叩かれても仕方ないじゃん」みたいに思えてしまう。

なんとも今回は偏見にみちた内容かもしれない。

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わが町の産婦人科もピンチ!

今朝のわがケーブルテレビのローカルなニュースでやってた。

わが町(市)の拠点病院でも、来年4月以降の産婦人科の受付予約を当面やめるそうだ。なんでも、東京からの産婦人科医の派遣が困難になっているためだという。

そーだったのかぁ、、、産婦人科医って「ハケン」だったのか!

深刻だなぁ、、、

少子化とかいってるのに、産みたいと思っても産めないなんて…

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2008年8月21日 (木)

帝王切開事故について

 4年前、福島県大熊市にある県立病院で帝王切開手術を受けた29歳(当時)の女性が死亡した医療事故で、業務上過失致死等の罪に問われていた産婦人科医師(40歳)が今日の福島地裁での判決で「無罪」となった。

 NHKのニュースによれば、この「事件」のあと「リスクのある行為をして罪に問われたくない」という気持ちになった産婦人科の医師が医療行為をやめるケースが相次いだという。

 ただでさえ医師不足がいわれているのに、こういう「事件」によって現役の医師がますます及び腰になってしまうということは大きな問題だと思った。いよいよ出産だというときに、それを行ってくれる医師がいないなんて、、、

 先日もうちの父が不注意で転倒して大慌てで救急車を呼んだ。ところがなかなか出発してくれない。聞いてみると「まだ受け入れてくれる病院が見つかっていない」んだそうだ。救急車は受け入れ先の病院が決まらないと出発してくれないそうだ。そりゃそうだろうけど、こちらとしては一刻も早く治療をしてもらいたいと気は焦るばかり。

 救急車といえば、たいした緊急事態でもないのにすぐに救急車を呼んだり、なかには病院までのタクシー代を浮かせたいために利用する人もいるということが問題となった。本当に必要な人のところに救急車が来られないのだ!

 受け入れてくれる病院を探して「たらいまわし」にあって間に合わなかった患者もいるのだ。そんななか、医療事故を起こしたことですぐに逮捕され罪に問われるようなことが頻繁に起こってしまうと、ますます医療現場での萎縮が増長されてしまうわけだ。

 もちろん一方で今回妻を亡くされた夫、娘を亡くされたお父さんの気持ちもよくわかる。家族の方々もたいへんやりきれない思いだっただろう。まさか喜ばしいはずの「おめでた」で母親が死亡するとは夢にも思わずに待合室で待っていたことだろう。

 家族としては、担当医が「人殺し」をしたとは考えないが、ミスによって結果的に亡くなってしまったのだから、一層複雑な心境だったと思う。故意にしたことなら心の底から恨むこともできようが、そうではないのだ。やり場のない怒りや悲しみがこれまでもそしてこれからも続くのだろう。

 家族の気持ちも(少しではあるが)わかるといったのは、オレも母親を亡くしたとき、よく考えれば仕方のなかったことであったとはいえ(末期癌だったので)、大切な人を失うという悲しみはどうしようもなく辛いものであり、その悲しみを何かのせい、誰かのせいにしないではいられなくなってしまった。「あの時、なぜ担当の先生はあんな処置をしたのか」「余命一週間だと聞かされて悲しみに崩れそうな気持ちのところをジッと耐えているそばから、先生は笑っていた」などなど先生への怒りという形でしか自分を癒すことができなかった。

 そのときもうひとつ感じたのが、医療現場の「閉鎖性」だった。この場合の「閉鎖性」というのは、いわゆる治療内容の情報開示がなされていないということではない。むしろその点は最近ではよく患者や家族に説明がなされているという印象がある。そうではなくて、もっと生々しい部分のことだ。「手術室のなかでなにが行われたのか?」たとえば、、、「実はちょっとした処置上の不手際があって余計な部位を傷つけてしまっていた」ということを現場に居合わせた者たちが「伏せておこうとする」ようなこと。本当はそんな処置をしなければこんなことにはならなかったんじゃないか?という疑念。なにかみんなで隠してることがあるんじゃないだろうか?と、、、こういうことも、広い意味では悲しみに耐えられずに誰かに責任転嫁したい気持ちのひとつだともいえるのかもしれないのだが。

 このように、今回の「事件」は医師不足に拍車をかけるのでは?という問題と、一方で大切な人を亡くされた家族の心情の面と、ふたつ大きな問題を投げかけたように思えるが、もうひとつ思うのは、あらためて医者という職業の大変さ、そして大切さということだった。

 すべては「命」という「かけがえのないもの」からくる。世の中にはミスが許されるものと(絶対にとまでは言うことはできないが…)そう簡単にはミスが許されないものとがある。失敗しても何とか取り返しがつくこともあるが、命を失わせるという失敗はもう二度と取り返しがつくものではないのだ。それだけ医者という職業は他のあらゆる職業に対して突出して重要な気がする。政治家の判断ひとつで国家国民を戦争に向かわせるという点で政治家という職業も大変重要だ云々ともいえるが、そうした滅多に起きないようなこととは比較にならない。なぜなら医者は誰にとっても大変に身近で明日にでもお世話になる可能性が高いのだから。つまり我々の日常に極めて密接に関わっているものだから。

 お産もそうだが、それ以外の命に直接関わってくるような病気やけがのときも、私たちはとにかく先生を信頼して(信じて)、すべてを先生にゆだねる!!それしかできないのだ。ただただ先生を信じることしかできないのだ。素人が一緒になって具体的に詳細に治療方法を決めていったり、切開の位置や長さを指図したり、処方する薬を一緒になって決めたりなんて出来るわけがない。医師のすること、密室で行われること、すべて私たちにはコミットできない世界なのだ。

 今回の件を受けて、厚生労働省では医療版「事故調査・究明」委員会のような第三者機関の設置を検討すると言っているようだが、それも大事だと思うけれど、医師という存在の重要さをもっと真剣に考え(考えているんだろうけど)、国の重要政策として医師の養成とか医療の充実とかに取り組んでもらいたい。教員採用試験で「口利き」があったとしてもそれで教師になったために子どもの命が危険にさらされるということはない(そんなことないさ!などと反論しないでよ。空気読んでよ!)。でも、医科大学に入るのに口利きがあるとか、医師の資格試験で口利きするなんてことは間違っても無いようにしてもらいたい。

 最後に、医師はまた人間性も大きな要素になるだろう。知識だけあって天狗になってるような若い医師は論外だ。一人前の先生、「あの先生なら安心してまかせられる」といわれる先生になるにはそれなりの経験も積まなければならないだろうから、そういう長い目でみた医師の育成も大事だ。信頼できる医師作りには長期的な視野に立った政策が必要だ。その意味で、今回の件は家族にはたいへん申し訳ない言い方になるが、大切な人のかけがえのない「命」を無駄にしないためにも、事故を大きな「教訓」として今後の医療行為の中で生かせるようにしなければならない。すなわち医師の育成、医療の進歩のために活かせるようなものにしなければならない、と思う。

 なんか偉そうなこと言っちゃったけど。。。

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2008年8月10日 (日)

占いなんて信じてないんだが!

 う~ん、どう考えても、、、う~ん、、、偶然だろうけど、、、

 昨日の携帯電話の星座占い(てんびん座)によれば、「しばらく音信がなかった友人や知人から突然の電話かメールが届くかも!新たな関係性が築けそう。」ということだった。

たまたま朝にそれを見たんだけど、すっかり忘れ去っていた。

そしたらなんと、夜の仕事中にたまたま数年ぶりの友人がお客さんとしてやってきた!本当に久しぶりだったからすっかり話に花が咲いて、しばらくおしゃべりタイムとなった。実は20年以上前に「友達以上、恋人未満」という間柄だった人。ま、彼女はとっくに結婚して立派な妻となっているから万が一にも「新たな関係性」を築くなんてことはないんだけど、、、

話してるうちに、彼女の高校生の長男の担任の先生がなんとオレの友だちってことも判明!!偶然だろうけど、ここにも「新たな関係性」が、、、

 う~ん、占い、やるな!

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今回の太王四神記は~

 さてさて今回の太王四神記は、、、ってオレはぺの追っかけかい(笑)

 なんつーか、今回の陛下はほとんど脇役だった気がする。主役はスジニとキハの姉妹かな。あぁぁ、複雑な気持ちだ。今回はどうもあと味がわるいというか、、、

いつもなら胸がスーッとしたり、逆に感動と興奮で息が苦しくなったりしてたけど、今回のは辛い。スジニが本物の朱雀の守り主なら陛下との恋はかなわない。もし本物なら殺されるべき存在だなんて、、、

 神話時代の、ファヌンをめぐる二人の女性の悲しい物語。歴史が巡って、タムドクがチュシンの王になるのを心待ちにしているのだが、ただひとつあの神話時代の悲しみだけは再びくり返してほしくない。ドラマを見ながら、同じ歴史がくり返されるならいつかあの悲劇の物語も再び起こるのは必然だと、そのときが来ることはうすうす気付いてはいたけど、そろそろそのときが近づいてきたのかなぁ。あぁ、次回を見るのがちょっと辛いかもしれない。

 だけどやっぱり早く見たい。見たい!!!…のに、来週はお休みだってさ(泣)

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2008年8月 8日 (金)

景気が後退局面に…

 政府の景気判断がはじめて「悪化」を認める内容となった。

 戦後最長の好景気という言いかたには国民の多くがずっと前から違和感を持っていたはずなのに、何をいまさら!?って感じだね。

 政府、政治家には世間の景気は関係ないのかねぇ、、、

 先日のNHK「日曜討論」では、福田新内閣の新閣僚たちが出演していろいろ言っていたけど、思ったよりも「財政再建至上主義」でも「増税一本やり」でもなく、結構経済の現状を踏まえて柔軟に対応していくという発言をしていたので、やや好印象だった。その後の世論調査でも多少の支持率の持ち直しがあったみたいだけどね。

 今の日本の経済をどうしていけばいいのか、、、優秀な学者先生も、専門家たちもこれだという答えを誰も言えないでいるんだから、オレら素人がどうこう言えるもんでもないけれど、いろいろ話を聞いていて、やはり麻生幹事長が言ったように今はまず財政再建よりも景気対策だし、それによって国民の富(内需)のパイを大きくすることが結果的に財政再建・プライマリーバランス黒字化に寄与することになるんじゃないかとオレも思ってしまう。

 たしか町村氏も谷垣氏も小泉改革の成果が「お金をかけずに経済成長をさせられることを実証した」といったことを言っていたように思うけど、それは単に外資に門戸を開放しただけのことで、結局外資に国内を荒らされ、サブプライムで世界的なリセッションになったらあっけなく外資に見捨てられただけのことじゃないの?と、、、何度も言ってきたけど、やっぱりそういうイメージなんだよねぇ、、、

 だから国内の地固めをもう一度といったところで、じゃあ何をすればいいのとなると何をするのが一番よいかなんてやっぱりわからない。景気対策としてバラマキをするのがいいとは思わない。かといって「必要なところに必要に応じて」といっても、一体どこが最優先かといわれても見当がつかない。建設業か?不動産業か?漁業をもっと?農家?物価高で苦しむ消費者優先か?個人への減税策か?

 う~ん、、、

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親の愛とエゴとかん違いと…

 埼玉の長女による父親殺し事件で、長女の供述内容がニュースになった。学校の成績のことを親に話せずに悩んでいたという。人間関係に疲れたという動機、この人間関係というのは親との関係を言っているのだろうか?

 ドラマのモンスターペアレントは大変興味深く、毎週見ているお気に入りのひとつだけど、まぁあんな極端な親も実際にいるのかなぁと不思議になるけれど、仮にいるとして、きっと本人(親)はそれを間違っていないと思ってやっているのだろう。そして自分がその「モンスター」だなんて決して思っていないのだろう。

 親の子に対する愛は疑うべくもないものだ。だが、愛というのはそもそもわかりにくい概念だ。私たちの用いている「ことば」というものは、私たちがあるものを表現したい(誰かに伝えたい)と思ったときに無くてはならないものだけど、反面でうまく区別できないことを同じひとつの言葉で表現してしまって、それに自分自身が納得してしまうということもある。「ことば」が私たちの思考内容を逆に規定してしまう。

 これは「子どもへの愛」だと本人は思っていても、もっとよく考えてみたら親の一方的な思いを押し付けてるだけだったということもある。

 ドラマモンスターペアレントで哀川翔が医者役で出演した回では、子どもを勉強させて医者にすることが子どもの幸せだと親が思い込んでいたが、それが子どもにとって本当に幸せな生き方なのかを問う内容だった。

 2006年、奈良でのエリート少年による自宅放火事件。父親の勉強に対する厳しさ、そのための暴力が事件の引き金になった。少年は、あるテストの成績が父親に知れたら殺されるのではないかと真剣におそれ、父親を殺す計画を立てていた。

「なんでこんなに勉強させられなあかんのや」、「なんでパパからこんなに殴られたり蹴られたり暴力を受けなければならないんや」、「一生懸命勉強しているやないか」

そして少年はパパを殺そうと思うようになったという。(『僕はパパを殺すことに決めた』草薙厚子著・講談社)

 今回の長女についてはまだ動機の全容がわからないが、上と似たようなものだとしたら、それは子どもに何か共通の問題があるのか?それとも親の方に共通の何かがあるからなのか?

 前に、格差社会における親や子どもの「勝ち組」強迫症みたいなものがあるのではと書いたけど、勉強させて「いい高校、いい大学」に子どもを行かせることが「唯一の」子どもの幸せなのだという考え方はまさにその典型じゃないかな?

 親のそういう願いはもちろん間違いとは言えないだろうけど、肝心の子どもがその中で悩み苦しんでいるのだとしたら、それはやはり部分的な正しさでしかなく、もっと別な正しさもあるのだろう。正しさの中身がひとつではないように、愛の中身もひとつではないと思う。

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2008年7月24日 (木)

感動サービス、ミッキーマウス

 今日は職場の研修会の一環として、元ディズニーランド社員の方による「感動サービス」についての講演会に参加させてもらった。

 正直に告白すれば、話を聴いて3回ほど感動して目に涙が浮かんでしまった。ひとつめは(これは有名な話らしいけど)"お子様ランチ"の話。次にミッキーマウスの話。最後にある駐車場誘導員のおじさんの話。

 最初の話と最後の話は書店にいけば大抵は見つけられる話だと思うので、2番目のミッキーの話をざっと書いてみたい。

 講師の先生(以下先生)が現役時代、アトラクションのひとつ「ジャングルクルーズ」の担当だったときの話。

 お客さん(ゲスト!)に夢を与える仕事だから一生懸命、すごいテンションで話まくる。1回約10分くらいのコースをまわるあいだ中ずっとおなじテンションでゲストを楽しませたという先生。実際にそのときの様子を実演で再現してくれた。なるほどこれは大変だなぁと思った。それを一日に何十回もこなしていたという。

 さすがに疲れてしまうのも仕方ない。休憩のときに舞台裏で疲れて背中を丸めて歩いていたときのこと、うしろからやってきた「ミッキー」がポンと背中をたたいて「がんばって!」というしぐさをして、そのまま元気よく去って行ったのだというのだ。

 ミッキーだって人一倍疲れているはず。開園と同時に手を振ってお出迎え。あっちの人から写真をせがまれ、こっちのひとからせがまれ、気付かないでいるとパンチをくらい、次はアトラクション、次はパレードと休むひまもない。

 表舞台ではみんなの人気者のミッキー、いつも元気でがんばってる。でも、、、

 舞台裏でも、やっぱりミッキーはミッキーマウスだったんだと!!

 先生いわく、ミッキーからもいっぱいいろんなことを教わった。。。

 この話を人はどう聞くだろう?

 研修を終えて帰ってきたオレは興奮してその話をまわりにしてみた。オレの話し方が悪かったのか、ぜんぜん無感動……

 サービス業をやっていないとこの気持ちはわからないのだろうか?いやサービス業をやっていても、理想と現実は違うと冷めてる者もいるかもしれない。職人魂ってやつだねぇと冷静に評論する者もいるかもしれない。しょせんは金のために働いてるんだという者もいるかもしれない。たしかにディズニーランドという特殊な環境だからこその話かもしれない。でも、サービス業をやってる者ならば一度くらいはお客さんに満足してもらったときの、お客さんの笑顔を見たときの何ともいいがたい喜びを感じたことがあるんじゃないだろうか。

 少なくともオレは、ミッキーの一生懸命な姿を思い浮かべて目頭が熱くなった。

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八王子通り魔(3)解決法!?

 またしてもわが店の同僚(後輩)くんがすてきな発言をした。

 今朝、昨日の地震の話とか雑談していて、ふと八王子通り魔事件の話になった。すると彼いわく、、、

むしゃくしゃしてやったって言ってんじゃん。だったらさぁ、、、日本政府がそういう人を募集して、世界の戦争してる国に兵士を貸します、いや、あげます!とかいって戦場で思う存分戦ってもらったらいいじゃん!」

 なるほど、、、

「もしくわ、国が金が無いっていってんでしょ。だったら、その兵士をひとり100万円くらいで売ってさ、、、」

 これはブラックジョークだけど、普通の庶民感覚って案外そういうもんだ。

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八王子通り魔(2)違和感

 感覚が違うのかなぁ…

 一夜明けてからだとはいえ、、、

 殺害された被害者のバイト先書店の同僚(後輩)のインタビュー。テレビで見たかぎりでは、ニヤけてた気がするんだけど。たぶんオレが同じような状況にあったら、しばらくは沈んでる気がする。

 あと、会見をしてた中央大学の方(たしかゼミの先生?)。なんであんなに淡々としかも軽やかに語れるんだろう?たとえ切り取られた一場面だとしても。

 そういえば秋葉原事件のときも、事件現場でテレビのリポーターの背後ではしゃいでたやつらがいたっけ。あれもわけわかんない。

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八王子通り魔

 無差別殺傷事件、、、

 もうここまで続くと「なぜだろう…」とか考えてみる気もしなくなる!とりあえず犯人を死刑にしてはダメだ!一生償わなきゃだめだ。彼にできる第一のことは、一生被害者に頭を下げること。そして第二に、あらいざらい自分の心のうちを世間に向かって告白すること。なぜ凶行に走ったのか?なぜ誰でもよかったと思ってしまったのか?なにが不満だったのか?犯罪行為をどう認識していたのか?自らの心の内面をあますとこなく白日の下に晒すことが彼の被害者に対する、遺族に対する、社会に対する償いになると思う。

 派遣労働を転々として「負け組」と思っていたのか?やりがいとか生きがいを感じられず苦しんでいたのか?日陰の存在と思っていたのか?小中と疎外されいじめられていたせいか?本当はどんな自分でありたかったのか?他人の人生を絶ってしまうことに対して思いを至らせたりできなかったのか?何が自分をこのような状況においやったと思うのか?身勝手、自己中心的だとは思わないのか?なぜテレビにでて有名になりたいと思ったのか?一体誰に対して、何に対して不満を持っていたのか?土浦や秋葉原事件を見て、その犯人の行為を知ってどういう感じを持っていたのか?自分のしたことの弁明は?その償いはどうすべきだと思うか?

 聞きたいことは山ほどあるのに、、、

 ガソリンスタンドで働くオレ、単純労働だし、長時間労働だし、給料も安いし、この原油高でいつどうなるかもわからない状況だし、「負け組」だと自分が思ってしまえば、たぶん「負け組」意識が芽生えるだろう。

 派遣労働者だっていっぱいいる。たしかに(大)企業の都合でこんな社会になってしまったと考えれば(大)企業のせいだろう。好きなときに使って、好きなときに切り捨てられて、まったく(大)企業にとっては都合の良い「制度」だろう。そういう社会背景的な問題もそれはそれで考えなくちゃいけない問題だ。

 だが、そういう人がみんながみんな不満ばかりため込んで生きてるわけでもない。それでも家庭を築いて一生懸命働いてる人だっている。「しあわせ」に暮らしている人もいる。

 子どもの頃から集団になじめず、いじめをうけていた人だって、みんながみんな被害者感情を引きずっている人だというわけでもない。立ち直ってる人もいる。

 悲しいかな、いまこうしてる間にも「境界」で不満をため込んでる犯罪予備軍がいることだろう。あらたな「方法」の提供に触発されて、「次は自分だ」と思い始めてる人がいることだろう。

 テレビでいくらいろんな人がコメントしても、偉い先生が分析しても、ダメだと呼びかけても、そういう人たちは結局は「勝ち組」じゃん!くらいにしか思われないだろうな。

 「負け組」って概念を作ったやつが憎らしいけど、まぁそれも時代の必然なんだろうから仕方ない。そういう言葉ができてしまった以上、自分をそう規定する者が出てくるのもまた仕方のないことだろう。馬鹿げていると言おうとなんだろうと、現実に起きてることだ、認めないわけにはいかない。

 そういう「意識」を持ってしまった人がいるという前提で、いっそテレビ番組をつくろうじゃないか!

 「負け組だよ、全員集合!」でもいい。

 「朝まで生負け組」でもいい。

いくらテレビで「負け組じゃない人たち」があれこれ言ってても、「負け組」の心を動かすことはできないだろうから、ともかく当事者である「負け組」を集めてきて、心ゆくまで討論なり議論なり愚痴のこぼし合いなりさせるといい。そういう番組をゴールデンタイムに放送して、同じような気持ちで悶々としている人たちに訴えかけようじゃないか。

 ……そんなこと根本的な解決ではないかもしれないけれど。

お!すごい地震だ!!!!

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2008年7月22日 (火)

変わっていくのに変わらない

 世の中は変わっていく。日本も「もはや高度成長期じゃない」んだから。

 (被差別部落、障害者、少数民族、性差別等々、隠された格差・差別問題はもちろんあったとしても)今までは全体としては「中流」とされてきた。そのなかで行なわれてきた「悪しき慣習」も、なんとかそういう「中流」といった状況のなかで希釈されてきていたんだろう。

 だけど、今のようなグローバル化による競争の激化と、その結果である貧富の差が誰の目にも明らかになってきた時代にあっては、ましてや国の財政が破綻寸前といわれるような時には、それに応じてこれまでの構造も変わっていかなければいけないはずなのに、そして偉い人たちは口ではそんなことを盛んに叫んでいるにもかかわらず、相変わらず政官財の利権だけは守っていきたいと必死になってるってことでしょう。

 「改革なくして成長なし」、「成長なくして改革なし」、「成長なくして日本の未来はない」を信じて「痛みに耐え」ればもう一度明るい未来がやってくるんだと頑張ってきた結果が、市場の至上主義による格差社会を生み、頼みの綱だった外資にはあっさり見捨てられ、ただただ青い顔してぼう然としている政治家が残っているだけ、、、

 もはや残された道は増税しかない!と言われても、その前に「悪しき慣習・慣行」をなんとかしろや!って言いたくなるのも無理もないじゃない。

 今日は知人の元校長先生と話してたけど、例の教育委員会の事件って、「あんなことはどこの県だってやってることだよ」とひと言。オレの身近なとこで言えば旧道路公団と関連会社との慣習。社会保険庁問題、防衛省問題などなどお役人がらみの慣習が次々とやり玉に挙げられているのは、誰かのリークという個人的な問題というよりも結局は時代の変化に後押しされているということなんじゃないのかな。

 ねじれ国会に象徴される政治勢力の変化。民主党が民意を得た結果だとか、いやむしろ自民党の失政のせいだとか言われるけど、それって結局はコインのうらおもてであって、時代とのミスマッチ現象ってことでしょ。

 などなど、自分のことは差し置いて人の悪口ばかり言っててもダメなんだよね。

 あれ?いったい何が言いたかったんだっけ??

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教育委員会イメージ悪いね、、、

 せっかくさぁ、ドラマ「モンスターペアレント」で(市?の)教育委員会のがんばってる姿を示してるのに、こんな問題ばかりじゃがっかりだ。

 モンスターペアレントでひと言だけいうと、毎回楽しみにしてるドラマだ。前回の給食費未納問題もよかった。このあいだ小学校の先生であるお客さんと話してた。オレの関心は「いまでも体育座りが行われているのかな?」ということだったから、そのことを聞いたら今でもそうだということ。「体育座り」は子どもたちを国家に従順な人間に育て上げるための手段のひとつだという話を最近読んだからだ。脱線するけど、、、『寝ながら学べる構造主義』(内田樹著・文春新書)のなかの「ミシェル・フーコー」についての話のなかにあるもので、引用すると

《 生徒たちをもっとも効率的に管理できる身体統御姿勢を考えた末に、教師たちはこの坐り方にたどりついたのです。しかし、もっと残酷なのは、自分の身体を自分の牢獄とし、自分の四肢を使って自分の体幹を緊縛し、呼吸を困難にするようなこの不自然な身体の使い方に、子どもたちがすぐに慣れてしまったということです。》(p.105)

(この文の後半部分もすごい内容だけどね)

ついでのついでに言うけど、この本すごくお気に入り!だんぜんおすすめ!なんていってもこの内田先生ってすばらしいと思う。「○○入門」とかいう一般の素人向けの本であっても結局は難しい言葉ばかりで消化不良になることが多い中で、この本は本当にわかりやすく書かれている。書評を見るとこの本では構造主義は学べないみたいに言ってる人もいるようだけど、導入としての役割は十分だと思うし、「入門書」でなにより大切なのは読者にもっと知りたいという気持ちを起こさせて自力で学び始めさせることができるかどうかだと思うから、その意味でも他の分野の入門書と比較してもまさに鏡だ!当の構造主義者たち(というかポスト構造主義者たち)の原書を読むよりもよっぽどためになるんじゃないかとさえ思う(たとえばラカン、ドゥルーズらがいかにデタラメかを暴露した『「知」の欺瞞』参照してみて。彼らがやたら難しい言葉で語っていることの中身が実はデタラメだらけで、難しい言葉を使うことでいかにも《深遠な思想を展開しているかのようにみせかけている》だけの詐欺師だと断じているところは痛快だ!ちなみにフーコーのある本の序文を読んだところ、何ひとつ意味がわからなかった。こんなに言ってることがわからない文章も初めてだった…オレってよっぽどおバカなんだと真剣に落ち込んだ)。

それはおいといて、その「体育座り」について話して、それから「いじめ」問題とかも大変でしょうねぇと話したら、先生はそれよりも今いちばん大変なのは「給食費の集金なんだよ」と言っていた。その直後にドラマで同じテーマをやってたもんだから特に感慨深く見たんだよね。

 さて、肝心の大分県教育委員会の事件。教員採用試験や教育委員会人事の不正に続いて今度は校長・教頭の昇任試験の不正と、、、

 これは、県議たちの「口利き」問題とか公務員がらみのワイロ問題もさることながら、ただ教育委員会にとどまらない試験制度全体の問題でもあるよな。オレたちにとって他人事じゃないのは、さてさてオレらが受けてきた高校受験とか大学受験とか入社試験とかいうもろもろの試験は本当に正当なものだったんだろうか??という疑問が今さらながら起きてきちゃうところにあるぞ。まぁ、受かったものについては過去のことにしたいなんて俗物根性が出ちゃうけど、落っこちたものを思い出すと、ムムム、、、ふざけんじゃねぇ~!ってことになるね(もっともこれまで一度も試験に落ちたことがない人もいるんだろうけど)。

 それにしても怒りを覚えるのは、一生懸命がんばって実際には合格してたはずの人を権力を利用して潰してしまったということだ!(結果がすべての世界もどうかと思うけど)

 一方で気の毒だとも思うのは(落とされた人はもちろんのことだが)、自分の知らないところで不正によって合格させてもらっていたという先生。実際には落ちていたんだから潔く辞するしかないんだけど、このことが発覚しなければ先生も生徒たちもある意味では幸せだったのかもしれないとも思えるし、他方で本人にとっては実力的に未熟で落ちてしまっていた方が実は本人のためだったのかもしれないとも思える。いずれにせよ、県議の悪しき慣行とか親のエゴ、欲に目がくらんだ者どものせいで多くの人たちの人生を狂わせてしまったということだ!

 そして、なによりも悲しいことは、自分の担任の先生が実は先生になる資格がなかった人だったと知った子どもたちだよな!このことの子どもたちに与えた影響に対する責任は事件の当事者として全員がしっかりと謝ってもらいたい!世間に戻ってきたらまずはきちんと頭を下げろ!といいたいね。子どもによる事件をあーだこーだ論じる資格すらないということじゃん!

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2008年7月20日 (日)

少年少女の犯罪

 格差社会のなかで、とにかく勝つか負けるかという考えが蔓延してる気がする。受験競争というのは昔からあったんだろうけど、いまはもっと深刻化してるんじゃないだろうか。子どもたちの…学校現場ではどうだろう?

 優等生が、内気な子が、おとなしい子が、キレてる。キレるのは食べ物のせいで脳がおかしくなってるのかもしれないし、ゲームやネットも「脳内汚染」の原因かもしれない。あるいは社会の状況にもっとも敏感に反応してるのが子どもたちなのかもしれない。

 「勝つ」ことがとっても大きな価値になっていないか。学校現場で、家庭で、子どもたちは知らず知らずにそういう負荷を受けているんじゃないか。

 バスジャックの少年は親を困らせる=親に勝つために必死になった。バスジャックは手段でしかない。少女は父親に勝たねばならなかった。相手を殺すことは究極的に相手に勝つことになると信じてるとしたらこわい。いっぽう、自分が「負け組」だと悟ると虚無的になって自殺したり死刑を望んだり、自暴自棄になって無差別殺人に走ったり、、、

 ついこの前は「自殺の連鎖」といって騒がれていた。いまは「殺人予告の連鎖」といって騒いでる。連鎖は仕方ないことだよ。それがもっとも自然なことだし。真似するのはごく自然。自分が死ぬのも無差別に殺すのもすべて手段だから。根っこにあるものを探し出さなくちゃダメだ。これからも形をかえていろんな「連鎖」がおこる。ネット予告が出来るのはそういう環境が出来たためでしかない。ネット自体の問題もあるだろうけど、ネットが無い時代にはそれなりの別の形があったんだろう、いやあり得たはず(昔もいまと同じような根っこの問題があったとはいえないから、あり得たと言った方がいいだろう)。

 格差社会をなんとかしないと、これからもますますびっくりするような犯罪が絶えない気がする。

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2008年7月11日 (金)

原油バブルはいつはじける?

 うぉ~、休み前だからブログ更新しまくりじゃ~(^^)v

 さて、原油バブルはいつはじけるのか!?

 すんません、そんなの分かりません!分かったら苦労しないっ!!

 どーにかしてくれぇぇぇ、原油高でガソリン値上がり、消費者もそりゃあ大変だろうけどさ、わがスタンドもホントやばいよ~!!!別に値上がりしてるからって「儲け」が増えてるわけじゃないのに、お客さんめっきり来なくなっちゃってて、、、これ以上原油高が続いたらうちらも先がない!

 昨日もイランがミサイル実験やったみたいだけど、そもそも原油価格が上がる基本的な原因はこういう「地政学的リスク」なわけだ。アメリカがイランへの軍事行動に出ればイランはホルムズ海峡封鎖に出る。そうなったら大変だ。日本に原油が来なくなっちゃう!「北朝鮮」(朝鮮民主主義人民共和国)→イラン→イラクルート、日本に原油が来なくなるのも大変だけど、それより世界が戦争を始めちゃったらマイカーでドライブどころじゃなくなるし!

 それはそうと、原油バブルがはじけるとしたらどういうことが原因になるのだろう?

 サミット初日(?)に途上国が提案した、原油先物取引への課税強化。なんて実現するわけもないしなぁ。でももしそうなったら行き場をなくしたマネーが日本の株式に流れ込む!なんてこともないか、、、

 やっぱり、アメリカが早くサブプライムローン問題を解消して消費を増やすことか、、、それもすぐには出来そうもない。

 北京オリンピック需要がなくなれば!?、、、いや、そんなのほとんど影響ないみたいだし。

 とつぜん石油に代わる新エネルギーが発見される!、、、なんてこともないし。

 中東の金持ち国やフリーメイソンが日本の国債を大量に引き受けてくれて、日本の財政赤字問題が一気に解決する!、、、わけないか。日本が買い叩かれるだけ。それどころか日本が転売されたりして、、、

 中国でふたたび人民革命が起こる!

 地球に巨大隕石がぶつかる!

 オバマ大統領がいきなりイスラエルを切って、イランと友達になる!

 温暖化で北極の氷がいっきに解けて地下の原油が大量に北米に供給される、、、

 そんなことより、、、ねむい、、、、、、

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2008年7月 9日 (水)

少子化対策~鹿沼市

 さっきのNHKの8時45分からのニュース見てたら、栃木県鹿沼市(かぬまし)の少子化への取り組みが紹介されていた。

(鹿沼市の「第3子対策事業」URL→ http://www.city.kanuma.tochigi.jp/Kikaku/dai3shi-hp/daisannshitop.htm

 2年前から取組みを始めて、けっこう成果が出てきているとのこと。

 市では、以前に妊娠中の家庭へのアンケート調査を実施し、大半が3子を希望しているにもかかわらず、現実の選択は2子にしているという現状を把握。どうすれば第3子出産に踏み出せるかを考えて、具体的でキメの細かい経済的支援を実行することにしたそうだ。

 家賃の補助、小学生になったとき最高100万円の援助など、インタビューに答えていた若夫婦たちは経済的負担が軽減されることが一番助かるなどと答えていた。

 なんといっても子どもは未来への希望だ!こうした市レベルでの目に見える取り組みのニュースは気分のいいもんだ。

 …てか、結婚もしていないオレが大きなこと言える立場ではないけど、、、

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2008年7月 5日 (土)

やむなく、FMトランスミッター

 わがクルマの12連装CDチェンジャーが壊れた。。。

のぉぉぉぉ~~~!!!

ついこの間やっとのことでオークションでゲットしたばかりなのに、、、さすがに15年前のクルマだからオークションでも滅多に出品されない!

といって休日ドライブがほとんど趣味であるオレにとって、音楽が聴けないというのは悲しすぎ(ToT)、、、ま、ラジオ聞くって手もあるけど、やっぱりお気に入りの「太王四神記OST」が流れてないとさびしい、、、、

 というわけで、やむを得ず…ipodを使うことに。ずいぶん昔に買ったipod miniです(初期のnanoも買ったけど田舎暮らしのオレには不要ということでトウキョウ住みの妹にあげちゃった…今思えば「しまったぁ!」…)。

 で、ipodといえばFMトランスミッター使うしかない(LINE入力のあるカーデッキならよかったんだけど、純正デッキにそんなもんあるはずもなく…)。

 ipod買った頃に購入したFMトランスミッターがサンタック(Suntac)社のもの。

ハッキリいってFMトランスミッターなんてもんは、他に手段がないから仕方なく使うものである。なんといっても

音質悪すぎ!!!

けどまぁ今回は仕方ない。やむなく頼ることにした。

 ためしにネット見てみると、なにやらすこぶる評判がよいFMトランスミッターがあるとのこと。ケンジントン(Kensington)社のだとか。ケンジントンといえばPC用マウスなんかで有名ですね。サンタックのは安かったし古いし耳障りな雑音に嫌気がさしていたから、ものは試しとケンジントン製のを買ってみることに。

ここで購入→( http://www.nanayojapan.co.jp/products/acc_ipod/33411jp.html

翌日発送といいながら注文したその日に発送されて、翌日には届いちゃいました!

 と、せっかちなオレは一応デンキ屋にも顔を出す。とそこにロジテック(Logitec)社の新型でかっこよさげなFMトランスミッターを発見!!え~い、ついでだから買ってしまえ!!(無駄遣いにも程があるけど)

デンキ屋で買ったのはこれ→( http://www.logitec.co.jp/products/audio/latfm311u.html

 さらに、、、野暮用で寄ったホームセンターでシガーソケットのノイズをカットするらしいラウダ(Lauda)社の商品を発見!!んじゃあ、これ付ければFMトランスミッターのあの耳障りな「サーーーーッ」っていう音も消えるのかな!?と、すっかり浮かれ気分でこいつも購入!!(自分に呆れる)

ホームセンターで買ったXL-2100は→( http://www.lauda.co.jp/pro-plusing.htm

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 では以下に「使用レポート」を!

注意!以下の評価はあくまでオレ個人の感覚的なもんであるし、FMトランスミッターはクルマによってもずいぶん音質とか変わるらしいので、よい評価も「たまたま相性がよかっただけ」かもしれないし、その逆もあると思う。メーカーさん悪く思わないでね!

①まずは、サンタック製(古いから今は売ってない。というか今はもっと進化してるだろう)

Suntac

 どう評価すればいいのか分からない!他のと比較しなきゃね。もちろんCDに比べたら悲しいくらい音が悪い!

②つぎに噂のケンジントン製

Ken

☆なんと!雑音が少ないではないか!これかなりいいかも!!
☆サンタックのは周波数を3つだけしか選べないけど、こちらは0.1刻みで細かく選べる!ということはFMラジオで使ってないところを好きなように選べるわけだ。
☆サンタックのは低音が弱いようだけど、こちらは低音部もよく出てる感じがする。ウーファーも反応してる。サンタックに比べて音に深みがあるという感じ。
★クルマのエンジン切ると自動で電源OFFになるのはいいんだけど、エンジンかけても自動でONにならない。いちいち写真にあるように「スイッチ」を押さなくちゃならない!サンタックのは自動でONとOFFになるからかなり便利だ!!
☆周波数の表示部はかっこいい!昼間でも視認性がよいし、暗闇でも白い文字が浮かび上がっていい感じ!

87_5

③お次はロジテック製品。

Logitec

申し訳ないけど、ぜんぜんダメ~!!!

★これはipod専用じゃなくて、他に携帯にも使えるし、USBフラッシュメモリ内に入れた音楽も再生できる!という特徴があるゆえに、ipodでは使いにくい、というか最悪!写真にあるように、充電コードと音を取り出すコードのふたつが必要。それはいいけど、後者のコードが短いんだよ!これじゃあipodを電源ソケット近くに置いておくしかないじゃんよ~!
★それに周波数は細かく設定できるけど、表示がチョー見にくい!!夜は赤い文字が浮かび上がってメチャかっこいいけど、昼間ときたらまったく見えない!!見えないにも程がある!!!ダメダメ!!!!
★非常に申し訳ないけど、イヤホンジャックから音をとってるからか、音量が低くて困る。背後にあるサラウンドスイッチをONにすればそれなりに広がりのある音にはなるが、、、
☆ただ、雑音に関してはとくに気にならないかな。

結局、この商品はipod以外にも使えるし、むしろそっちの方でこそ真価を発揮するのだろう(USBフラッシュメモリで音楽聞こうとは思わないけれど…)

④番外編……ノイズをカットするという商品も買ったので、こちらも使ってみる

Lauda

うぅぅぅ、、、なんかあまり実感ない。ノイズが少なくなった気もするしあまり変わらない気もするし、、、

サンタックと併用したときは特に問題なかった(「良くなった」んじゃなくて違いがよく分からん)

ケンジントンをつなぐと、電波がうまく飛ばないという別の意味でノイジーであり、こちらの組み合わせはダメ!

======== 結果発表!! =========

あらためて①サンタックの評価

★たまたま走った場所のせいかもしれないけど、音質が不安定であった。クリアな音とこもったような音とが交互にきて、とても不快だった。だけどいつの間にかそれが無くなってて、安定してしまった(なんでだろ?)

☆ケンジントンよりはノイズがあるかと思ったけど、それぞれ長時間にわたって聞いてみたところ、どっちもどっちみたい。ケンジントンのは評判よかったから先入観があったのかもしれない。

☆ケンジントンの方がたしかに音に深みがあるようだけど、低音が響きすぎるきらいがある。ちょっと軽い感じの音になってしまうけど、それはそれでクリアで聞きやすいとも言えるから問題ないでしょう!

☆やっぱり自動ONOFFはいい!世話無い。便利。ケンジントンのはエンジンかけるたびにいちいちスイッチを押さなくちゃならないから面倒くさい!

 結局、ぶなんなのは①のサンタックでした!!!

ちなみにサンタックの製品は進化してたようで→( http://suntac.jp/products/ipod/index.html

しつこいようだけど、あくまでもオレの場合なので。

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2008年6月24日 (火)

算数オンチの苦悩

 自慢じゃないけど数学…どころか算数も苦手なオレ。

7+6=????

とっさに出ない(*O*)、、、まして

13-6=????????

5秒はかかる!

 ま、それはいいとして、、、

 ガソリン給油するのに微分とか積分とか必要ないし!いや、サイン・コサインだってぜんぜん必要ない!

 ところが昨日、たいへんな問題が起きてしまった!それは、、、後輩(職場の同僚)が缶コーヒーを飲んでいてふと言ったことばがきっかけだった。

「もしこの缶がドラム缶だとしてさぁ…。たまに配達でドラム缶に油を入れに行くじゃん。そんときドラム缶がちょっとチャブれてる(潰れてる)のってあるよね。あれってやっぱり200リッターは入らないよね!?」(ドラム缶の容量は200リットルです)

といって、コーヒーの缶をちょっと潰してみせた。

Cancan

そこでオレ。

「う~ん、、、いや!ちょっとくらい潰れても中身(容積)は変わらないんじゃない?かなり潰して側面同士がくっついてしまえばその部分は狭くなるけどさぁ。」

オレの頭ん中ではこう思ってた…「側面を押してそこを潰してもその分他の部分が広がるんだから体積は一緒じゃないのかな」

立てた円柱の上から見た断面を考えてみよう。その断面は正円だ。それを左右から少しぐらい押して変形させても外周は変わらないんだ!だからきっと面積も一緒じゃないの!?

 というわけで、実際にコーヒー缶を潰してみた。

そして同じ容量分の水を入れてみた!

こぼれまくり!!!

( ; o ; )。。。。。。。。

当たり前といえば当たり前だった。オレだって感覚的にはわかる。潰したらどー見たって中身は狭くなるよ!

だけど、、、外周は変わらないんだ!

そう考えちゃうと不思議でならない。

 たまたまお客さんが2、3人スタンドに遊びに来ててたむろしていた。そこでオレはみんなに聞いてみた。

「実際に容積が小さくなるのはわかった!!」

「だけどなんで!?」

みんな笑って口々に言った「そんなの当たり前のことじゃん!」

隣にいたうちの社長に聞いてみた「ばかだなぁ、潰したら中身が狭くなるのは当たり前だろ!」

それでも納得できないオレ。しつこくみんなに聞いた。「なんで?」

みんな笑っていたが、あまりしつこく聞くもんだからそれぞれに考えだした、、、

そしてひとりが言う「だからさぁ、潰した分 "高さ" が縮むんだよ!」

なるほど!じゃあノギスで測ってみよう!といってノギスを持ってきたが、高さがあり過ぎて結局測れなかった。

次に同僚である後輩が画期的な発言をした。

「わかった!潰れた分の空間は外に出るんだ!!」

「なにわけのわからんこと言い出すんだよぉ!そんな魔法みたいなこと…」とオレは反発した(今にして思えば実は彼は素晴らしいことを言ったんじゃないかと思ってる)。

給油に来たお客さんがいたので、ガソリン入れながらその人にもぶつけてみた。

するとそのお客さん、最初はあきれて笑っていたが「う~ん、、、丸より四角の方が、えっと、水分子がぁ、、、水分子の大きさがどれくらいか調べないとなぁ、、、」(おぉぉ、ついに話が分子レベルになってきた!、、、って、そんな話じゃないでしょ~!)

そのうち、遊びに来ていたお客さんのひとりが計算を始めた。

「ほらほら!外周は同じでも、正円と正方形と正三角形を比べるとどんどん面積が小さくなっていくよ!」

そう、ついに数学的に証明されたのだ!計算するとたしかに外周が同じでも面積は違うことが発覚した!!(たとえば外周がおよそ12cmの円、正方形、正三角形の面積を計算すると、それぞれ11.5、9、7平方cm)

これでもうオレも納得するしかなかった!!

だがしかし、どうもまだ納得がいかない。

ネットを見ていたら、やはり同じような「勘違い」をしていた質問者がいて、それに対して回答者が簡単な式で「証明」をしていた。

そりゃあ、計算した結果についてはよくわかったよ。証明もなるほどわかったよ。だけど外周が同じなのに、その形が変わったことで面積が変わってしまうというのは何か不思議なんだよね~

結局、面積が小さくなった分は「周りの空間」へ行ったということなんだろうけど、それでもやっぱりなんでそうなのかが納得できない!

ある一定の面積の空間を考えてみる。その空間の中に占める正円や正方形の面積の割合は、形が変わることで空間との間で相対的(??)に変わっていくという理解でいいのかな?と思うんだけど、、、

下の図は、白い形の面積が小さくなった分、黒い「周りの空間」部分の面積が大きくなるということを直感的に感じられるよう作ってみたもの。黒い部分に注目する。

Orgs

この図を垂直に半分に切って、、、

中身の円や四角などをちょいと移動させて、、、

Orgs_2_2

さらに、(円は面倒、というか出来なかったから除いて)切り貼りして長方形にしたうえで、それらを横に並べて大きさを比べてみると、、、

(長方形は大きい方から、正三角形、正方形、正六角形)

Orgs_3_4

結局、同僚である後輩が言ったように、潰して減った分の空間は外側に移ったというわけなんだけど、それを数式とかじゃなくぜひとも数学おんち(算数おんち)にもわかるように説明してもらいたいのだ~!!(いまだに納得できてないのです)

 と、考えてみたら平和なもんだよなぁ、、、

 こんなことで悩んでるオレたちって。。。

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2008年6月23日 (月)

変わりゆくのはパロール?ラング?

① 「けのー ちょるってんどぉ にも つりんとしもぬぬっきこもらちゃきに~」

② 「きのうマジかんべん。てかあいつわけわかんねーし!」

③ 「昨日は本当にやめてもらいたかったよ。それにしても、あいつはおかしなことを言うよなぁ。」

 日本語はかなり自由度の高い言語(ラング)なのかもしれない。でも②はまだ意味がわかる。けど①に至ってはまったく何を言ってるのかわからない!(もちろん、デタラメに書いたから誰にもわかるわけないけど)

 文化を壊していくのはきっと若者なんだろう。そして新たな文化を作っていくのも若者なんだろう。ある小グループ内でだけ通じていた言葉がある若い世代に広がってその世代での常識になる。その世代がやがて大人になっていくのだ。

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2008年6月21日 (土)

まさに待望のジェットストリーム!

 <文房具好きによる文房具ネタなので、たいていの人にはつまらない話です>

 JETSTREAM ジェットストリームというのはuni(三菱鉛筆)が販売している油性ボールペン。文房具好きの人ならもちろん知ってると思うけど。

 こいつと出会ったのは数ヶ月前。近所のホームセンターだった。オレはけっこう文房具マニア(?)なんで、デパートなどに行って文房具売り場があれば必ず立ち寄って、そのたびに何かしら新製品を買ってしまう。試し書きが出来るときはかなりの時間ねばって手に出来るものはみんな書いてみる。試し書きが出来ない場合はパッケージの文句を何度も読んでみる(といっても読んで書き味がわかるわけじゃないので、たいていはその文句にノセられて買ってしまうけど)。

 さてさて、油性ボールペン・ジェットストリームだけど、これも試し書き出来なかった。キャッチフレーズは「クセになる、なめらかな書き味」だとか「極めてなめらかな書き心地」。そこまでいうなら買ってやるよ!と、、、いつものようにうたい文句にまんまとノセられて購入。

 す・ば・ら・し・い~!!

 ほんと、メーカーの宣伝文句にウソはなかった!

 あぁ、いまだかつてこれほど滑らかで濃くてハッキリと書ける油性ボールペンがあっただろうか!?、、、いや、ないんだよね。なにしろ油性ボールペンもどんどん進化しており、これまでも「おぉ、これは書きやすい~」と思ってしばらくはマイベストになってたものがいくつもあったんだけど、しばらくするとさらに良い製品が登場してきて、それまでのマイベストはあっさりお蔵入り*となってきたわけで。
( * 「お蔵入り」って言葉は「予定してたものが実行に移されなかったこと」って意味らしく、使い方間違ってたみたい )

 最近は水性ボールペンとかジェル(ゲル)インクなどが筆記具界を席捲しているけど、いまや油性ボールペン界の新星ジェットストリームがふたたび油性ボールペンによる世界制覇にむけて静かなる革命を起こしつつあるのだ!!

 ちなみに、ごく最近のオレのマイベスト・ボールペンは、まずシャープ製のJ-VALUEという2色+シャープペン型の油性ボールペン。それを超えたのがパイロットのFEED・GP3という黒・赤・青の3色ボールペン(このシリーズには緑を加えた4色ペンもある)。同時期の製品としてゼブラのClip-onという4色ペンがあり、たまに使っていたが、ポケットなどに引っ掛ける際のフック部分がバネ式なのでしっかり固定されるという利点はあるものの、素早く手に取りたいときにはフックの強さが逆にデメリットになってしまうのでメイン・ペンとはならなかった。しかも中央についているペン先戻し用ボタンなる余計なものがついているのも気に入らない。

 3色、または4色ボールペンのよさはとくに読書をする際に発揮される。重要な箇所、疑問な箇所、重要とまではいかないが一応チェックする箇所など本にラインや書き込みをしまくるオレにとっては1本で何色も使えるペンは重宝する。それもあってパイロットのFEED・GP3はかなりの期間わがしもべとして付き合ってきた。

 だがジェットストリームを知ってからはもう昔の油性ボールペンには戻れなくなってしまった。ジェットストリームは単色発売で1本150円。黒、赤、青がある。3本を使うのはたしかに面倒であるが、その書き味を考えるとぜんぜん苦にならない。

 あぁぁ、、、これで3色まとめて1本になっているジェットストリームが出ればなぁ、、、

 と、、、、、、夢想していた矢先!!!

 な、なんと~!!!

 今日、たまたまホームセンターに買い物に行って何気に見回っていたら、、、

 でた~!!!

 まさに、キターーーー!!!って感じ。

 これこれ↓↓↓

http://www.mpuni.co.jp/product/category/ball_pen/jetstream2/index.html

 なんだぁ、、、ちゃんと出たじゃないの!3色ボールペンがぁぁぁ、、、もちろん、即買い、即使い、即涙、、、(感動の涙)

 いやぁ、ありがとぉ~!よくぞユーザーのニーズに応えてくださった!これで当分これがマイベストだね。

 (余談)

 先日のこと、クレジットカード払いでガソリンを入れてくれたお客さんからサインをいただくために伝票とボールペン(ジェットストリーム)を手渡したところ、サインをしたお客さんがびっくりして思わず言ってきた、、、

 「おっ!なにこれ!?このボールペン書きやすいねぇ!」

 「そ、そうでしょ!むちゃくちゃ書きやすいでしょぉ」

 「これちょーだい!!」というお客さん。

 「ダメですって~!」と、こむきになって取り返すオレ。

 このペンの価値を認められてちょっぴり嬉しかった。

 (余談 2)

 ちなみに、ノートにいろいろ書くオレだけど(ノートにもこだわりある…)、その場合のペンはパイロットのHI-TEC(0.5mm)BLACK色がメイン。こちらは主としてじっくり考えながら書く場合に使用。とにかく思ったことをズラズラと速記したいときにはペンテルのNeedle Point(0.5mm)というゲルインクのペン。または気分によってはパイロットの万年筆型ペンPetit1を使うときもある。この万年筆様のペンは下手な万年筆よりも書き味、重さともずっとよい!もっとも貧乏人だから高級万年筆なんて使ったことないので良さがわからないのかもしれないけど、、、

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2008年6月19日 (木)

同性愛者のこと

 正直、理解できない。アメリカのカリフォルニアかどこかの州で同性愛者の結婚が法的に認められたとかいうニュースを見た。男性同士でキスしてた。ちょっと、ひいた、、、これって「差別」意識のあらわれなのかなぁ?そんなつもりもないんだけど、、、

 同性愛のことについて、何も知らない。とくに興味、関心ない。だから結婚しようがどうしようが賛成も反対もない。お互いに好きだというのだからいいんじゃない!?と思う。かえって反対だという人の方が何故??と思ってしまう。犯罪じゃないでしょ?他人に迷惑をかけるわけでもないし、それで社会の秩序が乱れるということもないと思うし。種の保存上大きな問題になるとも思えないし。まさか人間の尊厳どうのという問題じゃないでしょ?

 猛烈に抗議したりする反対者の考えがわからない、、、けど、なんで同性を好きになれるのか、愛せるのか、性の対象になるのかはわからない。

 でもなぁ、、、じゃあなんで男性なら女性を好きになったり愛したり性的対象にしたりするの?って聞かれると、そういえばなんでだかわからない!なんで異性に気持ちが向かってしまうのかなぁ、、、生物としてあたり前のことで、本能なんだと言われればそれまでだけど。

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3人の死刑が執行ですね…

 死刑存置派、廃止派それぞれの主張を比べてみると、どっちも「なるほど!」と思えてしまう。

 (たとえばウィキペディア→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E5%88%91%E5%AD%98%E5%BB%83%E5%95%8F%E9%A1%8C

 世界の先進国では死刑廃止の流れになっているみたいだけど、日本では逆に死刑存置が多数だ。オレのまわりの人に聞けば100人中99人は死刑当然!になると思う。

 若い人で死刑廃止を主張するのは大学の法学部生か、アムネスティで活動してる人たちか、少しでも西洋思想を勉強した人くらいじゃないの?…それは冗談としても、、、

 オレとしては、正直どちらだとハッキリ言えない。たぶんごく自然に考えれば死刑はあって当然だろうと思う。それどころか、抑止効果を発揮させるんだったら、いまの執行方法ではぜんぜん生ぬるい!とさえ思ってしまう。

 猿ぐつわをして素っ裸で全国横断的な引き回しをしつつ、少しずついたぶりながら最大限の苦痛と、そしてなにより屈辱を味わうくらいのことをしないとダメだろう!と、、、そもそも抑止効果(予防効果)は犯罪を起こすことをためらうようなくらいじゃないと意味がないんだし。

 だが、そんな方法をとったら一番苦しいのは執行人だろうな。現在でさえ執行官はかなり精神的に負担を強いられているんだから。(そのひとつの理由は、死刑囚をいつまでも生かしておくことだ。悔い改めて「まともな」人間にしてから死刑を執行させねばならないこともある)

 それはともかく、われわれ(日本人?)の自然な感覚からすれば、凶悪犯罪を犯したものが死刑になるのは当然だという意見が多数になるのは明らか。

 だけど問題なのは、多くの人が「死刑は当然」と軽く言いながら、いざ裁判員として量刑判断を迫られることに考えを至らせると、判を押したように「死刑なんて言えないや!」という、その感覚。つまり、死刑は当然だと当然のように言うそのときの死刑がどこか空虚で抽象的で観念的すぎるように思うわけ。そんな感覚的な(感情的な)内容である「死刑賛成」の声を「世論」だからといって公言しちゃっていいのだろうか??

 そもそも、死刑存置というのは自然な感情として容易に受け入れられるものだけど、一方の死刑廃止という考え方は、やっぱりそれに至るまでに理性的な価値判断を介在させないと出てこないような類のものだと思う。つまり、死刑に賛成という意見形成には、「被害者遺族感情」とか「(因果)応報」といった誰にでも馴染みのある感覚だけでこと足りるのに対して、死刑廃止のそれは、「人権」とか「憲法の精神」とか「冤罪の可能性」といった理念だとか潜在性という反省的な思考が必要というわけ。

 さっきやってたNEWS23で、視聴者からのメールが紹介されていたけど、その中のひとりが、「鳩山法相になってこれで○○回目だ!などと報道するのはやめてほしい。まるで死刑廃止論へ誘導しているみたいだから」といった趣旨のことをメールに書いてきていた。思うに、死刑廃止論はそんな風にあえて誘導するくらいのことをしないといけないくらい「頭で考えること」を要求するものなんじゃないのかな、と。。。

 で、なんだかんだ言いながら、要するにオレとしてはもうちょっと各々の主張について学んでからじゃないと決断ができないということだ。だし、、、同様にこの日本でも感情論だけじゃない部分でもしっかりと議論してかなきゃいけないんじゃないだろうかと思ったわけ!、、、いや、オレだけ無知だったというならそれでいいんだけど、、、(#..#)

 ほわぁぁ、ネム!

 また明日、眠たそうな顔してて同僚に叱られる、、、

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2008年6月18日 (水)

人間の行動範囲

 人間の行動範囲は案外狭いらしい。ほとんどが家と会社の2ヶ所。働いて、食料を調達して家に帰って食べて寝る。採集狩猟生活者であると。おもしろい。

(参考URL→ http://health.yahoo.co.jp/news/detail/?idx0=w20806171 )

 そういえば休みの日の行動パターンもだいたい決まっている。オレの場合だと、ほとんど家を中心にして北か南のどちらか。それぞれの滞在場所も同じところ。滞在時間もだいたい同じようなもの。休みの前の日はいつも、明日はこんな場所にいってこんなことをして過ごしてみたい、と思っているのに結局はそれは実行されずいつもと同じようなパターンになってしまう。

 おもしろい!

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2008年6月16日 (月)

スピリチュアルブームだそうだ

 この前、NHKクローズアップ現代で今スピリチュアルブームだってことやってた。録画してたのを今日になって見た。

 スピリチュアルについてはずっと前にブログに書いたっけ( http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/tot_d836.html )。

 この手の本でいちばんしっかり読んだのは『生きがいの創造』(飯田史彦著・PHP文庫)。江原さんの本では『人はなぜ生まれ いかに生きるのか』(ハート出版)と『あの世の話』(佐藤愛子共著・文春文庫)くらいだけど。外人では『前世療法』(ブライアン・ワイズ著・PHP文庫)。あとは出版社勤めの妹が手がけた本ということで「ヒプノセラピー・退行催眠」についての本(題名他忘れた)。一番最近では香山リカ先生の『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(幻冬舎新書)。こうしてみると結構読んでるのかな、、、

 前世だとか死後の世界だとか霊とかは信じてない。というか、信じたい気持ちはあるけど信じられない。「テレビの力」って番組でよく透視能力者とかいう人が出てたけど、もしあの人たちがことごとく犯人を突き止めていたら少しは信じたかもしれない。

 信じさせてほしいんだよ。信じさせてくれる方法は簡単なこと。江原さんあたりが何でもいいから未解決の事件を一発で解決してくれればいい。それを1、2回やってくれたらたぶん信じようと思うだろう。

 この世界は本当のところはどうなのか?ってことは、結局誰にもわからないわけだ。神はいるのか、いないのか?この世は結局すべて物質に還元できるのか、それとも霊的とか精神的とかいう世界が存在しているのか?唯物論にしろ観念論にしろ、最終的にはどちらの世界観を「信じるか」ということなんだと思う。要するに誰もがみな何かを「信じてる」ということだけが確かなことなんだ。信念だとか信仰心だとか…信じる強さには違いがあっても、「信じてる」という点では同等なんだ。もっとも態度保留という立場を明確に選択してる人もいるけれど(オレもそう)、、、

 はぁ、なんか、、、こんな話題はっきり言ってどうでもいいんだけど。

 とりあえず、霊が見えるとか霊と話が出来るという人にぜひ聞いてみたいのは、霊ってのはやっぱり3次元的に見えるんでしょうかね??ってことかな。今、理論物理学(宇宙論)なんかで盛んに言われているのが5次元だとか11次元の世界なんだけど、そもそも人間の視覚で3次元以上の次元って認識することは出来ないよね。数学的にはそういうのもアリなんだそうだけど、ともかく、そういう最新の科学的知見なんかを「すっとばして」あくまで人間に経験可能なフレームに依拠しつつ、いともたやすく霊が見えるなんていうことが許せない!想像するのが可能な霊的な世界よりも、想像すら出来ないような宇宙の姿の方がよっぽど神秘的だって。

 それはそうと、霊がどうのということがいいかどうかは別にして、評価できる点は、スピリチュアルによって実際に苦しんでる人が救われてるということだね。この前の通り魔殺人でもそうだけど、まったく理不尽なかたちで命を奪われた人の遺族にとって、たんにそういう事実がありましたでは済まされない。スピリチュアルはそこに「意味」を与えてくれるんだ。亡くなった人についてだけじゃなく、残されて悲しみにくれる人たちにとってもちゃんと「意味」を与えてくれる。どんな悲しみでも理性的に乗り越えられる人ならいいけれど、必ずしもそういう人ばかりじゃない。愛する人を失ったときの悲しみはおそらく人間に普遍的なものだろうから。仏教でも人間の8つある基本的な苦悩のひとつとして「愛別離苦」というものがある。宗教がそれぞれに持つそうした悲しみを乗り越える方法は人類が「発明」した偉大な知恵だと思う。スピリチュアルがとる方法もそういうもののひとつだと考えれば肯定するのも悪くないかもしれない。

 でもあれだね、人の死に関することは非常にデリケートな問題なんで、うかつにどーのと言えないな。

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2008年6月15日 (日)

かごの中の…

 かごの中の鳥みたいに、私たちは枠(わく)の中で生きている。かっこつけた言い方をすればフレームワークとか言うのかな。

 今日も暴走族のおにいちゃんたちが爆音を響かせながら町を走っている。まるで既成の枠に縛られている自分に窒息感を感じてもがいているみたいだ。枠にうまく順応していける者たちは別段枠の窮屈さなど感じない。寄らば大樹の陰のごとく、それに寄り添っていれば居心地がいい。赤ん坊がワーワー泣いて騒ぐのは自己保存の本能としての食欲からか、抱かれている安心感なり一体感を求めてのことか、あるいはくちびるに感じる性的快感のためか、それとも強すぎる生への脈動が不自由な自分の身体に阻(はば)まれていることに抵抗しているということだろうか。彼我未分離の状態にある赤ん坊の心は境界がないゆえにどこまでも果てしなく広がっていく。果てしなく広がろうとする心にとって、まだ自由に身動きのとれない肉体というのはこのうえなく不快に感じられるものだろう。赤ん坊にとって肉体こそが自分を閉じ込めている枠ということ。人は成長するにつれて、しつけとか教育とかによっていろいろな枠にはめられていく。そうした枠の原初的形態(原型)が赤ん坊のときの我が肉体だ。人がときに窮屈を感じ暴走したい衝動に駆られるのはすべてこの原型の記憶が呼び起こされるからだ。だから、暴走族の暴走行為は赤ん坊がワーワー泣き叫んでいるのと同じと考えてよい。

 大人になるということは社会という枠にうまくおさまっていくことなのだろうか。枠におさまることに失敗したら、、、枠から外れてしまったら、人はどうなるか?才能ある人は詩人になるかもしれない。思想史に名を残すような人たちもいるだろう。そして、そうじゃない人はひきこもったり、性的倒錯に走ったり、ひどい神経症に悩まされたり、または犯罪者になったりするのかもしれない。

 時間的、空間的、倫理的、宗教的、民族的、地域的、(ジェンダーとしての)性的、などなど物理的と精神的とをとわずさまざまな種類の枠。

 無差別殺人を犯した者をみて私たちはこの社会のある歪んだ枠の存在に気づく。

 大地震を経験して私たちはみずからの生活ひいては文明全体が地上という枠の中で成り立っていることを思い知らされる。

 一方で、たとえば拉致被害者の言うことはすべて善だと思ってしまうことである国家的意図という枠の存在に対して盲目的に従うことになるということに気づいている者は少ない。(彼らの個人的感情には共感できるし、個人的感情から発する彼ら自身による行動は紛れもなく善であるが)

 枠を超え出てみたいという本能的な(?)欲求。そのために枠が何であるかを知りたい。その思いがアインシュタインやフロイト、ソシュールへといざなうのかもしれない、、、

 と、ふと思った。

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2008年6月14日 (土)

秋葉原事件の残滓

 アホやな~

 情けナ~

 しかし、これは深刻だわぁ、、、

 山形の29歳と、大阪の大学4年がネットへ犯行予告の書き込みをして逮捕されたと報じられた。

 その単細胞ぶりには呆れるけど、簡単に書き込んだ人間を特定できてしまうということに200倍くらい驚いた!!

 至るところにある監視カメラの存在といい、匿名で書き込んでも簡単に判ってしまうことといい、なんか危なくね?

 超監視社会、超管理社会の到来は実はすぐそこまで来てるのかな??

 『裁判員制度の正体』(西野喜一著・講談社現代新書)のなかで触れられていたことだけど、氏の主張では「裁判員制度」の危険性のひとつに「国家が国民を強制的に徴集できるようにするための地ならし」(こういう表現ではないけど)という意味があるということだ。裁判員に選ばれた国民は特別の事情がない限り参加を強制され、背いた者には罰則がかけられている。また国民はもっと国のために奉仕すべきだという理屈が憲法上許されるとなれば、将来国のために命を投げ出すべきだという徴兵制も同様の理屈で許されてしまうわけだ。ここに著者は警鐘を鳴らしている。

 題名は忘れたが、たしかジャーナリストの斎藤貴男氏も超管理社会についての本を書いていたように思う。

 いずれにせよ、このように簡単にネット利用者が特定されてしまうと、たとえば国家・体制に批判的な者の摘発もその気になれば容易に出来るということだ。

 おぉぉコワっ!オレも「政府はなにやっとんじゃ~!」なんてうかつに書けねぇや。気をつけなきゃ、、、

 それにしても、「犯行予告」ってなんだろーね??予告しちゃったらばれ易いに決まってんじゃん!予告すること自体が目的なら「勝手にやってろ、ばか!」といいたいし、それで世間を騒がせることでストレス発散してるんなら人間のレベルが低すぎるし、そうじゃないんだったらもうちょっと周到にやれよ!怪盗ルパンじゃないけどやっぱりそこに美学がなきゃダメだろうよ。また、酒鬼薔薇の場合はわからんけど、犯行声明文ってものにもそれなりの政治的意図だとか相当の覚悟というものがあるのが本来だろう。

 だいたい真似する時点でニーチェのいう「畜群」と同じだっての!「あいつがやるからおれもやろー」「赤信号、みんなで渡ればこわくない」「だって~、○○ちゃんもやってるも~ん」って、小学生か!小学生にもいないよ!

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2008年6月13日 (金)

無差別殺人を考えてる方へ

 親愛なる諸兄

 あなたが思い描いている「くわだて」は、わたしたちの社会にとってどんな意味があるかを教えてあげましょう。

 社会にたいしてよほど恨みつらみがあるのでしょうが、もしそのことを実行したら、あなたにとっては相当みじめな結果に終ることになるのです。

 はっきりしてるのは社会への恨みを無差別殺人などで晴らそうとしても、そのときだけはワイドショーなどをとおして注目されるでしょうが、それとてただ面白いことに飢えている大衆の好奇心を満たすか、専門家に実験材料を提供して歓迎されるのがおちで、しばらくすれば誰からも忘れられるか、「あいつは馬鹿なやつだったよなぁ」といって笑いのタネにされるだけの存在でしかないということです。

 ただし必ずしも悪いことばかりだとも言えません。もっともあなた以外のすべての人にとってではありますが。というのは、あなたの行為はあなたが仕返しをしてやりたいと願っている社会にとってたいへんな痛手となるどころか、反対に社会はその行為によってより強くなり、より賢くなり、やがていっときの苦悩を乗り越えてさらなる高みへ歩みをすすめることになるからです。しかも、社会のすすんでいく方向は、間違ってもあなたがそうあって欲しいと望んだ方向へすすむことはないでしょう。

 「最期は華々しく散ってやろう」、「最後にひと花咲かせよう」などと思うのは勝手ですが、あなたが何を思おうと結局のところあなたは社会にとっての単なる踏み石(*)以上のものではありません。

 (*)踏み石……玄関先にあり、人が脱いだ履き物を置く石。人の役に立つものですが、ただの石ころということには変わりありません。

 じゃあこのうっ積した怒り、憎しみをどうすればいいかって?そんなことは自分で考えてください。

 こんなこと書いて、べつにいいこちゃんぶってるわけではないし、同情しているわけでもないので誤解しないでください。

 オレもまいにち、自分の子どもくらいの歳のおにいさんおねえさんに頭を下げて愚痴りたい気持ちを腹のなかに押し込めながら仕事をしているので、ときどき抑え込んだエネルギーに手を焼かされますが、幸いにもB型ということで(?)天性の楽天的性格と、他人に迷惑はかけるべきではないという社会の最低限のルールを知っていることと(いや、些細な点では迷惑ばかりかけてるかもしれませんが…)、馬鹿なことをして自分がみじめになることだけは避けたいというプライドとを持ち合わせているため、間違っても無差別殺人に走ったりはしません。むしろ、絶望したら自ら死を選ぶでしょう。

 まだ仕事の途中なので、このへんでやめときましょう。

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2008年6月11日 (水)

キムタクCHANGE第5話

 なぜか、またまたCHANGEの話。別に大した話じゃないんだけど、前に書いた手前、どうも何か書かなきゃいけない気がして、、、

 第5話…びっくりさせられますね~!アメリカ通商代表部が総理のうちにひとりで(通訳と一緒だけど)乗り込んできて、直談判みたいなことをしちゃいましたね~!こんなことあり得るん??

 しかもそこで総理が熱い思いを語りだし、それに感銘?を受けちゃうアメリカ通商代表部!おいおい、そんなもんなん??

 ま、そこはエンターテインメントなんだからいいじゃない!と軽く流しとけばいいのかもしれないけどねぇ、、、

 それはそうと、なんかだんだんコメディタッチになってきているような気がするのは気のせいだろうか?

 いや、いいんだよ、大歓迎!やっぱ木村&阿部ドラはこうじゃなくちゃ面白くない!って、実は視聴率のこと気になってんのかなぁ、、、

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2008年5月23日 (金)

人を殺すということ

 他の生き物と同じく、人間も共同体を形成して生きている。共同体の中では当然ながらルールがある。ルールがなければ共同体を維持することはできない。ルールといっても人間以外の生き物は文字を使ったりできないのだから法律を作ったりはしない。本能としてルールを持っているにすぎない。ここでいうルールとはそういう広範囲な概念だ。たいていは同種のもの同士で必要もなく殺し合ったりはしない。

 同種間で争いごとになった場合、各々がとる行動は「闘争」と「逃避」と「威嚇」と「降伏」の4つになるという。そしてまず本能がとるのは「威嚇」と「逃避」だという。

 人間でもそれは基本的に同じだという。不良グループがとる行動も然り。自分の力を誇示するための「威嚇」をおこなうことでできるだけ「闘争」に発展しないようにする。相手を「降伏」させるか相手に「逃避」を促す。人間同士の戦闘である戦争においてすら…

 戦争においてすら…、従来は戦争において兵士は、上官の命令に服従しまた国家や仲間のためにそして自分の身を守るためにすすんで敵を殺すものだと思われてきたが、実際に相手(敵)を殺すために銃撃をする兵士は全体の15~20%にすぎないという。この割合は戦闘の規模にかかわらずほぼ一定だと…。( 『戦争における「人殺し」の心理学』 デーヴ・グロスマン著 ちくま学芸文庫 )

 よほど特殊な(病的な)性格か精神異常をきたした者が殺人を起こすことはある。あるいはよほどの恨みを抱いて殺人を犯す者もいる。それでもまずは「威嚇」という行動をとるのが自然だろうと思う。なぜ「普通の」人が簡単に相手を殺すという行動に出てしまうのか?恨みが積もり積もった末のことならまだしも、「相手は誰でもいい。人を殺してみたい」という動機にいたってはいっそう理解しがたいものがある。

 絶望による自殺、政治目的によるテロや無差別殺人。自身を含め人が人という同種を殺すという行為にはいろいろなものがある。容認はできないものの、理由については理解できないわけでもない。問題は理解不能な殺人だ。理解不能というのは、われわれの学がまだ解明できていない人間の本性なのかもしれないし、あるいはひとつの進化(もちろん善い方向への進化とは限らない)なのかもしれない。

 しばしばテレビやインターネット、ゲームの影響が指摘される。共通するのは「なまみの他者」の不在だろうか。心理学者A.アドラーは「人間の最も強い傾向のひとつは、孤立した個人としてでなく社会の一員として生きるために集団を形成すること」といった。この傾向が本来の人間の本性なのだろうが、テレビやネットはたとえ個人と個人が相互に交信できたとしても「媒介された」交信だ。ゲームではいっそうそうだ。通信型の格闘ゲームでは相手がなまみの人間であるにもかかわらず媒介されているという点で、一見リアル感は増すがかえって「媒介」の意味が強調され非人間感が増幅されると言えないだろうか。

 共同体の中でルールにしたがうということは、すなわち自分の欲求や欲望を抑えなければならないということでもある。かならずしも自分の思い通りにならないこと、場合によっては上下関係にしばられ、強い者の前に降伏しなければならないということ。個人の人生の統一は社会的な関係性という文脈に関連づけられてこそなされると。

 たとえば孤立してしまう人もいる。それはあくまでも社会生活に適応できないということである。つまり孤立というのは共同との関係において成り立つものであるという点で社会性の一部であるといえる。孤立した者が何とか共同体に同調できるよう努力する方向であればよいのだが、孤立してもネットやゲームといった「居場所」(バーチャル世界)を持ってしまうと、そこからなまみの共同体社会へ復帰する努力をしないで済んでしまうということが起こりうる。言い方は悪いが完全な「引きこもり」状態ではなく、中途半端に社会(リアル世界)に関わりを持っていると問題が発生しやすくなってしまう。(完全な社会からの隔離が別の問題を持っていることを否定しているわけではない!)

 若者の「全能感」が問題にされることがある。全能感は昔から言われていることで、たとえば過度の「自己愛性者」、過度のナルシストで問題になってきたし、極端でない場合でも「モラトリアム世代」などでも言われてきた。新しい要素としてはネットの爆発的な普及によるリアル感のあるバーチャル世界、ゲームにおけるよりリアルになっていくバーチャル世界があるだろう。とくに後者ではリアル感が増した分まさに主人公である自分が全能の神であるかのような錯覚を起こしやすくなっているといえないだろうか。

 「どうして人を殺してはいけないんですか?」という問いにわざわざ答えなくてはならないこと自体、おかしいことだ。共同体としての自然本能的なルールが見失われてきているということだろうか。

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2008年5月11日 (日)

酒とバラの…

 ミスター“ザ・ワイド” (!?)の有田芳生さんが出した新書『メディアに心を蝕まれる子どもたち』(角川SSC新書)を読んでいる。

 1997年の神戸連続殺傷事件の少年A「酒鬼薔薇聖斗」。彼が崇拝(敬愛?)していた「バモイドオキ神」(彼の創作)。

 有田さんは、その2年前(1995年3月)におきた地下鉄サリン事件などオウム事件が少年Aに少なからぬ影響を与えたのではないかと主張している。

 なるほど、そういえば、、、少年Aが創作した「バモイドオキ」という名。1文字ずつ飛び飛びで読むと、「バ・イ・オ」と「モ・ド・キ」となる。「バイオ」=生物→生物兵器→サリン→オウム、「モドキ」=模倣、似たもの。つまり「オウムのまね」である神!

 「酒鬼薔薇聖斗」も「酒と薔薇」、「鬼と聖者」とに(強引だけど)分けられる。「酒と薔薇」…映画「酒とバラの日々」は(観たことないけど…)アルコールに依存し次第に堕ちていく物語…。酒とバラ、鬼と聖、暗と明、邪と正。

 再び有田さんの本、バモイドオキ神とは少年Aによれば「自分から良心を引いたもの。しかも自分とは別人格の神様。すべてオリジナル」だとか。自分で作っておきながら、自分とは別な人格だという。それは全知全能のあらゆる人格を超越した神ではなく、かなり偏向的な性格の神のようだ。まさにオウムのグルのような!?さて、自分とは別人格な神(あるいはドッペルゲンガー的なもの?)を彼は崇拝し、それに自分が支配されていたのだろうか?

 「自分から良心を引いたもの」とも。それは可能なことかもしれない。われわれの心(脳)は面白いことに、自分で自分のなかのある思いを自分から切り分けることができるから…。例えばそれを思い出すとものすごく悲しくなるような出来事をあえて心から切り離す(むしろ抑圧する)ことが可能だから。いずれにしても、少年Aは「良心」だとか「自分の人格」とかを理解していたということらしいから、かなりの確信犯だということには違いない。

 彼は同年代からどんな風に見られていたんだろうか?ダサいやつだったのか?今、「ダサい」というのは一部の若者にとってはかなり否定的な言葉になっているようだ。ダサい対象にされることは当人にとっては自分を否定されたに等しい感じを受けるのだろう。そして何か「すごいこと」をやる!これでダサくないかな?と思いきや、今度は「ヤバイ」人にされてしまう。もっとも、たぶん周りからどんな言われ方をされようと気にしないんだろうが、、、

 いつの時代にも流行りの言葉というのがある。オレの中学高校あたりのころは、「青春してる!」人を小バカにしていたし。コンビニで立ち読みした本によると、ひと頃もてはやされた(?)女子大生はJK(女子高生)にとって替わられ、今やJC(女子中学生)だという。そのうちJCもJSにその座を奪われるだろうと…。バカらしいけど、それが時代なんだろうか、、、あと数年したら「ダサい」とか「JK」なんて言葉使ってると笑われちゃうのかもしれない。2ch語なるものもあるようだけど、頼むからそういう極端な用語はそっちの世界で使ってもらいたい。それを使うことで何を自己満足してるんだか知らないが、、、まぢ、ウゼーから!(笑)

 あぁ~、それにしても「人を殺してみたかった」という動機の殺人、練炭自殺の次は硫化水素自殺、女子学生を狙った犯罪、、、同じような事件が連続するのはやっぱりメディアの影響なんだろうな。『メディアに心を蝕まれる子どもたち』まだ読みはじめだけど。

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死刑になりたい人たち

 昨日(5月10日付け)の朝日新聞。

「死刑になりたい」という動機で凶行におよぶ例が相次いでいる、と。

●2001年6月 大阪池田小の児童8人殺害事件。「エリート校の子供をたくさん殺せば確実に死刑になると思った」(37歳男)

●2002年8月 山口宇部で児童3人を刃物で襲った事件。「殺人を犯して死刑になれば死ねると思った」(26歳女)

●2004年5月 金沢市で金づちで姉妹を殴打した殺人未遂事件。「生きていても仕方がない。人を殺して死刑にしてもらおう」(15歳少年)

●2006年3月 川崎市マンションから小3男児を投げ落とした殺害事件。「人を殺して死刑になりたかった」(41歳男)

●2007年9月 広島平和記念公園での男性刺殺事件。「死刑になりたい」(63歳男)

●2008年2月 新宿の神社のトイレでタクシー運転手を金づちで殴打した殺人未遂事件。同上。(31歳男)

●2008年3月 茨城JR荒川沖駅での8人殺傷事件。「自殺するのは痛いから嫌だった。複数を殺せば死刑になれると思った」(24歳男)

●2008年4月 鹿児島県でタクシー運転手を殺害した事件。「人を殺して死刑になりたかった」(19歳少年)

 まったく無茶苦茶やなぁ!なんで自分が死にたいために他人を殺すんだよ!自分の命が軽いものだと思うやつは、当然のことながら他人の命も軽いと思ってるんだよな。

 死刑は刑罰の中で一番重いものなんだろうけど、そもそも他人(国家)が人命を奪う死刑という究極の刑罰のもっとも大きな狙いは、犯罪者への威嚇効果、つまりは犯罪抑止効果だとされている。普通、死刑廃止論者が言うのは「死刑は必ずしも犯罪抑止力にならない」ということ。自分の命がどうのと考える余裕があればそもそも重大な犯罪を犯せないよ。そんなことにかまってられるか!ってことで人殺しが行われてしまうものだから。

 でも今回のような人間たちには、死刑が威嚇どころか逆に歓迎されちゃってるんだからどうしようもないね。近代刑法の父だか祖父だか始祖鳥だか言われているベッカリーアは「死刑の威嚇力は終身刑に劣る」とか言ったそうだけど、オレもそうだと思う。渋谷の夫バラバラ殺人事件の歌織被告の裁判で、被害者祐輔の母親が望んだ極刑は「終身刑」であって一瞬で苦しみを終える「死刑」ではなかったとのことだけど、ほんと、そう簡単に思い通り死刑になんてさせるもんか!って思うよ。

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2008年5月 4日 (日)

白鳥と黒鳥そしてパンダ

 おー、なんか今日はずいぶん書いてるなぁ、、、

 水戸市千波湖で白鳥や黒鳥が中学生らに棒で殴られて殺された!こいつら、そこらへんで通り魔事件を起こしてるやつらと根っこは同じだ!許せない!もの言えぬ鳥たちを!人間に気を許している鳥たちを!無抵抗な鳥たちを!許せない!!

 え?じゃあ肉や魚食べてるオレらみんな同罪だって?それいわれちゃあおしまいか。考えたらオレたち、普段食べてる動物の肉、、、その動物たちがどのように処分されてるかなんて考えたこともないなぁ。昔、香川県に住んでたとき近所に鶏の肉を加工する?小さな工場があったけど、なんでも夜中に鶏の叫び声が聞かれるということだった。処分されてる最中だったらしい。う~ん、どうすりゃいいんだ。

 でも、やっぱり我々が生存するためにすることと、ただ快感を求めてすることとは違うだろう!そう、目的を問題にすべきだ。としか言えない。

 石原都知事はパンダのリンリンの死について素っ気ない発言をしたらしい。さすがに正直なお人だ。パンダをどうだっていいと思ってる人だって表立ってはなかなか言えないことをよくもまぁ簡単に言ってのけられるものだ。すごい!さすが!

 オレは、パンダの死をどうでもいいなんて思ってない。それなりの感慨をもって悲報に接した。幼い頃、祖父に連れられて上野動物園に行った。たしかランラン、カンカンといっただろうか?人の波に流されてほとんど見られなかった記憶がある。いとこと二人、動物のブロマイドを買ってもらい、帰りの電車の中で写真を見せあいながら動物の名前当てクイズをやっていた。思えば平和な時代だったのかもしれない。

 ペットショップでは特にそうだけど、どうも動物が檻に入れられて人々の見世物にされてるのをみると胸が痛む。それもまた仕方のないことなんだろうけど、もしも立場が逆だったらと考えてしまう。「猿の惑星」で人間が檻に入れられてサルたちのペットになっている場面を観てからそう思うようになってしまった。といって動物愛護団体に入るまでの本気さもないんだけれど。

 せめて動物をかわいがることから始めようよ。すべての家庭で「ペット」として動物を飼えるわけじゃないけど、とりあえず小学校の頃から動物も人間も同じ生き物だということを体で覚えさせなきゃダメだ!いじめをなくすのも、動物虐待なくすのも、通り魔殺人なくすのも、そこから出発していかなきゃ!!

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NHK憲法記念日特集

 今日(つーか昨日か、、でも寝るまでは今日って言いたい!)NHKの討論番組が放映された。とりあえず、そのなかの一部についての感想とか。

 「ねじれ国会」についての全国会議員へのアンケートから浮かぶそれぞれの思いとは?これがみごとに与野党分かれてしまっている。当然といえば当然だけど。

★「ねじれ国会で重要法案などが決まらないこと、3分の2以上で再可決について」

(ある自民党員) 直近の民意ではなく、いま民意は2つある!59条2項で衆院の3分の2以上で決めなさいと言ってるんだからそれに従うのは悪くない。やるべき!

(ある民主党員) 今の衆議院の自民多数は郵政民営化の是非という1本だけで勝ったもの。今はまた違う民意であり、解散総選挙で民意を問うべきである!

★「ねじれ国会の意義などについて」

(自民) 重要法案が決められない。立法府の意味がない。審議して議決することが重要。ルールとしてあるのだから!

(民主) 自民の意思(実は官僚の意思?)だけでは成り立たなくなったという点で評価できる。

ねじれ国会のもとで法案が議決されない、「ものが決まらないじゃないか」という点についてゲストの方の意見が聞かれたんだけど、ここで小林節氏(慶応義塾大学法学部教授)は次のように発言。

(小林) 「これは歴史的なターニングポイントだと思うんですね。つまり国会制度とか二院制度とか、そういうもの自体の本質とか機能が問われているんで、ここで少し苦しんでですね、国会改革あるいは選挙制度改革に発展するかも、場合によっては憲法改革に発展するかもしれない。こういう大きな歴史的な構造改革のための苦労と思えばここで国政が停滞するのも必要経費として私はやむを得ない」

うんうん、オレもなんとなくそう思う。以前のブログでオレも書いた、、、

(オレ) 《 幸か不幸か、「ねじれ国会」といわれる現状がある。このことは、実はひとつの結果というだけではなくて、ひとつの変革期の始まりを示しているのかもしれない。すなわち、衆参両院での権力の分割は、きっかけが政治・政策への不満や不審感であったにせよ、単なるそれの結果であるというより、旧来の制度、政策、国のあり方を維持していくのか、それとも変えていくのかについての国民としての選択の出発点と捉えるべきなのかもしれない。》(http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_2ff3.html

 とはいえ、ものが決まらないままで本当に大丈夫なのかという不安も正直ある。自民と民主じゃそもそも根本の哲学が違うところがあるから、そこについてはいくら議論をしても溝は埋まらないんだろうからな。今回のガソリン税にしたって両者譲ることはなかったわけで。自民は口では「議論をしましょう」「審議拒否では入り口にも立っていないんだからけしからん」という。それだけを聞けば国民も「たしかに、話し合おうとすらしないでいる民主党はよくないんじゃないかな」と思ってしまうし、実際それで支持率低下を招いた面もあると思う。けど、政局がらみのパフォーマンスという点は置いとくとして、現実として審議してもどうせ平行線を辿るだけというのは明らかなわけだ。審議拒否だけを取り出せばたしかに大人げない、またガソリン税再可決の際の議長「拉致監禁」まがいの行為もそれだけ取ればなんと原始的なとこなんだ国会って!と感じてしまう。だけど結局のところ他になにも出来ないんだろう。審議しようが拒否しようが最後は衆院優先という憲法上のルールがある以上…… でも!!そうであるならば、いっそのこと堂々と審議の場に出て、国民の前でどんどん自分の主張を展開していったほうがいいんじゃないか。最後には自民にしてやられるにしても、そのプロセスにおいて筋を通したほうが潔いし、繰り返しになるけどそこで自分たちの考えをアピールすることで国民に考えさせたほうがいい。なにしろ今のねじれ状況の意義は今後の政治のあり方を国民に問うことにこそあると思うから。

 で、現状をどうすべきかについての結論は、たぶんどうすべきかといったってどうにもならないじゃん!かな。大事なのは国民のためになる政治をやってもらうことだけど、哲学?が違う以上簡単に大同団結も無理だろうし、またそれはそれで怖いことだし。一党独裁はまずいし。そもそも政党の力関係は本来は国民のある階層の意思の反映でもあるのだから、国民が二極分化していくのに比例して政治の世界も割れていくのだろうから。となると「大連立」というのも非常にうさんくさく聞こえるわけで。そんなの実現するはずないし、実現するとしたらそれこそ国民にとって不幸な時代になるだろう。

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2008年5月 1日 (木)

ガソリン値上がりしまして…

 ………

 ………ひま!

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ガソリン税は粛々と再可決されて

 創業以来40数年、わがスタンド史上最高の数字がたたき出された!実に通常のガソリン販売数量の約4倍!一般の人にはピンとこないだろうが、これは驚異的な数字なのだ。ふつう1年でもっとも忙しい年末大晦日でも通常の2倍強だから…。

 そして今日が終わり、明日からは約30円もガソリン代が値上がりするわけだ。レギュラーガソリンの平均単価は130円が160円ちかくになる。ギャップが大き過ぎるんだよな…。

 もし4月に暫定税率が廃止にならなければ、4月は2円値上げされて平均156円くらいになり、5月はさらに3円値上げで平均159円だっただろう。高いとはいえユーザーからすれば3月当時の平均154円は「当然」のこととして受け止められていた。何と言おうが現実にそうなんだから「仕方がない」。そして月が替わると2円値上げ。その次の月にはまた3円の値上げ…。原油高のせいだから「仕方がない」。

 こういうと叱られるかもしれないが、へたに暫定税率が一時的に撤廃されたため、かえって今回のような「大幅値上げショック」を味わうことになったわけだ。

 人は「順応」する生き物だ。たとえば自動車教習で習った「暗順応」。トンネルに入ってしばらくすると暗さに目が慣れるというものだ。たとえばお風呂の湯ぶねにつかる時、いきなり40度のお湯につかると熱いと思うが、30度で入ってから徐々に温度を上げていけば同じ40度でも熱いと感じない(いつもお風呂でお湯を徐々に温めながらカエルの実験や「釜茹での刑」を思い浮かべてはおそろしい気分になっている)。

 今回の値上げ前「駆け込み需要」がこれまでよりも激しかったことの背景にはそんなことがあるんだろう。なんでもかんでも値上がりしてばかりで現実に家計が苦しいのはそりゃその通りだけど、それよりも今回は価格のギャップに対する心理的ショックがあまりに大きかったということだと思う。

 してみると、批判されてるのは再可決に踏み切った政府与党だけど、本当は「再可決されるのが最初から自明だった」にもかかわらず中途半端に値下げを実現してしまった野党こそが国民に大きな心理的苦痛をもたらしたと言えなくもない。それが心から国民のためを思ってとった行動ならばまだ許されるが、、、

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2008年4月25日 (金)

プロフでの暴行事件に思う

小学生でも携帯を持つ時代。
おれが学生の頃はポケベルすらなかったのに。

今の子は携帯を使っていろんなサイトを活用してる。
プロフと呼ばれるサイトが流行ってるという。おとといはそのプロフ上でつながった相手とプロフ上でケンカになって実際に会って金属バットでなぐった少年が逮捕された。

サイトというバーチャルな世界と実際に会うリアル世界。
バーチャル世界とリアル世界。
使うのがパソコンであれ携帯であれサイトという同じひとつの場があり、バーチャルという同じひとつの世界があるわけだ。

サイトというバーチャル世界と似たものに、テレビゲーム等のバーチャル世界がある。
殺人事件とかが起こるとよく批判されたりする。本当のところはどうなんだろう?ゲームの中で人を殺しまくっているうちに、実際に生身の人間を殺してみたいと思ってしまうものなんだろうか?リアル世界では体験できないことが、ゲームというバーチャルな世界では実現できてしまう。ただ、バーチャル世界はあくまでバーチャル(仮想)であって仮りの想像でしかない。または仮の創造!?どんなにリアルっぽく作られた映像でも、自分が生の体験をすることはできないわけで。いくら殴られても本当に痛くなったりしないわけで。殴られても刺されても痛くもかゆくもない。

 おれの高校時代。
好きなひとからの電話が入る。ちょうどシャワーを浴びてた時、母がとびら越しに告げにくる。とにかくすぐに風呂を出て折り返し電話するって言っておいて!とおれ。いそいで着替えて電話をかける。うれしくて楽しくて時には2時間くらいしゃべりまくることもあった。そのひととは高校が違うので、学校で逢えるわけじゃない。
「じゃあ、今度の日曜は買い物に行こうね」
約束を取り付け、その日が来るのを心待ちにしていた。

 そんなに頻繁に、朝夕問わずに電話をかけていられるわけじゃない。1、2日に一度の電話だけがふたりの実際に接する時間だ。それ以外は…

 「想像」

 今ごろあのひとはどこで何をしてるんだろう?まだ学校かな?もううちに帰っているのかな?友だちと喫茶店でパフェでも食べてるかな?
 おれのことどう思ってるのかなぁ。いま、おれと同じように気にしてくれてるだろうか?おれのこと考えてくれてるだろうか?あのひとの心のなかのどれくらいをおれは占めてるんだろう?

 おれの高校時代は、たしかこんな感じだったなぁと振り返る。

 20代後半のころだった。世の中に「携帯電話」というものが徐々に広がりはじめていた。近所のスナックのママがいち早くIDO(いまのKDDI)の携帯電話を買った。まだアナログだったので、ひどい雑音だった。デジタルが登場したとき、まっ先におれはデジタルの携帯電話を買った。ドコモのモトローラ製の携帯。

 話が前後するが、おれが20前半のころにバイトしていた不動産屋の社長は、すでに電話を「携帯」していた。といっても自動車電話と呼ばれるやつ。社長の小間使いだったおれは、やや重い四角形の本体を肩からさげて社長のそばにいた。電話が鳴ると昔の黒電話そのままの大きな受話器をとりあげ、いそいで社長に手渡した。

 そのころのおれたちのモバイルツールはポケベル。一生懸命に数字を文字に変換させたりしていたのを思い出す。20代の半ば頃に初めてパソコンを買った。マイコンと呼ばれる頃からコンピュータに接し、BASICをバリバリ打ち込んでいた先輩に比べればおれのコンピュータ・デビューは遅い方だったが、まだインターネットが本格的に普及する前、「パソコン通信」だったころからおれはネットの世界にのめり込んでいった。そのときに大いに活躍したのがポケベルだった。メル友(メールパルと呼んでいたが)からのメールがパソコン上の受信箱に届くと、その情報がポケベルに転送されるという仕組みだった。仕事中でもポケベルが鳴ると、ユーザーIDからすぐに相手を特定できた。

 話がそれたが、携帯がデジタル化してからはそれは急速に普及していった。機能もどんどん豊富になり、メールも当たり前となった。そして「サイト」。サイトの利用は、いまやパソコンユーザーよりも携帯ユーザーの方が多いんじゃないかと思える(実際どうなのかは知らないけど)。

 さて、今では小学生でも携帯を持ってるそうだ。中学生になると男子の3割、女子では5割ほどが携帯を持っているという(たしか…)。

 今の子たちは、というかおれもだけど、好きなひととは四六時中メールで連絡がとれるようになっているわけだ。おれの学生時代のように、ただひたすら相手のことを想って「想像」力をはたらかせる必要などないというわけだ。気になったらすぐにでもメールをすればいい。延々とメールのやり取りが続く。途切れたらとたんに不安になる。(見ようによっては、携帯の奴隷になってるともいえる)

 ともあれ一瞬たりとも自分の頭のなかで想像をめぐらすことはない。そんなこと不要だから。白黒ハッキリさせるのはたやすいことだ。

 そういうわけで、昔に比べればあきらかに「効率的」になった。ある意味で無駄ともいえる苦悩をかかえる必要もなくなった。便利。非常に便利な世の中になったものだ。

 便利になったことは、では即、「よいこと」なんだろうか?それはいろいろな点で「進歩」と呼んでいいものなんだろうか?果たして失われたものはないんだろうか?

 こんな問いをすること自体、あまりにもありふれたことで陳腐なものと一蹴されそうだけど…。

 もちろん、おれの時代を持ち出してきてことさらに今と比較することが一体どれほど有意義なものなのかという疑問もあるだろうと承知している。たとえば、おれの時代よりさらに前、手紙が主たる通信手段だった頃と比べることだって出来るわけで、たんに相対的な比較でしかないとも言えよう。

 けれど、手紙や電話の時代と比べて携帯時代にとくに特徴的なのは

「バーチャル世界」

ということではないだろうか!?

 携帯でのメールはともかくとして、「バーチャル世界」と呼ばれる所以はやはり「サイト」の存在だろう。そしてより重要だと思うのは、それが「世界」だということだ。世界というからにはそこに固有の存在者がいる。もともとサイトは、いわばメモリーカードのようにあくまで一時的なコミュニケーションの停留所だっただろう。たとえば市場のような多数の人々の意思の中継地点だっただろう。ところがそこがいつの間にか立派なひとつの「世界」を形づくるようになったのだ。極端にいえばそこだけで完結される世界だ。

 けっきょくおれたちはリアルとバーチャルというふたつの世界に生きてることになる。手紙による文通の時代、文通がそれ自体でひとつの世界だったとはいえないだろう。電話が主だった時代、電話のなかだけで完結するような世界なんて馬鹿げた話だろう。でも携帯時代の「サイト」は立派なひとつの世界といえるのだ。

 バーチャルな世界とリアル世界というふたつの世界を同時に生きるわれわれは、見方によってはわれわれのアイデンティティの分裂という(不幸な?)経験をしているのかもしれない。もしかしたら分裂しているように見えながら、実は同一であるというところに不幸があるのかもしれない。いや、不幸か否かは価値判断だからそこまで言及しなくてもいいのかもしれない。それでとくに何の問題も起きないのであればそんなに騒ぎ立てることもないだろう。

 問題は、あくまでもリアルがあってのバーチャルだという「主従関係」を人々が忘れてしまうということ。生身の肉体と精神とが合わさってわれわれは成り立っているという厳然たる事実。そういうわれわれは自然のなかで自然の一部として存在しているという事実。そのことを忘れ、そのことを放棄できると勘違いしてしまうということ、つまりは現実から逃避して従たる世界に逃げ込んでしまうこと。そこでの「全能感」にひたってしまうことではないだろうか。そこでは別の自分になれる。いじめっ子に怯えることのないスーパーマンにだってなれる。性を変えることもできる。ゲームでいえばどんな強大な怪獣でも倒せる。強盗も殺人も思いのままだ。バーチャル世界での全能感がリアル世界に「逆輸入」されるとき、悲惨な事件が発生するといえるのかもしれない。問題はここにある!だが実は…

 おれが本当に問題だと思うのはまた別の点だ!

 たとえば今どきの中学生や高校生、携帯裏サイトなるもので情報交換や誹謗中傷をくり返し、プロフを通じて苦もなく仲間をふやし、出会い系サイトで見知らぬ「おとな」と形だけの(肉体だけの)関係をもつ。それらの是非はともかく非常に「効率的」だ。効率的なのはいいことだが、人間は機械じゃないのだから、そればかりになってしまうのはたぶんよくないのだ!「非効率」なのも絶対に必要なのだ!困難を克服してこそ成長がある。だから、効率的なだけではきっと人間としての成長はないに違いないのだ!これがひとつ。

 もうひとつは、「想像力」の欠如!

好きなひとのことを一生懸命想像する。そのほかいろいろなことを想像する。想像力というのは想像する能力ということだが、その能力をきたえるには自分自身による生のリアルな体験、経験が必要だ。会えないときのさびしさ、片思いの胸のいたみ、あるいは殴られたときの痛みや負けたときのくやしさ等々…。

 自分が経験した様々な感情や感覚を他人に対しても持てるかどうかは、一生懸命に想像力を働かせることによって可能となるんじゃないだろうか。

 気になったらすぐに確認をとる。確認をとれてしまう。わからないことはすぐに調べられる。それもどんなことでも一瞬にして出来てしまう。自分の脳のなかを一生懸命検索するかわりにパソコンで、あるいは携帯で瞬時に検索してしまう。脳の中にはなるほど情報は蓄えられていくかもしれないが、それは自分の頭で考え自分なりに価値判断する過程を省略した生気のないものではないだろうか。

 非効率で面倒くさい生身の人間が感じる痛み、苦しみ、悲しみを自分の心に刻み付けること、それを自分以外の人間にまで適用するための想像力。その過程をいっさいスポイルすることで自己中心的な凶悪犯罪が起こされていくんじゃないかと思う。

 当然のことだけど、サイト利用者がみんな問題なわけじゃない。プロフ利用者がみんな問題じゃない。携帯の利用がみんな問題じゃない。バーチャル世界がすべて問題なんじゃない。ただ、全体的な傾向としてはあきらかに憂慮すべきものであると思うし、それが極端な形であらわれた場合すなわち凶悪犯罪などと結びついた場合はあきらかに問題だといえるだろう。

 ただ、、、

いくら問題だと言ったところで、この流れをとめることは不可能なんだろうけど…。

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2008年4月24日 (木)

山形では「無理心中」じゃん!

 後期高齢者医療制度で保険料が年金から天引きされるそうだ。

足腰が弱って介護を必要としていた87歳の母親と暮らしていた、山形県の無職男性58歳が20日、物置小屋で首をつって死んでいるのが発見された。自宅の寝室では母親がくびをしめられ死亡。年金から保険料が天引きされると聞いて、生活がますます苦しくなると、将来を悲観しての無理心中らしいという。

 国・厚生労働省はたとえばWEBサイト上での説明で、「国保と比べ、保険料は、平均的には、これまでよりも低くなります。」と説明している。(たとえば→http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/info02d.html)

 平均的にどうなのか知らないが、そんな大ざっぱな考え方ってないだろう!これだけ格差社会といわれてて、毎日の生活がやっとという人たちがいるんだ。社会保障は「底辺」の人たちを救うことにまずもって焦点を合わせなきゃいけないんじゃないか!?テレビでどこの担当者か忘れたけど「緩和措置というのがあるのを知らなかったんでしょうね」なんて話してたけど、緩和措置ったって、半年くらい免除されて、その後徐々にではあれ負担は増えていくんだし、最終的には取るもん取るってことだ。猶予期間を与えられたってその間に生活が立て直せるくらいならそもそも「底辺」なんて存在しないことになるわけじゃん。でも現実にはますます苦しくなる人が増えるってのが格差の問題なんだろうよ。

 何かの記事でアンケートの結果、首相になってほしい人のナンバー1は「小泉」だとか。なんでだよ。あれだけ国民はだまされて、与党に今の力を与えてしまったというのに、それでも人気ナンバー1なんだから、どこまでおめでたい国民かって!そりゃあ、今問題になっている既得権益守ることに必死の道路族たちと戦っていたのかもしれないが、結局は格差の拡大につながるグローバル化を目指してたってことじゃないの?

 ついでにハッキリ言っておきたいが、ポスト福田の有力候補が小池ゆり子元防衛大臣だって?冗談じゃない。あんな裏で何考えてるかわかんないような…とにかく冗談じゃない!…っていったって、じゃあ誰がいいんだって言われると…誰もいない……とりあえず消去法みたいだけど、「非自民」って意味で小沢民主党なのか??

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ふざけんな!政府・町村発言!

  --暫定税率が戻った際に、ガソリン価格が下がったときと同様にガソリンスタンドの混乱もあろうかと思う。そこらへんの対策は政府として考えているか

 「まあ、4月1日以降、多少の混乱はありましたけれどもね、おおむね、みなさん方の、関係する石油元売り会社、サービスステーション(SS)のみなさん方のご努力で、大きな混乱はなくですね、進められてきたと思いますから、今回もちょうど連休のシーズン直前でありますから、どのSSも多分、地下の埋設タンクいっぱいの、多分、貯蔵というかですね、それをして連休に備えていくんだろうと、こう思います。したがって、それが全部使われるのに何日かかるのか私もよく分かりませんが、1週間か、そこらかかるんじゃないでしょうか。そういう意味で連休中にまた一挙に値上がりをしていくというふうには多分、ならないんだろうなとは思います。それはまあ、ケース・バイ・ケースであろうとは思います。しかし、4月上旬がそうであったように、5月上旬に大きな混

乱が起きるかといえば、私はそれは起きることはないんではないかなと思います。ただ、それは目に見える混乱という意味で、各自治体における発注の停止でありますとか、自治体の財政に穴が開いてやり繰りに問題が生じているであるとか、そして国全体だって、月に1200億、地方税600億ですか、これだけの歳入欠陥を生じているというのは見過ごしにできない、大きな、これこそが大きな混乱であり、大きな問題なんですね。そういう意味では、私どもとしては早くこの問題に答えを出さなければいけないという考え方であります」
(引用元→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080423-00000930-san-pol)

 まぁ、今日もいろいろニュースがあったから、書きたいこともあったけど、Yahoo!でこの記事を目にして、どうにもムカついてしかたなかった!これ、町村官房長官の会見の一部らしいけど、スタンド関係者としては「何のんきなこと言ってんだ!このボケ!」って感じ。

 ガソリン税が無くなった4月1日から、わがスタンドでは大変な損失を被っている。弱小スタンドなんでそれでなくても厳しいとこなのに、やっぱりまわりの状況に合わせなくちゃ競争で生き残れないから、仕方なく1日から値下げして頑張ってきた。前月に仕入れてしまった「在庫分」、つまりまだガソリン税がかけられていた「高いガソリン」も仕方ないので安くして販売してきた。

 消費者はそりゃ安ければ安いに越したことはない。それは当然のこと。オレらだって百も承知だ。で、今までより20数円安くなったので、よほどお客様にも喜ばれるだろうと思っていたが、現実は予想とはかけ離れていた。安くなったにもかかわらず、販売数量はまさに「激減」!この消費者の動向は実はその理由がよくわからない。まわりの業界関係者も不思議に思いながらただただ頭を抱えるしかないのが現状。安値競争が勃発して、消費者はより安いガソリンを求めて消えてしまったのか?ともあれ、4月も後半に差し掛かってきているが、少なくともオレのまわりのスタンドはここ数年で最悪の経営を強いられているようだ。

 そんななかで、今度の再可決の表明。これはもう今の政治状況からしても、もろもろの事情からしても黙って受け入れるしかないんだが、今回の官房長官発言は、苦悩しているわが業界関係者の気持ちを逆なでしているとしか映らない!

 《今回もちょうど連休のシーズン直前でありますから、どのSSも多分、地下の埋設タンクいっぱいの、多分、貯蔵というかですね、それをして連休に備えていくんだろうと、こう思います。したがって、それが全部使われるのに何日かかるのか私もよく分かりませんが、1週間か、そこらかかるんじゃないでしょうか。そういう意味で連休中にまた一挙に値上がりをしていくというふうには多分、ならないんだろうなとは思います。》

 消費者にとってはうれしい限りの発言だろうから、オレの書いてることには誰も共感もってくれないだろうし、今回はそれを承知で書いてる。共感求めたって無駄なのわかってるし。とにかく無礼で、無責任で、腹が立つ!

 連休前に再可決しといて、でも値上げの影響は個々のスタンドがまた血を流すことで混乱なく済まされるでしょう!と言ってるわけだ。

 あぁ、、、愚痴っててもみじめになるだけだからやめた。

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2008年4月22日 (火)

NHK日曜討論・自民VS民主

 先日、4月20日のNHK「日曜討論」を録画してたので、先ほど観た。

 観た~はイイけど、、、

「苦言」言わせてください~!

 「共産党を出さなきゃダメじゃん!」

つまり~、自民と民主って、なんかぁ…

いかに自分たちの言ってることが正しいか!ってアピールしてばっか!!

よって議論がぜんぜん噛み合ってないんだもん!だからこそ、うまく全体を整理して話をしてくれる共産党が必要なのだと…思うんだが、それだけに期待するって共産党に失礼かな??

 まぁ、いま盛んに騒がれている「後期高齢者医療制度」というか、名称(愛称?)は「長寿医療制度」、これについてはオレ、無関心だったんで、正直よくわからないんだけどね、

でもぉ、こういうのって全体像を正確に知るなんてこと、普通に仕事に追われてる人にはなかなか難しいと思うんだよね。

たしかに国民にとって自分の身近な問題として大事なのはわかるけど、でも、きっとそこらへんの若者に「後期高齢者医療制度」って具体的に知ってる?とか聞いても知らない人が大半じゃないかと思う。

「そこらへんの若者」はおいといて、、、

結局、ちょっと関心があるという場合、情報を得るのって新聞やテレビが中心になると思うんだけど、マスコミってやっぱり興味をそそる情報を中心に流すわけだから(NHKでも)、だいたいは国・政府に批判的なものや、困ってる人の情報に偏りがちになるでしょう。

そうなると、やっぱ政府与党としてもそれなりに言い分があり…というか、いちおう国家・国民のために法律を作ってる以上は、それが正しいと思っているわけだろうから、われわれ国民としては、ちゃんとそっちの主張も聞かないと判断ができないわけだ。

そこで大事になるのは、こうした公の場での「討論会」になる!といって、各局がいろいろ特集組んだりしてやってるんだろうけど、あれもこれもチェックするわけにもいかず、、、

基本的にはNHKの番組が中心となるべきだと思うわけ。なんといっても国を代表する局なわけだから!

そんなわけで、一般国民の判断材料を提供する貴重な機会のひとつが「日曜討論」だと(すくなくともオレは)思ってる。

 だけど、今回の放送はダメだったと思う。

共産党を出さなきゃダメというのは、まぁ半分だけ本気だけど、それよりも今回の討論の内容がいまいち理解不能だった原因は、自民、民主のアピール合戦にあるのではなく!司会を含めた進行の仕方にあったんじゃないかと思ってる。

たとえば、、、

冒頭で西川氏(厚生労働副大臣・自民)が今回の医療制度の目的を二つ述べた。第一は、制度の運営主体を市町村単位ではなく都道府県単位とすることで地域間格差を縮めること。第二に、75歳以上のお年寄りひとりひとりにとって、これまでよりも「よりていねいな」医療が受けやすくなるということ。

この第二の点について、民主党がさかんに批判するわけだ。すなわち、「よりていねいな」医療を希望すればするほど保険料が上がっていくので、結局はお年寄りにはなるべく医者にかからないようにと強制する仕組みが備わっているのだ。したがって実は医療費の抑制こそが眼目なのだ、と。

それらを聞いてると、「なんだって?よりていねいな医療を受けられるといっても、受けようと思えば医療費はどんどん上がっていって、自分の首を絞めることになるなんて!ひどいじゃないか!」と思う。

でも、今度は西川氏が言う、「民主党の主張は全く間違っている!あくまでこれまでどおりの医療(治療)方法も出来るわけだ。あくまで本人の希望で別の方法も選択できるということだ!」…つまり従来どおりの医療プラス専門医制も選べるという「選択肢が広がった」わけだから、より良くなったんだ、と。

え??そうなの?じゃあ、やっぱり今回の医療制度はいいことなんじゃん!と思い直す。

では、その「選択できるようになった」という点について民主党は何と反論するのか!?ここが一番聞きたいところだ。でも、民主はそのことについて直接の反論をしない。また持論の展開が始まるだけ、、、

これは一例だけど、こうしてオレたちが本当に知りたい、そして白黒判断を付けたいことについては双方ともどうにも噛み合わない議論の繰り返し、、、

もうひとつ具体例をあげれば、、、

中盤で司会者がテーマを投げかけた…

「さて、高齢者にとって本当に医療が受けやすい制度になったのか?」

「ふむふむ、さて、そこんとこどう答えてくれるんだろう?」と思って聞いてると、

民主党、またまた「終末期相談支援料」批判の話。そりゃあ大事な話なのはわかるけど、それはいかに国が医療費抑制を考えているかの証明としての話であって、関連してはいるんだろうけど、もっと当人の立場に立って「今までよりも医療が受けやすくなったのか、反対に受けにくくなったのか」を単刀直入に説明してほしいんだよな!(この話題、よほど長妻議員は話したかったらしい) (実は、長妻氏の発言の前に山井氏が包括的医療として月の定額が6千円に抑制されたと批判したが、それも展開が中途半端だった!)

で、長妻氏の後に振られた西川氏もまた相変わらず「それは、そういう(終末期については)選択肢もあるということ」と主張し、なんかまた話が難しい方向に流れてしまった。

これらは、思うに、司会がもっと個別の論点に絞ってやり取りさせるべきだったと思う。自民、民主交互に、しかも参加者公平に順々に振っていくような感じのやり方がダメなんだと思う。

さらに、民主党がさかんに言っている「必要な治療を受けようと思えば思うほど保険料が上がっていって、自分の首を絞めることになる」という点についても、自民党から言わせれば、それは「個人的に保険料が上がっていくわけではなくて、全体として将来的に保険料が上がる可能性があるということだ」となるわけだ。

それから、「担当医制」についての話も、最後まで詳しい議論はなかったし、「従来のブラックボックス化されてきた負担割合の明確化・透明化」についての議論も話の中に上がっただけで終わってしまった。

 結局、せっかく国民がこの制度についての大事な点について知る貴重な機会であったにもかかわらず、よくわからないまま、消化不良のまま番組が終わってしまったというのが感想だ。

 池上彰さんが書いてる本のような、重要な論点についての中立的な立場の…というより、個別の論点に対してのそれぞれの立場からの主張がわかり易く提示されるような番組があればなぁと思う。

 といっても、そもそも政治家の発言って、表面上は「国家、国民のため」と言いながら、その裏にはまたそれぞれの思惑があると思うので、たんにタテマエの議論だけじゃ判断つかないってこともあるとは思うけど。

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2008年4月17日 (木)

後期高齢者医療制度って??

 この4月から始動した「後期高齢者医療制度」。75歳以上のご老人ひとりひとりから保険料を徴収するもので、徴収の方法は基本的には支給される年金から天引きされる。おととい15日支給分の年金から天引きされる人は、75歳以上人口1300万人のうち約800万人。残りの人は10月からとなるそうだ。

 オレとしては、この制度についてはほとんど知らないできたので、いま何かを偉そうに指摘できる立場にはないが、頻繁にニュースなどでも取り上げられ、また昨日はNHKクローズアップ現代でも取り上げられていたので、見聞きした範囲で感じたことなどを軽く書いてみようと思う。

 この制度を含む医療制度改革の諸法案が国会で(強行?)採決された時期というのは、れいの小泉自民党が衆院選で圧勝して波に乗っていた頃のことらしい。当時の野党は大反対していたが、国会内の力関係からみれば無力といわざるを得なかった。もし今のような「ねじれ」のもとにあったらきっと簡単には成立していなかっただろうな。そう考えると今のねじれ状況がどれほど有意義なものかとあらためて感じられる。余談だけど、今のねじれ状況では「何も決められない!」というデメリットが強調されているわけだけど、こうして当時の状況と照らし合わせてみると、現在の状況というのは、ある意味で今後の日本のすすむべき道の選択を迫られている国民にとっての「お試し期間」あるいは「味見する機会」なのかもしれないと思う。ちっとも先に進まない状況はたしかに好ましいことじゃないけれど、かえってわれわれにとってはじっくりと今後の日本のあり方を決める好機と捉えればいいんじゃないだろうか。

 さて、そもそもこの制度の目的は何なのか?タテマエとしては、要するに「世代間の医療費の負担についての透明性を高め、もって医療費、とくに高齢者におけるそれの抑制を図る」といったところだろうか。背景には少子高齢化のますますの進行があり、そのことを前提としたうえでの持続可能な制度の構築の必要性がある。

 と、、、こんなニュース解説みたいなこと書いてたって仕方ないよな!そんなことブログで書いてたって面白くもなんともない!!

 問題は、政府(官僚)が何と言おうが、現実に…結果的に!ぎりぎりで生活しているお年寄りから、なんだかんだいって金をむしりとることになってしまってるということだ。

 そりゃあ政府の立場からすれば、いろいろ言い分はあるだろう。これから団塊の世代が大量に年寄りになり、それにともなって医療費も増大する。一方で現役の世代の負担も4割から5割…とどんどん重くなる。そうなると今現役で働いてる若者が病気になったとき、またお年寄りになってから治療の必要な出てきたときにどうするのか!と。

 それはそれで言い分もわからないではない。しかも、最終的には問題の根源は「国の財政赤字」とか「少子高齢化」に行き着いてしまう。もちろん一方ではそれらを何とか解消しようとしてもいるのだろうがそう簡単な話じゃないというのも事実だし。

 だけど、、、けど、やっぱりさびしいなぁ。これまで一生懸命汗水たらして働いてきたのに、老人になってからも「自己責任」でなんとかしてや~と言われなくちゃならない社会って……。いつのまにこの国は年寄りを支えてやることもできなくなっちゃったんだろうか。そんなに日本って国は弱ってしまったんだろうか。

 問題の根は深いのはわかるけど、あえてオレ的勝手発言をさせてもらえば、、、

 「あいもかわらず道路財源にこだわってるけど、国民に、道路とお年寄りの命を守るのとどっちをとるか選ばせたら、たぶん後者を選ぶんじゃないかねぇ!?だって、子供の安全を守るためにつくるような一部の道路を除いて、道路って要は利便性、快適性、経済効率アップが目的なんだろう!?(いや、建築業者の生活がかかってるってのもあるかもしれないけど)」

 「多くの人が非難してるように、そもそも年金を怠慢で消しておいて、払うもの払わないでいて取るものだけはしっかりとりますよ!っていう態度が許せん!!」

 「行政の無駄や、天下りでおいしい思いをしてる人たちへの対策をてきとうに済ましていて、財政が、財政がと騒いでても国民は納得しないだろ~!」

 「少子化をどうにかしなくちゃいけないんだよ。じゃあ少子化の大きな原因は何だといえば、経済的格差だろ。将来への見通しも暗いなかで子供を生め!と言ったって無理だろ!アメリカ追随、無原則なグローバリズムへの傾斜(市場原理主義信仰?)としての自由化や外資規制緩和等々、格差社会を容認するような政策的判断の責任者はどこの誰だい!?」

 まぁ、それにしても、、、福田首相の「お言葉」はどんだけ重いものなのか知らないけど、「後期高齢者医療制度」ってネーミングが悪かったといって、「長寿医療制度」に変えるとか変えないとか、、、なんじゃそりゃ!!(笑) 長寿って本来は「敬う」べきものというのが含意されてると思うけど、これって実態をみれば「やっかい者」扱いじゃない?いっそ『まったく、下手に長生きして勝手に病気になって医療費かけやがって!自分のケツくらい自分で拭けよ!医療制度』とかってネーミングすればいいじゃん!そうすりゃ次の選挙に多少影響すると思うが。

 もうひとつ、福田首相は「天引き」って言葉がどうもイメージ悪いみたいね…みたいなことも言ってた気がするけど、完全に国民をバカにしてるとしか思えないんだけど。

 (完)

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2008年4月 2日 (水)

暫定税率切れて混乱は…

 なんかぁ、、、たいへん申し訳ないけど、率直に、スタンド店員のひとりとして言わせてもらうけど、、、

 ガソリンが安くなって、その瞬間から給油しようと列を作る人たちって一体なんなの?

 わざわざ深夜12時に、値下げと同時に給油して「感動しました!」という男性…。120円台って、ちょっと前の原油高騰前の水準じゃん。これで原油でも下がって110円くらいになったら感動しすぎて失神でもするんかい!?

 「うれしいわぁ、何千円得になるのかしら。何かおいしいものでも食べたいです」という女性。あなた、どんだけでかい車に乗ってるんだい!?100リッターくらい入るならわかるけど、もしこれで30リッターくらいだとしたら、せいぜい700円くらいだろ~、、、

 いや、これは失礼。本当に家計のやりくりで苦労してる人もたくさんいるだろうから、そういう人には無視してもらっていいんだけど。

 でも、正直、わけがわかんない。

 わけがわかんないんだけど、これが人間ってやつなのかとも思うけどね。

 安くなるまで我慢して、ギリギリの量で走らせてたら、ガス欠になっちゃって、かえってJAFからの160円もするガソリンを入れてもらってた男性の映像も流されてた。あるいは何分待ってるのか知らないけど、長蛇の列に加わる人たち。それで本当に経済合理的な行動を、、、経済的に最適な選択をしていると言えるのか?……そうは思えない。それこそが人間なんだってことか。イメージに振り回され、本末転倒だったりして、、、そうそう「行動経済学」が明らかにした人間ってのはまさにそういう人間なのかねぇ。そうですよね?ギロビッチ博士!?

 そして、バカバカしい人間がここにもまたいる。オレたちスタンド。時には採算度外視でやらなきゃならないのが競争社会のルールだとはいえ、やれ隣りが1円安くしたからウチも下げる!だ、やれよく見たら安すぎたからちょっと上げよう!だ、そんな安易でザルな商売やってるんだよねスタンドは。それが現場の実際の姿なわけだ。もちろんウチのスタンドも含まれる!(^o^;

 さてさて、暫定税率廃止2日目はどうなるのかな??

 よほど大安売りで大盛況なスタンドでない限り、まずガソリン品切れって問題は起きにくいだろうから、そんなに急いで給油しなくたって大丈夫ですよ。

 ところで、よくわかんないのは、ガソリンが安くなって嬉しい反面、いくつかの地方とかでは予算の目途がたたなくて道路工事がストップしてるってことだけど、それもこれも「暫定税率」廃止のせいだけなの?まるで暫定税率って地方の建設業にとっての生命線みたいに言われてるような。暫定っていったら、一時的なものってことなんだから、本来はオマケみたいなもんじゃないのかねぇ?今でもかかっているガソリン税(本則課税分)はどうなの?それは何処にいっちゃうの?何に使われるの?だいたい、もっと早くから国は暫定分への極度の依存体質を何とかすべきだったんじゃないか!とにかく、何でもいいから「暫定」って言葉をどうにかしようよ!たとえば「地方道路建設充当税」だとか、、、まちがっても「環境税」って名前にしたらマズイだろうね、「環境税」使って森林を切り山を切り崩し、重機をフル稼働させたりしたら、それこそ諸外国の笑いものだし、、、

 最後に、話題がガラリと変わるけど、今日行われた役所での入庁式などについて。

 断片的にしか報道されないテレビニュースからのさらに抜粋ということを断りつつ、、、

 まず東京都石原知事の話

「実はいろいろ…会社に関する法律があるから、遠慮してですね、民間の方に任せた結果こんなになっちゃった。」

「天下に名だたる広告代理店が持ってくる、ポスターの原案とかキャッチフレーズなんて、ばかばかしくて見てられない」

「やっぱり、民間、民間と信用しすぎて民間に任せるとだめなんだ。それはやっぱり、皆さん(新入職員)の目で、皆さんの感覚で判断していただきたい」

 内閣府職員に向けての町村官房長官の話

「皆さん方の月給は全部税金で賄われております。おのれのために働くのではなく、国家、国民のために働く…」

 かたや、使命感を持ち、公僕として働きなさいと諭す長官。かたや民間をさげすみ、出来の悪い「民間」を指導・監督していきなさいと話す都知事…なんかむかつく!

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2008年3月25日 (火)

あれこれ

 あいかわらず…「趣味」のプログラミングと格闘する日々。ハァー、、、

これって、楽しんでるのか、苦しんでるのか、よくわからない。きっと苦しんでることが楽しいのかもしれない。次々に悩みが出てきて、あれこれと試行錯誤をくり返したり、頭の中であれこれ考えてたりと、まぁそんなことやってること自体も楽しいんだろうけど、時には飽きて、面倒になって、投げ出したくなることもあるけれど、それでも集中力をどうにか保っていられるのは、やはり「早く、思い描いたソフトを作り上げたい」というハッキリとした目標があるからなのかもしれない。

 一方でブログを更新できてないことについては、いつも気になっている。書きたいことは結構あるんだけど、そのひとつのことに対して集中する時間がないから、どうしても考えがまとまらなくて中途半端になる。自然にキーボードに向かうまでには至らないから、結局はその書きたいこともいつか過去のテーマになってしまって、いまさらブログで書いてもなぁ~と思ってしまう。

 と、そんなことつらつら書いてるくらいなら何か実のあること書けよ!って感じだね。

 今日もダイジェストで。

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 道路特定財源、暫定税率問題について。

決まらない!!決めてくれよ!!何も決まらず、前に進まない日本の政治。自民と民主、そもそも党としての基本的な考え方(原則論とまでは言えないのかもしれないが)が違うようなので、いつまで経っても平行線のまま。もちろんどちらも「国民のため」というのだが、肝心のその「国民」が決して「ひとつ」のものではないのだ!(キャリア)官僚の立場、族議員の立場、地方の首長の立場、道路関連業者の立場、自動車ユーザーの立場、サラリーマン、主婦(主夫)、高齢者、一般庶民といっても様々な立場が考えられる。

 世論調査の多数意見をとるべきとの考えもあるだろうが、往々にして世論は目の前の生活を重視するだろうし、また常識的な判断であるというのも、案外マスメディアの作り出すイメージに迎合的な側面もあるだろうから、なんでもかんでも「世論」に従えばいいというものでもないだろう。

 本当に難しい問題だが、我がガソリンスタンド業界からひと言いわせてもらえば、暫定税率の動向はチョーチョー重大な問題となっているのだ!情勢としては、とりあえずは何も決められずに4月になだれ込んでしまう可能性が高いわけだが、そうなると法的には暫定税率が無くなるから、ガソリンでいえば25円ほどが安くなるわけだけど、実際には各ガソリンスタンドは4月以前に仕入れてしまった在庫分を持っているわけで、高く買ったガソリンを4月からすぐに25円安く売ることは出来ない!そんなことしたら大赤字だ!仕入れ値より大幅に安く売るというのでは商売が成り立たなくなってしまう。

 もちろん消費者側の立場もよくわかるし、その行動も予測できる。すなわち、3月は出来るだけ買い控えて、4月に入ってからいっせいにガソリンスタンドに殺到することになる。だけどよく考えてもらいたい。スタンド側の事情は上の通りだから、4月1日からガソリンが安くなるかどうかは今のところは不透明です!業界では早くも4月1日の殺到を見越して仕入れも4月1日に集中してきている。当然タンクローリーの数にも配送される時間にも制約があるから、スタンドの思い通りに仕入れることは事実上不可能だ。つまり、4月に入ってからしばらくは大きな混乱が起こることは明らかだし、店と客との間のトラブルも考えられる。賢明なる判断をお願いするしかない。

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 畠山鈴香被告への「無期懲役」判決

 なんともタイムリーといえばタイムリーで、ちょうど判決翌日にテレビ朝日のドラマ「相棒 シーズン6」が最終回スペシャル。しかも夕方には第一話の再放送。裁判員制度のことがテーマだった。非常に考えさせられる番組内容だったが、おもしろかったのは、番組内で裁判員制度の問題点として法律の専門家としての司法判断と一般人(つまり世論!)の判断とのズレということが取り上げられていたのだが、世論の喚起、メディアによる情報操作、大衆操作の危険性を言いつつ、実はこの番組自体がその危険な役割の一端を演じてしまっていることだ。

 それは置くとして、たしかにオレのまわりを見ても、「あんな残酷なことしたんだから、当然死刑じゃないとおかしいだろ~!」、「娘もさることながら、何の罪もない豪憲くんまで殺したんだ。被害者遺族からしても納得いくわけないだろうよ。当然死刑だろ!」というのが「世論」であるように感じる。事実、最新の世論調査でも「死刑廃止派」にたいし、「死刑存置派」が国民の多数意見だという。国民世論の後押しや、「被害者感情」重視という法務省の方針などで、最近では鳩山法相が死刑執行者名などの公開に動いているし、法相決裁ではなく死刑を「自動化」すべきとの発言があったりしている。

 オレもこれまでは「死刑」ということについてはあまり深く考えたことがなかったし、まぁまぁ世間一般の「常識的な」考え方だろうとして死刑是認だ!と軽く言ったりもしてきた。だけど世界の流れは「死刑廃止」だという。そう考えるともうちょっと真剣に死刑存廃問題について考えなければいけない気になってきた。

 まずもって「死」ということそのものについて考えなくてはいけないし、「人が人を裁く」ということ、とくに判断がもし誤っていた場合(えん罪だったとしたら…)、死刑は取り返しのつかないものだ。最近読んだ『元刑務官が明かす 死刑のすべて』(坂本敏夫著・文春文庫)はある意味衝撃的だった。実際に死刑の執行をする人の気持ち、執行の生々しい現場の様子、死刑囚の執行直前の思い、叫び、抵抗や無抵抗、絞首刑後の死体の様子などなど、目を背けてはいけない問題がそこにはあるように思った。そう、来年からの裁判員制度では、裁判員に選ばれた人は被告の有罪無罪だけでなく、有罪の場合の量刑(どのような刑罰にするか)判断をも迫られるわけで、まさにドラマ「相棒」で言われていたように、一般市民にも「死刑」というものの重みを一生背負う覚悟を求められることにもなるのだ。

 他方、たびたびニュースでも取り上げられる、被告人の「精神鑑定」の問題。刑法では、まずどのようなものが「犯罪」として成立するかが細かく定められており、そこから「違法性」の種類や程度などで違法性なしと判断される場合があり、さらには「責任能力」の有無によって罪に問えなかったり罪が軽くなったりする場合がある。この「責任能力」の問題も一般庶民の感覚からすると違和感を感じるところだと思う。たとえばどんなに凶悪な犯罪を犯したものでも、精神的な障害があるという理由で無罪になることもある。こうした問題ひとつとっても、いかに犯罪者を裁くということが難しいことかがわかると思う。

 畠山鈴香被告の判決、、、まだ最終ではないが、この事件ひとつとってもいろいろと考えなくちゃならないことだたくさんあるように思った。

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 そうだなぁ、、、あと茨城県土浦での金川容疑者の事件、イージス艦の事件、世界経済の問題などなど、機会があれば何か言ってみたいけど、、、たぶん無理だな、、、もう眠い。

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2008年3月 1日 (土)

またプログラミングにはまるのかオレ…

 ずっと離れていたC#プログラミングに、最近またはまり始めた。プログラミングっていっても、別に何かすごいソフトを開発できるわけじゃないんで、ただ簡単なソフト…ソフトというか単純なプログラム…を作って自己満足してるレベルだけど。

 ともあれ、プログラミングっていったんはまり出すとかなりやみつきになるもので、風呂にはいるのもメシを食う時間も惜しくなるほどなんだよね。

 そんなわけで、ここんとこ時事問題とかもあまり見てなくて、したがってブログの方にも足が向かない状態でして。

 本日は、日々の感想をちょいと書いてみます。

 東京都の銀行って…名前なんだっけ?「石原銀行」っていったっけ??400億くらい都の予算を投入して経営を助けるんだって?なんか東京って石原さんの独裁国家みたいだね。さっきのニュースで、記者相手に文句言ってたようだけど、ああいう強気でものを言うところが都民のシンパシーを得てるってことなのかね、、、「小泉劇場」と言われて、日本国民がそろって小泉マジックにのっちゃったのと同じように見えるんだけど、さしずめ東京都は国家の縮図ってとこかな?ま、都民じゃないからどーでもいいけど。

 イージス艦の事故。ちらちら聞こえてくる話だと、なんでも漁船にぶつかっておいて、救助そっちのけでそれぞれの人たちがそれぞれの保身のことばかり考えてたっていうじゃないの!「ジエイタイ」ってのは国民の生命・安全を守るのが任務じゃなくて国家という「屋台骨」を守ってるってことなのかな。国家ってそもそもひとりひとりの国民から成り立ってると思ってたけど、どうももっと別の次元が存在するようだ。いったいジエイタイが守っている国家とはなんだろう、、、それにしても、ショコタンの失言は見過ごせないなぁ。行方不明の2人のことをもう死んだものとして話すなんて……死んだものとして話すなんて……。きっと誰もが(第三者という意味)本心では「もう、おそらくダメだろう」と思ってるさ。不謹慎というのは、本心ではそう思っていても言葉にしてはならないものを言ってしまうこと。これはオレが思うに、「ホンネとタテマエ」ということとは微妙に違うものだろう。うまく言えないけど、ある重要な意義があると思う。

 国会では例の「租税特別措置法改正案」が衆院通過。ここんとこますますボロが出てきて問題噴出って感じだったけど、あれだけさんざん与野党がやりあってても、結局は数で決まっちゃう。やってる方はそれなりに一生懸命なのは見ててわかるけど、国民としても結果は最初からわかってるんだよね。社会保険庁、厚生労働省、防衛省、国土交通省とずいぶん騒がれずいぶん叩かれてるけど、どれもこれも今の春の嵐みたいに、去ってしまうのをひたすら耐えて、それで何も変わらないってことなんだろうね。

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2008年2月 8日 (金)

国会中継に飽きてきたら

 だいたいにおいて、国会中継は真っ昼間に行われるから、日中仕事をしている人はほとんど見ることが出来ないんじゃないかと思う。おそらく一番仕事中でも国会中継を見られるのは…というより聞けるのは、車で移動している営業職か、配送車や輸送車に乗っている人たちじゃないかな。

 オレは今日、たまたま配達が入ったので、タンクローリー車に乗っていて国会中継を聞くことが出来た。谷垣氏の話の一部だけだったけど。

 あとは、オレの場合はたいてい見たいときには録画しておいて、昼休みとか夜に見ている。

 国会中継に限らず、話の内容をじっくり聞けるという点では、テレビよりもラジオの方が適してるように思う。下手に見えない分、集中して聞くことが出来るからだ。だけど、ここのところの国会の流行りなのかどうか知らないが、各発言者ともよくパネルを使っている。こうなるとラジオを聞いているだけの人にとってはちょっとつらい状況になってくる。

 「この図を見てもらえばわかるように、赤い線で書かれているのが~」などと言われても、テレビじゃないから見ることが出来ない。場合によってはそれは致命的なほどの理解不能を起こさせる。現実に日中テレビにかじりついていられる人がどれだけいるのかと考えると、そこらへんはもう少し考えてもらいたいと思う。

 まぁ、そもそも昼間にやっている国会中継というの自体、どーなんだろうと思えるけれど、、、

 それはそうと、本題に入る前にオレが今日ラジオで聞いた谷垣氏の発言で「それってどうなんだろう?」と思ったことをひとつ。

 氏は、暫定税率の維持を考える際に3つの観点から検討されるべきといった趣旨のことを言っていた(ように思う)。

 1,その道路は本当に必要なのか?

 2,地方財政への影響

 3,高い税率がガソリン等の消費を抑制して環境対策になっていること

 氏は、1について、その必要性を説いていた。オレの理解したところで要約すれば、計画されている1万4千キロを実現しないと、全国の道路ネットワークが分断されてしまい、すでに完成している(または途上の)基幹道路(高速道路)が有効に活用されなくなってしまうといった内容。

 ま、その真偽はともかく、何となく違和感を感じるのは、この1の点と、3のいわゆる環境税的役割の点。

 一方で、全国的な道路ネットワークを築き上げることによって、どんどん車を走らせられると言っておきながら、他方で、ガソリン価格を高くしておくことでなるべく車に乗りづらくして温暖化防止をはかるべきだと言っている。また、以前このブログのコメントとしていただいた意見にあったけど、道路を作る過程においてますます燃料消費量を増やすことになるという点。これはちょっと矛盾してないだろうか??

 余談だけど、録画で谷垣氏の提示した全国道路ネットワーク図のパネルをあらためて眺めていると、各都道府県にくまなく張り巡らされている道路が、まるで全国津々浦々まで利権の触手が伸びているように見えてしまった。あっ、「利権」というのは谷垣氏に言わせれば「悪意の議論」だっけ。

 と、ここでやっと本題なんだけど、、、

 国会中継…はっきりいって飽きてくる。

 そんなときはどうするか!?

 発言者のまわりの景色を眺めてみよう!ということ。

 かったるそうに聞いている人もいれば、一生懸命メモってる人もいる。さすがに小規模な予算委員会で居眠りしてる人の姿は見かけないけど、ともかく発言者の後ろに映っている人たちを見ていると案外おもしろいことがある。

 今日、最高だったのは「鳩山法務大臣」だった!!そう、あの「なんじゃ、この目つき怖いおっさんは!」だ。

 福田総理のとなり(額賀)のとなり(高村)のとなりに座っていた。

 ときおり画面の隅にお顔が映る。怖い…やっぱり怖い。一体誰を睨んでるんだ??

 ところがである~!!!

 それを見てしまったのは、ちょうど民主党の岡田氏が発言に立っているときだった。

 なんと!画面の隅に映っていた鳩山氏の右手に「ぬいぐるみ」が握られているではないか!!!

 今回の録画は画質を落として撮ったため、かなり不鮮明な映像だった。だから、その「ぬいぐるみ」が何だったのかがよくわからない。ただ、色は緑色。ピーポ君のような、スティッチのような、昔の宇宙人のようなそんな感じの、どちらかといえばマスコットのようなものだった。氏はそれの顔をちょうどカメラの方に向けて握っていたのだ。まるで現場からの実況中継の際に、リポーターの肩越しにピースしているやじうまのように、、、

 ところが、よく見ると「それ」は……「ペン」だった。氏はメモってたのだ。

 それにしても、なんてかわいいペンを使ってるんだろう!!

 おちゃめだ。

 やがて氏はその大きな頭をもった「ペン」を上着の内ポケットにしまった。「おいおい、メモ終わりかい!?」

 とても気になる。いったい何のキャラクターだったのか。次の録画ではもうすこし高画質モードで録画しようと決めた。

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2008年2月 2日 (土)

「利権顔」発言だって

 民主党の菅直人氏が、自民党の古賀誠氏、二階俊博氏を引き合いに出して、「自民党の道路族議員、国土交通省にとって巨大利権ですからね。古賀さんとか二階さんとか、顔を見るからに、この利権だけは放さないという決意が表れている」と語り、それに対して言われた方は名誉毀損だといって菅氏に謝罪を求めているとか…

(参考記事:

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080202k0000m010062000c.html

 今発売中の「週刊ポスト」に利権道路のことが掲載されている。「青木トンネル」、「ムネオ交差橋」、「二階バイパス」等々。

 テレビでも、週刊誌でも、「道路財源のあきれた使い途」といった類のニュースや記事がどんどん出ている。

 厄介な点は、この道路財源が、政治家や首長らの利権がらみであることも事実だし、一方で地域の人の役に立っているのも事実だということ。もちろん、道路建設にたずさわる企業やそこで働く人にとっても役立っている。

 オレの地元でも、慢性渋滞解消のために新たなバイパスの建設が進んでいた。完成すれば、それなりに…いや、かなり便利になる…はずだった。それが、計画は途中で頓挫してしまったそうだ。その結果、中途半端な場所で道路が終わってしまうために、今現在は、その立派なバイパスはガラガラ。で、相変わらず今までの道路が渋滞。ある議員さんいわく、「わが県は選挙で民主党が勝っちゃったからね。民主党じゃあ国から予算引っ張ってくることなんて出来ないから」。

 もう、この際だから、自民党道路族さんもさぁ、「利権顔」って言われたくらいで怒るのやめて、逆に開き直っちゃいませんか?もっともっと「利権顔」丸出しでいいじゃない!少なくとも「国民のため顔」って仮面は取っちゃった方がすっきりするじゃん。

 で、今、経済がダメだから。これからアメリカ経済が「後退」なんてなったら「外需頼み」じゃやってけないんだし、いっそのこと、暫定税率をさらに倍増して、4倍くらいにして、公共事業バンバンやって、地元企業にバンバンお金落として、自分たちもたんまり謝礼金受け取ってさ、そんで内需拡大で行きましょうよ!ゼネコンと下請けの人たちには、地元でどんどんお金使ってもらって、デパート、スーパーも儲かって、車も買い換えて、家なんて建てちゃうくらいにして、、、そしたら、地方ももう少しましになるかもしれない。地域間格差も縮小するし。

 大企業なんてだめだ。社員にちっともお金落とさないんだから。それじゃあ地方活性化もないって。

 日銀もバンバンマネーサプライ増やしてさ!内需が好転していけば物価高だって気にならないよ!

 などと、、、脳天気なこと語ってたら、知人に思いきりバカにされた。「そんなもん、子供の考えだって」。ハハハ、、、

 福田首相が、暫定税率廃止したら、地方の財政は大変、ひいては地方の活性化が出来ないじゃないですか!などと言っていたけど、それってこういうことじゃないのかなぁ、、、??

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2008年2月 1日 (金)

我が家にもあったレトルト食品

 マルハ株式会社(マルハニチロホールディングス)が自主回収を発表しているレトルト食品2品目がうちにもあった。たしかこのまえ牛丼食べた!

 今回問題になっているのは、中国・天洋食品工場で作られた「冷凍ぎょうざ」なので、各販売元が自主回収をすすめている他の加工食品などは食べるとヤバイ品というわけじゃない。念のため同じ天洋食品工場で生産されているという理由で回収してるわけだ。

 ともかくまずは、今回被害に遭われた方、たいへんでしたね。無事で本当によかったですね!

 それにしても、昨夜(1/30)の9時のニュースでは10人ほどだったのが、今夜(1/31)の7時のNHKニュースでは100人超となり、9時のニュースでは400人を超えていた!

 ゾッとしたのは、問題の冷凍ぎょうざが北から南まで日本中にくまなく広がっていたということ。これぞ日本の流通のすごいところで、まさに道路がいかに整備されてきたかの証!?なんだろうかねぇ…(空輸ってのもあるのかな?)

 どこかの番組内で、専門家の人が言ってた。今回の冷凍ぎょうざ問題は悪意のあるいたずらの可能性もあるし、テロの可能性も否定できない!と。テロまで言及したのはさすがに大げさじゃん?とも思ったけど、今回のような日本中への広がりを考えると、もしこの発達した流通網に、悪意をもって毒物食品をもぐり込ませる者がいたとしたらと思うと、とてもおそろしいことだ。

 ネットワークの発達に便利さと危うさの両方が内在するというのは、インターネット上でも実社会での物流の上でも一緒だよなぁ……なんてのんきなことをいってる場合じゃないって!

 さてもうひとつ、なんでも今回の事件が最初に(?)確認された神戸から、JTフーズ本社のある東京都に有機リン系の症状(縮瞳とか)がみられたとFAXか入ったそうだ。それを都は、JTフーズの所在のある区にFAXしたとか。ところがこの時に、大事な先の情報の部分を手違いでFAXし損ねたという。それで事件の発覚が遅れたということだそうだけど、このテレビ放送みてて思ったけど、FAXだけでのやり取りってどうなんだい?オレの仕事上の感覚からしたら、ある程度重要だと思うことについては、FAXだけじゃなくて、かならず直接電話して担当者に重要性を伝えようとするんだけど、お役所ってのはそうじゃないのかな??もしFAXが誤って関係ないところへ届いたら?もしFAXを見落としてしまったら?もし相手方がその情報を軽視してしまったら?そう思うオレの感覚はズレてるのかなぁ、、、

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2008年1月20日 (日)

ガソリン値下げは時代に逆行!?

 立て続けにガソリン税の話題ですみません。

高村外相が、山口県での記者会見で、民主党の「ガソリン値下げ」を批判する意味で、<ガソリン値下げ→ガソリン使う→地球温暖化助長>との発言をしたそうだ。

参考記事→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080119-00000107-jij-pol

 裏を返せば、ガソリン税が高いおかげで日本国民はなるべくガソリン消費をひかえている。それが(結果として?)二酸化炭素排出量を抑えることになり、地球温暖化防止に寄与している。だからガソリン税が高いことはいいことじゃないか!…ということが言いたいのだろうか。

 唖然(・O・)

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2008年1月19日 (土)

ガソリン値下げ国会への違和感

 にわかに熱を帯びてきた「暫定税率撤廃」論議。

 原油高でガソリン価格が跳ね上がってて国民が苦しんでる!そこに目を付けた民主党。手っ取り早く国民の受けをねらうにはもってこいだろう。

 わが業界の渡文明(石油連盟会長・新日本石油社長)は「政争の具」にされていることへの不快感を表明した。

*訂正…渡文明氏は元新日本石油社長で、現在は会長でした。

 オレの考えはいちおう何回か書いたけど、、、

http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7dac.html

http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_1478.html

http://oreteki2.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_bc53.html

 暫定税率をやめるべきだと言ってきた。

 違和感をぬぐえないのはやっぱりこの問題だけがポツンとあがってることだ。この点では自民党の言うように、本来は税制全体の中で議論しなくちゃいけないんじゃないだろうか。

 というより税を含めた国の予算全体のあり方に関わる問題なんだろうと思う。とくに「特別会計」の問題に切り込んでいかなくちゃダメでしょう!

 民主党は、国のむだ遣いに徹底的にメスを入れる姿勢を貫くべきだ。例の防衛省問題しかり、外務省の機密費問題しかり、そして国土交通省は…!?

 暫定税率を廃止したら地方の道路事業はどうなる!と、地方を地盤とする議員からは不安の声が上がっているという。それも短絡的な議論じゃない?問題の根は深いと思う。これまでの公共事業・道路族・官僚・業者の構造自体が崩れつつあるなかで、旧態依然の体制を前提にした考え方がそのまま維持されてるような感じを受けちゃう。(このへんの話はオレのかなりアバウトな感覚でしかないから、真実かどうか自信ないけど…)要するに、もっと根本的な議論、「予算の配分」の仕方の中で地方をどう活性化していくのかとかいう議論が必要じゃないかと思う。

 とりあえず言いたかったんで書いたけど、仕事の合間に書いたから「ちょっと何言ってるかわかんない(サンドウィッチマン)」話になってるような。

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2008年1月17日 (木)

ガソリン値下げ国会だと!?

 何かが変わるかもしれない…そんな、根拠のない漠然とした期待感が去年の参院選後にはあった。民主党の主張に共感したというんじゃなく、ただ自民党政権がいったん終わってくれれば何かが変わるかもしれない、そう思った。

 「何かが変わるかもしれないという期待感」というのは、「現状は満足できるものじゃないので、ちょっとでも変わって欲しい」という意味にとどまるものではない。ただ単に「現状が変わる」というのならば、自民党の路線(構造改革路線)を押し進めていってももちろん変わっていく。でも、ここでの期待感というのは、これまでの方向性の転換に対する期待感だ(方向性の転換…って言葉も変な言い方かもしれないけど)。

 ようするに、「これまでの(自民党)路線ではイヤなので、それとは違う路線への転換による変化への期待感」ということだ。で、自民でなければ何かといえば、必然的に民主党だ(だってそれしか選択肢がない!)。

 で、自民の路線のイメージって何だといえば、景気回復とか空前の好景気とかいいながら一般の国民にとってはぜんぜん実感がない、それどころか格差だ何だと騒がれて、ますます生活が苦しくなっていくような感じがする…ということだ。

 ここんとこの株安で思う、、、

 一体、去年あたりに言われてた好景気って何だったの?それとも今でもやはり好景気なの??日本企業の業績が好調だとか言われてたけど、それって本当に実体をともなっているものなの?

 そもそも株価ってのは、その企業の実力への評価じゃないの?それならば、本当に日本の企業に実力があって、実際に売上げも利益も伸びているなら、なんでこんなにもアメリカの株価に影響されちゃうの?

 サブプライム問題で世界的な信用収縮が起こってる。とくにアメリカでのそれが年明け以降ますます顕著になってきていて、、、

 でも日本でのサブプライム問題の直接の影響はまだそれほど大きくなってはいないようにみえる。要はドル安による円高、それによって日本経済の牽引役である輸出関連産業がガタガタになってしまってる。つまりサブプライム問題よりもむしろ輸出依存型経済としての日本への信用収縮がこの株安を生んでいるように思う。ついでに、日本株への投資をしている投資家の半数以上が外国人だとか?

 つまりは日本の好景気~!とかいってたのも、結局アメリカやBRICsの好景気におんぶにだっこ状態だったってこと?そして為替相場に助けられてただけってこと?

 なんか~!!!なんか、大切なことが忘れられてるような気がする。「企業は人なり」ってよく聞く言葉だけど、それが本当の健全な姿なんじゃないの?でも今の日本企業は「ヒト」を全然大事にしてない。いつでも使い捨てられるモノとしてしか見てない。「ヒト、モノ、カネ」じゃなくて、「モノとカネ」しかない。だから足腰が弱い。言い換えれば、内需というのをほとんど無視してるってことじゃない?

 これが自民党の政権がとってきた路線、方向性ってやつなんじゃないかな?何だかんだ言いながらも、自民党は一般の国民の方を向いてないんじゃない?

 (仕方なくかもしれないが?)民主党に向けられた期待感というのは、そういった自民党の路線、マネーに踊らされるような「成長戦略」を転換してくれるかも!というもんじゃないかい?格差問題と総括されてる様々な問題の根幹となっている今の日本の「方向」を違った方向に向けてくれるんじゃないかという期待。市場への丸投げ路線を転換してくれるかもという期待。

 なのに、、、

 ガソリン値下げ国会だと!?

 まるで国民を馬鹿にしてるとしかいいようがない!小手先の施策で目先の人気取りに終始してるようでは、国民の期待感はやがて…

 小沢さんが政治生命を賭ける内容がそれだとしたら、国民の期待感はやがて…絶望に変わっちゃうんじゃない?

 知ったかぶりしてずいぶん偉そうなこと言っちゃったけど、言っちゃったついでにもうひとつ言えば、昨年の参院選の自民敗北は、たしかに直接には年金問題や地方の置いてきぼり問題だったんだろうけど、その背後にはもっと大きな時代の変化というものがあったんだと思う。閉塞感とかくすぶる不満とかが根っこにあって、それが一つの形として現れたに過ぎないんだと。

 もっとも、大局を見る小沢さんだから、暫定税率撤廃とかいう小手先のことも当面の都市部票獲得という戦術でしかないんだろうと理解するけど。とにかくまずは政権を取らなきゃ何も始まらないからね!

 あっ、やばい、こんな時間だ!ガソリン高で最近お客さんが減ったけど、眠そうな顔してたらますますお客さん減っちゃうし、、、

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2008年1月14日 (月)

恐ろし過ぎる~パンデミック

 1/12、13と放映されたNHKスペシャル。16日(15日深夜)と翌日にわたって再放送されるとのことなので、見逃した人はぜひぜひ見るべき!

 

 「新型インフルエンザ」の感染爆発……パンデミックとは世界的な大流行、感染の拡大という意味だそうだ。

(参照→http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/pandemic/QA01.html)

 昨日、今日と2晩にわたって見たが、あまりにもおそろしい内容に背筋が寒くなり、震えが止まらず、そして人間の非力さを思ってただただ愕然とし、打ちひしがれ、ひとりテレビの前で固まってしまった。

 なにしろ、、、

 この正月、、、元日からふいにおそってきた高熱のために、オレはずっと床に伏していた。

 元日の夜、仕事をしていたら、まったく突然に背中から首にかけて震え上がるほどの寒けを感じた。「こりゃあ風邪のひき始めに違いない」と、その日はさっそく市販のかぜ薬を飲んで早々に床に就いた。

 普段ならこれで翌日にはすっかり元気になっているはずだったが、どうも翌日になっても寒けがおさまらない。恥ずかしいことに体温計が行方不明となっていたので、仕方なくコンビニで買って、昼に測ってみたら7.5度(37.5度)。平熱が低いオレなのでちょっと高めだなと思っていたら、夕方には8.5度、夜には9.8度へと上昇。この日も夜まで仕事だった。

 とまぁ、こんな感じで始まった風邪はその後ますますひどくなり、1/3には急きょ病院へと向かう羽目になってしまった。しかしまだ正月休み中ということで、たまたまその日の「当番医」が歯医者さん!!いちおう医者には違いないんだけど、、、

 翌1/4に、あらためて近所の内科医のところへ。この時熱は9.5度。他にも患者さんがおおぜいいたんだけど、オレの具合があまりにも悪かったので、優先的に診察してもらった。すると今度はあまりにも衰弱しているとのことで、生まれて初めて点滴を受けることになってしまった。

 結局、1/7の朝になってようやく熱も落ち着いたので仕事に復帰。

 ところで、結局オレは何だった??いまもって病名が不明なまま。インフルエンザではないようだった。何故なら咳をしない、鼻水も出ないかららしい。

 インフルエンザではなかった、、、たぶん。

 でも今回は、高熱のつらさというもの、そしてそれが何日も続くということを嫌というほど味わうことになり、とても貴重な経験となった。

 実は頭痛もあったし、のども痛くてつばを飲み込むのもつらいくらいだったんだけど、高熱による行き場のないつらさはそれらを忘れさせるほどだった。

 せっかく仕事休んで一日中寝てる身なのだから、この機会にテレビでも見ようか、本でも読んでようか、、、なんてことはとてもじゃないけど考えられない。ある時、熱はあったがちょっと無理してパソコンの電源を入れてみた。インターネットでもやろうかとマウスを持って手を動かそうとしたが、マウスポインタの行く先を見つめるだけの集中力を発揮するのもままならなかった。それでも無理してマウスを動かしていたら、なんと手が麻痺したようになって動かなくなってしまった!高熱のために脳細胞の一部が破壊されたかと思った!

 、、、高熱おそるべし!!

 今、この瞬間にも世界のどこかで鳥インフルエンザから変質したウィルスがヒトに感染しているかもしれないという。このH5N1型と呼ばれるインフルエンザウィルスに感染すると、そのうち半数以上の人が死ぬらしい。高熱におそわれたと思ったら、すぐに重い肺炎にかかって自分で呼吸できなくなり、数日で死に至るという、想像するだけでおそろしいインフルエンザ。

 昨年暮れからインフルエンザ予防接種の呼びかけはよく耳にしていたが、正直いって軽く考えていた。なんであれオレは体力もあるし、外で元気に働いてるんだから風邪だろうとインフルエンザだろうと関係ないと思ってきた。だけど今回その考えはあまりにもあっけなく砕け散った。

 インフルエンザではなかったにしても、オレにとってNHKの番組はあまりにもタイムリーだった。

 けれど、そうじゃないという人、オレには関係ないという人にもぜひぜひ再放送を見てもらいたいと思う。人間は意外にしぶとい生き物だけど、意外にも脆いところもあるんだから!

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2007年11月13日 (火)

今日の国会ちょい見…

 えーと、まず民主党小沢氏の辞意~辞意撤回ということだけど、いちおう辞意の時にコメントしたんで、辞意撤回についてもコメントしなきゃいけないような気がして、、、

 “小沢党首お帰りなさ~い!”の背景??ってのは、選挙に強い小沢としての必要論だとか、なんだかんだいっても小沢でまとまるしかない論だとか、なんだかいろいろあるようなんだけど(マスコミが勝手に言ってるだけってこともあるのかな?)、、、

 オレの感じたとこを率直に言えば、「小沢さんって純粋っぽいから信じていいじゃん!」だね。辞意表明の会見で言ったことも、辞意撤回会見で言ったことも、そのまま(文字通りそのまま)受け取ればいいんじゃないの!?

 そりゃあ、真意が別にあるのかどうかはわからないし、確かに「壊し屋」の歴史があるし、剛腕のようだし、いろいろと過去の連立政権の時なんかは裏で筋書きを書いたのかもしれない。金の延べ棒事件で去っていった金丸の愛弟子だったりもしただろう。

 でも、今、いろんな政治家を見ていても、誰も彼も「好感もてる!」って人いないもんなぁ。腹の底が黒そうって感じたりするし、なにより芯があるようには見えない!(鈴木宗男はその点で何か筋が通ってるって感じするけど…) とくに、福田!思慮深いのか狡猾なのかよくわからないが、一国の首相にしては柳の枝のようにゆ~らゆらって感じで好きになれない!、、、一番むかついたのは、小沢が最初の会見で熱く語った「国連中心主義を明言された!」ことと「連立のためにはテロ特法成立にはこだわらない!」などと福田が発言したとのことに対して、福田首相は会見でそれらをあっさり否定してたってこと!そういう福田首相の態度こそが「無原則的」の根源なんじゃないの!!

 ……まぁ、そういうことで、オレは小沢復帰は歓迎したね。もちろん民主党支持者ってわけじゃ全然ないけど、あの安倍首相の無責任さ、与党の連続強行採決のあとだけに、対抗勢力という意味で民主党ほか野党にはがんばってもらいたいと思ってる。

 で、断っておくけど、オレとしては「国連中心主義」は反対!小沢の言う「国連の活動に限定した自衛隊の海外派遣」にももちろん反対!

 現実論としては、この狭い地球に住む者として、実質的な多数者である国連の存在は重要視しなきゃいけないんだろうけど、国連が「イエス」なら「正しい」ということではないだろう。

 それに、そもそも何でいつの間に自衛隊はほいほい海外へ出て行けるようになっちゃったんだよ!まずそこんとこからして議論してかなきゃ!(時計の針を逆に回すようだけど、、、)

 日本は金を出したのに、国際社会からは全然感謝されなかった。だから目に見える形での国際貢献が必要だ!とか、汗をかかなきゃならないだろう!とかもっともらしく言われてるけど、目に見えない貢献…いいじゃん!CMじゃないけど「ウツクシイ」じゃない!

 それと、話が逸れるけど、、、今の「対テロ海上阻止活動」ってやつ!この活動そのものにも根本的に反対だ。何度も言ってきてることだけど、テロ行為そのものは戦いの一手段じゃん。テロは無条件で悪というわけじゃない。武力や暴力そのものが悪だというなら、イラク戦争だろうと過去のどんな戦争だろうと否定されなきゃいけない。もちろんあらゆるレベルでの暴力行為は無いにこしたことはないけど(小はいじめ問題まで)、そこまでいくとあまりに理想論過ぎて無意味な話になってしまうから言わないとしても、虐げられた者の抵抗としての暴力は、これは止めようがないし、少なくとも虐げている側の者がそれをどうこう言える立場でもないじゃん。また格差社会が必然だとしたら、そこでの弱者側の抵抗も必然だろうしね。

 要するに、何かって言うと「9.11」を持ち出して、すべてをそこから考えるやり方は間違いだろう。「9.11」に対するアメリカの報復戦争に端を発したテロとの戦いだとしたら、それ以前のアメリカの横暴に対する報復が「9.11」なんだろうから、暴力に対してより強大な暴力でそれを封じ込めようという活動に、日本が参加するのが「当然」だという話にはオレは納得いかないね!

 「9.11」では日本人も犠牲になっている。だからこれは日本人にとっても「報復」の意味があるんだ!って言うけど、そんな「絶対的応報刑論」みたいなのを持ち出しちゃうのはどーなのかなぁ!?つまりは「悪」に対して「悪」をもって相殺するっていう「悪反動」か?

 大切なのは、暴力の連鎖、負の連鎖を断ち切るよう努力することじゃないのか?そのために日本独自で何をすべきなのか考えたっていいんじゃないのか?

 それから、インド洋での活動は日本の独自利害が絡んでいる問題だと言われるね。シーレーン防衛。これがまたストレートな考え方である意味とっても素直なとこなんだろうね。でも、理想論かもしれないけど、そもそも日本って中東の国からは「好意的・友好的」って見られてきたって言うじゃない。それなのに、アメリカと一緒になってアメリカの報復戦争に協力したということで憎まれてしまったんでしょ?(自信ないけど…)そうだとしたら、やはり日本は日本独自の外交で中東諸国とあえて喧嘩しないようにしていけばいいじゃん!そうすれば、原油タンカーが襲われるなんてことを懸念する必要もなくなるわけじゃないのかな?

 というところで、今日の国会(衆議院予算委員会)を昼休みの時間だけちょこっと見たんで、その感想、、、

 例のごとく、民主党の先生と石破氏がエンエンとやり合ってた。なんかいい加減呆れて思わずテレビ消しちゃったよ!

 だって、民主党は「もう任務を終えて、すっかり帰宅ムードになってる米艦船に行った給油は目的を外れてるでしょ!」の一点張りだし、政府側は「帰路に就きつつ同時に任務は遂行されてるというのが合理的解釈だ」と返すのみ。そんな些細なことを延々と(しかも同じ話を繰り返してるだけ)やってるんだもん。こんなもん、はっきり言って「見解の違い」であって、一番わかってるのは当時のアメリカ艦船の船員たちなんだから、彼らに聞くしかないんじゃないかと思うんだけど、それについて両者とも「私はこう解釈してます」と言い合ってたって、何も進まないじゃん!(政府は米国から説明を受けたと言うが、そんなもん米国と日本政府はぐるなんだから信用できないし)、、、

 それで、政府与党は「審議は尽くした」で採決するし、野党は「ぜんぜん尽くされてない」と怒るし、、、尽くすも尽くさないもないじゃん!いつまでたっても尽くされることはないんだから、、、

 新テロ特措法……これはこれで重大な法律なんであって、その是否はもっと真剣に、根本的な議論として為されるべきだと思うんだけど、どうもそのことと政局とが絡み合ってるというのが一番の問題だよ!

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2007年11月 5日 (月)

小沢代表辞任ですって!?

 小沢民主党代表が辞意を表明しちゃいました。党としては引き留めたいらしいけど、会見まで開いちゃったしねぇ…留任は無理でしょうね。

 さて、今日の(って、、、もう昨日になってるけど)、つまり11/4の夕方からの辞意表明会見の要旨はこうだった。

 第一に、福田首相は、自衛隊の海外派遣についてはあくまで国連中心でやっていくと言い、これまでの自民党の政策を大転換する提案をした。さらに今は両党の協力体制の確立を最優先としたいので、そのためには新テロ特措法の成立に固執しないと確約した。

 第二に、民主党が参院選で国民に約束した「生活第一」の法案は、今の状況では実現不可能であり、逆に与党との協議の中でこそ約束を実行できる可能性がある。

 第三に、民主党の最終目標である「政権交代」も、かえって政策協議、政権の一翼を担うことによってこそ実現が早まると考える。

 第四に、民主党内での理解が得られず、結果として混乱を招き、党のイメージを悪くしたために辞任することを決めた。

 そして最後に、この間の党首会談などについてのマスコミ各社の記事、報道はまったくの「事実無根」であり、強い憤りを感じている!と語気を強めて語った。

 オレが思うのは、もうちょっと民主党内でも吟味する時間をとるべきじゃなかったのか!?ということに尽きるな。

 だいたい、この前もブログで言ったけど、民主党さんはあまりにも「国民の支持を得たのだから!」とか「それじゃあ国民からの支持を裏切ることになる!」だとか言い過ぎ~!!だよ。

 たしかにあの時点での国民からの支持は多かっただろうけど、ハッキリいって多くの国民は自分の身に差し迫った問題が起こったとか、マスコミの影響で勝手なイメージで盛り上がったりするもんなのだから、あまり「国民が~国民が~」って言ってないで、むしろテロ特を通したい自民のように逆に自分たちのやってることこそ国民の利益になるんですよ!とリーダーシップをとっていくぐらいの気概を持つべきだと思う。

 まぁ、あまり関心なかったけど、ここんとこのトップ同士の密談には「ありゃ?」と首をひねりたくもなっていた。だって小沢氏はあれだけ「談合」は受け付けない!と突っぱねていたんだからね。でも、、、これも今にして思えば、だいたいの福田構想は事前に小沢氏に伝わってたんだろうなぁ。だから小沢氏も手のひら返したように会談に応じたんじゃないかな…?

 それより何より、今回のいわゆる「大連立」については、当然ながら国民もビックリだった!そんな気分はもちろん「国民様の政党」民主党内でも当然あっただろう。(マスコミによるミスリードだったりして?)

 民主党内で「それじゃあ、参院選での国民との約束を破るじゃないか!」という意見が吹き出して当然だ。そりゃそうだよなぁ、だって「自民ノー!」という結果だったのに、その自民とくっつこうってんだから。

 でもさぁ、今日の小沢氏の会見をよ~く聞いてみると、なんか…そう言われてみればそうかもなぁ、、、と思えてしまうのはオレだけだろうか?

 そもそも、小沢氏というのが何となく好感を持ててしまう理由は、善くも悪くも彼には「芯」がある気がするからなんだよね。

 人間、大事なのは、「本質的な部分」あるいは「原則の部分」だけはしっかり持つことだと思う。つまり芯さえぶれなければ枝葉末節がぶれてるように見えても気にしない!ということ。

 「根さえしっかりしていれば、枝葉がどんなにゆれたっていいじゃないか。風にまかせておけばいい」と相田みつをも言っている!

 小沢氏の持論とされる「国連中心主義」について福田首相が大きく歩み寄った。このことは極めて重大なこと、政策の大転換!なのに、マスコミはほとんど無視してるという小沢氏の指摘があった。これについてはかなり小沢氏個人としての問題であるともいえる。

 ただ、小沢氏の言った真意がその言葉通りなんだとすれば、なるほどそれはもっとしっかり吟味すべきことだと思った。次のことだ。すなわち、、、

 いくら民主党が国民の生活第一だとか、約束を実現するだとか言ってても、そして実際に次々に法案を提出していても、結局は衆院優位の中では実現不可能なわけだ!だとしたら、国民からして何が大事なことかといえば

「いちおう法案は提出してますよ!実現は出来ませんけど」というポーズを示す政治ではなくて、

「協力できるなら協力して政権に入ることで実際に国民のための法案が成立しますよ!」という政治の方ではないだろうか?ということだ。

 小沢氏の会見のなかで、日本テレビの質問者に対する回答を聞いていてオレは小沢氏の言葉にハッとさせられた。

 日テレ記者の質問は小沢氏の最初の会見コメントの3番目を受けてのものだった。まずはその3番目の小沢氏の発言だ。

≪ もちろん民主党にとって次の衆議院議員総選挙に勝利し、政権交代を実現して、「国民の生活が第一」の政治を実行することが最終目標であります。私もそのために民主党代表として全力を挙げて参りました。しかしながら、民主党はいまだ様々な面で力量が不足しており、国民の皆様からも「自民党はだめだが、民主党も本当に政権担当能力があるのか」という疑問が提起され続け、次期総選挙での勝利は大変厳しい情勢にあると考えております。その国民皆さんの疑念を払拭するためにも政策協議を行い、そこで我々の「生活第一」の政策が取り入れられるならば、あえて民主党が政権の一翼を担い、参議院選挙を通じて国民に約束した政策を実行し同時に政権運営の実績も示すことが、国民の理解を得て、民主党政権を実現する近道であると私は判断いたしました。また政権への参加は私の悲願である「政権交代可能な二大政党制の定着」と矛盾するどころか、民主党政権実現を早めることによって、その定着を実現することができると考えております。≫

 そして日テレの質問

≪ 先ほど代表は政権交代可能な二大政党制を実現するというのが大目標とおっしゃられて、そのためにも民主党は一度政権に入った方がいいと、それが大連立を…

(小沢氏)「政策協議が整えばね、我々の主張が入れられれば…」

その、、、これまで批判を続けてきました自民、公明の与党と手を組むということに関して国民の理解を得られるというふうに代表はお考えになったのでしょうか?≫

 そして、小沢氏の回答は次のようだった

≪ 「手を組む」とかなんとかという、あまり、レベルの高い言葉遣いだとは思いませんけど、私が申し上げているのは、「生活第一」と我々が言って、国民に約束したその政策が協議によって現実のものになるならば、それは、大変いいことだと思います。なぜならば、何のために、あるんですか?国民にとって必要な政策を実行するための政治でしょ?だから、それが実行されないでいたんでは、政治の意味がないじゃないですか。それが実行される、我々が強く主張することによって、参議院で多くの議席を、過半数に近い議席を与えられたことによって、形はどういう形であれ、その政策が国民にとって必要な大事な政策が実行されるというならば、それは政治家として、政治として大変結構なことだと私は思います。≫

 これらを聞いて、すくなくともオレが思ったのは、すぐに結論ありきとかじゃなく、小沢氏の発言内容もよく聞いたうえで、もっとゆっくり吟味してから(連立)賛成とか反対となるべきじゃなかったのかな…。

 最後に、かつての小沢氏の発言をたまたま見つけたので記してみましょう。これは自由党の小沢氏が鳩山、菅の民主党と「合併」(2003年9月)する間際の心境を語ったものだとされる。本からの引用だけど、、、

 「自由党が多数を占めて政策を実現するには時間がかかる。ところが、日本に残された時間はそう長くない。僕もそんなに若くない。改革を早く実現するためには、薩長も手を握らなければならない。政治勢力を大きくして多数派を形成していく以外に方法はないだろうと考えた」

(『「小沢一郎」入門』 森田実著 三笠書房より)

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2007年10月29日 (月)

増税論議…なんか今日おどろいた!

 今日(10/28)のサンデープロジェクト(サンプロ)に、なつかしい顔が登場したね。そう、あの竹中平蔵氏。そういや、この人、今は何者??たしか参院選に出て当選したんだよね。すると今は参議院議員かな???

 ま、そんなことは置いといて、ビックリしたのは今日のサンプロでの発言だわ!

 前半は、あの小泉構造改革が正しかったんだという話。世界経済は急速にグローバル化されており(って、そんなのずっと昔からそうだったけど…「奴隷貿易」とか…)、日本が90年代半ば頃から進めた「規制緩和」は当然必要だった、、、どころか遅すぎるくらいだった!と。竹中氏は、日本ばかりがそんな鎖国みたいなことしてるわけにはいかんでしょ!って言ってたけど、まぁ、、、彼のような偉い人たちは国全体を見て、世界全体を見てるから仕方ないんだろうけど、結局「規制緩和」は、もともとの大手や、一部の成金という少数の富裕者が全国制覇するために必要なプロセスなんであって、中小弱小企業は(いくら努力したって)結局は負けて潰れていくしかないもんなんだと思う。それでも日本という国全体として大企業こそグローバル化のなかで死に物狂いで世界と戦っているってことになるんだろうね。

 と、、、その話は置いといて、ビックリした本題に移ろう。

 先日、経済財政諮問会議の試算が公表されて、日本は近い将来、消費税を11~17%まで税率を上げざるを得ない(2025年時点)ということになったよね。

 これについて、オレも最近のブログで何度か触れてきたんだけど、この消費税増税議論、竹中氏によれば、実は官僚の思い通りのシナリオなんだって!

 先の内閣府試算によれば、名目GDP(物価の変動を考慮しない国内総生産)による経済成長率でみて、もっとも経済が順調に成長した場合で3.2%、それでも消費税は10.7%と約6%増税。順調に行かなかった場合(名目成長率2.1%)で税率17.4%と約12%強の増税!(いずれも社会保障の給付を今のまま維持した場合)

 細かいこと言えば、「国・地方の債務残高がGDP比で上昇しないことが前提」とされているけど、新規(赤字)国債の発行なんて、今のような無駄遣いを徹底的に見直さない限り大幅に削減できるとは思えない。

 それはさておき、竹中氏の話によると、実は!実は!!この試算は、今のような政策の失敗をそのままにし、さらに2011年度以降の歳出削減をぜんぜんしない!前提で立てられているものだという。

 つまり、民主党が言ってるような財政の無駄遣いを減らす努力を11年度以降はまったくしない!うえでの試算だそうだ。そういわれてあらためて10/18付け朝日新聞を見てみると、14兆だの11兆だとの「歳出削減」は2011年度までしか言ってないぞ!!これって、12年度以降は無駄遣いを減らす努力はいっさいしません!っていうことなのかな?

 要するに、官僚は自分たちのふところは全くと言っていいほど痛めないで、国民にばかり痛みを押し付けようとしているのだということだ!

 「このまま日本の経済が順調に成長しても11%、うまくいかないと17%なんだ。どちらにしても消費税は上げるしかないんだよ。まぁ、みんなうすうす気付いてたと思うんだけどね。ただし…これ内緒だけどさ、俺たち高級官僚は今までどおり天下りさせてもらって、たっぷりおいしい思いはさせてもらうよ。もちろん批判を浴びそうになったら、また下っぱ公務員の不正でもばらして切り捨てちゃうだけさ(^^)v」

 たとえば竹中氏が例に挙げた「政策の失敗」としては、日銀の金融政策の失敗がある。いわく、空前の原油高にもかかわらず、国内的にはいまだデフレが続いている。それなのに日銀は金利(公定歩合)を上げる方向に動いている、すなわち金融引き締めの方向に向かっているわけで、これは全く誤った政策だと言う。むしろ今必要なのは(デフレが続いてるわけだから)マネーを増やさなければならないのだ!と、、、

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ちなみに、経済のイロハだけど、デフレというのは物価が下がっている状態で、理論上でいえば、マネーサプライ(国内に出回っているお金の量)が少ないという状態だ。お金の全体量が少ないということは、それだけお金の価値が高くなっているわけで、物価(商品の価値)は相対的に低くなる。

 市場経済の大原則、、、というか原理の最も基本は、「希少性のあるものほど価値が高い」或いは「人気が高まるほど価値が上がる」ということ(だとオレは解釈してるんだけど)。そして、それに導かれる原理として、「すべてはシーソーと同じ」というものがある(と、オレなりに考えている)。たとえば、需要と供給、円とドル、モノとお金…。

Bukka

 下手な絵だけど、今はデフレだということだから、絵の上側の状態。そこでマネーを増やせば相対的に物価が上昇し、デフレを脱却できる。でも、そうすると、今度は商品の値段が上がってしまって大変じゃないか!と言われるかもしれないけど、その前に世の中に出回るお金が増えるので、ひとりひとりのお財布もホクホクになるのだ!(理屈では)

 お金を増やす(出回る量を増やす)ためにはどうするか?

 第1に、日銀が金利(公定歩合という)を下げる(質的金融緩和)。金利が下がれば、企業も個人もお金を借りやすくなるし、逆に預金しても利回りが期待できないので、消費にまわり、そうすると企業も売り上げが上がって、給料も増える!

 第2に、日銀が一般の銀行から債権などを買って(買いオペレーション)、銀行にお金を渡す。すると資金に余裕の出来た銀行は貸し渋りをやめて、世の中にお金を出すようになる(量的金融緩和)。

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 とまぁ、理論上はそういうことだけど、、、

 でも、、、あれ?今ってデフレなのかな?ここんとこ、原油高騰のせいだろうけど、いろんなモノの値段が上がってるよなぁ??というか、円高で物価下落に向かうはずなのに逆に値上りが続くということ自体、おかしいと思うけど。それから、日銀は景気が良くなっているから本当は金利を上げたいとも言ってるし…。むしろ、アメリカのサブプライムローン焦げつき問題で、世界的に金融が不安定になってるから、そんななかで日本が利上げするのは難しい状況だと言われているし。

 なんだか、やっぱりよくわかんないことばかりだ、、、

 竹中氏は「本当は国民はもっと怒るべきだ!」というけど、かといって今日のような竹中氏ひとりの独壇場だと、当然彼にとって都合のよいことしか言わないんだからなぁ。なんか、今日はひとりで正義の味方!みたいになってた、、、やっぱり、対立する意見を聞いたりしないと、これはこれで危険だよな…

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2007年10月23日 (火)

消費税を上げるなら…

 消費税を上げるなら、国は明確なビジョンを示せ!

 だいたい、財政が苦しくなると増税だというが、そんな国の都合に合わせてパカパカお金を取られてたんじゃ庶民はたまったもんじゃない!

 今回の消費税率アップの目的が、表向きの「持続可能な年金制度の構築」ではなくて、本当はバブル崩壊後の「失われた10年」にとった銀行、大企業救済のつけを支払うためだとしたら、国民をバカにするにもほどがある!つけを払うなら、かつて助けてもらって今空前の利益を上げている大企業からこそ払ってもらうべきだろう。それなのにかえって企業のためには減税をして、国民から取ろうなんて言語道断だろ!

 なにしろ消費税は、子どもからお年寄りまですべての人から等しく税金を取るんだから、これ以上「不公平」な「平等」はない。

 百歩譲って、「行政の無駄遣い」をあえて不問に付し、将来世代がツケを払うことなく、そして安定した社会保障を得られ、安定した社会生活を送れるために必要なんだとする。ならば、日本はこれからどのような社会を目指すのか!?「高福祉高負担」型の社会福祉充実国家を目指しているのか?ならば政府は「大きな政府」を目指しているというわけか??いや、現に政府が語るのは「小さな政府」じゃないか。低福祉だが低負担、基本は自己責任と!それならそれで、格差も仕方ないかもしれない。グローバル化への道を進むならそれは当然の帰結だろう。

 だが、この素人の見るところでは、どうも政府には何のビジョンもないように思えてしまう。一方で市場経済万能主義をとりながら、国民への増税は容赦なく行っていく。負担を増やしながら一方で「自己責任」だなどと言うのは、どう考えても矛盾しているんじゃないか!?

 一見、国・政府は場当たり的でその場しのぎの、まったく一貫性を欠いた政策をやってるように思える、、、

 バブルで浮かれちゃいました~!

 泡がはじけて困っちゃいました~!

 とりあえず前に成功した公共事業で景気をよくしよ~!

 あら?今度は成功しなかった~!

 それより銀行・金融が危ないから公的資金で助けなきゃ~!

 やっぱ、市場原理に任せるのが一番かも~!

 でもでも、借金で国が潰れそうだから税金もとっちゃえ~!

 この、場当たり的で無責任・無策に見える国の政策も、よ~く考えると、実は一貫したものかもしれないと思えるなぁ、、、

 つまり、そこで一貫してるのは、常に「誰かさん」の立場を優先的に守ろうとしているという……

 はぁ、ため息ばかりだ。。。消費税ばかりじゃなくて、ホントはもっともっと、他にも言いたいことはあるけれど、、、

 とりあえず、守屋前事務次官の証人喚問でも期待するか、、、

 いや、それよりも何百倍も問題なのは、C型肝炎感染者を「見殺し」にしようとした厚労省・製薬会社の方だ!こっちの方を先にすべきだろう!牛肉偽装から、チョコレート偽装、お餅偽装…と、人命よりも経済効率優先という民間の市場主義も問題だが、お役所の人命軽視は、企業の経済利益を優先「しなければならない」という事情とは違って、それが「体質」であるだけに一層最悪!だと思ってしまうのだが…

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2007年10月21日 (日)

ガソリン税も「再可決」と!

 わが石油業界の話が続いて恐縮だけど、、、(注・ほんとに今日の話はガソリン代にお嘆きの方以外には読まれない方がよろしいです)

 今、ガソリンの小売価格の全国平均は、レギュラーガソリンで144.9円らしい(10/15時点での店頭市況週動向調査:専門紙より)。来月にはさらに5円近い値上げが予想されているんだ。

 そんな折、自民党の谷垣政調会長が講演で、「道路特定財源」の暫定税率を来年度からも延長すべきだとして、民主党などが反対しても衆院で「再可決」!してでも成立を目指す考えを明らかにした(なんだか、テロ特措法の延長問題で再可決!って話とカブってるなぁ…)。

(読売新聞より↓↓)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20071020i212.htm

 この中で谷垣氏は、この財源がなくなると「公共事業」が出来なくなっちゃうぞ~と言ってる。

 なんだか複雑やねぇ、、、地方にとってはまだまだ公共事業への期待の声が高いと思う。個人的にはオレも景気対策として公共事業の削減をなんとかしてもらいたいと思っているんだが、そのためにガソリン代の高値が続くというのだから、、、

 ちなみに、このガソリン税(揮発油税)などの「道路特定財源」とは何ぞや!?ということについて簡単に説明すると(以前も書いたけど)、その中身は

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1、ガソリン税(53.8円/L)という国税。そのうち国の財源になる揮発油税が48.6円/L、地方の財源になる地方道路税が5.2円/Lとなる。

2、軽油引取税(32.1円/L)という地方税。

3、石油ガス税(17.5円/L)という国税(半分は地方へ)。

4、自動車取得税(取得価額の5%)という地方税。

5、自動車重量税(車重0.5t毎に6,300円/年)という国税(1/3地方へ)。

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なのだ。

 要するに、この税金がなくなると、例えば今のレギュラー価格約145円/Lが、このガソリン税がなくなれば約88円/Lくらいになるというわけ。

 ん??145円から53.8円を引いたら91.2円じゃないの!?と思うかもしれないけど、実はここには問題があって、ガソリンの本体価格にガソリン税がかかっていて、さらにその全体に対して「消費税」がかかってるんだよね。つまり、税金に税金をかける”二重取り”が行なわれている!わが業界ではここも問題にしてるんだけど。

 例えば軽油の場合には軽油引取税という税金がかけられているけど、こっちの方はちゃんと軽油引取税を除いた軽油の本体価格に対してだけ消費税がかけられている!これが本当だと思うんだけど…

 横道に逸れたけど、次に「暫定税率」というのがあって、政府与党はこの暫定的な、つまり一時的な税率をそのまま延長したいと言ってるわけだ。なにが一時的かというと、この「道路特定財源」である各税金は当初の税率に比べてどんどん上がってるわけだ。たとえばガソリン税の中の揮発油税を見ると、当初(1954年)13円だったのが、19.2円→22.1円→24.3円(1964年)とか上がってて、1993年からは48.6円になって現在に至ってる。なぜ上げてきたかと言えば、道路などの社会資本・インフラ整備のために必要だから等の理由だという。そしてあくまで国の道路整備五ヵ年計画を達成するための一時的な税率だと言ってきた。よってだいたいの場合、5年ごとに見直しを行なうようになっていた。

 そして今年度(来年の3月まで)がちょうど前回の税制改正から5年目となるわけ。ここにきて民主党が参院を牛耳る状況になっちゃったもんだから、これまでのようにすんなり延長が決まる状況じゃなくなってしまったんだね。

 ところで、ここでまたややこしい話が出てくるんだけど、実際に「公共事業」ってことで道路の整備に使われる予算は、「道路整備特別会計」というものらしいのだ。そう、問題の多い「特別会計」ってやつだ!じゃあガソリン税なんかの「道路特定財源」は最初から国のいわゆる「予算」とは別に取られてたものなのか??と…

 ここらへんのことはオレもさっぱり分からなかった。んで、あれこれ財務省とかのホームページ調べてたところによると、どうやら基本的にはガソリン税とかはまず「一般会計」としていわゆる通常言われてる国の予算の「歳入」に入ってるのだ。たしかに、財務省統計を見ると「国庫歳入歳出状況」のなかの「一般会計」歳入の内訳の中に揮発油税とかあるわ!きっと軽油引取税は地方自治体の歳入内訳にあるんだろう。ところが、さらに同「歳入歳出状況」のなかの「特別会計」内訳を見てみると、おやぁぁぁ!こっちにも「道路整備特別会計」と銘打ったものがある。特別会計ってのはたしか、国が特定の事業を行うために一般会計とは別枠で設ける予算だったんじゃ??(そしていわば裏の会計として一般会計の何倍もの予算があり、官僚たちの使い放題になってるのが問題だったはずでは…

 で、さらに国土交通省とかいくつか当たってみてようやく分かった。要は、まず一般会計として入ってきたものが道路整備特別会計に流れていくということだそうだ(ただし税収の一部は一般会計を経由せずに直接特別会計に流れている)。

 まぁ、ここまで相当話がややこしくなり、たまたま何かのキーワードからこのブログを見ちゃった人にはむちゃくちゃつまらん話だろうな、、、

 そろそろまとめなきゃならないわけで、、、

 さてさて「公共事業」予算は平成10年(1998年)のピークを最後に年々減り続けているわけで、当然ガソリン税などの税収は余ってしまう。したがって、実際には道路特定財源として集められたお金の一部はそっくり特別会計に繰り入れられることなく、一般会計として道路に関連した事業に使われてるということになる(ようだ)。げんに石油業界(全国石油連盟)としては、「余ってるなら2倍になってるガソリン税の暫定税率を半分に減らす(本来の税率に戻す!)べきだ」と訴えている(同時に、道路以外に使用できる一般財源化にも反対)。

 結局、政府与党の頭のなかにあるのは、この財政の危機的状況のなかでみすみす財源を減らすなんて嫌だぁぁぁ~!ってことなんだろう。それが冒頭の谷垣氏の発言の本音じゃないだろうか…

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2007年10月19日 (金)

消費税が17%に~!!

 たまたま昨日のブログで書いた国家財政の問題。まったく好ましくない形でタイムリーな話題になってしまった(ToT)、、、

 18日の朝日新聞によれば、17日に「経済財政諮問会議」が消費税に関して、2025年時点で経済が順調に成長したとして税率11%、経済がうまく成長してくれなかった場合には税率17%が必要との試算を公表したという。

 経済財政諮問会議は、森政権の2001年1月に新設されたもので、要は政府に対して「これからの経済政策は~すべきですよ!」と提言する機関だ。

 この機関のメンバーは、閣僚から7名、民間有識者から4名の計11名で構成されている。議長は時の総理大臣なので、森、小泉、安倍、福田ときている。ちなみに森内閣~第2次小泉内閣まで官房長官だった福田現総理もその間のメンバーのひとり。あの竹中平蔵氏のあとを引き継いだのが与謝野馨(前官房長官)、そして太田弘子(現経済財政政策担当大臣)。

 って、なんでオレが解説してんだろ。とにかく、この機関の特徴は「透明性」らしいので、興味あったら以下のホームページをご覧あれ。

http://www.keizai-shimon.go.jp/

 で、問題は今回いよいよ「消費税」という名前がハッキリ出てきたことで、今後はことあるごとに国会でもメディアでも「消費税の増税」ということがよりリアルに日程に上ってくるだろうということ。つまり「消費税増税」は秒読み段階に入ったわけだね。今日の官房長官の発言にもあったけど、まぁ国民もこの間の参院選なんかを通して、うすうすは分かってたんだよな。今までだって何だかんだ言われながらも結果的には実現されてきたわけだから。官房長官の話もその通りだ!

 そのうえで、オレたち国民として大事なことは、「増税が仕方ないんだったら、ちゃんとその理由と使いみちを分かりやすく説明しろよ!そしてその通りに実行しろよ!」と要求し、また監視していくことだと思う。ひとりひとりの理解・認識こそが「世論」を形成していき、それが政治を動かすことにもなる(はず)!

 そこで、もうちょっと具体的にポイントとなる点を挙げれば、何と言っても「何のために増税が必要なのか?」というところ。たしか参院選で(与党側から)盛んに言われていたのは、基礎年金(国民年金=1階部分)の国庫負担率を3分の1から半分に引き上げるための「財源」として消費税を!だったと思うんだけど、、、(この財源を民主党は増税ではなくて徹底した歳出のムダを省くことで確保すると言っていた…はず)

 だから、これから活発化されるであろう消費税の議論では、まず増税ありきではなくて、ちゃんとムダな経費を削っているのか!?というとこを国民は見張っていかなくちゃいけないし、同時に増税されたとしても、それが社会保障費などに限定されるのかどうかも監視していかなくちゃいけないんだと思う。

 前回のブログで触れたように、増税が実はバブル崩壊時に銀行・大企業を救うために使った借金の穴埋め(国債の債務償還費・金利支払い費)に使われる危険性があるようだからね!

 そこで気になるのが、「プライマリーバランスの均衡ないし黒字化」ということ。要するに、「毎月の生活費をお給料だけでまかなえるようにしよう!」ということ。今の国の状態は、毎月の生活費(生活に必要な出費)がお給料だけではまかなえないので借金の一部を充ててるってわけだ。(という理解でいいと思うが…)

 つまり、このプライマリーバランス黒字化という言葉によって増税の目的が財政全体へと拡散されてしまうのではないかという懸念があるわけ(社会保障費も「生活費」の中に入ってるわけだから区別するのは難しい!)。

 ま、くどいようだけど、消費税の増税よりも先に、やるべきことをやれよ!ってことだ。年金の流用とか官製談合、政治家への還流など不透明なままの「特別会計」、特殊法人、独立行政法人などへの天下りとか随意契約の放置、ODA費のねこばば問題……挙げればキリがないね、、、まったく!!

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2007年10月18日 (木)

このところの国会とか

 テロ特措法が今のもっとも差し迫った政治課題となっているみたいね。この国会では、参院選の結果を受けて、とくに国民的関心の高い「年金問題」、そしていわゆる「改革の影の部分」への対応、その根底にあるさまざまな意味での「格差」問題についての議論が行なわれているようだけど、ここにきて喫緊の課題はやっぱり「テロ特措法」問題をどうするの!?というところになってるね。

 そこで、国民のひとりとしてオレとしてもちょっとは言いたいところなんだけど、なにしろその経緯を含めていまひとつ全体像が掴めない(+_+)

 ひとまず今は、テロ特のことにも触れつつ、ここんとこの国会などを見ていて感じたことを書いてみます。

 まず、ちょっと前にこのブログで触れた「公共事業」の話。今、地方の疲弊した状況をどうするかという問題で、元岩手県知事の増田総務大臣がいろいろ苦労されている様子が国会中継などから見てとれる。でも基本的には「公共事業」依存体質からの脱却という基本は変わらないようだ。というか「景気対策」としてのそれは止めると。

 オレが言いたいのは、「地方の景気対策」としてこそ本来の意味での「公共事業」は進めてほしいということ。談合、ことに官製談合の温床になっていたりして、なにか「公共事業」というと悪いことのようなレッテル貼りがなされているが、問題はまさに大手だけでの密室の話し合いによって決められ、本来必要とされる以上の税金がつぎ込まれてきたということ。そしてなにより、その投入されたお金が大手から下請けへきちんと行き渡るんじゃなくて、結局は役人や政治家のふところに行ってしまうということが問題なんじゃないの?

 今、国の財政はチョー苦しい。言ってみりゃ、自己破産寸前の個人や倒産寸前の中小企業なんか目じゃないくらい、日本という会社はまさに倒産寸前だ!消費者金融などから年収を超えるような借金を抱えて首が回らなくなっている個人がいるようだけど、国の借金は年収の20倍近くになっているんだからね。

 たしかに国が潰れたら地方の景気どころじゃなくなるんだけど、じゃあ国(政府)の役割(存在理由)ってなんだって言ったら、第一に国民の生命、財産を守ることじゃないの?その場合、まず守るべき対象は一番弱い人たちだと思うんだけどね。ところが現実には、(政府・官僚を医者に例えるなら)死にそうな人はとりあえず放っといて比較的健康な人ばかり助けようとしている。もっと言えば医者自身の身の安全を優先させようとしている。。。とは言いすぎかもしれないけど、素人的にはそう見えちゃう。すなわち、大銀行、大企業という持てる者ばかり優先したり、キャリア官僚という「勝ち組」をとことん優遇しようということ。

 もちろんバブル崩壊で不良債権のために瀕死の状態だった大銀行を救うことは国全体のためにも最優先事項だったわけで、そこへの税金投入(赤字国債の発行)はやむを得なかったとしても、今それによって(合併などの痛みを伴った処置の結果であれ)空前の好景気に沸いている企業に対しては(日本の法人諸税はまだまだ高過ぎるなどといった国際比較を持ち出して)とくにハンディを与えようとせず、しかも自分たち(キャリア官僚)に対しても、独立行政法人などといった目くらましを使って相変わらず「天下り」を温存させておきながら、一般庶民に対しては、「国が苦しい!火の車!このままじゃ将来の年金はもらえなくなるよ~!!」と言って定率減税は一律取りやめ!医者に払う治療代の個人負担は増やす!消費税の増税!などなどを迫ってくる。(なんか今日のオレは共産党みたい…)

 聞くところによれば(真偽のほどは分からんが)、年金財源確保のために消費税増税は仕方ないんだというけど、実は過去に銀行や企業を救うために使ったお金(税金…実際は赤字国債という長期国債)、要するに借金の返済のための財源として消費税が必要だとも言われてる。そんなのは絶対に許せないことじゃん!もし本当に歳出のムダをなくしてもそれでも増税しかないんだというんなら、増税する分は「年金」関係以外には流用しないという目的税化してもらいたいし、それを法律にちゃんと書いてほしいね!

 次に、テレビから伝わってくる民主党の姿勢についてもひと言させてもらうと、、、

 「ちょっと民主党さん、あまりにも国民、国民って言い過ぎじゃない!」

 そりゃあ、あの参院選で国民の支持を得たことが今日の民主党のデカイ態度のみなもとではあるだろうけど、あれはあれで時の状勢であって、本当に国民(の多数)が望んでるのは、勢力を得たんだからもっと強気で積極的な態度で臨んでほしいということだと思う。つまり、俺たちの考えはこうで、必ず国民のためになるんだ!だから信じてついて来てほしい!!とか。。。なんか、福田政権は民主党の顔色をうかがっているが、民主党は国民の顔色をうかがっている?みたいな気がする。今のテロ特措法について言えば、むしろ自民党の頑固一徹みたいな一貫した姿勢の方が国民にどんどん伝わってきていて、だから賛成反対が逆転しかかっているじゃん!(もう逆転してるかも)…それは、「愚民」である国民が、自民党の方がいさぎよいみたいだ!と感じてる証拠なんだと思う。ウソでも「日本の国益なんだ!」とか「給油活動やめたら日本は国際社会からどう思われると思うんだい!」なんて聞かされると「うん、たしかにそうだよなぁ」となっちゃうって、、、そもそも「愚民」なんだから(愚民っていうのはもちろん悪いたとえであって、はっきり言って国民は目の前の生活、仕事に追われてる身なんだってこと)。本質的にはアフガン戦争~テロとの戦い~はそこにある利権を狙った諸国の「個人的な闘い」(アフガン周辺諸国は石油の埋蔵量でトップレベルにあるといわれる)であって、国際社会という言い方はまやかしだと思うけど、そういう本質的な議論をするならまだしも、給油量をごまかしてるだのイラク戦争への転用だのといった議論(ある意味重要だけれども)ばかりしてては、やがて「愚民」である国民は離れてしまうと思うよ。まぁ、石油の利権云々になると日本はむしろイラク戦争の方が重要になるじゃんて話かもしれないけど、、、テロとの戦いという点に絞って議論するなら、やっぱりテロの背景にある格差・貧困問題、すなわち民生・経済復興支援で押し通すべきじゃない?そこをもっと国民に分かりやすく訴えるような姿勢を打ち出してもらいたい。

 もうひとつだけ、、、

 「道路特定財源」についてだけど、まず国税分(一部は地方に回る)である「揮発油税」という目的税を一般税にするという話。「揮発油税」って要するに「ガソリン税」で、これはもともと車を使ってる人が、自分たちが走る道路については自分たちで負担しようということで始まったらしいんだけど、本来は約25円だった。それを期限付きで2倍の約50円に引き上げている。そして本来の税率に戻す期限てのが実は今年度いっぱいだったらしいんだけど、結局この先もずっと続くようになってしまった。で、今度はそれを道路以外でも使えるようにしようという話。まぁ、車による環境汚染を考えれば「環境対策のための目的税」に変更しようというのなら、やむを得ない面もあるかなぁと思うけど、そうじゃなくて国の財政が苦しいから一般会計化して、一般税化をしようじゃないの!という話らしい(たぶん…自信ないけど)。

 オレはもろ業界人だから、当然この「揮発油税」自体に反対だ。だってこれがなければもっとガソリン代が安くなって、お客さんにも喜ばれるからね!そこで、一般税化の議論は置いといて、とりあえず「一時的」にでも税率を下げてほしいというのが本音。何と言ってもこの原油高なので、石油元売メーカーは(円高もあって?)空前の利益を享受しているのと対照的にオレたち末端の経営は危機的なのだから!…まぁ、いくら「陳情」しても効果ないようだし、実際はまずムリな要求だけどね。

 一方で、これは地方税になる「軽油引取税」(32.1円)。これも目的税なんだけど、先日のテレビでの増田総務大臣によれば、実際に地方の道路に使われてるのは2割ほどでしかないらしいけど、こちらは運送業界や土木・建設業界にとっても大きな負担になっている。大臣の話ではこの税もいじる気はない!とのこと。

 いずれにしても、消費者に対する税金は現状のままだったり、増やしたりしているのに、法人諸税などは国際競争力の上で必要と言って減税しているという状況。ここにも弱者よりも強者にやさしい「歪んだ」政策があると指摘して、今日はおひらき。

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2007年9月18日 (火)

ちょっと待って!自民党総裁選

 新しい自民党総裁を決める選挙戦がスタートしたね。日曜日はさっそくNHKはじめ民放各局が福田、麻生両候補を出演させて、流行りの「生討論会」を放映。

 でも~、ちょっと待って!!

 なんかさぁ、こうしてテレビや新聞がこぞって2人を取り上げるとね、ちょっと危険だよね。たしかに総裁はそのまま日本国の総理大臣になっちゃうわけだから、大事といっちゃ大事だし、国民も関心を持つのは当然なんだけど、、、

 こうして「麻生か?福田か?」という構図ばかりが報じられてしまうと、またしても世論がおかしな方向に行っちゃうんじゃないかな!?このまま行くと、たぶん麻生か福田かで世論が二分されそうじゃん!?

 でも、それってなんか違うでしょ!!

 あくまでも、今の選挙というのは自民党内でのトップを決める選挙だということであって、決して「自民党でいいのか?それとも非自民か?」じゃないんだから。

 さきの参院選では、「自民党でいいの?ダメなの?」が争われて、その結果国民の多くが「ダメ!」と言った。で、今まさに行なわれている選挙戦というのは、その「ダメ自民」の中のトップ争いなわけだ。

 直近の選挙で大半の国民が示した意思というのは、要するにトップが誰であろうと、自民党そのものを否定したということだ。にもかかわらず、今の選挙戦が注目に値するのは、ひとえに、事実上の「総理大臣」を決めることになり、そのもとで新たな内閣が作られるから!だと思うんだ。

 だから国民のスタンスというのは、麻生か福田か、どっちを積極的に支持するか…というのではなくて、基本的に自民党ノーなんだけど、今は仕方なく政権をとれる状態なので、その前提のもとでまぁ少しでもましだと思えるのはどちらの候補かというのを見定めようじゃないか!というもののはず。。。じゃん!?

 そこんとこを押さえていないと、ともすれば今回の総裁選で勝利した方に、すなわち総理になる方に過大な期待をしてしまうことになりかねないでしょう。つまり、さきの参院選で政治に変化を期待して投票し、結果自民党の独壇場という状況から抜け出して、いい意味で政治に緊張感が出てきたと思っていたのに、いつの間にか世論が新総理誕生に沸いてしまって、あたかもそれで(新総理大臣が)「民意を得た!」みたいな感じになってしまうという訳のわからんことになりかねないと思っちゃうわけだ。

 はっきり言ってオレもいわゆる「世論」の一部なんだけど、それがいかにもろくて移ろいやすいものか、、、という点には注意が必要だ。「世論」というのはメディアの力で意外に簡単に変転しやすいものだから。その特性を熟知(?)して勝利し基盤を固めてきたのが小泉総理だった。テレビに露出することが多い政治家ほど親近感があり、人気も高まる傾向にあるようだ。それを知っているからこそ政治家は(野党も含めて)出来るだけテレビに露出しようとする。メディアが世論をつくり、世論が政治を規定し、政治家は世論形成のためにメディアを積極的に利用する、、、という図式を、つい最近、あの植草教授の本から教わった。

 今回の自民党総裁選を見つつふと思ったのは、こうして一方的に自民党だけがメディアに出てきて政策について討論するということの危険性だった。とくに「テロ特措法」についてだ。麻生、福田両氏とも、当然自民党であって、なにがなんでも積極的に継続していくという立場なわけだ。継続を前提として次々に自民党的立場から発言されていけば、これは一種の「国民洗脳」じゃないか!それを反映してかどうか知らないけど、ある民放の世論調査の結果、"給油活動は継続すべし"という意見が半数以上となっていた。

 以上のようなことを考慮すれば、たとえば先日の日曜日のNHK日曜討論とサンデープロジェクトをみた場合、日曜討論の方は野党も出演していたのに対し、サンプロの方は自民党だけに偏っていたわけで、オレとしてはNHKの方がより良いのではないかと思う。

 世論、あるいは民意の話題が出たついでに言えば、この間のNHK日曜討論などを見ても、民主党の鳩山氏はやたら「民意」を強調していたのがとっても気になった。民主党のやることは何でもかんでも「世論」に合致したもの、「民意」をくんだもの…と言っていたが、あまり言い過ぎると「おいおい、民主党は単なる大衆迎合主義なんかい!?」と思ってしまう。世論なり民意というものが上述のような性格を持っているのだとしたら、あまりそれを強調してばかりいると、逆に世論に足元をすくわれてしまうんじゃないかね!?その点ではまだ、麻生さん福田さんがテロ特について、たとえ世論が反対でも国益のためにやる!と語っていたことの方が本来の政治家の姿だと思えてくる(もちろん、テロ特そのものが正しいか否かは別として)。

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2007年9月16日 (日)

短すぎた春…安倍政権にひと言

 最後に歴史的サプライズを見せてくれた安倍総理。将来、このことはどんな風に語り継がれていくのだろう、、、

 安倍総理のサプライズもせいぜい一日で忘れ去られ、政局はどんどん動いている。麻福対決の行方はもちろん気になるけど、はっきり言って…どっちでもいいよ!って感じ。どっちが総理になるにせよ、もはや自民党だけでは政治は動いていかないんだからさ。とりあえず望むのは、これからの一週間は、出来るだけ「国民」にもオープンな形でどんどん政策論争とかやらをやって欲しい。直接は国民は「蚊帳の外」なのかもしれないけど、このところ意外と世論とか民意とかが影響を与えたりもするので、世論調査とかが少しでも総裁選に影響されることを期待したいですね。

 で、あっという間に過去に人になりつつある安倍総理だけど、ひと言だけ安倍さんの「功績」について言いたいと思う。それは、、、自民党の独壇場という土台を「ぶっ壊した!」ということ。もっとも、、、「ぶっ壊した」というよりは「ぶっ壊れちゃった、、、(汗)」ということだろうけど、どっちにしても参院選で大敗して、それでも続投し続けるという快挙を成し遂げることを通して、オレのような比較的政治に無関心な者にも(関心を持たせるという点で)少なからず影響を与えた「功績」は大きいと思う。オレ以上に無関心だった近所のお兄さんたちとも結構政治の話で盛り上がったりしてるくらいだからね!

 というわけで、いまいち興味が湧かないけど、、、これからやる「日曜討論」と「サンデープロジェクト」でも見させていただきましょう!

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2007年9月13日 (木)

安倍総理の辞職なぜ?を考える

 なぜだ?

 なぜ今なんだ?

 なぜこのタイミングなんだ?

 ニュースウォッチナイン、報道ステーション、NEWS23などずっと見ていたが、自民党からも、公明党からも、民主党からも「解せない」との声が聞かれ、マスコミでもくり返された。

 大きな疑問は二つ。ひとつは「なぜ辞任なのか?」で、もうひとつは「なぜこのタイミングなのか?」だ。おそらくこの二つは相互に絡み合っているのだと思う。タイミングについては総理自身も明確には答えることが出来ないんだろう。なぜ辞めるかということも、総理自身、参院選後から日々悩み続け、また自分の中でも葛藤があったであろうが、真面目さゆえに、「頑張らねば!」という表層の意識・意思…いやむしろ意志で自らの葛藤を打ち消しながら突っ走っていたのだけれど、周りの状況があまりにも厳しすぎて、心身ともに疲労が極限に近づいていたのだろう。そして閣僚不祥事などなにをやってもうまくいかないことに加え、自党内からも「頭ごなし」や「裏切り行為」など様々な形でのプレッシャーを受けるに至って、ついには一番大事な活力(エネルギー)すなわち気力がなくなってしまった結果、今日を迎えた!と…。つまり、このタイミングというのに高度な政治的判断などといった明確な「理由」はなく、むしろ判断不能によって辞意を表明するに至ったのだと想像する。

 体調不良、病気、(それに起因した?)気力の低下も言われた。たしかに、「所信表明演説」と今日の「辞職会見」とをあらためて続けて観てみると、今日の会見では可哀想なくらい弱々しかった。「疲れた。エネルギーがなくなった」と漏らしていたらしいし、辞意についても少なくとも所信表明当日には漏らしていたとも言われる。しばらく前から医師の診察も受けていたという。体力的には相当消耗していたのだろう。

 健康上問題があったことは事実だとしても、総理の主観としては今日の会見で述べたことが率直なところなのだと思う。すなわち、最終決断をしたのは今日、小沢民主党に党首会談を断られた時だ。すでに総理は今日からの代表質問に取り組むだけの「自信」を失いかけていた。遠藤農水相辞任の主導権をとれなかった(あくまで総理が命じたと言っているが…)、あるいはテロ特措法問題で総理の意向とは合致しない「新法」が党内で準備されていることなどによって、表面上の関係とは裏腹に総理は与党内で精神的に孤立化していった。小沢民主党に党首会談を断られたことを辞任の理由として殊さら主張したことは、たしかに子どもっぽいと言われても仕方ないが、すでに判断力低下に陥っていた総理にとっては、自らの力による「局面の打開」の最後の望みという大きな意味を持っていたのだろう。最後の望みを絶たれたことによって、自信喪失が限界をむかえたのだろう。

 民意と党意を受けていない自分がいるよりも、自分がやめることが「局面の打開」につながるに違いないと判断せざるを得なかった!

 思えば、大した実力も経験もない中にあって、小泉旋風の流れのなか、「選挙の顔」になる人物が総理に!という風潮によって祭り上げられたことが悲劇の始まりだったわけで、そういう意味ではなによりも責任は自民党自身にあるはずなのだ。

 

 すでにポスト安倍に向けて派閥間の争いが始まっているとも伝えられている。候補としては「福田」「麻生」「額賀」「谷垣」そして「小泉」などが挙げられているようだ。ま、後継者については今日の今日くらいは考えないでおこう。えっ?今いちばんふさわしいのは誰かって?そうだなぁ、、、「小沢さん」かな…ここはいっそ、衆院解散総選挙がすじってもんじゃないかい!?

 いずれにしても、今日くらいは言ってあげましょう…

「安倍さん、お疲れ様~!!」

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2007年9月12日 (水)

安倍総理辞任!?

 えー、せっかく国会中継楽しみにしてたのにぃ、、、

 所信表明演説の前に決断できなかったのかぁ!!

 てか、、、安倍さん、これから政治家としてやっていけないじゃん。ぜったい自殺なんかしちゃだめだからね!

 もうすぐ2時から会見とのこと。会見に出てきてくださいよ!

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2007年9月 3日 (月)

テロ特措法はアフガン限定ではない!?

 9/2(日)のサンデープロジェクトに石原伸晃政調会長が出演。

 以前からイラク占領作戦をしている米軍への燃料提供など、テロ特措法の適用範囲を超えた活動が問題とされていたようですが、今回は田原さんが石原氏にいきなり特ネタを「ぶつけてきた!」ような内容でした。

 それは米国海軍第5艦隊(United States Naval Forces Central Command and 5th Fleet)によるニュースとのことで、田原さんが示したボードには次のような内容が書かれてました。

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「イラクの自由作戦」
日本政府は、不朽の自由作戦(対テロ作戦)の開始以来8663万ガロン(約33万kl)以上の燃料を貢献した。
「海上自衛隊による給油実績(艦船用)」
2001年度から2007年度までにアメリカに対し、約38万klを給油。
38万klのうち33万kl→約85%がイラクへ?

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これについての田原さんと石原氏とのやり取り(一部額賀財務大臣も)が興味深かったので書き起こしてみました。よかったら読んでみてください。ただし語尾が若干不正確であったり、途中省略はあります。

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石原:「テロ特措法が切れると世界にどういう影響が出るか。アフガンは世界各国、イラクに反対しているフランス、ドイツも行ってるわけですね。日本が油を供給しているのは実はパキスタンなんです。40カ国以上がやってるところで日本が離脱したとき、世界がどういう風に日本を見るのか?」

田原:(アメリカ海軍中央司令部のホームページの資料をもとにボードを提示・前掲)「実はアフガン戦争への給油をしているかにみえるけれども、実は85%はイラク用の油なんだと。イラク戦争に協力してるんだと。」

石原:「(インド洋といっても)海上活動ですから、その艦船がどこに行ってるかってことはですね、軍事作戦ですから公にされてないんですね。そんな中でイラクの近くにいくこともあるでしょうし、イランの近くに行くこともある、アフリカの近くに…」

田原:「日本からイラク戦争のために、これだけ補給してもらっている、国民がだまされたって気になる。」

石原:「いや、その艦船は一箇所に留まってるわけではないんですよね。イラクに近づくこともある、イラクの隣はイランもある…ここもイスラム国家なわけですよ。そしてその中にイスラム派内の対立を、特にイラクの場合は抱えている。過激派も、アフガンにいるであろうビンラディンの一派あるいはタリバン、こういう人たちがイラク等々でもですよ、自爆テロを指導してるってことも、これまた世間の常識ですよね。」

田原:「アフガン戦争のために協力するならともかく、イラク戦争のために自主的に協力してるってことはね、国民をだましてることになるんじゃないかと。」

 CMに引き続き

田原:「額賀(財務大臣)さん、日本はアフガン戦争のために自衛艦を派遣して給油をしてるんだけど、そのほとんどが実はイラク戦争のために使われてるんだと、」

額賀:「私の知る限り、アフガンに対するテロ撲滅作戦はですね、あの911事件で3000人の犠牲者がありましたね。日本人が24人ですよ。自らの問題として主体的に取り組んだわけでございまして、そのためにアメリカとか多くの国々の後方支援をすることによってテロの作戦を封じると。それはテロ集団の動き、あるいは武器の輸出だとか、さまざまなテロ集団の動きを封じていこうということでありますから、テロ集団の動きに応じて、いろんなところで動きがあればですね…」

田原:「それは違う。アフガン戦争についてはね、中国もロシアも、イランまでがOKした。イラク戦争はね、フランスもドイツもみんな反対。だからイラク戦争とアフガン戦争は違うんですよ。日本はアフガン戦争のために自衛艦が行ってると思ったら、実は中身はイラク戦争を応援に行ってるんだということになっちゃった。…やっぱり日本の国民からすればだまされたと…」

石原:「そうじゃないと思います。というのは『戦時ミッション』ですから。イラクにしてもアフガニスタンにしても、アメリカ海軍にとってこれは戦時ミッションなわけですよね。そして限られた艦艇がインド洋という、このイスラム原理主義が潜伏してるであろうアフリカ、イエメン、あるいはイラク、パキスタン。こういうところの海上での輸送というものを阻止するために、たとえばここから出た麻薬が…テロに使われる。ですからあの場所を考えるならば、動いている艦船、イラクの戦争もアフガンの戦争もアメリカ海軍にとってはミッションは違うかもしれないけど同じなんですよ…米軍サイドからみれば同じわけです。日本としても両方の法律は別会計ですけれども、今もイラクで、もうサマワの陸上自衛隊は撤退しましたけども、空輸事業をおこなっている、そういう意味では日本は両方にコミットメントしてるわけですよね。イラクにもですね、アフガンから原理主義の者が行ってることもこれまた事実なわけですよね。それはやっぱり阻止しなけりゃいけない、それは世界各国で起こるテロの脅威、平和を乱す行為に対して国際社会が断固立ち向かうという1368の国連決議を受けてるわけですよ。イラクでおこなわれるようなテロ行動も阻止するという意味でインド洋で活動している艦船が、米軍が共用している…」

田原:「えっ?額賀さん、それでいいの?」

額賀:(突然振られた額賀氏。約3秒固まって)「いや、だからアフガンの場合は全体的なテロ作戦でございますから、その一環として日本が後方支援をしてるということでありまして、と同時に間接的にはですね、ペルシャ湾からインド洋とかね、日本の貨物船とかねタンカーとかある、そういう日本の安全のシーレーンを確保することにも役立ってるんですよ。」

田原:「ということはその油のほとんどが実はイラク戦争のために使われてたとしてもいいの?」

額賀:「いや、そんなことはないですよ。」

石原:「艦船に供給してるって書いてあるんじゃないですか?たとえばイラクで活動してるたとえば航空母艦にですね、イラクを空爆するものにどうのこうのっては書いてないんじゃ…。ペルシャ湾もインド洋も全部つながってますし、イラクでもテロが起こってる、アフガンを基点とするテロに対して防止するために…。問題は、もしミッションがほとんど混同されて、イラクのものに使われてるってのがあるのかどうかということをですね、私も(アメリカ側に)しっかりと聞かせてもらいたいと思います。(目的が違うものになってるんというのはマズイんじゃないか…に対して)目的は違わないと思います。テロを撲滅するために給油しているわけですから。イラクでおこなわれるテロに対してもやはり、それを撲滅するために、アフガンのこの作戦がおこなわれているんだと思います。」

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 さてさて、本当に日本政府はこうした事実を知らなかったのでしょうか?まさか知らないうちに行なってたとか?それとも国民に知られないように隠してたのでしょうか?石原氏の言うような「(拡大)解釈」は正当なものなのでしょうか?

 というか、、、(と、いつものオレ調にもどって)

 率直に言って「なんか怖くね~!?」というのがまず感じたこと。『戦時ミッション』だから国民には秘密にされてしまうというのは、過去の戦争でもあった「情報統制」につながるんじゃないの!?本当は苦戦を強いられていた日本軍なのに国内的には「連戦戦勝!破竹の勢いで!」なんて報じられてたらしいし。

 それに、オレの勘違いかもしれないけど、なんかこのところ「9.11」で犠牲になった日本人を引き合いに出して(もちろん犠牲そのものは大変重大な事態だが)、「9.11」は日本への攻撃でもあるという認識にもっていこうとしている感じがするのは気のせい?

 テロについていえば、基本的にオレは、「テロとの戦い」というキャッチフレーズは危険だと思う。たしかにテロという戦術は卑劣だが、その行為だけをとって「悪」だと決めつけるのは絶対におかしい!なぜ「彼ら」がテロという手段を使うのか、そもそもなぜ「彼ら」が攻撃を仕掛けるのか?だいたい理由もなく人が自爆するわけないだろ!「彼ら」は果たして一方的に悪いのか?我々のいう「正義」とはなんだ?(まぁ、我々の経済的豊かさを維持するのが「正義」ということなんだろうけど)

 額賀氏が漏らしたように、中東からの原油の輸入ルートがいわば日本の生命線だというのはそりゃあ本音のところだろう。「イラク戦争に反対する奴はガソリン使うな!」みたいなことを言いたいんだろう。まるでひと昔前に反原発運動が盛り上がってた頃「原発に反対するやつは電気を使うな!」と言ったのと同じだ。だけど、だからといって力ずくで中東諸国をねじ伏せるやり方がいいとは思えない。こんなことは理想論とか空想主義とか言われるかもしれないけど、やっぱ戦争はいやだ!

*(追記)

 テロを力で抑え込もうというのは、沸騰しまくった鍋にふたをして無理やり押さえつけてるようなものじゃないか!?しかも「つぎはぎだらけ」で「穴だらけ」で、、、

 「もとの火だね」を消さなきゃだめじゃないかと思う。消すというのはテロリストを一掃することじゃなくて、イスラム国家に対する「侵略」を見直すことだと思う。米国(や追随する日本)の覇権主義、石油資源という利権のための侵略、あるいはグローバリズムによる中東諸国の「自由化」などと言われることが事実かどうかは解らないけど、テロを起こすにもそれなりの理由があるはずだと思う。

 テロを非難しながら、日本への原爆投下を正当化する国に「国際協調」という名目で追随し続けたら、きっと(中東ではたらく日本企業の人が言ってたけど)日本も友好的じゃない国の仲間に入れられちゃうんじゃないか。

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2007年8月28日 (火)

新生安倍内閣ですね!

 オレには政治家個々の人間がどーだこーだってのはほとんど分からん。だから、今度の内閣の顔ぶれを見ても何も分かったようなことは言えませんね。なので、今回の組閣ニュースをみたとこを率直にいち素人的な感想として言ってみます(ここは謙虚にいきましょう、、、)

 まず、9時のNHKニュースウォッチナインでの安倍総理の会見。正直サプライズだ!短い間に、ずいぶんと謙虚になったもんだ!!!この数日間、ずいぶん周りから言われてきたのか、それとも本当にご自身で熟考したのかは知らないが、地方のこと、格差問題とかをかなり強調していた。今までの強気な言葉がウソのように謙虚だ!こりゃあもしかしたら小泉氏と同じ演出家に教えを請うたのかもしれない。それほどオレ的には合格点!なんとなく好感がもててしまう。

 こういう場面では野党は不利だねぇ。やっぱ内閣を作り上げるというのは華々しいイベントで、政権与党の強みなんだろうなぁ。当たり前のことなんだけど、実際にこの国を動かしていくのは与党だ!ということを見せつける効果は大きい。民主党鳩山の言葉がいかにもこれまでの野党って感じでちっぽけに見えたぞ。「サプライズがないのがサプライズだ!」なんてわけのわかんない言葉遊びしか出来ないのだ。参院の筆頭なんだからもうちょっと鋭いつっ込みが欲しかったなぁ、、、ここはもっと貫禄を見せて「お手並み拝見しましょう!」くらいの度量の深さを見せて欲しかった。共産党や社民党と同じ野党のやっかみみたいじゃん!?

 さて、厚労省の舛添氏、これはまたかつての竹中氏のように強力な人間が配された感じを受ける。学者というか大学教授ってのは頭いいし、なにより彼らは口がうまい!舛添氏は昔の「朝生」の頃から見てきたが、さてどれだけその本領を発揮してくれるやら楽しみだ。民主党もよほど気合い入れないと年金問題で主導権を握るのは難しそう。

 防衛大臣の高村氏、、、派閥の頭という以外いまいちわからんけど、個人的には「石をも破壊する」あの人がよかったかなぁ、、、それより小池妖怪おばさんは一体何だったの??あの…変幻自在で表のこぎれいな顔とは裏腹に決して気を許せない空気をかもし出す目をとりあえずは見なくて済むというのはありがたいことだけど、、、

 と、まったく本質的じゃない話ばかりが続いてますが、、、

 もっかのオレの関心はひとつ!地方の困窮をどうにかするって言うけど、なんか具体的な話のひとつでもしてくれや~!ということさ。

 とにかく「景気回復」って言われてるけど、一体どこが?オレたちはどこでそれを実感すればいいんだ!?まったく実感がないぞぉ!たとえばオレらガソリンスタンドは日々お客さん(企業城下町なので主にそこのサラリーマン)と接してる。大口のお得意先は建設業界とか高速道路関連会社なんかになるんだけど、わが企業はぜんぜん活気がない。外国企業との合併に次ぐ合併でリストラされるわ、給料は上がらないわ、儲けは外に持ってかれてるわ!毎日サラリーマンと接してるからこそ肌で感じるんだけど、とにかく財布の紐は相変わらず固い!高速事業の主体だった道路公団は解体されて仕事は減って、公共事業もなくなるうえに地方自治体の財政も厳しいから県道、市道だって計画が途中で立ち消えになるし。

 結局、地方の声は「旧来の日本型の」やり方への回帰なんだ。それじゃダメだ!というのがお上の考えだろう!?このグローバル化の時代の中で、もっと外資を入れて投資してもらって企業も国際競争で勝たなくてはいけない!、、、だけど、やっぱりグローバル化なんて結局は「強者」による「強者」のための論理じゃないの!?先日の『日曜討論』で公明党の高木氏が軽く言ってた…「地方の経済というのは”官需”、いわゆる公共事業への依存度がまだまだ高い。この10年で(国の公共事業は)4割ほど減っているが、(地方の)建設業者は1割ぐらいしか減っていない」…そういう目線でしか見られないんじゃん。「1割ぐらいしか」って軽く言うけど、その1割減るってのはどういう意味かわかるか?!その1割の中に大勢の出稼ぎ者やその家族がいるんだ!みんなみんな、「ムダ」と言われる公共事業でずっとやってきたんだ。古い高度経済成長モデルじゃダメだと言うが、これまで国からの後押しで日本経済を支えてきた産業を急激な「改革」で振るい落としてる。それも米国の「年次改革要望書」だかなんだかに従ってのことなんだろ!?

 同『討論』で安倍総理のブレーンである(?)八代尚宏教授はこう言ってたね…「大事なのは、もっと投資を増やすこと。内外の投資家がどんどん投資して雇用を増やしてくれることが大事」…と。外資が投資してくれて「雇用」を増やす?そこで求められてる「雇用」ってのは「非正規雇用」じゃないの??なんで空前の好景気と言われながらサラリーマンの給料が変わらないの?先日再放送されたNHKドラマ「ハゲタカ」じゃないけど、グローバル化は結局、投資家の金の投下先を拡げてくれ!という要求じゃん。前に当ブログで書いたようにネオリベラリズムというものの実際の姿が、国を買い叩いてそして売りさばいて自分たちが儲け、あとにはボロボロになった国が残るってことだとしたら、今の与党の「改革」はとんでもない売国行為じゃん!

 『討論』で、荻原女史がアメリカの労働者と経営者の給料格差を例に出した際、石原氏(現政調会長)は「アメリカのケースは特異なケース」だと言った。日本はそうはならないと。でもそれって本当?本当に大丈夫?特に「大都市」でのワーキングプア問題は日本でもますます深刻化してるところからして、米国に近づいてるような気がするけれど気のせいなの?

Sundaydebate_2

 なんて、これ以上知ったかぶりしてるとボロが出るから(出てるか?)やめといて。まぁ、なんでもいいけど、安倍さん、地方への配慮、セーフティネットの充実の具体的なところを早くみんなに目に見える形でお示しになってください!お願いします!!今さら何を言っても、現実にはもう後戻り出来ないような状況になっちゃってるんだろうから、この現実に即した対策というのが何なのかを示してください。オレら中小零細はたしかに時代に乗り遅れてるのかもしれないし、努力も足りないのかもしれない。「日本型」という古い考えにしがみついてても、きっと時計の針は逆には動かないのかもしれない。言ってることは机上の空論、偏屈なエゴイズムかもしれない。ここにきて、みんなが平等に救われるなんていう都合のいい方法はないのかもしれない。それでも、今回の選挙の結果はあきらかに地方の声の大きさを示してるということも忘れないでもらいたい。

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2007年8月25日 (土)

民主党「さくらパパ」は大物だな!

 「さくらパパ」こと横峯良郎・民主党参議院議員(47)。今のところあまりマスコミで騒がれてないのが不思議、、、どうしてかな?わがザ・ワイドなら1番に取り上げるネタだと思いきや、昨日見た時は2番目。ここんとこ朝青龍ネタばかりでつまらんぞー!!

 せっかく民主党の大勝でいい気分になってるオレ的感情からすれば、あんまり騒いで欲しくはないけど、でもねぇ、、、この記事見ちゃうと黙ってられないね!

 ちなみに民主党大勝が嬉しかったわけは、第一に投票行動が国政にこんなに影響を与えられたという点。今までは「どうせ選挙の一票なんて無力なもんだし…」という虚しさがあったんだけど、今回はあきらかに一票の価値を実感したのだ!第二に、(民主党がどう考えてるかはいまいち不明だけど)小泉・安倍の大都市(の一部の勝ち組)中心的な「改革」あるいは米グローバリズムへの追随路線、軍事的には米国の出先機関化を進めるような政策(としての改憲、教育改革、テロ特措法……)に「まった!」をかけられるような雰囲気(!?)になったこと。

 だいたい選挙中の安倍の言い方には地方人としてまったくムカついたぜ!何かというと「改革の果実を地方に…」って、要するに「勝ち組」のおこぼれにあずかれるよ~!っていってるようなもんじゃん!

 って、本日は政権批判はとりあえず置いといて、、、

 いろいろ複雑な気持ちではあるけど、いちおう週刊誌(週刊新潮)がすっぱ抜いた記事を抜粋しまくることにしたい。記事中では横峯氏の反論も載せてあるが、そちらは買って読んでもらうとして、今回暴露話をした「元愛人」の証言を!

 「当時、パパが私の部屋のベッドで、しょっちゅう話していたのは、"議員になれば、歳費が2000万円も貰えて、6年間は安泰やし、参議院は衆議院よりも楽やぞ"」

 「他にも、議員宿舎に安く住めることや、JRがタダで乗れる話ばかり、何度となく聞かされましたので」

 「パパは、国会議員になったら、"秘書は2人まで持ててな。国が金を出してくれるんだ。そのうちの1人はお前がなればいいよ。俺と一緒にいても怪しまれなくなるし、金も貰えるし……。だから、当選したら、俺の秘書になれよ"って、何度も勧められたのです」

 「9月のある日、私の家のソファーで寛いでいるパパが、突然、"おい、もし、俺たちの間に子どもが出来たらどうする?"なんて、真剣な顔で聞いてきたんです。私は嬉しかったけど、年齢的にギリギリだったので、"可能ならば産みたい"って答えました。パパは重ねて、"男の子が欲しいんだよ。百合子(*)、産んでくれよ"って、強く勧めてくれました」

(*記事中ではこの女性を北川百合子という仮名としている)

 夢見るような気持ちで、体質改善のセミナーを訪れ、基礎体温もつけ始めた彼女をより喜ばせたのは、パパが彼女の母親に言った一言だったという。「彼は"百合子さんを一生、面倒を見ます。自分がお守りします"と、母の目の前で明言しました。その後も、私たちの関係を知っている友達の前では、"俺はもう、カミさんとは離婚しているようなもんだし、東京では百合子が妻みたいなもんだしな"と、いつも、言ってくれました」

 その後も週刊誌の記事は続く。横峯氏がひどくケチであるとかタダ券を売りつける詐欺まがいの行為の話や、賭けゴルフの話、酒の席での女性たちを酔わせ、服を脱がせ、写真を撮らせるといった話、ケンカの時に包丁を壁に突き立てた話、融資を頼んだら母の年金を担保にしろと言ったという話、、、

 というわけで詳しくは今週号をご覧あれ。

 複雑な気持ちもある。もちろん民主党の躍進で政治が変わろうとしている時に水を差されたくないという気持ちはない!こんな人やめろ!やめさせろ!という気持ちだから。逆に「謹慎」なんてやってるようじゃあとが恐いよ民主党!(てゆうか、こういう歯に衣着せずしゃべる人だから、下手に追い出すと本当にあとが恐かったりして…)

 ただ、、、言わせてもらっていいですかぁ!?

 「良識のなんたら」と呼ばれてる参議院ってこんなもんか!?というのにがっかりした。タレント議員とか目玉議員とかで括りたくはない。ちゃんとしてる人もいるのだから。でも横峯議員は最初からおかしかった。民主党の主義・主張すらぜんぜん理解してなかった。自分で選挙中に訴えてることの内容を本当に理解していたんだろうか?と思う。

 結局、民主党が横峯氏に「おいしい」話で持ちかけたんだろう。これが横峯氏に限ったことだとは思えない。「議員になるといいよ~。お金はいっぱい貰えるし、タダ乗りし放題だしね。とくに参議院なんて楽なもんだから心配しなくていいよ!」なんて話で立候補を勧めてるんだろうかと思うとムカつく。他の議員の中にもそんな「おいしい」話が一番の目的だという人がいないとも限らないし、、、

 そして、問題のこの記事の「元愛人」という女性。ここまでハッキリと暴露することの裏にはどういう気持ちがあるんだろう?裏切られたことへの復讐だろうか?憎しみがあるからだろうか?

 最後にもうひとつ、、、このような不倫関係の責めは男にある!というのは偏見だろうか?一般論として語ると男女差別と言われそうだが、女性は本来的に子孫を残すことが第一義的に重要であるという存在であり、男性はどちらかと言えばせっせと稼いで女性の育児をサポートするのが本来の役目だと考えれば、この女性が(そうした生物学的というか本能的レベルのことは無意識の領域に隠されているとして、感情レベルで)夢を抱き、基礎体温をつけ、カレンダーに横峯氏の「帰ってくる」日をハートマーク付きで記すようなことまでしていたことに一定の理解と共感ができるし、他方その気持ちをもてあそぶかのようなことをした横峯氏に対して、(同じ男ではあるけど)怒りをおぼえてしまう!カネの亡者だかなんだか知らないけど、それより人間的にダメじゃん!……とはいえ、これまた不思議なもんで、こんな男ほど「大物」って見られるようなとこもあるんだよなぁ、、、とくに政治家ってのは、、、

 余談。話はがらりと変わるけど、政治ネタでひとつ。さっきの報道ステーションでやってたけど、今度の安倍人事で入閣の可能性がある数人の議員さん、いそいで「身辺整理」をしているんだってね。なんか自分に「やましい」ところはないかって、、、なんだそりゃ!?この時点で安倍人事終わってるじゃん!!

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2007年8月 3日 (金)

なつかしのペンギンCM

 いやぁ~なつかしい~~

 知ってるかな、、、松田聖子の"SWEET MEMORIES"という歌。

 親父の演歌CD作成してて、ツタヤで演歌コーナー見てたら、ふと「青春歌年鑑80年代総集編」というCDが目について、、、

 ちょうどオレの高校時代だなぁ、、、

 薬師丸ひろ子の「探偵物語」、チェッカーズの「ジュリアに傷心」、安全地帯の「ワインレッドの心」、中森明菜の「セカンド・ラブ」、小林麻美「雨音はショパンの調べ」、シャネルズ「ランナウェイ」、岩崎宏美「聖母たちのララバイ」、オフコース「さよなら」……う~ん

 松田聖子の「SWEET MEMORIES」かぁ、、、そういえば!あん時、サントリーCANビールのCMで出てたペンギンがいたいた!!…あわい恋の思い出と重なったりして(^^;

Penguin

ちょっと顔が歪んじゃってるけど、、、こんなペンギンでした!

と、なつかしんで早速webで検索してみたら、ありました!

http://www.youtube.com/watch?v=ua-3J8VDTWo&mode=related&search

で、さらに検索してたら、あららナント!?アウのmy pageのキャラクターで使われてるんじゃ~ん!!

http://www.kddi.com/aumypage/

 はて、一体どれだけの方々が懐かしんでくれるかなぁ!?

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2007年7月31日 (火)

参院選を終えて

 参院選が終わった。自民の歴史的惨敗だとかが新聞各紙のトップを飾っている。

 たかが参院選、されど参院選。

 なんたって国民の声を直接、そして明確に伝えられるのは選挙しかないんだから!

 安倍首相は続投という。まぁ勝手にしてくれ。だって仕方ないよな、本人がやるって言ってんだから、、、この人の国民無視、世論無視は今に始まったことじゃないんだし、、、

 しかし安倍首相は下手過ぎるんじゃない?小泉さんのように世論をうまく誘導するような技術をもっと勉強すべきだろうな。小泉さんのバックにどんな人がいて、どんな指導をしてきたのかは分からないけど、どうせなら安倍さんにも指導してやればよかったのにね。

 今の自民党は世論に鈍感になったよな。まったく国民をバカにしてる気がする。選挙前に強行採決とかまでして、いろんな「対策」を打ち出して必死にアピールしてたんだろうけど、そんな小手先のもんに国民が騙されるはずないじゃん!!みんなわかってるんだと思う、、、選挙のために必死こいて取り繕ってるんだってことをさ。そういうとこを見抜いてるからこそ国民は今回「自民ノー」って言ってんじゃん!?

 大多数は、民主に対する積極的な賛意があったわけじゃないんじゃないかな?そもそも民主がいくらアーダコーダ言ったって、実際に政権を担ってるわけじゃないから、現実性がどれほどのものかなんて未知数なわけで。。。ようするに民主がいいとかダメとかなんて判断できないじゃんね。とりあえず実際に政権とって何でもやってみるしかないんだから。

 とはいえ、投票する個々人にとって一番大事なことは、何はともあれ自分の暮らしがちゃんとすることだ!そういう意味では、憲法とか教育とか、あるいはアホな閣僚のアホな発言がどうのとか、政治とカネがどうのとかなんてことは、とりあえずは置いといて、何て言ったって「もらえるもんもらえること!」、「オラの給料どうなるんじゃ!」というのが一番の争点なんじゃないの!?つまり、年金と雇用・格差という問題。その点で民主党が「国民の生活が第一!」というキャッチフレーズでやってたことが一定の成果をあげたとも言えるかもしれない。

 どっちみち、今回の選挙だけで政権が交代するということにはならないんだから、安倍首相がやめるとか続けるとかは彼ら内部で決めてしまった以上、どうにもならないもん。民主が仕掛けて衆議院選挙という手もあるようだけど(詳しく知らないけど)、まぁまぁ、やっと選挙終わったとこだから、ちょっと休憩しようよ。それより、今回の選挙結果をもっと真剣に反省してみたらいい。選挙前にバンバンやってたように、しばらくはまた党首討論とかバンバンやって、各党党首が同じようにテレビにいっぱい出演して、生の声を聞かせて欲しい。もうひとつ言えば、安倍続投か否かといったって、結局安倍さんやめてじゃあ次誰がやるの?って話になっちゃうしね。適当な人が見当たらないじゃん。

 さて、選挙後の記者会見で安倍首相がいろいろ語っていたけど、オレなりに気になった言葉をひろってみたいんだけど、、、

 「これからは民主党にも耳を傾けるべきは傾けて…」

って、勢力を伸ばしたから耳を傾けるというのはどうなの?じゃなにか、今までは別に無視してもいいやと思ってあれだけ強行採決してたわけ?多数派になったらそっちに耳を傾けるというのは、結局は数の論理でしかものを考えてないみたいじゃん。本質は変わってないんじゃない?

 「反省すべきは反省して…」

といいながら、じゃあ具体的にどこをどう反省するのと問われても、とくに反省すべきとこは挙げない。これまで通りやるべきことをやっていくのだと。これまでのことは何も間違ってなかったと。それじゃ反省してないってことじゃんよぉ!

 「社保庁の立場に立つのではなく、これからは国民の立場に立って…」

おいおい、これまでは国民の立場に立ってなかったのかよ~!?(揚げ足取りみたいだけど)

 「(地方遊説で)地方の景気は回復してないという声を聞いた…」

なにか?これまで知らんかったわけ??

 こんなつっ込みしてるのもどうかと思うんで、やめよ。

 

 もうひと言、今回よく「逆風」という表現が与党(公明党も!)から聞こえてきたけど、これって何か引っ掛かるのはオレだけなのかなぁ、、、?夜のNHKの討論会でも中川幹事長が「年金、政治とカネ、閣僚の不適切発言という逆風三点セット」と言ってたけど、たしかに「風」がどちらに吹くかというのは現実には重要だったりすると思う、、、ケド、、、あまり「逆風」を連発されてしまうと、う~ん、どうなんだろう、、、どこか責任は自分たちの「外」にあるかのようなニュアンスを受けるんだけど、、、オレだけかな??

 ま、ともあれ、民主党もこれで少しは責任政党に近づいたわけだから、これからはより現実的な政党になっていかなくちゃいけないだろう。そこで「現実的に考えたらやっぱり消費税を上げるしかない!」なんてことにならないようにオレたちもちゃんと政治をみていかなきゃいけないだろうな!

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2007年7月 6日 (金)

参院選スタートですが、、、

 なんかもう、、、勝手にやってください!って感じ。

 選挙っていうのが国民ひとりひとりにとって、本来はとっても大事なものなんだとは思う。本来は、、、か。いつでも大事なんだろうけど…。

 なんでこう思うんだろう…??

 ここ1、2ヶ月、あまりにも政治の世界が「露骨」過ぎるからかな。

 参院選、参院選、参院選、参院選、、、、、、、

 会期延長、強行(?)採決、内部告発、火消しに奔走、自殺(!!)に辞任、成果強調、批判合戦、支持率低下だ上昇だ、、、、、、

 与党も野党も、そりゃあ本音は選挙だってのはわかる。選挙で勝つことこそが自分の正しさを証明できるし、自分の言い分を通せる可能性も出てくるし。

 教育、憲法、年金、社保庁、天下り、談合…とめまぐるし過ぎるじゃん!!議論を尽くしたと言われたって、尽くす議論が多すぎじゃん!?どんだけ賢いんだよ?短い期間に重要な問題をバッサバッサと切り捨てるように処理できたんかい!?だいたい大臣が自殺したほどの談合問題なんてすぐに消えちゃっただけじゃん??

 政治が取り組むのはそれだけじゃない。牛肉の偽装とかマグロ(だったっけ?)の偽装とか国民にもっとも身近な安全の問題のほうはマスコミがちょっと騒ぐだけでどこかに行っちゃってない?

 要するに、教育とか憲法とか別に急ぐ必要はないしまた急いじゃいけないものから、喫緊の課題までがごちゃ混ぜなんだと思う。

 それもこれも、自身の成果を示したいからだとか、選挙に有利だからだとかが理由だったら、それこそ選挙の本来の意味が本末転倒なんじゃん!

 あと、政権選択の選挙だとか政党を選んでもらう選挙だといっても、結局みんな地元へ帰って、挨拶まわりだのなんだのって金を使うんだろ?政党の看板背負って政党の是否を問われるにしても、大事なのは個人の当否じゃん!?(そうじゃなかったら、「地元」に何も還元されず意味がなくなるんだろうけど) 各党の言い分のどれが正しいのかを問われたいというなら、参院選とは別にいちいちの重要法案とかに対してどの政党の言い分が支持されるのかを個別に国民投票でもすればいいんだ!(って、すみません。政治の素人の素朴な考え方なんで…)

 蛇足だけど(その1)、消えた年金記録(と年金そのもの)の問題のことだけど、なんでいちいち国民がわざわざ出向いていって確認とらなきゃいけないんだ!昨日やっと新たな方策として出たみたいだけど、スウェーデンかどっかでやってるように国の方からひとりひとりに手紙を出して、「あなたの記録は○○ですが間違いないかご確認ください」とやればいいんだ。そこで間違ってるとわかった人が殺到すればいい話じゃん。まずはそこから金を使えよ!

 蛇足だけど(その2)、安倍さんはもうちょっと覚悟を決めろ!ホントは任期を全うしたうえで評価をされるべきで、たまたま途中に参院選があったから仕方ないんだろうけど、選挙で過半数とれなかったら責任とってどうするかを明言しないとねぇ。「負けたらやめます」じゃなくたっていいんだし。「勝っても負けても、自分に課せられた改革をおしすすめるという使命を全うします」でもいいんだし。言うだけなら出来るでしょ!(これまでの閣僚辞任などをみても)結局は周りの声に勝てないにしても…。なんか、安倍さんみてるとちょっとかわいそうにもなるよ。拉致問題などに精力的に取り組んできた官房長の頃はよかったよね。我が田舎町に安倍さんが選挙応援で来たときはすごかった。多くが尊敬の目で見てたようだし、ひと目みたいという単純にミーハー的感覚で見た人もいた。そういう単純で「直感的」な感覚というのは実は政治にとっては大事なことで、小泉さんがやってることはひどかったけど結局国民の心をつかんでたのもそうした単純な直感にうまく合わせられたからだろう。安倍さんは総理になるような器じゃなかったんだろう。彼を表舞台に立たせて積年の悲願である法案を通させた力が陰にあるのかどうかは知らないけど、どうも彼が「使命」という言葉を使うたびに何か大きなものの存在を感じてしまうんだよな。

 本当に蛇足だけど(その3)、いや、蛇足じゃないけど、、、「唯一の被爆国」とか「唯一の被爆した民族」という言葉、今度の新しい大臣も使ってたけど、どういう意味なんでしょう??世界には水爆実験だとか劣化ウラン弾だとかで被爆させられた国や民族があるのに、なんで日本が唯一なんでしょう?小池大臣の目が嫌いだ。なんかしたたかさがにじみ出てる!と感じるのはオレだけか(やっぱり蛇足だ)。。。

 なんにしても、、、今回の選挙。今となっては理想主義的でしかない社民党にするか、それともうわべだけって感じがするけど民主党にするか、なんだかんだ言っても自民党か、????政治に緊張感を持たせるためには民主党しかないかも。結局は衆議院なんだけど、数だけでなんでも出来ちゃうというのはまずい気がするから。

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2007年7月 2日 (月)

「原爆投下はしょうがない」ときた

 久間防衛相の発言。原爆投下はしょうがないことだったと。彼の言い分は、原爆投下がなければ日本はいつまでも降伏しなかった。あれ以上戦争が長引けばソ連が北海道あたりを占領していた。ということらしい。

 こういう小さな発言のひとつひとつを潰していかなければならない。小さな発言だけどそれをやり過ごすことなく、徹底して世論を盛り上げていかなければならない。それしか私たち庶民に出来ることはない。

 

 原爆は一度に大量の人間を殺す。そのうえ(人工)放射能の影響はその後何十年も、種類によっては何百年も残ってしまう。われわれはパンドラの箱を開けてしまった。

 被爆の悲惨さは言葉に出来ないものだ。オレが広島、長崎を訪れたのはちょうど「原水禁運動」が最後の盛り上がりを見せていた頃だった。原爆ドームを見て、資料館を見学し、被爆者の方の話を直接聞く機会にも恵まれた。原爆の問題は決して過去のものではない。被爆の影響は今も残っているし、まだまだ将来にも続いていく。

 久間氏の発言は、もちろんそうした「人道的見地」とは違う次元の話の中で出てきたものだろうから、本人もついあのような発言になってしまったのだろう。ただ、どのような立場からものを言ったにせよ、原爆投下を「容認」するか否かに結びついてくるものなので、不適切発言と言われても「しょうがない」だろう。

 原爆はたしかに悲惨さからして人類に対する犯罪的兵器であろう。しかしながら、人ひとりの命の重さが等しいものだとすれば、大空襲も艦砲射撃もピストルによる射殺も同じように犯罪的行為だ。何よりも根本的に批判すべきは戦争行為そのものだろう。(戦争の反対は平和だ!とか言うと小林よしのり氏なんかに突っ込まれそうだけど…)

 ほんと、こういう話は面倒くさい。テロとの戦いは「正義」の戦争だとか、人道主義って言葉を使えば理想主義だとか、戦争は民族対立だ、宗教対立だ、いや経済的利害だ…と。

 だから、難しい話は抜きにして、とにかく再び世界大戦みたいなのが起こってほしくない!ということで、そういうものはオレたち庶民ひとりひとりの考えでどうこうできるもんじゃないわけで、嫌でも巻き込まれてしまうものだから、それならばオレたちに出来ることはなんだ!?といえば、今回のような不穏な発言に対して細かくつっ込んでいくことだと思う。世論を盛り上げて「危ない」方向へ向かわないように「国家」をけん制することだろう。

 でも心配だ。今の日本に渦巻いている「閉塞感」。とくに若者を中心とした「生きづらさ」。生きがいを持てないフリーターたち。いまその人たちに「確実」なものが何もないのだ。生きてる実感を掴めないでいる。そういう人たちは容易に一方に傾く。国家に忠誠を尽くすことに安心感を得る。やがてその論理で戦争さえも肯定してしまう。「憲法改正」も「徳育の充実」もそれらを下支えしていくもののように映ってしまうのはオレの気のせいだろうか…??

 今、たまたま『偽装請負』という新書を読んでいるが、それによればフリーター、派遣労働などもそもそも企業の要請から生まれたものだという。ますますグローバル化する経済、日本企業も(敵対的)買収とか三角合併だとかで大変みたいだ。繁栄する日本企業とちっとも豊かじゃない国内労働者。マネー戦争に国境はないというが、もしこれから世界大戦のようなものが起こるとしたら、それでもやはり基本的には「国家」単位となるのだろうか?(軍隊は一応国家単位だし)

 よくわかってないのにあまり話を広げてしまうと墓穴を掘るから、このへんにしておくか、、、

 身近なところで感じたこと。毎日、若い「兄ちゃん」たちの接客をしていて思うんだけど、なんか彼らを見てるとマナーというのがわかってないなぁと。それは彼らのせいじゃないんだ。彼らはそういうものを知識としても知らないんだ。「こういうときはどう振舞えばいいか」という基準みたいなものを知らない。だからオレなんかが「キチンと」応対するとかなり戸惑う。そういう応対をされることに慣れてないという感じで。もちろん教育の問題でもあるんだろうけど、それだけじゃない。家庭も地域社会も含めて全体として「自分勝手」が日常なんだと思う。オレらの若いころは敢えて「アウトロー」に振舞ったりしてた。それをカッコいいみたいな。でも今は「敢えて」することもない。混沌が当たり前だから。

 と、みんなオレの勝手な解釈かもしれないけど、そんな「兄ちゃん」なんかを見ていると、ふと「靖国」に萌える若者に直結しているんじゃないかなんて想像を膨らませてしまうわけだ。

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2007年6月28日 (木)

ミートホープ再び

 社長のとんでも発言!

 まぁ、いろいろと情けない発言が続いてたよね。

 例の長男が横からツッコミ入れた会見なんか見てても、まったく情けない、、、何が情けないかって、いざという時に他人のせいにして逃げようとするところ!!これは経営者として以前に人として問題がある!!

 人生には時として大きな選択を迫られる場面がある。立ち向かうか逃げるかだ。大袈裟に言えば、そういう場面でその人間の人間としての価値が決まる。普段どんなに立派なことを言っていても、「その時」にどう行動するかでその真偽がはっきりする。

 突然の解雇通告。そりゃあ、会社が立ち行かなくなったんだから社員を雇うことも出来なくなるだろうけど、これまで社員の生活に責任を持ち、また企業として社会的責任を持って努力してきた結果がそうなら仕方ないところもあるだろうけど、実際の会社経営を見ると自分たち経営者一族の私物のようにしてきていたようだし。さほど働いてない妻に対して莫大な退職金を出してたり、妻や三男などの役員報酬も相当な額だったらしい。上の会見で元工場長が社長への責任追及に及び腰だったのは、それだけ社長を立てて自分は謙虚でいるためかと思いきや、本当は会社全体が「もの言えぬ」体質だったんだ!ということなんだろうね。「会社は休業するしかない。従業員は全員解雇」…などと発言した時の社長の顔を見てもわかるのは、まるで自分は被害者だ!社員を解雇しなくちゃならない責任は秘密をばらして会社を追い込んだまわりの奴らにある!といった責任転嫁の姿勢。

 極めつけは、「業界全体の体質」の問題であり、安く買い叩く「販売業者」の問題であり、「半額セールを喜んで買う消費者も問題だ!」という発言!自分の非を認めつつも他の人間たちだって悪いということを強調するような姿勢。……ただこの発言は、問題の根をはき違えているとはいえ、業者側の苦しい胸のうちを表してもいると思う。バブル崩壊後の不況期に出現した価格破壊業種……デフレ経済、さまざまな業種にわたる規制撤廃、輸入自由化などなど、、、そして消費者はディスカウントショップ、100円ショップに群がる。企業努力だけではカバーしきれない部分もある。銀行を別にして、一般企業とくに中小については「自己責任」論を説く。今はずいぶん「好景気」と言われるけど、儲かってる「カイシャ」をよそ目に国内の一般の労働者の懐はいっこうに底上げされてる気配がないというのも問題だろう。そういうなかで利益優先という企業の当然の振る舞いの負の部分がたまたま明るみに出たってわけだ、、、とはいえ、みんながみんな「悪事」に手を染めているわけでもないだろう。大抵の会社は苦しいなかでもなんとか努力してるわけだから(と信じたいけど)、要するに事の本質はそうした経済的な環境にあるわけで、消費者の志向もまた消費者としての当然の振る舞いなわけだから、偽装してまで安くしなくちゃならないことの責任を消費者に向けるのは(心情的にはそう言いたくなるだろうけど)やっぱり筋違いだっつーの。。。

 にしても原油高~!!いつまで続くんだぁぁぁ!!夏の需要期がどうのと言われてるけど、オレたちスタンドマンもつらいんだぞ~!みんなに白い目で見られて…あぁぁサマータイムブルース♪

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2007年6月26日 (火)

とりあえずミートホープ社

 どうも最近、筆が進まない…といっても筆じゃなくて、キーボードなんだけど、、、

 まぁしかし、例の牛ミンチ偽装事件、どんどん「あいた口がふさがらない」ような事実が出てきてますが、、、なんなんでしょうね…

 事件がニュースになった頃、NHKの消費者へのインタビューで、「何を信じたらいいかわからない!」とか言ってた女性の方が映ってたけど、その時とっさに笑ってしまったね。「えっ?今まで信じてたの?」って感じ。

 もう20年くらい前のことだけど、オレが東京在住のころ懇意にしていた古本屋さんがあって、そこでたむろってた時、一緒に居合わせた人と雑談をしたことがあって、、、その人は昔、肉屋さん関係の仕事をしていたということだった。その時その人が言ってた

 「私はねぇ、”メンチ”だけは今でも食べないの。だってね、あの中に入ってる肉っていったら、ホント、何の肉を使ってるかなんてわかったもんじゃないんだよ!ミンチにしちゃってんだもん、わかるわけないじゃない!」

 と言って笑ってた。

 それでもオレはずっとメンチを食べてきた。コロッケも食べてきた。何の肉が使われてるかはたしかにわからないけど、オレは別に何の肉だって構わないと思ってたから。

 今、こうして騒がれてて、まぁミートホープ社は、、、というか社長とか専務とかの一族は最低なやつらだと思うけど(長男については保留)、考えてみりゃあ、今まで豚肉や鶏肉をビーフ100%と思って食べてて、誰ひとり違いに気付かなかったんじゃん!?それで食あたり起こしたわけでもないし。毒が混ぜられてたとかいうなら大変なことだけど、そうじゃない。もちろん「これは牛の味じゃない!こんなもん食べてられるかぁ!」とか言ってた人がいたら凄いけどね。

 元スーパーの惣菜売り場でバイトしてたって人の話も聞いたことがあるけど、その人が働いてたところでは、平気で床に落とした惣菜を弁当に入れたり、賞味期限が切れたらシールを貼りなおしたり、あきらかに腐りかけてたりしたらもう一度揚げ直して使ったりと、もう何でもアリだったそうだ。

 つい最近では、どこぞのヤクルト関連会社がラベルを貼りなおして再度販売ルートにのせてたってニュースになったよな。そこでの社内マニュアル、というか売れ残りの処理についてのフロー図みたいなのも新聞に公開されてたけど、怒りというよりあきれる、、、あきれるのをとおり越して笑ってしまったよ!(^O^)みごとだ!って。

 だからオレは、最初から信じてない!……というか、正確に言えば、考えたらキリがないから判断停止!エ・ポ・ケ・-!です。

 

 どう考えても、今回のような偽装工作はこの会社だけじゃないでしょう。きっと他でも何かしら身に覚えのある会社があると思う。もちろん業種を問わずにね。

 この間テレビで中国のステンレス事情とかをリポートしてたけど、ある会社のステンレス製品はステンレスなのに錆びちゃうらしく、調べてみるとやっぱり混ぜ物だったって。

 わがガソリンスタンド業界でいえば、うちみたいにメーカー(元売)からの正規品を仕入れてるところばかりじゃない。市場にいわば「横流し」されてる安物(どこのメーカーの製品かわからない!)を堂々と買ってる店、うちの近所にたくさんある。荷卸しの時にタンクローリー車を見れば一目瞭然なんだけど(メーカーのマークが入ってない、または自社製タンクローリー車を使ってる場合←これについては出所不明)そんなの平気で、堂々と仕入れてるしね。消費者はわかってるのかわかってないのかは知らないけど、まぁそれでも車はちゃんと走るし、別に不具合が起きるわけでもないんだからいいのかもしれないけど、、、そこはもう個人の気持ちの問題なんだけどね。(言っておくけど、そうした安物を仕入れてても、その分価格を安くしてるというわけではない。つまり普通に売ってもかなりの儲けがある!この原油高でみんなが苦しんでる御時勢に!)でも、ある意味では消費者をだましてるということだよな、だって掲げてるマークと違う商品を売ってる可能性があるんだから…

 と、自分とこの話だと熱くなってしまって反省しちゃいますけど、、、

 今日の言いたいこと!「競争原理」を導入すればそれだけ価格が抑えられて消費者のためになる!ということだけど、結局、競争に勝つために企業としては当たり前に作ってあたりまえの値段で売ってゆけないから、こうして偽装したり混入したりするわけだ(もちろん、単に利益を上げたいために進んで不正をする場合もあるだろうけど)。要するに、競争を激しくしたことで、結果として消費者にしわ寄せがくるケースもあるということだ。早い話が「だまされてる!!」わけじゃん!?それをチェックする制度も機関もハッキリ言って問題が表面化してからやっと動き出す始末だから意味ないじゃんねぇ~!

 そんなわけで、たぶんだけど、、、あらゆる業種に渡って不正を徹底的に検証する!なんてことになったら、きっと「庶民」は何も食べられない、何も買えなくなっちゃうんじゃないかな!!?そんなことしたら日本経済がやっていけなくなるかもね!「セレブ」はまた別だろうけど。きっと安物なんて買わないから。。。

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2007年6月 8日 (金)

コ、コ、コ、コムスン、、、

 自衛隊が市民監視という公安みたいなことをしていた事実、それと天下りを規制することを柱とした「公務員制度改革関連法案」の衆院通過と、、、見過ごすわけにはいかないような話題が出てきてるけど、、、

 それよりなにより、今むちゃくちゃムカついてるのは「コムスン」問題だ!

 これについてはオレのなかで二つの「直観」がはたらいた。ひとつは今日。もうひとつは数年前のこと。そしてそれらがひとつに結びついた…

-----------------------------------

(この色違いの文字部分は余計な話だから飛ばしちゃって!)

 ちなみに「直観」って何かというと、ある事実を目の当たりにした時に瞬間的にある思いが意識にもたらされることだ。フッサール現象学ではこの「直観」を次のように解釈している(たぶん。間違ってるかもしれない)。。。

 私たちが一般的に考えている「直観」というのは、私たちが何か或るものをパッと見た時に瞬時にしてそれが「何であるか」を理解する、しかもそれの意味するところの全体を一挙に理解または納得する。したがってそれは、十分に論理的に吟味されじっくり反省されて初めて理解するという理解の仕方とは対極にあるものだ!と。

 しかし現象学的に言えばこうだ、、、

 私たちが日常的に見たり聞いたり感じたりしていることあらゆること全てにおいて、私たちは常に次に来るべきことを「予測」をしながら生きている。その「予測」されている時点ではまだそれが本当にそうであるのかどうかは実証されていない。いわばまだその「予測」されたことの中身は満たされていない(空虚である)。そしてすぐ次の瞬間、その「予測」はその通りであることが分かって中身が満たされる(充実される)。この中身が満たされたことを「直観」という。

 例えば、手に持った石ころを頭上にかかげ、そこで手を離すと石ころはストンと地面に落ちる。手を離した瞬間の私たちの意識のなかでは「石ころが地面に向かって落ちるだろう」と「予測」しているわけだ。そして次の瞬間に実際に地面に落ちることを確認したところで先の「予測」された中身が満たされるのだ。石ころが地面に向かって落ちていく瞬間瞬間、私たちの意識のなかではその都度その事実を目の当たりにしていて、言い換えればその瞬間瞬間に私たちはその事実に納得しているわけだ。すなわち「直観」しているわけだ。ところで、考えてみると、石ころが手を離れた後に地面に落ちていくと「予測」できるためには、私たちのなかにあらかじめそのことについての理解がなくてはならないだろう。つまり私たちはすでにあらかじめ(自分にとって)十分に論理的に、そしてじっくり反省された上での理解があったということになる。

 したがって、「直観」というのはすでにあらかじめ十分に吟味され反省されて納得されているということが前提としてあるわけで、最初に一般的な考え方として示されたように吟味され反省された理解・納得というものの対極にあるものであるというものではないのだ。

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(これより本題)

 今日、コムスンが「グッドウィルグループ」(以下「グッドウィル」)のグループ会社だということを初めて知った。それを聞いた瞬間、すごく嫌な気持ちになった。この嫌悪感は何か?

 グッドウィルというもののオレの認識は「人材派遣業」でエライ儲けてる会社であり、あのライブドアの堀江や村上ファンドの村上のような「金儲け」自体を唯一の価値にしているような連中と同類のものという認識だった。そりゃあそれはオレの偏見かもしれないけど、偏見でも構わない。とにかくオレはそういう連中が嫌いだ!!というだけだ。オレのなかにそういう理解・認識があらかじめあったために、コムスンとグッドウィルが結びついた瞬間、「直観」的に嫌悪感を抱いたのだ。(さらに言うなら、そもそも人材派遣を仕事としていることが嫌いなのだ!派遣社員そのものがどうのとまでは言いたくないけど、企業にとって都合のいい方式である「派遣」、その問題の多い「派遣」を支えているのが「人材派遣業」だと思うから)

 そして、数年前にオレにもたらされたもうひとつの「直観」とも瞬間的に結びついた。過去のもうひとつの「直観」というのは、ちょうど「介護ビジネス」が世間で騒がれだした頃、その「介護ビジネス」というフレーズを聞いた瞬間にオレのなかに浮かんできた「直観」だ。「介護」と「ビジネス」とが一体となることへの違和感と嫌悪感。そこには老人のために行なう介護(福祉)という大切な価値がビジネスに利用されるという嫌悪感がある。

 もちろんビジネス一般が悪いという訳じゃない。ただ今の時代、ビジネスという言葉にはどうしても「金儲けオンリー主義」みたいなにおいを感じてしまうのだ。つまり、仕事の「中身」とそれに「投資」する「経営側」との分離、実際にその仕事の中身がどうであるか、現場で汗して働いている社員ひとりひとりがどうであるかとは無関係に、ただその事業が投資して金を儲けるだけの価値があるかどうかだけに関心をもつ「金の亡者」たちの振る舞い、、、、どうしてもそういうイメージがオレのなかに出来上がっているのだ。他にも例を挙げるなら「環境ビジネス」など。もちろんこの市場原理主義の世の中だから、ビジネスとして行なうことで効率的で実効性の高い結果をもたらすであろうことは十分承知しているつもりだけど。それでも、相次ぐ企業の不祥事などを見ていても、やはり経済的利益優先になると、そこに手抜きや不正や癒着などがはびこるであろうと思われてしまう(悲しいことだけど)。

 世の中に「介護ビジネス」という言葉が広まって、例のコムスンだとか何とかがどんどん急成長していくのを見るにつけ、オレ的にはすごく嫌な感じがしていた。お客さんでたまに「コムスン」が来るけど、そのロゴを見るたび、「こいつら、福祉を金儲けの道具にしやがって!」と心のなかで思ってた。お客さんに対してそのなこと思ってるなんて最低だと思われるかもしれないけど、まぁ仕方ない、働いていても人間なんだし。誤解のないように言うと、コムスンという看板に嫌悪感を抱くとはいっても、もちろんその経営者に対してのことであって、実際に現場で働いているそのオバちゃん(お客さん)に対しては全く嫌な感じは持っていないのは当然だ!それどころか、「現場」の人たちについては大変に尊敬もしている。一部で老人に暴力を振るったりする悪いやつもいるが、それを除いて、たいていの人たちはとても立派な仕事をしていると思っている。

 そう、今回のコムスン問題が厄介なのは、まさにその点なのだ。低賃金でキツイ仕事で本来の仕事以上のサービスまで提供して頑張っている現場の人たち、そしてさらにはそのサービスを心から喜び、その人たちに支えられている老人たち、これらの人たち全員の「明日」がコムスンという会社にかかっているのだ。社会にとって迷惑なだけの金の亡者ならどうなろうとも知ったこっちゃないけど、そうじゃないんだ!これがそもそも「介護業務自体」と「経営主体」とが(完全に)分離されていることの最大の弊害なわけだ。*

* グッドウィルの代表者(代表取締役会長兼CEO)折口雅博という人は苦学して防衛大学校を卒業後、商社勤務を経て、あのジュリアナ東京で大ブレーク、その後ヴェルファーレも立ち上げたカリスマ的ビジネスマンという話だ。グッドウィルグループを設立し、数年後にはコムスンを買収。その入社式で訓示を述べる折口氏の映像…社員に向かって「この仕事はとても立派な仕事なので誇りを持って頑張って下さい」などといった「崇高な理念」を述べていた(ザ・ワイド)。

 現場と経営との極端な分離もそうだけど、もっと問題なのは会社と株主との距離だね。たしかに資金がないと会社は成り立たないのはわかるけど、金を出す方が偉くて実際に働く方は黙って従うもんだってしくみがおかしい!会社は誰のもの?っていうことだよね…

 オレの友人がしばらく前にデイサービス事業を始めた。そいつはもともと整体師として日々老人たちの治療を行なっていた。文字通り「身体をはって」(整体という仕事は相手を治すと同時に相当自分の身体には負担を強いる)仕事をしていた。今は当然の流れのように老人介護へと仕事を広げたわけだけど、そこに経営と仕事内容との大きな分離はない(と思う)。

 コムスンだって、それから問題となっているコムスン事業の譲渡先とされる「日本シルバーサービス」だって、もともとは一人または数人の創業者が老人のためにと始めた事業だった。少なくともそこでは現場と経営者との距離は一体あるいはとても近かった。だが、近い将来日本で福祉ビジネスが「繁盛する」という情報をキャッチしたグッドウィルがそれらの会社を自分の傘下に取り込んだというわけだ。

 まぁ、いい加減に話が広がってしまったが、そんなこんなでオレの中で二つの「直観」がひとつに結びついたわけだ。

 ここまで書くと、いかにも「金儲けオンリー主義」(偏見?)のグッドウィルが悪者というようにだけとられてしまうが、まぁ基本的にそれはそうなんだけど、一方でそういう介護ビジネスの負の面を導き出すような国のやり方にも問題があると思う。「介護報酬」なんぞの餌を使ってうまく市場原理を利用していこうという考え方がいけないんだ。天下りも本気でなくそうと思っていないくせに、公務員削減だとか年金問題で税金を使うだとかやってないで、それこそもっともっと介護という仕事に人(公務員も含めて)と金をまわせばいいんじゃないの!?老人介護なんていう大事な仕事を民間に丸投げするようではダメじゃん!?ぜったいそんなことすれば、そこに金のにおいを嗅ぎとって群がってくる金の亡者が現われて、結局は今回のように介護労働者や老人たちを楯に取られてしまうのだから。だいたい地方の行政に任せるとろくなことにならない、やっぱり民間使ったほうが充実した介護サービスを提供できる…なんて考えること自体おかしいんじゃ?人の生活に欠かせないような重要な仕事こそ自治体あげて取組んでいくという姿勢が必要じゃん!?

 例によってお昼のザ・ワイド見てたら、東京の的場さんて一人暮らしのおばあさんが出ていて、「これからどうしたらいいんですか」って涙ながらに話していた。もうそれを見たらオレも涙が出てきた。そしてグッドウィルに対して怒りまくってしまった(単純な人間だからね)。おばあさんが言うには、コムスンのヘルパーさんはおばあさんの好きな食材の買出しまでしてくれるという。味もとってもいいんだよという。普段は話をする相手がいなくて寂しい思いをしているが、ヘルパーの人が話し相手になってくれてとても嬉しいという。ただ仕事だからというだけの気持ちじゃあそんなところまで出来ないだろう!心の触れ合いは金に還元できるものではないだろう!人間関係は今日すぐに築けるというものではないだろう!

 オレの祖母も今、週一回のデイサービスの人にお風呂に入れてもらうのを心から楽しみにしている。痴ほうが進んでいたが、その人たちとの触れ合いによって笑顔が見られるようにもなった。オレでさえまともに聞いたことのなかった「ばあちゃん」の歌う姿、デイサービスの人と一緒に歌っているという。それをとっても嬉しそうに話す「ばあちゃん」…

 コムスン問題は他人事ではないし、働く者と老人の心を「人質」*にするようなグッドウィルの制裁逃れ・生き残りは許せない!和歌山県じゃなくとも、国や地方自治体の本気の姿勢をみせて欲しいと思う。

  * テレ朝「報道ステーション」の解説者加藤さんの言。

(*は追記)

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2007年6月 7日 (木)

社会保険庁ぉぉ、どんだけ怠慢なんや!

 まぁしかし、毎日毎日どのニュース見ても年金問題ばかりだなぁ…マスコミがあんまり報道しすぎると、そのうちみんな「もういい加減やめようよ!」ってなりそうだ。コーンフレークだって、うまいうまいって毎日食べてるとさすがに飽きてくるんだし!オレが心配なのは、せっかく自民を追い詰めてるのに、あまり飛ばし過ぎると参院選のころには火が消えてしまうんじゃないか!ってことさ。どうせなら細く長くやっていって、参院選までもたせて欲しいね。

 あらたに千数百万件の漏れが見つかったって!?これじゃあこのさきもっと増えていくんじゃないかって誰だって思うよなぁ…。

 さっきのニュースステーションで紹介されてたけど、なんでも今年から35歳の人にはこれまで支払った年金の情報が手紙で来るんだってね!オレ、40だからもう来ないのか!??(> <)

 そういえばさ、毎年税金払え!って来るジャンよ!税務署からお便りが!!そんなとこには抜け目ないのに、おさめた年金の通知は面倒なのかねぇ?社保庁も税務署を見習って、毎年お便りくれればいいのになぁ。そうすれば年金の不安も少しは無くなるってもんだろう。

 それにしてもさすがに関心の薄いオレでも

「なんじゃあ~!こいつの態度わぁ!」

って怒ってしまったのが、例の手書き台帳を処分しろって命令した当時の社保庁長官だね。お昼の「ザ・ワイド」で直接インタビューされてたんだけど、まぁこのお爺さん、まったくもって「他人事」、、、

 話を聞いてると言葉の端はしから「いちいち騒ぐんじゃねーよ、まったく昔のことをうだうだ掘り起こしやがって、そんなもん今さら言われたって迷惑なんだよこっちはぁ!」みたいな気持ちがアリアリ!!どうも、一般庶民とは立ってる場所が違うんだよね、そもそも…。

 社保庁を退職してから、転々と天下った先々でもらったお金が2億9千万円!!!だってのも驚きだけど(退職してからだよ!特別な仕事もしてないんだろうに)、挙句の果てには、現場でやってたやつらが悪いんじゃん!という認識なんだからね。

 そもそも「天下り」って何なんだろうね!?天から下界に降りてくるってイメージだけど、実際は「下界」ですらないんじゃないの??天下った先で下界の人たちと一緒に汗流してるわけじゃなくて、ただ相談役とか理事とかの名前で、その「顔」だけで官の仕事引っぱってきてさ!

 オレのとこにも高速道路関係のお客さんがいる。お得意様だからあまり強くは言えないんだけど、いわゆる公団の下請け会社なんだけど、同じ下請け(関連会社)でも、公団のOBが天下ってる会社もあれば、そうでない会社もあって、OBを受け入れてるとこはそれなりに安定して仕事が回ってきたりするんだよね。もっとも今は民営化されてしまって、かつてほどじゃないけど。

 とにかく、百歩譲って、官僚トップでそれなりに重要な仕事をしてるから給料、退職金いっぱいもらえるのはいいからさ、なにもさらに天下りして金もらわなくていいじゃん。それまでの知識と経験を生かして社会に奉仕するってくらいの気持ちになれないものかね。

 あと、なんでも手書きからコンピュータ化する際に、パートの人たちを使って一日1万タッチのタイピングとかの制限を設けていたって話。そのこと自体は悪いことじゃないね。働く者に過酷な労働をさせないってことなら…。で問題なのは、国民の大切な年金を扱ってるのに、タイプミスや読み方のわからない人名なんかを平気で流してたってことだ。それらの責任はもちろん現場の労働者にあるわけじゃない。そういうミスを軽く考えていた組織の方針自体に責任があるのは当然だ。で、それは当然管理者の責任だし、もとを辿れば組織の長が全責任を負ってしかるべきだろう。その肝心の長官があの態度なんだからね!

 ちなみに、1万タッチっていうのはどれくらい大変なものなんだろうか?オレも昔、某地方選挙に関わったことがあって、そのとき約2万人の有権者の氏名、住所をひとりで入力したことがあったけど、かなり大変だった。あれで何タッチだったのかわからないけど、、、、

 で、とりあえず試してみようと思って、近くにあった本をタイピングしてみた。それが下の文章だけど(内容はヘーゲルって哲学者のもので、今回のブログとは全然関係ないから読んでも仕方ないものです)、所要時間25分で、これだけで約2千文字ある。時間もったいないから途中でやめたんだけど、これだけ打つのも疲れたね。ただのローマ字のみのタイプだとオレの場合、平均1分間で250文字くらいだけど、この文章を1分に換算したら約80文字。やはりいちいち氏名をヨミ仮名も含めて考えながら打つ作業は決して楽ではないようだと感じた。

《 哲学において、主題そのものに、即ち真実態においてある所のものを現実に認識することに取りかかる以前に予め認識について理解を得ておく必要があると「表象」するのは自然なことであるが、このさい、認識は道具であって、人はこれを通じて絶対者を我がものとすると考えられているか、それとも認識は手段であって、これを通じてひとは絶対者を見ると考えられているかのいずれかである。こういうように認識について憂慮をいだくのは正当であるように見える。なぜと言って、一方では「認識」と言っても、互いに相違するいろんな種類のものがあって、これらのうちで或るものは他のものよりも窮極の目的に達する上においてより適当であろうから、これらについての選択を誤るならば、真理の天の代わりに誤謬の雲を掴むことになるであろうからであり、また他方では、認識というものは一定の種類と範囲との能力であるから、その本性と限界とをより厳格に規定しておかないと、やはり同様の結果を招くであろうからである。これだけでなく、この憂慮は、自体であるところのものを認識によって意識にとって我がものとなさんとする企ての全体がそもそもその概念において不条理であり、認識と絶対者との間には両者を截然と分つ限界があるという確信にさえおそらく変じて行かざるをえぬ。その理由はこうである。即ちもし認識が絶対実在を我がものとするための道具であるとすると、すぐ気付くのは、いったい道具を或るものに適用するのは、ものをそのままにしておくのではなく、むしろそれについて形成と加工とを行うことだからであるし、それとも認識が我々の能動的に活動するさいの道具ではなく言わば受動的な媒体であって、これを通じて真理の光が我々にとどくとしても、我々の受け取るものはやはり真理自体ではなくして、この媒体を通じた、またこの媒体における真理だからである。両者いずれの場合においても、我々の使用している手段はその目的とは全く正反対のものを生み出すものであり、言いかえると、むしろそもそも我々が手段を用いるということその事がすでに不条理なのである。むろん道具の働きかたを知ることによって、この窮境を脱却することができるように見えはする。なぜなら、これを知れば、我々が道具によって絶対者についてえた「表象」のうちで道具に基づく部分を結果から差引くことが可能になり、かくして真なるものを純粋に受取ることが可能になるからである。しかし、こうした改善を施して見ても、じっさいにおいては我々はもといた処へもどって行くだけのことであり元の木阿弥である。まことに形成せられた物から道具の加工したものを再び取除くならば、物は(「物とはここでは絶対者である」)我々にとって、この苦労を払う以前と再び全く同じように、絶対者も格別の変更を加えずに、道具によってすこしでも我々に近づけられるはずだと言う場合には、かりに絶対者が即且対自的に我々のもとにあり、またあることを意志しないとすれば、絶対者はおそらくかかる詭計を嘲笑することであろう。なぜ「詭計」かというに、この場合には、認識は無造作な、したがって苦労のかからない関係をしか生み出していないくせに、いろいろと苦労して、これとはちがった何かひとかどのことを営んでいるかのような素振りをしているのだからである。それとも我々が認識をもって媒体であると「表象」することにして、認識を検討すれば、この媒体の惹起する光線屈折の法則が教えられるとして見たところで、この屈折を結果から差引くこともまたなんの役にも立たない。なぜなら、認識であるところのものは、光線の屈折ではなくして、光線そのものであり、これを通じて真理が我々に達するものだからである。このさい、もし光線である認識をも差引くならば、我々にはただ単なる方向ないしは空ろな場所が示されるにすぎぬことであろう。

 かくて誤謬に陥りはしないかという憂慮がいだかれているわけであるが、学のほうはこんな疑惑をいだきもせずに仕事そのものに取りかかり、また現実に認識もしている。そこで右の憂慮は学に対して不信をいだいていることになるが、そうであるとすると、逆にこの不信に対して不信がいだかれるべきであるのに、いったい、なぜそうなされないのか、誤りはしないかという、この恐怖がすでに誤り自身でないかと憂慮せられるべきはずなのに、なぜそうはされないのか、これは理解されえないことである。じっさい、この恐怖は或ることを、いな多くのことを真理として前提し、この前提にいろんな疑惑と結論とを基づかしているのであるが、この前提自体こそはたして真理であるかどうかが予め検討せられるべきものである。即ちこの恐怖は認識をもって道具であり、また媒体であるとする諸表象を前提としており、さらに我々自身をこの認識から区別することを前提としているが、しかし、とりわけ絶対者は一方の側に立ち、認識は他方の側にそれだけで絶対者から分離して立っていながら、なお且つ或る実在的なものであることを、したがって言いかえると、認識は絶対者のそとに、またおそらくは真理のそとにありながら、それでいて真理的であるということを前提しているのであるが、この仮定こそ誤謬に対する恐怖であると称しているものがむしろ真理に対する恐怖であるという正体を暴露するものである。 》(約2000文字)

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2007年6月 4日 (月)

松岡大臣の話は…?

 何か最近は、「年金、年金」って、ほんとうるさいなぁ!!

 まったくバカじゃないの!?そんなの選挙のために騒いでるだけじゃん!?グダグダ言ってないで選挙で民主党にでも投じればいいんだ!どうせ今、国は壊れかけてるんだから、ちょっとくらい冒険して民主に大きな顔させてみたらいいじゃん!それで余計混乱したらまた戻るんだろうし!

 「改革の流れを止めてはいけない!」ってことなのか?このまま改革していったらどうなるの?

 って、、、松岡大臣の自殺の話はどこ行っちゃったんだよぉ~!まるでもうすっかり過去の話みたいになってるじゃんよ!

 談合!談合!……さっきもNHKスペシャルで「脱談合」というのやってたけど、まぁこれについてはオレもいろいろ言いたいことある。

 

 なんてったって我がスタンドも、規制緩和・自由化以来ものすごいことになってて…、ホント番組内で出てた地方の小さな建設会社の気持ちがよくわかる。タテマエは、「規制を撤廃して自由化し、競争原理を導入することで消費者にとってよりよい社会になる。会社がボロ儲けするしくみを壊し、低価格でしかもより質の高いサービスを消費者に提供できるようになる!」とか言ってるけど、結局は有り余る資金の投資先(投機先)を求めるハゲタカに自由に行動させるためだったり、大手が寡占化をより進めやすくするためだったりするんじゃないの??我がスタンド業界もそうだし、コンビニなんかも弱小なのはどんどん潰れてるよな。オレは自分も同じ境遇だから余計わかるけど、その潰れているひとつひとつにも生活があり(店主から従業員、その家族まで)、また地域社会にとっても何かしらの価値があったりするはずだ!「消費者、消費者」って言うけど、消費者は同時に労働者でもあるだろ!金を使う方の味方はするけど金を稼ぐ方は切捨てるなんて、変じゃん!コインの裏表なんだから。

 、、、と、、、今はそんな愚痴言ってる暇はないからこれくらいにして、、、

 問題の松岡大臣の自殺だけど、もしかしてこれは旧来型の日本的システム(族議員の典型みたいな人だったのかも)が崩れ去る中での当然の帰結…のひとつ!だったんじゃないかな??…とか思ったわけ。

 政治はあまり興味ないんで偉そうなこと言えないんだけど、ふと尊敬する森永卓郎先生(最近はトーンダウン気味?)の本のことを思い出したんで(間違ってるかもしれないけど…)、今回はズルして(自分の文章ではなくて)、引用して終わりにしたいと思う。

 ご本は有名な『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)です。

 以下、「まえがき」よりの抜粋。

 《 次々に企業を買収して強引なリストラと取引慣行の破壊を続けている「ハゲタカファンド」も、実は資金の過半を供給しているのは、日本人、あるいは日本の勝ち組企業なのである。

 彼らは青い目の部隊を前線に押し立てて、これまでの日本経済や社会の仕組みを破壊し尽くそうとしている。

 建前上、それは日本経済が新しい時代に生き残っていくための「構造改革」であるとされている。しかし、その本質は、新興の金持ちが、旧勢力を追い落としていく一種の派閥争いにすぎない。

 もちろん、金持ち同士の内ゲバに終始していれば問題ないのだが、この「戦争」は国民を巻き込んでいる。そして新興勢力が経済内戦に勝利した後、日本に現れるのは、「新たな階級社会」である。

 それは、一般市民が振興の金持ちに支配され、這い上がることの非常に困難な、安全で安心して暮らせる社会とはほど遠い社会なのである。

 (中略)

 ところが国民は、このシナリオの本質に気付かずに、金持ち優遇社会への転換という「構造改革」を圧倒的に支持しつづけているのだ。 》

 我が町は典型的な地方の企業城下町である。ところが、その企業も今ではまったく様変わりしてしまった。企業本体はほんの一握りしかなく、関連部門は次々に分散、統合、合併などなどで、くっついたり離れたり、名前もコロコロ変わり、日本語と横文字が奇妙に組み合わさったりして、ちょっと聞いても「何してるとこ?」って感じに。「青い目」から黒い目からが入り乱れている。

 先日、この企業の看板として長らく市会議員をやってたお客さんと話したんだけど、老人いわく、「世界を駆け巡るマネーが企業買収とかやってるんだけど、何が一番悪いかといって、奴らは会社を経営するんじゃない、彼らは安く買い叩いて、高く売りさばくのが目的なんだ!」と。

 数年前には何千人規模のリストラ。労働者たちは、いつの間にか自分の会社があっちからこっちへと渡っている中で翻弄されている。

 当然、そうした不安定生活を余儀なくされている社員の方々をお得意様としている我がスタンドも他人事ではないのは言うまでもない。

 別に必要ないかもしれないけど、一応本を紹介。

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2007年5月30日 (水)

会津若松の猟奇的殺人 (その3)

 少年が影響を受けたという漫画を読んでいる。

 さてさて、どういう感想になるか…

 読み終えたら、また書きます。

 ひと言だけいうと

 作者は今回の事件に関して何かコメントしないとね…。本の中で、死体描写についてあれだけのことを主張しているのだから…。

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2007年5月29日 (火)

松岡農林水産大臣も自殺!

 毎回、批判の矢面に立たされてさぞ苦しんでいたんだろう…緑資源機構がらみでさらに攻撃されるとなれば、この先どうなっていくのか、、、考えただけで生き地獄だ。

 人は未来を失うと生きてはいけないのだろうか。人は現在を生きている。その意味は、過去も生きているし、同時に未来も生きているということだという。現象学によれば、現在とは過去を保持しつつ未来をも予期という形で保持しているものらしい。未来には希望が必要だから、未来に希望が見出せないと感じると生きていけない…。

 大臣にとっての未来は、「生き恥」としか思われなかったのかもしれない。

 どこかのニュース番組で、石原東京都知事のコメントが放映されていた。「死んで償いたいということだったのだろう。侍だった!」だいたいこのようなコメントの内容だった。「サムライ」か…。大臣が本当に侍だったかどうかは、書き残した遺書がどれだけ「真実一路」(大臣の座右の銘)を体現しているかにかかっていると思う。

 少し前の18日には、松岡大臣の地元の同級生で地元事務所関係者だった人物が、やはり首をつって自殺している。彼の死が松岡大臣の心に何らかの影響を与えた可能性もある。

 いずれにしても、松岡大臣は「立場」によって死に追い込まれたわけだ。農林族の大物になっていなければ死ぬこともなかっただろう。皮肉なことに、いかに理想に燃えて政治家を志していても、権力という立場が彼をどんどん「悪」の道へといざない、気が付けば利権に群がるハイエナたちによって祭り上げられてしまう。

 政治家は、彼の死を真摯に受け止めているなら、政治資金規正法に本気で取り組むこと、談合の実態解明をとことん追究することだ。

 オレ的には…、談合はいけないとは思うが、実は談合があるくらいの日本の方が国民は平和だったのかもしれないとも思う。少なくとも、特権を叩いて市場主義という無法地帯に国民を投げ出して(格差を生み出し)多くの失業者を生み出すよりは…。

 せめて今だけは、その死を悼んでおこう。

 多くの人に悼まれているZARDの坂井さん、そして静かに悼まれている前日に自殺した神奈川の女子中学生とともに。

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2007年5月27日 (日)

NHK「にっぽん家族の肖像」第一集

 ちょうど今、NHKスペシャル「にっぽん 家族の肖像」というドキュメンタリーを見終えた。

 (番組専用ホームページ)

http://www.nhk.or.jp/kazoku/01.html

 (再放送予定日)

2007年5月29日(火)深夜【水曜午前】0時10分~0時59分 総合

 ……なんていったらよいか、言葉にならない。番組の前半は胸が締めつけられて苦しくて仕方なかった。

 ハンセン病って、、、恥ずかしながらよく知らなかった。遅いけど、これから知っていきたいと思った。

 番組では、3人の方にスポットが当てられていた。

 そのひとり、日高トシ子さん(84歳)は、まだ二十歳の頃、国の政策(?)で社会から隔離されたという。強制的に入れられた鹿児島のハンセン病の「療養所」と呼ばれるところで結婚。二人は子どもを身籠り、そして「療養所」を脱走。そこで子どもを産んで家族で暮らしていたが、「ハンセン病患者狩り!!」のための集団検診で見つかってしまい、症状のなかった子ども(息子の一夫さん当時2歳)と引き離されて、「療養所」に連れ戻されてしまったという。

 そこでまた衝撃的なことが行われていた。連れ戻されたトシ子さんは、おなかの中に女の赤ちゃんを宿していたため、本人の意思も何もないまま、呼び出されて出向いた「医局」という所で強制的に中絶をさせられたのだという!(番組で取り上げられていたもう一人の女性の方も同じ経験をされ、彼女の話によれば、強制的に行われた中絶手術の際、そのすでに黒い髪の毛があるお人形のように、キューピーちゃんのようにかわいい赤ちゃんを目の前に「さらされた!」のだという)

 後に明らかになったところでは、なんと日高さんたち何人かの強制中絶をさせられたその胎児がホルマリン漬け!!で「標本」として保存されていたのだという!!

 日高さんは、「療養所」に連れ戻されてから数年後に、また脱走して次男を出産。今度は病気がほとんど「治っていた」夫を残し、トシ子さんはまた「療養所」へ戻っていった。そこでしか治療薬をもらえなかったからだという。

 その後トシ子さんは、みずから申し出て夫と離婚。なぜなら子どもがハンセン病患者の子だと世間に知れると差別されてしまうからだと…。そして子どものためにも母親が必要と、夫に再婚まですすめたという。

 以来50年近く、トシ子さんは今も「療養所」で一人暮らしをしている。今では会社を早期退職した長男の一夫さんが近くに住んで、母トシ子さんのもとを訪れてくれている。子どもが2歳の時に離れ離れにさせられ、社会から隔離させられて生きてきたトシ子さん、今ようやく、わずかなひと時であれ子どもと一緒に過ごすことが出来ている。

 トシ子さんの、強制中絶させられた女の子……、トシ子さんは桃の花が大好きだったので、その子に桃子と名付けていた。最近、やっとトシ子さんの願いがかなって桃子ちゃんと対面できることが決まった。今年の2月のことだった。桃子ちゃんのためにとそろえていた産着をもって対面を果たしたトシ子さん。

 番組の半ばからはもう涙がとめられず、よく画面を見ることが出来なかった。トシ子さんの幸せそうな笑顔が、オレの母の面影に似ていたこともあったのかもしれないが…。

 放送で取り上げられていた3人目の女性の方も、その運命を思うと言葉にならない。この方はやはり同じ「療養所」で出会った男性と結婚。その結婚した当日、夫は子どもをつくれないように、強制的に「断種!!」という手術をされたのだという。その方、上野正子さんはそれ以来夫と二人きりで暮らしてきた。その夫はつい最近亡くなった。上野さんには子どもがいない。家族がいない…。たったひとりで、夫との思い出だけを胸に生きているのだ。自分に黙って「断種」という手術をした夫へのわだかまりを残したまま…。番組内ではたしか言われてなかったと思うが、上の番組ホームページ内の解説にはこうあった、《 上野さんは、慟哭の中で語った。「妻を強制堕胎で苦しめたくなかったから、夫は自ら犠牲になった(だまって断種手術を受けた)。私は愛されていた」 》

 家族というものを考えるために製作された番組なんだろうけど、オレにとってはあまりにも内容が大き過ぎた気がした。同じホームページの紹介文には、このように書かれている…

 《 奪われたからこそ、失ったからこそ、わかる、家族が普通に暮らせることの尊さ 》

 たしかにこうした事実を知らされると、普通の家族の暮らしというものの尊さは身に染みてくる。あらためて家族について考えさせられる内容だと……

 しかし今回は、少なくとも今は、そんなこと考えることすら出来ない。自らの家族生活を冷静に振り返る余裕がないほど、衝撃が強かった。ただただ胸が苦しくて、涙がとまらない。頭でどうのとか、、、理屈ではない。

 親を殺す事件、子を餓死させる事件、当然のように中絶する人たち、簡単に離婚する人たち、、、学校で理屈を教える前に、ただ黙ってこのような番組を見せるほうが何倍も大事じゃないか!と思えた。

 最後に余談だけど…

 これまで日本では(日本に限ったことではないけど)、「差別」との闘いがひとつの社会的な運動(反体制運動のひとつ)であったと思う。今ではそれに代わって「格差」が前面に出てきている。「差別」問題は、それはそれで社会・文化的背景と絡んで世間を介して個々人の心に深く浸透されているという難しさを抱えながらも、その解消を強く政治に求めていく点で、(運動にとっては)国という明確な矛先が存在していたけれど、「格差」問題は、それが「個々人の自由で公平な競争の結果としての自己責任」の問題であるように言われてしまうので、弱者は責める相手を見つけられないという点で、これはこれで難しい問題となっていると思う。しかし、形は違えども社会はどうしても弱者を抱えるものであるから(ことに格差は自然の成り行きとしての「必然性」をもつから)、この現在的問題である格差問題に無批判な態度をとるということは、ハンセン病患者の辿ってきた悲痛な「現実」に対する反省がちっとも活かされていないということにならないか!?

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2007年5月19日 (土)

なんか世の中危なくなってきた?「憲法改正」!?

 今日は素朴な目で見た世の中(この日本)について少しだけ語ってみたい。

 どうも最近、人間ってぜんぜん利口じゃないんだなぁと思うようになってきた(今ごろ気付いたんかい!)。

 今では信じられないような話だけど、昔、地球は平らだとか、地球は動かないで太陽とかが地球の周りを回っていると信じられていた。今の小学生に聞いても、誰もそんな話を信じないだろうな。宇宙の始まりはビッグバンだとか、すべての物質は原子から出来ているとか、ニュートリノを掴まえたとか、光の速度で走ると時間が縮むとか、ブラックホールの近くでは空間も歪むとか、暗黒物質の姿を描いたりとか…

 もちろん、まだまだ自然(界)にはわからないことがたくさんある。人間が、自然を細かく分解していくうちにたどり着いたのは、自然はけっして積み木細工のように単純に部品を重ねていけば出来上がるものじゃないらしいということ。そして人間の知性は、分解(要素還元主義)から相互連携(ネットワーク)へと進んでいる。

 人間の知性ってすごいもんだと思う。

 こんな話題を目にするたびに、われわれ人類はどんどん進歩していくんだろう!と思えてくる。

 その知性があれば、世の中はどんどん理性的で、平和で、安定していくのだろう!と思ってしまう。

 きっとこうした自然科学などのことを学んでいる子どもたちも、未来世界はSFで描かれるような世界になっていくんだろうと素朴に信じることだろう。

 渋谷のクラブで踊り狂っている幸せな若者がいる。その若者がもうすぐ憲法を変えるための国民投票に参加することになる。

 ちょっと、そこで踊っているおねえさん、この間安倍首相が国会で話したこと聞きました?

 なんでも、近年、世界の環境は大きく変わってきたらしいですよ。『大量破壊兵器やミサイルの拡散』、『テロとの闘い』、『地域紛争の続発』などなど、世界はどんどん危険な状態になっているらしいです。

 で、首相が言うには、『国民の生命財産を守る、身体を守る』ためにはアメリカ(米国)との同盟関係が大事なことだと。そのために、例えばどこかでアメリカが敵の攻撃を受けたとしたら、日本としてはただ黙ってそれを見ているだけではすまないだろうと。

 学校帰りに友だちが悪い奴らにボコボコにされているとき、それが自分ちの玄関先だったら一緒に戦ってやるけど、それがちょっと遠い場所だったら知らん振りして友だちを見捨てる…なんてことして、それでもほとぼりが冷めたらまた仲良く友だち付き合いしようね~!なんて言えないでしょ!?

 つまりは、極端な話、アメリカが勝手に仕掛けた戦争でも日本はアメリカを支援するために戦争に参加する(武器を使用して攻撃する)ということになるってことだ!「集団的自衛権」とか難しい言葉使ってるやつ!

 「国民の生命、身体、財産を守るために」!!だって??

 そっかぁ、、、オレたち日本人の生命、身体、財産は危険にさらされていたんだ!!!

 そうなんだ、「テロとの闘い」なんて言葉はよく飛び交っているけど、それは湾岸戦争を仕掛けたアメリカとフセイン、アルカイダとの間でやり合っているだけの話かと思っていた。実際、今のところ日本国内がテロの標的に遭ったという話も聞かないし。でも、これからは憲法9条の解釈が変えられたり憲法自体が変えられたりして、日本も積極的に戦争に参加していくことになるらしいから、当然「敵」の攻撃もどんどん受けることになるんだろう。

 ん??

 

 何かへんだなぁ…

 国民の安全を守るために → 日米同盟が大切で → 集団的自衛権の行使が出来るよう拡大解釈して → 日本も戦闘に参加できるようにして → 日本もテロの危険性にさらされることになる…

 何か順番がへんだなぁ……???

 でも、それでいいみたい。というか、仕方ないみたい!

 その理由もちゃんと安倍首相は述べてるみたいだ。簡単に言えば、日本はこれまでアメリカに守られていた!ということ。その中で経済成長を果たし、経済大国になった。そうなった以上は、日本にも世界の「平和と安定のために貢献」していく責任があるのだ!と。

 そっか、要するにオレたちが日々、こうやって平穏にインターネットでブログを書いてられるのも、渋谷で踊り狂っていられるのも、ガソリンを安定供給してもらってマイカーを走らせられているのも、イチローとか松坂フィーバーに明け暮れていられるのも、みんなみんなアメリカが世界中の(自分たちにとって)「邪魔者」どもを叩き潰してくれているお陰なんだ!!!

 言ってみれば、オレたちも経済発展によってたくさんの恩恵を受けているんだから、それなりの責任は果たせよ!他人事で済まされないんだぞ!ということか。だから、たとえテロの標的になっても、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)からのミサイルが自分の町に落ちても、文句は言えないと!(この論法、どこかで覚えがあるような……ひと昔前、原発の危険性を訴えて反対運動していた人間は、原発推進派からこう言われていたな、、「原発に反対する者は電気を使うな!」)

 というわけで、人間は理性的な生き物で、人類はますます進歩して、世界はどんどん平和で安定していく!なんてことは実は

 幻想に過ぎない!

ということなのだ。

 えっと、憲法第9条はと、、、

 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 これを、解釈次第でいろんな風に読んでしまえる人間の知性はやっぱりすごいんだなぁ……

(※オレは、この分野には疎いので、内容に間違いがあるかもしれないから、くれぐれも「自己責任」で読んでください。また指摘して、教えてもらいたいと思います。)

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2007年5月 3日 (木)

ホテリアー

 さっき、夕飯食べながら初めてドラマ「ホテリアー」を観ちゃいました。

 きっとみんな思ってると思うけど、上戸彩はソン・ヘギョだろ~!!だって似てるもん。

 そんでもって、ソン・ユンア役(つまり小田桐杏子役)は西田尚美(上田奈津子役)じゃ~ん!?

 ペ・ヨンジュン(シン・ドンヒョク役)はミッチー。まぁ、ペ・ヨンジュンを演じられる俳優がこの日本にいるはずないから仕方ないかね。ミッチー嫌いじゃないし(と思ったら、本物のペ・ヨンジュンも出演してたのね!)

 ま、ほんの数分しか観てなかったから、あれこれ注文つけられる身分じゃないけど、田辺誠一氏と、令嬢役のサエコ氏……なんとかならないものでしょうか。違うんだよなぁ。

 何を隠そう(誰にだよ !?)、オレが初めて観た韓ドラが「ホテリア」なので、人一倍思い入れが強くて……。前にもここで書いたかもしれないけど、シン・ドンヨク(ペ・ヨンジュン)を初めて見た時の圧倒的な存在感!そして一発でぺ・ファン、、、というのか韓国ドラマのファンになってしまったオレだった。最後のメールのシーンではボロボロ泣いてしまったくらい感動したし!

 そういうわけだから、そもそも

リメイク版はありえない!

ということなんだね、結論は!

 ……はぁぁ、本日は2トントラックのタイヤ交換で、久しぶりに汗をかいてしまいましたとさ!

 なので、今日はお勉強(テツガクの)はお休みして、「蒼天の拳」(北斗の拳)ちょっと読んで眠りましょう。連休は忙しい!!!、、、はずなんだけど、どうもガソリン価格が大幅値上げ!ってテレビのニュースのせいか、お客さんがいまいち少ないかな。ともあれ、明日も仕事だ!

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2007年4月24日 (火)

なぁんか……

 ここんとこ、オレの気をひくようなニュースがいろいろあって、何かひと言書いておきたいとも思うんだけど、今はもっとやりたいことがあって、そっちにも時間をとりたいし…犬の散歩もしないと可哀想だし……

 でも、やっぱりずっと洞窟に篭っているのも何なんで、簡単に(絶対に簡単に!!)感想を、、、

 1、銃の乱射事件と長崎市長射殺事件

 まずはじめに、凶弾に倒れた多くの尊い命に対し、心からご冥福をお祈りいたします(別に何教っていうわけではないが)。

 そして、これは一種のシンクロニシティだということ!(こんなときに不謹慎だけど…)。

 「意味のある偶然」といわれているあの「シンクロニシティ」のような形而上学的な意味のそれではなく、ある種の自然現象のひとつとしてのそれ!(今は何のことかわからないでしょうし、オレもよくわからない。これは直観だ!)

 「シンクロニシティ」という言葉自体は、ほんの数年前に人生の意味を説くナンタラとかいう人の本で知ったのだけど、オレはそれを知るずっと前から独自に「同期」とか「シンクロ」とかいう表現を使っていた。なぜなら、日常生活で実に多くの「同期現象」を体験しているから。もちろんオレだけじゃないだろう。多くの人間が身の回りでそうした何らかの「同期現象」を体験していることと思う。最初はたまたま人間の意識が「気に止まったことを特に強く記憶する」という特性を持っているからそう思い込んでしまうのだろうと考えたりしていた。きっと統計学的に、あるいは確率論なんかに詳しい先生に言わせれば、「そんな同期現象なんて錯覚に過ぎないよ!」ということになるんだろうと思ったりしてきた。でもそんな簡単に済ませてよい話じゃないよ!という思いは強まる一方だ。

 なぜある事象が同時期におきやすいのか?

 なぜそれの起き方に「波」があるのか?

 なぜ「集中」があるのか?

 …なぜ電話は同時に鳴るのか?

 …なぜ「ツイてる」ときは何をやっても「ツイてる」のか?

 …なぜ「嫌な予感」は的中し、次々に不幸がおそってくるのか?

 …なぜお客さんは集中して来店するのか?(サクラ現象は別)

 個々の事象は完全に独立して起きているはずなのになぜ「この時」を共有するのか?

 バージニアと長崎というあの距離、それは宇宙からみたらとても小さい距離なのかもしれないが…

 もちろん米国での銃による事件は頻繁に起こっているんだと理由付けられることもあるだろう。でも少なくとも日本で2大ニュースとなったのだ!

 だからといって、このそれぞれの痛ましい事件を単なる興味の対象にしたいわけではないということは断っておく。

 余談ながら『SYNC』(シンク)という分厚い本がある。疑問に答えてくれそうな内容みたいだけど、オレには難しすぎて手に負えない(ので、途中で投げ出した!誰か簡単に説明してください!)

 2、選挙運動

 「うざ~い!!!!!!」

 なんか、あの選挙カーのねり歩き、、、なんとかなんないのかねぇ!選挙活動がそのように制限されているのかもしれないけど、その時だけ「お願いします、お願いします」って低姿勢に出られても、どうせ当選したらこっちのもんだ!みたいに思ってる人もいるんだろう!?いや、そりゃあ使命感を持ってる人がほとんどなんだろうけど(と信じたいけど)…うちのお客さんでもそうだけど、普段からこまめに出没してくれて、いろいろ面倒みてくれる人はいいんだけど、全然知らないのに選挙だっていうといきなり現われて「よろしくね!」なんて言われたって心情的にはちょっとなぁ……実はオレも、以前に知り合いが出馬したんで雇われ運転手としてバイトさせてもらったことがあるんだけど、あの声を張り上げて「○○をよろしくお願いしま~す!」ってやるいわゆる「うぐいす嬢」の方の話、、、「私はねぇ、今まで○○市の選挙とか△△市の選挙に呼ばれたんだけど、今のとこ全戦全勝なのよね~♪」なんて自慢話を聞かされた日にはちょっと「どーなのー」という感じ。

 ところで、福島では参院補選で民主が勝ったけど、沖縄では自民が勝ってしまった。別に民主党がいいわけじゃないけど、ただ自民党に負けて欲しかったなぁ。だって今の総理になってますます国が危ない方向に向かってる気がするから。って、実際はもっとずっと前からそうだったんだろうけど…マジックの天才といえばセロなんか足元にも及ばないほど小泉首相はすごかったんだね、、、きっと。

 国民投票法案も、どうせ成立するんだろう。数の論理からいっても間違いないしね。イコール「憲法改正」もされるんだろう。9条の「改悪」。土井さんは何してんだ!がんばって~!(おぉ~、こんな政治っぽいブログにしたくなかったのに…)

 3、またしても「ウィニー」を使ってたやつから情報流出

 しかし、一体人間ってどこまでバカなの?って思っちゃう。毎回のように「まことに遺憾であり、再発防止に努めたい」ってコメント聞くけど、「遺憾」って言葉はやめろ!ってんだ。ちゃんと「まことに申し訳ございませんでした」と言ってくれよ。たとえば会社の中で大変なミスをして上司に「おまえ~!何やってるんだ~!」と怒られたとき、ミスした部下が「た、たいへん遺憾です」なんて言って通るかぁ??

 「再発防止に努めたい」なんて言葉だけ浮いてるじゃん!そうじゃなくて本当に不退転の決意で臨もうという気があるんなら「すべての警察において、今後同じような不祥事が発生した場合は、責任者すべて給料を半分にします!」くらい言うべきだろう。

 おわっ!!またしてもダラダラ書いてしまった。

 さっさと洞窟にもどろ、、、

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2007年4月10日 (火)

ここ数日のオレ

 ブログもしばらくは順調に更新出来てたんだけど、ちょっとまた滞り気味…(^_^;

 ここんとこ、「新自由主義」関連の本を読みあさってたんだけど、たまたま本屋で見かけた『脳は空より広いか』って本を立ち読みしていたら、「ん!オレの考えてた意識についての話に似てる!」と思ってしまった。

 著者はノーベル賞をとった科学者のジェラルド・M・エーデルマンだとか。なにやら有名人!?

 オレが「意識」と「メタ意識」って言ってたのは、ドクターによれば「原意識」と「高次の意識」だとか。あと、「意識は志向性をもつ」すなわち「意識は~についての意識である」とか。「意識は対象のすべての面にむけられるわけではない」すなわち意識は通常、ひとつのことしか意識の俎上にのせられないとか、、、(これらの一部は著者が、心理学者のウィリアム・ジェームズという人の論を引用してるのだけど)

 とはいえ、一番興味をひいたのは、ドクターの考えが「意識はあくまで脳の物理現象に伴って立ち現れる現象だ」という立場をとっている点だ。

 これは実に面白そうだ!と思って買って読み始めた

 …ところが、これまた難解!!脳の基本的な仕組みなどはひと通りお勉強してたから、ニューロンの発火だとか辺縁系だとか基底核だとかは何とかわかるものの、どうも根底に流れているらしい「進化論」だとか「複雑系ネットワーク理論」みたいなものが分からないと厳しいみたいなのだ、、、

 でも、ぜひともドクターの「説」を理解したい~!!!少なくともモギなにがし先生の本を読んでるときのような不快感はないし!

 というわけで、「複雑系ネットワーク」についての本を読み始めた!……と言いたいところだが、その前にとっくにブームが去ったらしい「複雑系」というものの概観を知るべく入門書的な本を読んでいる。

 あぁぁ、、、、

 こんなこと知ってどうすんだろ、、、

 そんなことしてる暇あったら、今後のガソリンスタンド業界の展望でも考えたほうが、よっぽど実利的かもなぁぁぁぁ、、、

 ところで、「新自由主義」関連の本でお奨めなのをご紹介しときます。とっても読みやすい。経済のことよく分からんオレでもスラスラ読めたよ!まぁ著者に好感持ってたからかもしれんけど…

 複雑系・ネットワーク理論なるものに関しては基本を押さえるものとしてはこれかな?

 では、またしばらく洞窟にこもります。

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2007年4月 2日 (月)

またまたNHK~とりあえずの感想

 4/1放送のNHKスペシャル。中国の超格差社会!!

 番組構成上、かなり「両極端」な人々が取り上げられていたけど…。

 日本だって山谷、大阪の一部の朝鮮の方たち、「最底辺」は存在する。東京に住んでいた頃もよく公園でホームレスの方たちを見かけてた。八重洲などの地下街でも夜中歩いているとダンボールの家を見かける。今はホームレス問題もよくニュースになる。

 アメリカは…行ったことないけど、貧困層の現実を知らせる本も出ている。

 いつの時代も、社会的格差はあった。「エタ・ヒニン」はもとより、大昔は奴隷制だって!ソクラテスが弁明していた時も、その片隅では飢えで死んでいく者たちもいただろう。

 わが田舎(関東)では、さすがに見当たらない(東北から出稼ぎに来ているおじさんたちはお客さんなんでよく知っているけど)。都会に行くと普通にすぐとなりにホームレスの方たちがいるんだけど、じゃあその人たちを見てどう思うか?進んで話しかける機会はない。そうする理由もない。その人たちはただ「そこにある」ものみたいになっている。これってどうなんだ!?

 「それどころじゃないよ!オレたちは毎日仕事に追われて半ばノイローゼになりながら働いているんだ!ホームレスか、気楽でいいよな!」そういう声も聞こえてきそうだ。オレが東京暮らししていた時に聞いた話では、彼らホームレスの人たちは、実は豊かな暮らしをしているんだということだった。ちゃんと教養もある。世間のせかせかした生活を捨てて、悠々自適な日々を送ってるんだよ!と聞いたことがある。中にはそういう人もいるのかもしれない。でも少なくとも今問題になっているのは、リストラなど経済的に破綻して「すみっこ」に追いやられた人たちがいるということだろう。この「奇妙な共存」はなんなんだ!?おそらくは世の格差社会論の射程の範囲外に存在する人たち!都会に住んでいれば大抵は目にする「最底辺」の人たち。よその国である中国社会の光と影にショックを受けながらも、わが足下にあるそれには寛容なこの国。

 今日の昼間、うちのスタンドに若い女性がやってきた。「モザンビークの子どもたちに教育を受けさせたいんです!」って。その目は純粋だった。学生なんだろうか。使命感が顔から全身からにじみ出ていた。手持ちが千円しかなかったから、それだけ差し出した。とっても感謝された。

 オレのまわりは「うさんくさい!」という反応ばかり。「詐欺が多いんだから引っ掛かっちゃうもんね!あぁ怖い怖い!」

 そう、なんて寂しい社会なんだろう。。。

 次々と新手の詐欺が生まれている。見渡せば、あの手この手でなんとか騙して金儲けをしようとする人たちが…。「人に言えない仕事は、なぜか儲かる」なんて世の中らしいが。うちの店にもよく電話がかかってくる…「どうも!○○社長~!××です」って、大抵気軽に話しかけてくる電話の主。もううんざりするくらい!!選挙の前だけ友だちみたいにしてやってくる○○党員…

 ボランティア活動の若者がどんなに純粋な気持ちで訪問してきても、わが町では警戒され、下手をすれば「不審者」扱いされてしまうのだ!!

 世界中の貧しい人たち!私たちひとりひとりが身を切る思いで1万円を差し出す一方で、ひたすら「私有財産」を増やし続ける人たちがいたりする。

 もしも「富」の動きが見えるメガネがあったら、それを持ってぜひともスペースシャトルから地球を眺めてみたい。きっと米粒くらいの小さな富がパラパラとアフリカ辺りに撒かれる一方で、大きな米俵の塊が米国から日本へ運ばれ、しばらくしてそれらが一斉に中国に移っていく姿でも見えるだろう。

 もしも「臓器」の動きが見えるメガネがあったら、ぜひ眺めてみたい。フィリピン辺りの人間の体から抜き取られた腎臓が……。

 最後にもう一度、NHKスペシャルの感想。

 儲けている個人を責められないところがポイントじゃないだろうか。彼らは「悪いこと」をしているのだろうか?故意に貧困層を作っているのだろうか?いや、彼ら富める者は、うまくチャンスをつかんだのだ。儲けるためにいろいろ努力もしているのだ。富の再配分?そんなのおかしいじゃないか!自分の労働で儲けた金を、富を持っているからという理由で政府などにもぎ取られるなんて「不平等」だ!格差固定というけれど、それは「結果」に過ぎない。

 もっとも彼らがそんなこと心配することはまずないだろう。制度の決定権は彼らに属しているのだから。いや実際は、そう見えるだけかもしれない。

 事実は次のことかもしれない。。。

 人間はみずからの社会をコントロールする知的能力を放棄してしまっているんじゃないか。人間はみずからの社会の「秩序」を構築する権限を市場に譲り渡してしまったんじゃないかと。

 と、こんな言い古された言葉を並べてもつまらないだけだ。明日の労働に支障をきたさないように、本当の ―本来の― 価値の源泉であるはずの労働力を休ませよう。

※本記事中に個人情報に触れかねない記述があったため、一部削除しました(mie)って、大したことじゃないけど。

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2007年3月27日 (火)

またまたNHK~生き物の世界!

 よくNHKでやってる動物の物語。なんか見入ってしまうんだよね。驚きの連続。本当にすごいと思う。何がって?、、、いろいろ!!

 北極熊って真っ白なんだよね~!白くまっていうんだと思ってた。でもなんか…顔が小さいなぁ。もっと大きかったほうがかわいいのに!なんてどうでもいいけど、地球温暖化の影響を一番急速に受けるのは北極なんだってね。氷が早く解けてしまうから、くまたちもゆっくり狩りが出来ないらしい。

 今日やってたのでは、氷が早く解けちゃうから、本当なら氷の上で休んでるアザラシを餌にして生き延びていた北極熊が餌にありつけなくて大変なんだそうな。

 一頭の北極熊が氷の解けた北極の海をひとりで泳いでいた。いつまでもいつまでも泳ぎ続けていた。でも海は広大でなかなか陸地が見えない。もしかしたら少しだけ残った氷の上でアザラシが休んでいるかもしれない。それを見つけられたら当面はしのいでいけるだろう。でも、結局見つけられなかったみたいだ。いくらたくましい熊といえども、このまま陸地を見つけられずに泳ぎ続けていたら、そのうち力尽きて溺れて死んでしまう。

 どこまでも続く北の海をひとり泳ぎ続ける雄の北極熊。

 やがてなんとか陸地にたどり着けた!そこにはセイウチの群れがいた。ひとりぼっちの北極熊は、飢えと戦いながらここまでやってきた。もう残された体力はわずか、、、

 セイウチの子どもを狙ってたったひとり群れの中に果敢に向かっていく北極熊。セイウチだって必死だ。鋭い牙をもっているセイウチに正面から向かっていくのは危険だ。熊は逃げるセイウチたちの後を追う。やっと後ろから襲いかかるが逃げられてしまう。それでもここで逃したらもう生きていけなくなる。何度も攻撃を仕掛けるが、結局セイウチを餌にすることは出来なかった。おまけに牙が後ろ足に刺さって熊は負傷してしまった。

 大きな真っ白い北極熊にはもう攻撃する体力も残っていなかった。足を引き摺りながら力なく歩いている。とうとう北極熊は力尽きて倒れこんでしまった。やがて、静かに眠るように死んだ。

 放送が熊に焦点を当てていたもんだから、どうしても熊に感情移入してしまって、テレビにかじりつきながら、「がんばれ~!よし!そこだ、行け!!」って祈るような気持ちで応援し続けてしまった。

 きっとオレと同じような気持ちで観ていた人も多かっただろう。そして…北極熊たちがこのようにして死んでいくことの陰に、人間の活動による地球温暖化があるというナレーションを聞いて何かを感じた人もいただろう。

 ありきたりの感想だけど、このような生き物たちのけなげな姿、生きるために必死になっている姿、おそらく何十年何千年もかけて自然に適応し行き抜く知恵を身につけた様々な生き物たちの素晴らしい姿を知るにつけ、人間ってまったくこの地球上の癌細胞みたいだ!と、みずからの身勝手さに恥じ入ってしまう。

 一方で、人間も人間で大変なんだよな。わが日本に限ってみても、残業、リストラ、非正規雇用者の増加で、社会はますます貧困化してるっていうし。先日のNHKの放送じゃないけど、私立受験だとか公立間の競争だとかに血眼になっている親子もいるわ、歳とってリストラされてサービス業に転がり込んで客に罵倒されて深々と頭下げてるオヤジもいるわ、夫婦共稼ぎでも生活がやっとで苦しんでるわ、借金苦から自殺はするわ、、、そうかと思えば太平洋の真ん中でクルージングを楽しみながら携帯ひとつで何億円も稼いでいるわ、、、

 ネオリベラリズム(市場原理主義)だかなんだか知らないが、「グローバリズムだ!」「民間活力だ」「民間に出来ることは民間に!」とか「官僚の天下りはけしからん!(そりゃそうだと思うけど)」なんて言葉に踊らされて、気が付いたら日本もすっかり「格差社会」なんて言われてて。。。(こうなることは米国を見てたら最初からわかってた話なんだそうだが)

 余談ついでに言わせてもらえば、わがガソリンスタンド業界も90年代半ばからの「規制緩和」「自由化」以来、劇的に環境が変わってしまった。絵に書いたようにスタンドが乱立、異業種参入、1円を争っての価格競争、倒産も相次いだ。うちは今のところ何とかしのいでいるけど、、、以前は常時3名ほどは正社員で、学生アルバイトなどが補完的にいたけど、今では基本的に資格を持った正社員は1名くらいで、あとはほとんどパート・アルバイト主体。そもそもサービス業だから「頭」はあまり必要ないけど、、、でもまぁ、価格が安くなるってのは消費者にとってはいいことじゃん!!……そ、そうだね。って、これからどうなるかはわからないけど、セルフのスタンドが中心になるならいいけど、場合によっては自然淘汰の結果、かえって大手独占がすすんで値段なんてべらぼうになるかもよ!?というか、最近原油価格が高騰してるから決して激安とはなっていないけど、高いガソリン買って苦しむのは一般庶民ということで、ここでも金持ちは先物取引とかで儲けてるのかもしれない。

 で、生き物に話をもどすと、我々人間はあの動物たちから何を学べばいいんだろうか??今の競争社会を見ていると、動物たちの弱肉強食の厳しい世界と変わらないんだから、案外それはそれで自然な姿なのかもしれないとも思ってしまう。我々は本来の動物の姿に近づいてるのだろうか!?

 その一方で、皇帝ペンギンたちのように驚くべきチームワークというか全員の一致協力姿勢というかそういうものを見ていると、我々人間は「個人の自由こそ尊重されるべき普遍的な価値である!」なんて言いつつ、自分の利害損得ばかりに走ってあさましいなぁと感じてしまったり、、、まったく、土曜の夜に「~ イズ フリーダム!」とか歌ってるけど、そうやって叫んでて、気付いてみたら「あぁ、おれ一生フリーターだよぉ!なんとかしてくれよぉ!」って、「働く自由」のはずが「貧乏になる自由」でしかなかったと言われても遅いよ!

 でもやっぱり、人間として存在してる以上、人間であることを前提に考えなくちゃいけないんだよな。自然環境がどうのという以前に、社会環境すらどうすることも出来ないというところから考えて行かないと。まったく我々はどこに向かっているのだろうか!?

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2007年3月23日 (金)

21日NHKでやってた「学校って…」

 NHKスペシャル「学校って何ですか」を観た。

 第一部は7:30から8:45で、東京の「学校選択制」について、兵庫県尼崎の「すべての子どもたちに最低限の知識をもってもらうための試み」、それから福島県郡山での「先生の多忙さ」などを取り上げていた。

 第二部では、伊吹文部科学大臣、東京の民間校長など5人による討論会。

 オレは夜まで仕事だったので、ビデオを録って観た。

 今、学校で何が起きているか、、、いじめ問題ではオレも何度か熱く語ってしまったが、今回はまた違った面での問題が提起されていて、正直ほとんど知らないことばかりだったんで、ただただ驚かされるばかりだった。

 いろいろあり過ぎて、ひとつひとつ考えなくちゃいけない問題だと思うけど、ともかく印象に残ったものの感想だけ簡単に書いてみたい。

 その前に、なんでオレが「ガッコウ」に関心を寄せるかということだ!?子どもがいるわけでもない。田舎のいちスタンド店員のオレが…。

 ハッキリいってオレのまわりでこの番組を必死こいて見たやつはいない!

 オレに必要なのは、朝から晩まで働いて疲れた心を癒すような適当なオモシロ番組のはずだ!……なんてことはないけど、なんでだろうねぇ。

 ひとつは、今社会問題となっている非正規雇用・フリーターとの関連での問題意識かな?書店に行くと必ず目にする「格差社会」「下流社会」。ある本によれば、日本はいま格差が固定化されてきていて、階級社会になりつつあるという。格差の固定化はどのようにして起こってくるのか、、、それは、所得の低い家庭に生まれた子と、高い家庭に生まれた子とは、そもそも出発点からして不平等な状況に置かれていて、一方は低賃金で働く労働者層になっていき、他方はエリートとして社会的に優位な地位を占める層になっていく。その違いが再生産されていって、全体として社会は、富める少数と貧しい多数とに二極化していき、それが格差を固定化させていくのだ…と。

 「勝ち組・負け組」などというキーワードもあるが、どうも状況は「戦った結果として勝った負けた」というものじゃなくて、「戦わずして勝ち、戦う以前に負けている」というものだというのだ。「かえるの子はかえる」、「お前はすでに死んでいる」的な空恐ろしい話が現実化しているらしい。

 出発点はもちろん生れ落ちた家庭環境ということになるが、それはそのまま「私立学校」に行けるか「公立学校」しか行けないかへとつながっているという。

 ということで、今の非正規雇用労働者問題は、たどっていくと学校に行き着く!……というのは、あまりに乱暴すぎるし、あまりに単純化しすぎる話だが、すくなくともオレたち社会人にとっても身近な社会問題である雇用問題を考える上で「学校教育」が全然無関係ではないということは言えそうだ。

 でもね、「ハッキリ言っていいですかぁ!」

 オレの町にゃ、

 私立"ワタクシリツ"なんて無い!!(*^ o ^*)ヾ

 だからして、「私立VS公立」だとか「お受験」だとかいう概念自体が存在しないのだ!

 よって、第一部でやってた「学校選択制」という、要するに私立に対抗するために公立のレベルアップをはかる!なる施策はまことに伊吹大臣が言ったように(?)「東京の常識は全国の非常識」なわけだ。

 …と、限定つきではあれ、やはりあの放送された内容は少なからずショッキングだった。結局そこに体現されているのは(これも伊吹大臣が語っていたことで、オレもまったくそう思っていたのだけど)、、、親の当然の心理なんだよな。すなわちーーー少しでも自分の子どもをいい学校に入れたい、そして自分の子どもをすこしでもいいとこに就職させたい、そして自分の子どもをなるべくエリートとして「上の」階級の住人にしたい!……と。まったく自己中で、あさましいやつらめ!とか思いたくなるけど、親にしてみればごく自然な心理だ。「それで本当に幸せですか?結局は金がすべてですか?」などと分かったようなセリフをはくつもりもない。今はただ、そこに現実の姿があるのを確認するだけにとどめよう。それを幸せなことだと考え、感じてしまうのが、この社会の現実の姿なんだ。

 さて、東京では私立と公立という格差社会に人々がさらされているのだとして、じゃあその構図は東京に特殊なものであって、地方には関係ないか?? 学校ということでは関係ないさ! だけど学校とは違った点で地方は格差にさらされていると思う。それは、「東京」と「地方」という点で!

 東京(とくに都心)で生まれ育った子どもと、地方(都心から一定程度離れている地域)で生まれ育った子どもとは、その時点でいろんな意味で格差があると思う。

 とっても卑近な例だけど、オレがちょっと前に新宿に行ったときのこと。駅を出て繁華街をぶらついてると、女子高校生あたりがやたら目についた。ミニスカートが…じゃなくて、、、格好が派手!道を歩けばお兄さんたちが話しかけてくる。何かよくわかんない店の中に一緒に入っていったりしてた。と、そんな一部の怪しげな連中はどうでもいいけど、あきらかに東京都心はあらゆるものが溢れている。そうした様々な情報や刺激に毎日さらされている子どもたちがいる。その足でオレの田舎町に帰ってきた。同じように女子高校生が町を歩いている姿を目にした。そしてあまりの風景の違いに、刺激度合いのギャップに思わず考え込んでしまった。

 とまぁ、そんなこんなを考えつつ、第一部の東京での事例を観ていたというわけでした。ポイントは、所得格差というものが、ひいては人間格差にもつながっていくということ!

 今回は、学校への関心の理由をひとつしか述べられなかった。もうひとつは、簡単に言えば、昔武道を通して小学生中学生たちと深く関わってきた個人的経験から、子どもたちの人生を大きく左右しかねない教育現場というものへのオレの思い入れの強さがあるのだけど、今回もまた横道に逸れたりして終わりを迎えるしかないようだ。先生の多忙さなどもじっくり考えてみたい問題のひとつである。ともかく、いろいろ考えさせられた番組だった。

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2007年3月21日 (水)

癒し系ねぇ…

 いつ頃からかねぇ、「癒し系」なんて言葉が流行ってるよね。今もブームは続いてると思うけど。

 オレもたまに「癒される~」って思うときがあるしな。あまり人間で癒されることはないけど(恋人は別か)、よく癒された~と思うのは、動物かな?最近は、テレビでやってたパンダの映像。しぐさとか見てて愛らしいと思って、なんとなく気分がよかったっけ!

 あと、そうそう、人間って言えば、韓国ドラマでは観ていて涙があふれてくることがある。「ひたむきさ」、「純真さ」なんかに弱いかも…。そういう時も「心が洗われた!」って感じで気分がよくなる。

 こういうのって、「癒された」と言っていいのかな??

 ずい分前だけど、お客さんで親しくさせてもらっている男の人がいて、その人が言ってた言葉があるんだけど、、、

 いわく、「俺はねぇ、癒し系って好きじゃない。だって癒された!っていうことは、なんか病気とかだったってことじゃない。だから俺はなごみ系!!」って。

 それ聞いて「なるほど~~~!!!」星みっつ!!座布団3枚!!って感心したね。

 つまり、今の世の中(日本!?)で「癒されたい」人が多いってことは、それだけみんな「病んでいる」ってことになるのかもしれないね。

 多くの人が、何かに傷ついている、、、何かに疲れ果てている、、、塞ぎこんでて、凹んでて、落ちてて、、、鬱々してるってことなんだろうかね??

 これも今流行りだけど、「格差社会!」ってこと。いつから日本は格差社会になった?小泉政策で?もっと前?オレの若い頃は「国民総中流意識」なんて言われてたけど……(って、オマエまだ40だろ!…いや、40は若くないか……)

 ま、何を持って格差というのか分からないけど、、、格差社会についてはそのうちよく考えてみるとして。そうそう、セレブって言葉もよく聞くな。セレブはいいよ。どのみちオレには関係ない世界だし。けど、プチセレブってなんだよ!なんでもプチつければいいのか?「ちょっと贅沢」でいいじゃん!あと、プチうつ!?。。。本当のうつ病の人に悪いよ!本気でつらいのに!プチうつっていうのは、オレはヤダね。甘えてんじゃね~とか、、、「軽度のうつ」にして!あと、プチトマト!!……あ、これは別にいいか、、、、、、六本木ヒルズにたむろしてればオレもヒルズ族って呼ばれるかな?やだね~、あのへんとかマイカーで走ってたら恥ずかしくなっちゃったよ。ピカピカのベンツだのビーエムだのポルシェだのって高級外車が平気で走ってんだから、、、

 なんか、何言いたかったのか忘れてしまった。。。からここまでにしとこ。

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2007年3月19日 (月)

耳がツーンとなるのはどうして?

 コメントを頂いて、その内容に触発されて、面白そうなんでちょっと調べてみました。

 飛行機に乗ったり、車で山道を登ったり、あとトンネルに入ったりすると耳がツーンってなって、聞こえづらくなったり不快な感じになったりしますよね!?あれって、気圧が関係してるんだろうなとは分かるけど、もう少ししくみを知りたいと思いませんか?というわけで、「そんなの常識じゃん!ガッコウで習ったし~!」という人には笑われるでしょうけど、「オレ知らなかったも~ん!」という人がいることを願いつつ、簡単にご説明しましょう!…といっても、手元の本のパクリだけど…

 で、要するにどういうことかというと、耳の奥に「こまく(鼓膜)」っていう0.1mmほどの薄い膜がありまして、この鼓膜の両側の気圧が違ったりすると、その影響で鼓膜が押されたり引っぱられたりするため耳がツーンとなる!んだって。

Mimi_1

 お空に上がるほど気圧は低くなります(空気が薄くなる!)

Mimi_3

 で、急激に高度を上げたりすると、相対的に、鼓膜の外側つまりお耳の側の気圧が低くなります。そうすると、鼓膜は気圧の低いほうに引っぱられることになります(というのか、気圧の高いほうから押されるというのか…)。

Mimi_2

 ちなみに、当たり前ですが、空気は圧力の高いほうから低いほうへ移動します。圧力が一方にかたよるとバランスをとろうとするんですね。

Mimi_4

 じゃあ、なんで耳がツーンてなったとき、口を大きく開けたり、つばを飲み込んだりするとなおるのか!?っていうと、そうすると鼻やのどとつながっている「耳管(じかん)」が開いて、鼻や口から外の空気が入ってくる。それが鼓膜の内側まで届いて、で結局は、鼓膜の両側の気圧が同じになるという訳なんだとさ!

Mimi_5

 以上、間違ってるとこあったらご指摘よろしくお願いします。まぁこんな感じってことでいいんじゃないかと思いますが…。

 なお、気圧って何?とか空気って何?とかトンネル内では気圧はどう変化するの?とかは、どこかで調べて下さいませ。

※参考:『からだのしくみ事典』(浅野伍朗監修:成美堂出版)他

※SketchBookPro2.0試用版

※ワコムIntuos3タブレット使用

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2007年3月14日 (水)

全日空 胴体着陸!

 残念ながらリアルタイムでは見られなかったケド

 全日空のDHC8-Q400型機(カナダ・ボンバルディア社製)の胴体着陸。マニュアル通りだったということらしいけど。

 夜、録画映像を見て感動で目に涙が浮かんだ!名前は分からないが、36歳という若さでの冷静な判断と、乗客への適切な配慮、そして素晴らしい技能にあらためて敬意を表します

 

 オレは出来ることなら飛行機には乗りたくなかった。別に墜ちて死ぬリスクが高いからというわけじゃなくて、着陸前に重力に任せて落ちるあの感覚がダメだから…だってジェットコースターだって嫌なのに… 

 飛行機に乗ったのは3回だけ。最初は20歳の時、高知空港から東京までYS11型機。友だちと二人で乗ったが、二人とも着陸時は気持ち悪くなって吐きそうだった…。2回目は、羽田から函館までジャンボ。乗りたくなかったけど、旅行のため仕方なく乗る。この時は、出発直前になって整備不良が見つかったとか何とかで20分ほど遅れてしまった。出発準備が整ったときに、機長が言った言葉…「みなさま、遅れまして大変申し訳ございませんでした。遅れを取り戻すために、なるべく急いで飛びます!」に一同爆笑!楽しい機長だった。そして函館からの帰りの便が3回目。ところで、ジャンボは下りる時にあの嫌な感覚がないんだねぇ!!ジャンボなら乗れるわ!(^^)

 ま、そんなことはどうでもいいんだけど、とにかく今回のトラブルは、死者もなく大事に至らなくて本当によかった。カナダのボンバルディア社も日本の不二家も根っこは同じ、、、(安全性より経済効率優先!?)ような気もするけど、ともあれ機長に拍手!!!

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2007年3月12日 (月)

やっぱ運動はいいねぇ!!(^o^)v

 職場の後輩くん(S君)が最近トレーニングを始めた。理由は…本人いわく「仕事から帰って、メシ食ってダラダラとしてるなんて、無為に人生を過ごしているようだ!運動でもして汗を流して健康的な生活をしよう!」ということ…らしい。

 すばらしい!

Sasax

 近くの市民運動公園で夜な夜なランニングをしている。もうすぐ一週間になる。オレなんかは「どうせ続かないって!」と半分本気にしてなかったが、結構がんばって毎日続けている(感心、感心)。

 というわけで、まんまとS君に触発されて、オレも走ってみることになった(ちなみに、たぶんオレは続かないだろうと思っているが…。下手すると今回かぎりだったりして…)。

 コースは、一周が700mの舗装整備されたランニングロード!S君は毎日ここを6周している。ということは、4.2km。結構な距離だ。中学校の時は4キロマラソンだったけど、あの頃としては、なかなかの長距離だった。

Sports_garden

 というわけで、仕事中の雑談のなかでオレも参加するよ!という話になったのだけど、よく考えてみたら

 服装どーしよー!?

 「服装なんて何でもいいんですよ!大事なのは走るという行為なんです!」などと若干18才の彼に諭された…う~ん、そうだね~!

 仕事を終えていざ出発!……と思ったら、

 おお~そういえばクツもないじゃないか!

 前に使ってたやつを探してる時間もなく、仕方がないので普段休みの日に履いてるカジュアルシューズでいいや…。服装はかろうじて昔むかし仕事時に着用していた古ぼけたジャンパー。下はパジャマ代わりに使っていたジャージと。

 さっそく駆けつけたところ、S君はすでに3周していた。さっそく合流。なんとも久しぶりの運動だ。年齢差22歳のふたりが夜の静かなランニングロードを黙々と走る。

Runners

 さすが片田舎のちっぽけな運動公園。オレたち二人の他には、あきらかにダイエットのため!とおぼしき太めのカップル(たぶんご夫婦)がウォーキングをしているのみ。

 いや~、気持ちいーーー!!!

 1周目、2周目と走ってるうちに、だんだん呼吸も安定してきて、足の動きもリズミカルになってくる。そう!ちょっと早いけど「これがランナーズハイだぁ!」たかが1、2キロ走ったくらいでランナーズハイもないと思うが、体力がなくなっていた分、それは早めに訪れたのだろう…と勝手に思いつつ。まぁ、何だっていいんだ!とにかく走っていて気分が高揚して、一種の恍惚状態になることの気持ちよさ!!

 最初なのでオレは3周でやめとこ…と思ったけど、ちょうど気分がよくなってきたところだったので、もう1周まわることにした。S君は6周、オレは4周で終了。

 その後、サッカーボールでパスし合う遊び。じっさい、こっちの方が何倍も疲れた…

 最後に、久しぶりにインラインスケートでもやってみるかと、さっそく約3年ぶりくらいのチャレンジ!といっても3年ほど前に購入した時も、数回しかやってなかったので、ほとんど滑れないんだけど。

Rollerblade

 そんなこんなで、本日はヒジョーに健康的な夜を過ごしたって感じ!

 ホントいいねぇ~、やっぱり体を動かすってことは!

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2007年2月 8日 (木)

柳澤厚生労働大臣の発言

 「(女性は)産む機械」「装置」、「健全」発言、、、

Yanagisawa

 さっきのNHKニュースでやってた北側大臣、健全発言について、「前回の(産む機械)発言の後だから、丁寧に慎重に話したらいいのになぁ~と思う」の「いいのになぁ~」がかわいらしかった。。。笑えた。

 よく言われる、「発言は慎重に!してもらいたい」という発言。すなわち、「心の中で思ってることをそのまま表現しないで、自分の立場とかをよ~く考えて、大衆に反感をもたれないように、言葉を選んで(替えて)発言してくださいな!」ってことですね。

 ホントにねぇ、政治家は「発言のプロ」なんだから、いくら普段からそういう考え方をしているのだとしても、一般大衆の前ではキレイごと言ったほうがいいよね!

 マスコミ報道は一部分を切り取ってしまうから、それだけ聞いて一方的に批判したって仕方ないことだろうし、実際彼自身、発言しながらすぐに「ごめんなさいね」と言ってるように失礼な言い方をしたと認識しているのだから、そのひと言だけをもって必要以上に彼を責めたてるのはいかがなものか!?……という意見もある。

 また、言葉尻をつかまえて騒ぎすぎる野党も問題だろう!……という意見も多いみたい。

 なかには開き直って、「機械でいいじゃん」「だってそもそも男も女もある意味では機械なんだし!」とかいう意見もあるようで。

 で、オレが思ったのは、「庶民感覚からあまりにもズレてる!ホント信じらんない!最低!!!」って感じ。平気で女性をモノ扱いするような考えを持ってんだなぁ、結局は。。。って、彼に限ったことじゃないと思うけど。何ていうか、要するに、今の日本社会はいっけん「みな平等」って思ってしまいがちだけど、ホントは違うんだよね。ちゃんと身分の違いというか、階級というものが存在してるんだよね。昔と違って、身分が制度化されていないだけで。だから、「お上」からしたら、オレたち一般庶民は、「下々(しもじも)」でしかない。庶民の前で話すときは、それなりに「慎重に」お話するんだけど、華麗なる一族たち同士で話してる時は、彼らの本来の感覚で話してるんだろうね。

 まとめ

 「産む機械」はけしからん!けど、所詮オレたちは社会経済的観点からみたら歯車あるいはネジに過ぎないわけで!

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2006年11月19日 (日)

やっぱ親だよなぁ

 こんな記事を目にしちゃったので書いてみることに。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061118it13.htm

  1. 「親が社会のルールを教えていない」(65%)
  2. 「他人の痛みを思いやることができない」(55%)
  3. 「親が子どもの悩みを把握できていない」(52%)
  4. 「教師の指導力や資質に問題がある」(48%)
  5. 「学校が責任逃れをして問題を隠す」(45%)

 ずっと思っていたけど、子どものいないオレが書いてもなぁ……と遠慮していたこと。

 自殺事件で、校長や教育委員などが親の前で頭を下げる。親が怒鳴りつける光景。子どもを失った親のやりきれない気持ちはよくわかる。けど、、、どうせ頭を下げるなら、子どもの写真にしろよ!そして、その横で親も一緒に子どもの写真に頭を下げろ!要するに、どちらも揃って子どもに謝れ。「気付いてやれなくてすまなかった」と。

 いや、別に親や学校側を責めてるわけじゃない。なんで親と学校側が仇同士みたいになってんのや~!?と言いたいわけ。親と学校は協力し合って子どもの教育に一緒に責任をもっているのが本当じゃないのかな?

 ということで、本題。「やっぱ親だよなぁ」と思うことが多い今日この頃。最近、なんでか子どものことばかり考えてるうちに、子どもというものに親近感を覚えてしまったのだ。

 オレは子どもがいない(何度も言うな!)。だから「親の愛情」も育ってない。もともと「子ども好き」(だから保育士になったという人って多いよね)な人がいるが、ハッキリ言ってオレは子どもが苦手だった。何でかと言えば、多分だけど…あの純粋なまなざしに耐えられないからだ!

 またまた、我がスタンドの話。お客さんの車の窓拭きをする。子どもを助手席や後部座席に乗せたママさん(たまにパパさんだったり)のお客さんも多い。オレたちが窓を拭いてると、大抵の子どもはジッと見つめてくる。目が合うと、どういうわけか愛想笑いをしてしまうオレ。そう、どこかから「子どもを見て可愛いと思えないなんて人間じゃねぇ」みたいな声が聞こえてくるようで、半ば強迫的にひきつった笑い顔を見せてしまう。

 思えば、大人になると皆、なるべく目を背けるものだよね。どこかのスタンドに給油に行って、窓拭きしている店員をしげしげと見つめていますか?コンビニとかスーパーに買い物に行ってレジで精算してるとき、ジーっとレジ係の人を見てますか?視線に「意味」を持たせる大人にとっては、やたらと相手をガン見しないでしょ。

 でも子どもは違う!自意識の乏しい子どもは、とにかく好奇心たっぷりに直視してくる。まさか子どもに直視されて「なに、ガンとばしてんだよぉ!」と睨みかえすのも変だし、一緒になってジーって見つめかえすのも変だし、結局愛想笑いをするか、たまに(というか、ほとんど)見えてないフリをする。

 というように、今までは子どもさんのまなざしがとっても「迷惑」だったのだ。でも、いじめ問題をきっかけに子どものことを考えてたら、何となく子どもに興味を持つようになってきた。単純に「子どもって何考えてんだろう?」という関心。今では結構オレの方から子どもを見ることも。こっちから目を合わせようとするようになってきた。そうしてみると、大人の他人の目を見るよりも楽だと気が付いた。大人の目はあまりにも多くのことを語っているように思えるから疲れる。

 そして、まだ小さい子どもだと、遊び心でちょっとした仕草をすると喜んで笑ってくれる(いないいないバーなんてやってないけど)。ただ、あまり子どもと戯れてると、母親に「もしや幼児嗜好!?」なんて危険人物視されかねないけど…。

 と、前置きが長くなったが、そこで思ったのは、子どもによってずいぶん性格が違うんだなぁ!ということ(ここでは3歳~6歳くらいまでを主な対象と考えます)。先ほど、オレの仕草とかに笑ってくれると書いたけど、実はみんながみんなそうだというわけじゃないのだ!

 子どもをこちらが見つめると、見つめかえす子もいれば、目を背ける子もいる。しかも恥ずかしそうに目を背けたり、中には「なにこのオヤジ、キモっ」みたいな目で見て背けてみたり。こちらが笑うと、嬉しそうに笑いかえしてくる子もいれば、キョトンとした目で見てるだけの子もいる。

 明るい子、内気な子、照れ屋の子、大人びた子、怯えるような子、挑発的な態度をとる子、元気すぎる子、冷めたような子、威張った子などなど。

 そして、しみじみ思った。子どもの教育、というか躾って、誰が何と言おうとまずは親だよなぁ!と。学校に入るまえから、実に多様な子どもの存在というものがあるのだ。もちろん、学校に通っている子どもだって、学校が終わってからは、友だちや親や兄弟やあるいはひとりきりで相当の長い時間を過ごしているわけだ。

 先日、近くの本屋へ立ち寄った。ゲームソフトのコーナーを眺めていたら、親子連れがやってきた。その父親がまた「ヤ」系の人かというくらい恐もてで、声もやたらデカい。そして子どもたちに怒鳴っていた、

 「おいこら、お前ら、早く欲しいもん選べや!グズグズしてんじゃね~ぞ!」

 って、聞いてたオレがビビッてたくらいだけど、当の子どもたちは全く平気なもんで、父の声など気にも止めない風にケラケラ笑っていた。この子たち、学校ではどうなんだろう。間違ってもいじめられっ子じゃないだろうな。ひょっとしていじめっ子だったりとか…。

 兎にも角にも、学校は、実に多様な性格の人間たちの集まる場だということだ。そして、学校だけが教育の場じゃないということだ。そう考えると、アンケート結果は正直な「日常の実感」なんだろうと思う。

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2006年7月24日 (月)

欽ちゃん球団解散と復活

 オレは特に野球には興味がない。けど茨城県人ということでやっぱり欽ちゃん球団「茨城ゴールデンゴールズ(IGG)」という名前がニュースになると注目してしまうね。

 先日の解散するという欽ちゃんの会見!? あれ見て思ったね、、、あぁ欽ちゃんって本当にいい人なんだなぁ!!って。

 解散取り消しになったことは良かった。言われるように、もはや欽ちゃんだけのものじゃなくなったIGG。欽ちゃんの一存で解散というのはチト強引だったかもしれない。容疑者への処分について欽ちゃんは「これで終わりというわけじゃない」みたいなこと言ってたと思うけど、最後まで責任を持って処分することもクラブチーム(社会人野球)の信頼回復のためにも必要だろう。それと選手たちや応援している人たちの気持ちもあるんだから、その意味でも安易に個人で結論を出すべきじゃなかっただろう。

 でも!でも!オレは最初の解散宣言の時の欽ちゃんにとっても共感した!いろいろ言われたけど、きっと欽ちゃんは問題を自分ひとりで抱え込んじゃうんだと思う。欽ちゃんはとってもやさしい人なんだろうと思う。素直だし、人の痛みがわかる人だし、面倒見がいい人なんだろう。だからこそひとりで問題を背負い込んでしまう人なんじゃないだろうか。

 自分にとってかけがえの無いものを捨てること!それはどれほどつらいことだろう。でも敢えてその大切なものを捨てることでその対価としての許しを得る!責任の取り方として決して合理性があるとは言えないのかもしれない。日本的な「禊ぎ」というものとも言えるかもしれない。でも少なくても欽ちゃん個人にとっては身を引き裂かれるような大変つらい決断を敢えて為したと思うんだ。重要なのは、今、そういう大儀のために自分を捨てられるような人間がどれだけいるだろうか!?ということだと思う。大儀といっても「将軍様万歳」「大日本帝国万歳」という意味じゃなくて、まぁ「道義的」というような意味で。

 パンチ佐藤さんのコメントがあってそれにオレも共感した。でそれを少し敷衍させて言うと、企業などの不祥事では誰かに責任を押し付けて(自殺させてとまでは言わなかったけど)あとは偉い人が頭を下げて幕引き!なのに、なんでスポーツの世界に限って全体責任で組織解散とかになっちゃうんだろう!そこが納得できない!本当に全くもって、企業も政治家も官僚も医療機関も、トカゲのしっぽ切りみたいなことが得意な人たちが多くて嫌になる。

 今日(7/23)のNHKスペシャル「ワーキング・プアー」(働く貧困層)を観ていて、なんだか悲しくなった。仕立て屋さんのオジサンの悔しさ、子供のためだけに必死で頑張ってる50代のスタンドオジサンの未来への不安、規制緩和で農業が低迷して夜遅くまで夫婦で漬物作っている人の苦労、、、何より涙が出たのは子供たちの屈託のない笑顔を奪ってしまう世の中の不均衡・不公正・機会不平等さの現実!ホントにホントに子供たちにはなんの罪もない!荒廃していく地方…運がなかったといえば話が終わってしまうけど、そういう声なき声までも分かっててしっかりくみ上げていくのが地元選出の議員さんでしょう。そういう議員の「先生様」こそ「本当に偉い人」だとオレは思うのです。

 ま、社会のあらゆる人たちをカバーできるような政治というのも難しいんだろうけど、いい加減今までは新興ブルジョアかなんか知らないけどお金持ちをより豊かにして社会的経済的格差を拡げてきたんでしょうから、こんどの総理は少し振り子を逆に振ってくれることを期待したいものですね。といっても総理大臣は国民投票とかで決まるわけじゃないし…とにかく「願う」だけしかできないけど。

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2006年6月18日 (日)

厄介なウィルスめ!やったぜぃ!

おぉぉぉ!やった~!デスクトップにあった目障りな「Warning!!」が無くなったナリ~!!

 まったく疲れたよぉ、日本のマカフィーでもシマンテックでもこのウィルス(W32/Alemod.f.dll)の名前すらヒットしないんだからねぇ。かろうじて海外のマカフィーのサイトでしかもForumで話題になってるだけなんだから!職務怠慢じゃ~ん!とか勝手に言ってますが…

 誰も頼れないので仕方なくこのド素人のオレがみちみち怪しげなものを探しましたよ。そこで役に立ったのがレジストリをリアルタイムでモニタしてくれる秀逸ソフト、そしてレジストリの内容を日付とかで検索して一覧表示してくれるこれまた秀逸ソフト!そして、OS立ち上げ時に自動起動されるレジストリファイルを一覧する秀逸ソフト(すべてフリーだけど勝手に紹介していいのかどうか分からないのでやめときますけど)

 まずウィルスに感染した日付のレジストリ一覧をひとつひとつ観察。だいたいヒット数が数千とかにのぼるので大変な作業だ!そこから目に付いた怪しげなファイルたちをチェック。さらに日付を数日前や数日後で検索して比較。これも半端なく大変。その結果オレがピックアップしたものが100個以上!今度はそれを別の「健康な」パソコンのレジストリのデータと比較。そしてさらに自動起動される項目一覧での比較。で、いくつか完璧に怪しいものを拾い出すことが出来たんだけど、とりあえず自信があったのは、

 a55736dd.exe

なる実行ファイル。これは当初から強く目に付いた重要参考人だった。

 次に、レジストリのリアルタイムモニタを起動して、デスクトップ上をマウスでうろうろ。すると……、問題の「警告!!」の場所にだけ出てくるキーがあるのを発見!

 ……\Components\1

でした。通常はComponents\0がヒットするんだけど、問題の場所にだけ\1のフォルダが現れたのだった。

 こうしてデータを集めていって、まぁあとは「一か八か!」の体当たり勝負しかないですね!だってレジストリのデータが意味するところなんて素人のオレには分かんないんだからね。

 というわけで手順。

1、C:\WINDOWSフォルダ内にある warnhp.html を削除。

 (でもデスクトップに変化なし)

2、レジストリエディタ上で、次のルートを辿り当該ファイルを削除。

HKLM\Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\Run\a55736dd.exe

 (これで「Warning!!」が消えたけど、まだ残骸というか白い枠だけ残ってる。)

3、さらにレジストリエディタ上で、次のフォルダをまるごと削除。

HKCU\Software\Microsoft\Internet Explorer\Desktop\Components\1

 (これですっかりデスクトップ上から厄介者が消え去った!!ちなみに、HKeyCurrentUserキーに目を付けたのは、試しにユーザーアカウントを変えてログオンするとデスクトップ上には何もなかった為です。)

 こうして、何とかかんとか目障りな表示を消すことが出来たのですが、なにしろ悪徳ウィルスなので、きっと他にも悪さをしてレジストリに爆弾を潜り込ませたんだろうと思うけど、これ以上素人では分かんないので、とりあえず見た目が治ったということでよしとしましょう(^o^)

 以上の内容は、あくまで一素人の考えでやったものなので、このブログを見て真似して取り返しのつかないことになったといってもオレは知りませんよ。自己責任でお願いしますね。それから、事前にレジストリのバックアップをとっておくのを忘れないでください。あと、何か情報があったら教えてください。質問があったらお答えします。

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2006年6月16日 (金)

つばめに捧げる!

 わが店にツバメが巣を作った。毎年この時期になると巣を作る。

 ツバメの来る店は繁盛する!という俗説?には根拠があるという話を聞いた。ツバメは天敵からヒナを守るために、わざとお客で賑わっている場所を選んで巣を作るらしい。人間がごちゃごちゃしていれば天敵も近づけないということだそうだ。そうやって去年はみごとに子育てを終え、みんな元気に巣立っていったものだった。

 ところが今年は、最悪の結果となった。天敵?のカラスに5ひきいたヒナのうちの4ひきが食べられてしまったのだ!

Tsubame

 この写真はカラスに襲われる数日前に撮ったものだ。4ひきしか写っていないが5ひきいた。親鳥はほとんど一日中どこかから餌を捕ってきてはヒナに与え続けていた。なのでシャッターチャンスはいくらでもある。夜になると親が一緒に巣の中で寝ていた(今回の巣はちょっと小さ過ぎたっぽくて、結構窮屈だったと思う)。

 しばらく前からカラスに狙われるようになっていた。カラスの方は一羽だけだったが、それでもツバメに比べたら何十倍もの大きさだ!鳥の世界のことはよくわからないけれど、カラスとツバメの空中戦は圧巻だった!カラスが巣に近づくと、ツバメの親がピーピーと激しくなく。するとまもなく仲間のツバメが数ひき集まってきて、カラスに突撃してけん制する。カラスは逃げ出すが、どこまでも見えなくなるまでツバメたちが追撃するのだった。その場面もカメラにおさめたかったけど、なにしろ仕事中なのでタイミングを逸した。

 悲劇は3日前に起こった。さすがに鳥は早起きだった。まだ店が開く前の時間、朝の5時ころにカラスの襲撃を受けたということだ。近所に聞こえるくらい騒がしい鳴き声だったらしい。ツバメも油断していたのかもしれない。あたりには襲われたヒナのまだ薄い羽根が散乱していた…。

 結局、運よく生き残ったヒナは1ひきだけ。オレたちはこのヒナだけは守ろうと店が閉まる前に、巣の周りに簡単なネットを張ってカラスの侵入を防ごうとした。そして今朝、ヒナが巣から落ちていたが、親鳥が餌を運んでいてヒナも食べていて、そのうちフラフラしながらも親子で飛んでいってしまったということだ。何はともあれ少々早かったけど無事に巣立っていったということだ!「頑張って、兄弟の分も生きろよ~!」

 とまぁ、オレたちにとってはたまたまツバメが「運を運んでくれる」鳥として有名だというのもあって、ツバメの味方になっているわけだが、それはあくまでオレたち人間の勝手な見方でしかないわけだ。最初はそのことに気付かなくて、ツバメを襲うカラスを見つけるとBダッシュで走っていって、石を投げる素振りをしてカラスを追い払っていた。

 ある時、後輩といるときにカラスを追い払って、「ちくしょう~!ムカつくカラスめ!」とか叫んでいたら、後輩がポツリと言った…

 「でも、カラスも子育てに必死ですからね。」

 そっかぁ、たまたまツバメの側からものを見ていたけど、カラスの方も親鳥であって自分の子供に一所懸命餌を捕って与えてるんだぁ!考えてみるとツバメの方も生きてるミミズとかを捕って餌にしているんだもんな。自然界とはそういうものなんだなぁ、って気付かされたのだった。

 (教訓その1)

親の愛は強し!あの大きなカラスに臆することなく攻撃しているツバメ。(愛じゃなくて本能じゃん?とか突っ込まないで)

それにひきかえ、人間~!自分の子供を次々と殺して平気で暮らす母親もいるし。

 (教訓その2)

動物の世界は怖いなぁ…。生きてるヒナをガブリとくわえて引きちぎって餌にするんだから!

うん、だけど人間も下手したらカラスより残酷かも。なんだかんだ言っても今でも戦争とかやってるし。テロだ、報復だと、殺し合いに正義も悪もないよ!結局は立場が違うだけであって、自分はどちらの側につくか?というだけだ。自分の利害を追求して…。人ひとりの命は地球よりも重い!というか、比較できるもんじゃない!なのに、相手がフセインの手下なら爆弾落としてあっという間に何十人が死んでいく。ブッシュよ、小泉よ、自分の子供が瀕死の重傷を負ったら命の重さ、命の儚さに気付くのか?……言っても仕方ないか、彼らは利害集団を代表してるだけであり、その集団とはオレたち一般大衆なんだし。

人間はホモ・サピエンス・サピエンスだったっけ(笑)

 というところで、最近読んだ一冊。『ニッポン不公正社会』

帯の文句は、<ただの格差・不平等ではない。いまの日本は、はなから勝ち組・負け組が決められている「不公正社会」だ!>う~ん。

 そういえば、秋田の小学生を殺した女。ワイドショーとかでその生い立ちとかやってるけど、彼女が犯罪を犯した背景には家庭環境があり、その延長に学校での疎外があったようだ。それをもって彼女もまた被害者であるとは言えないけど、人は生まれながらにひねくれた者はいないのだ!と思う。彼女の生い立ち、育つ過程における様々な体験が心の歪みを作っていった。一般に金持ちの子供はゆとりある生活を送れ、塾にも行って、勉強も出来て、社会的にも安定した地位に就いてゆけると思う。その子がどんな家庭環境の下に生まれてくるかはその後の人生に大きな影響を与えるというのが本当のところじゃないだろうか。殺された?彩香ちゃん、本当にかわいそう。あの可愛らしい笑顔の写真の陰でどんな悲しい思いをしていたことか。挙句の果てに…。彩香ちゃんは一体何のためにこの世に生を受けたのか?そして母親の容疑者の人生って何だったのか?

 もし「負け組」が「負け組」として固定されていく世の中だとしたら…。かえるの子はかえる。官僚の子は官僚。政治家の子は政治家。医者の子は医者。(坊主の子は…サラリーマン!?)

 日本って何だ?資本主義はやがて社会主義へ移行するのはもはや歴史の必然なんて誰も思っていない。というか、社会主義的仮面の下で資本主義が牙を研いでいた、そして弱肉強食の競争社会がいよいよ表面に出てきた!と思ったら、すでに強者と弱者にはっきりわかれていた!おぉ、まさにこれから「階級闘争」が本格化するわけだ!?その前に今後ますます心の歪みがもたらす犯罪が増加するんだろう。

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2006年6月14日 (水)

厄介なウィルスだこと!

というわけで、迷惑ウィルスのW32/Alemod.f.dllくん。君のお陰でずい分多くの人が迷惑してるんだよ!

<現在の状況>

とりあえずウィルス自体は駆除できました!フゥ~

でも壁紙には怪しげで煩わしい「警告!」が残ったまま…レジストリをいじられたみたいだけど、どこをどう直したらよいやら困ったなぁ

<ウィルス退治の実際>

オレの使ってるMcAfee製品では駆除も削除も隔離も出来ません。それは、感染ファイルの wininet.dll にプロテクト(言ってみればバリアー)が掛かってしまっているので。ちなみに手動でも削除できません!というか削除したら困ってしまうのだ。よくわかんないけどこのファイルが無くなるとデスクトップから何もかも消えてしまうので(ToT)アイコンも無くなるし、スタートボタンのあるタスクバーも無くなる。ある意味シンプルでいいかも!!などと喜んでる場合じゃないよ…

で、オレの素人的削除法はというと…

1、とにかくネットワークケーブルを外す。

2、再起動して「セーフモード」で立ち上げる。

3、「コマンドプロンプト」を立ち上げる。

4、次のように打ち込む

 Attrib -s -r -h %systemroot%\system32\wininet.dll

(このコマンドで対象ファイルの属性を外します。つまりバリアーを消し去るのです。)

 ren %systemroot%\system32\wininet.dll *.bak

(このコマンドでwininet.dllというファイル名をwininet.bakという名前に変更します。この時点でウィルスにおかされたファイルはこのwininet.bakということになります。)

5、あらかじめ他のパソコンからwininet.dllファイルをフロッピーかCDに焼いておき、それを感染してるパソコンに入れる。

注 4までで、wininet.dllというファイルは無くなってしまっているので、ここでやめてしまうと再起動してから画面に何も無くなっちゃうよ!

6、再びコマンドプロンプト画面の話にもどります。次のように打ち込む。

 copy D:\wininet.dll %systemroot%\system32

 または、

 copy D:\wininet.dll C:\WINDOWS\SYSTEM32

(ちなみに上の2つはwininet.dllの入ったCDを使う場合の例であり、CDドライブがDドライブの場合です。)

(このコマンドによって、パソコン本体のもともとあった場所にCDに入っているwininet.dllファイルをコピーするのです。)

7、この後、もう一度アンチウィルスソフトを使ってウィルスをスキャンする。そうするとまたしてもW32/Alemod.f.dllウィルスが見つかった!

8、だけど、今度見つかった感染ファイルは wininet.bak だ!しかもプロテクトが外れているので、いちころで駆除された!!!おめでとぉ~

<しかし…>

あいかわらず画面上には怪しい警告文がアリマスカラ~ざんね~ん!

以上、今日はここまでです。

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2006年6月12日 (月)

あぁ、厄介なウィルスめ!

 店(ガソリンスタンド)にあるパソコンがウィルスに感染した。

 スタッフがムスタング(マスタング)って車を検索してたら、英語のサイトがあったんで見たとたん、わがMcAfeeが「トロイの木馬」発見!と言ってきた。ウィルスの名前は、W32/Alemod.f.dll なるもの。どうやらこのウィルスは駆除も削除も隔離もダメみたい。

 よくわからないままパソコンを再起動したら、何やらデスクトップに「警告!~」って英語の文字が!つたない英語力を駆使して訳してみると、どうも「あんたのパソコンは致命的なウィルスに侵されたぞ!」ときた。「あんたのIPアドレスは~だろ?あんたのCPUは~だろ!?」みたいな文があって、最後の方では「このウィルスをやっつけるならここをクリックしてね!」とか書いてあるし。

 冗談じゃないよ!名前も名乗らぬ奴の言うことなんて信じられないじゃ~ん!

 そうは言っても、困ってしまった…。アンチウィルスソフトは役に立たないし。再起動したのもまずかったっぽいし。おぉ、平和な日曜が一転悪夢のサンデーに(ToT)

 オレの知識では太刀打ち出来そうもないから、とりあえずデータだけは避難させるべくDVDに焼きまくり。ここ2年分のデータ、1層DVDで4枚にもなっていた!そして、OSの再インストールを…、と思ったけどこの時点で頭脳が限界に達し、「明日にしよう」ということになった。

 まったく、このウィルスは何なんだぁ!マカフィーのWebSiteで調べても該当無しだし。(ちなみにW32/Alemod.dllはあった。わがウィルスはその子孫だろうか??)

 明日は、とりあえずレジストリに追加されたらしい値をひとつずつ消去してみよう。それでもダメなら再インストだ。あぁ~、厄介ナリ。

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2006年6月 7日 (水)

今日のひと言2

神は何枚ものカードを持っている。

そしていつも最後には、

人間にとって「想定外」のカードを出す!

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2006年6月 4日 (日)

男と女の違いを発見!?

 オレはプロフィールでも言ってるようにガソリンスタンドで働いてます。女のお客さん、男のお客さん、いますね~(当たり前じゃ)。給油してる間に窓拭きとかやってます。当然ながら車内でのお客さんのさまざまな振る舞いを目にすることになるわけです。もう随分前に発見したことがあるんで紹介しちゃいますね。

 ドライバーさん、もちろん運転席に座ってます。で、後部座席にカバンとか置いてて、その中に財布が入ってたりするじゃないですか。それで、ドライバーさんは財布を取るためにまずカバンを取らなきゃなりませんよね、後部座席から自分のいる前の座席の方へ。その際の体の使い方が男女で違うんですよ。

 まず女性の方の場合…たいていの方は、全身を後部座席の方に向けます。そのためには運転席のシートの上にひざをついて「お座り」の格好になります。つまり、例えばオレが運転席のドアのところに立っているとしたら、オレから見て女性の方はオレに対して完全に背中を向ける(後姿を見せる)格好になるんです。

 そして男性の方の場合…男性の場合は、ほぼ体は車の正面を向いた状態で、ただ上体を左にねじって左腕を後部座席に伸ばします。つまりはオレに対して完全に背を向けることはないのです。

Onna_taisei

 言っておきますが、すべての女性がとかすべての男性がというわけではないですよ。女性の中にも半身だけひねる方もいますし、男性でも完全に後部座席を向いてしまう方も(ごくごく稀に)います。でも、まぁ感覚的に言って、8割の女性の方と9割以上の男性の方が今述べた体勢になります。

 このことから何が言えるか?オレ的な独断で言えば、まず男性というのは本能的に「敵」…って、この場合オレ(店員)ですが…に対してスキを見せないように振舞うということ。要するに「敵」が何か攻撃を仕掛けてきたらいつでも応戦できる体勢を常に維持しているのです。対する女性の場合は、「敵」から自分の大切なものを守るため体を張るという振る舞いをするということです。自分の大切なものとは恐らく子供ということでしょう。女性は本能的に、攻めてくる敵から自分の子供を守るために敵に背中を向けて子供を抱きかかえるような体勢をとるということだと思います。

 と、勝手な解釈をしてしまいましたが、ちょうどこの発見をした当時、あのベストセラー本『話を聞かない男、地図が読めない女』を読んでいたんで自然とこのような解釈になってしまったというのが本当のところです。みなさんはどう思いますかねぇ!?(今日はお客様の話なので文章が硬くなってしまった)

 で、上の本ですが、こちらです。(文庫版もありますよ)

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2006年6月 2日 (金)

今日のひと言

神はつねに偶然を装う

神はサイコロを振らないのかもしれない

けれど、サイコロを振っているように見せる

そして、

決して人間にしっぽを掴ませない

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お約束ってことで"ダ・ヴィンチ・コード"ネタ

というわけで..."THE DA VINCI CODE"

 どこの本屋に行っても必ず目に入ってしまう「ダ・ヴィンチ・コード」。文学作品なんて滅多に読まないオレとしては、この上なく目障りな本でした。最初はタイトルなんぞパッとしか見てなかったから「コード」じゃなくて「コート」かと思ってたし。ダ・ヴィンチが着てたコートの話題でみんな盛り上がってるのか!?はたまた、イギリスのウィンブルドンみたいな有名なテニスコートがイタリアにもあったのか!?とかマジに思ってたんです。ある日、チラッとめくってみると何やら絵画の中に隠された秘密に関する物語らしいということがわかった。で、それがわかったとたん、余計に本が遠い存在に感じてしまったのでした。だって絵とかに全く興味がなかったので。それでもいっこうに衰えない人気!(本屋の販売戦略だったのかもしれないが)。さすがにヒマをもてあまし&新し物好きのオレの心にも火がつき始めた。でも~、最後の晩餐とか裸の男の奇妙な絵とかを見るだけで「面倒くさそぉ」という思いを断ち切れないでいた。

 きっかけは、近所のコンビニに文庫本が置かれたことでした。つまりごく最近のこと。ついでにいくつかの解説本も買ってみた。そして何気なく読み始めた……

ナンダこれ~!?、オモロ~イ!!

 そりゃあ受験生の頃はとりあえず夏目漱石とかくらいは読んだことあったけど、社会人になってからはほとんど文学作品とは疎遠だったオレ。まさかこの本が生涯で2冊目となるマイベストセラー(?)になるなんて思ってもなかったのです。1冊目は?というと、『ループ』という本です。あの、『リング』、『ラセン』の続編のやつです。前2作は全く読んでなかったけど、何故か『ループ』を初めて立ち読みした時から運命的な何かを感じてたようですね。今までの人生で飽きることなく…どころか続きを読みたくて仕方ないと思ってしまって一気に読了した本(文学書)は『ループ』と『ダ・ヴィンチ・コード』だけでした。

 一体何がそんなに面白かったのかという点ですが、オレ的にはズバリ作者の腕前がみごとだったということでしょうね!って、それじゃ意味がわからないけど、わかり易さとか展開の仕方が早いし絶妙だとかが挙げられるかもしれないですが、とにかく「頭のいい人ほど、わかり易く説明できる」ということですかね!ただ、あくまで娯楽ものでしょうから、「読んでる人を惹きつけて離さない」という組み立てはみごとですけど、世の名作がそうであるような「読み終わってからしみじみ実感させられる、身体に染み込んでくるような感慨」、「人生観に影響を与えるような感動」というようなものは感じられないですけど。

 さて、内容についてですが、「ダ・ヴィンチ・コードの真実」とかいうDVDが出ておりいわゆる解説ものかなと思ってたら、なんとこれが…バチカン・カトリック側からの反撃のビデオだったというから驚き~!が示すように、この本はキリスト教にとってその存在にかかわるような衝撃的な内容だというんで世界的に話題になったんですよね。「ほぉ~、そりゃあ凄いことだ!この世界を揺るがすような問題作なら一度は読んでおかないといけないな」と意気込んで、期待と畏敬の念を持ちつつ読んでみたわけなんですが、終わってみると何のことはない、キリスト教信者にとってのみ衝撃的な内容だったというだけのことでした。キリスト教信者じゃない世界中の人々にとっては「どうだっていいじゃん、そんなもん」という本だったのですよね!ネット配信のニュース記事(毎日新聞)に「ダ・ヴィンチ・コード」に対する国ごとの反応などがありましたが、騒いでるのはどうも一部のカトリックの国だけみたいですね。イスラエルも冷めてるらしい、なんとローマでも決して国をあげて騒いでるわけでもない。映画もインドでの上映見合わせがひと頃あったみたいですが、フランスでは「ハリー・ポッター」ほどの人気でもないとか…。ただ面白いのは我が日本ではかなり盛況だということ。なんでやね~ん?!う~ん、日本人って「実は○○だったのだ!」的なネタが好きな民族なのかなぁ?

 というわけで、文庫本、ハードカバー、いくつかの解説本、英語版ペーパーバック、英語版イラスト付きハードカバー、朗読CD、ついでに「ダ・ヴィンチ・タロット」まで買ってしまったオレも、近々映画を観に行ってきます。ちなみに、今は勢いで『天使と悪魔』を読んでます。これも映画化されるんですね!そっちの方のロバート・ラングドン役もトム・ハンクスでお願いしま~す!

 さてオレ一押しの『ループ』を読んでないという人はぜひぜひ!ハードカヴァーもあります。…奇想天外、発想のすごさに脱帽、人間の存在そのものを根底から問い直させる内容、とかいろいろ言っておりますが、この本、どことなくジム・キャリー主演の映画「トゥルーマン・ショー」に発想が似てないかな?

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2006年5月31日 (水)

ブログのはじまり

自分のこと何て呼ぼう?「私」だと文章が堅苦しくなってしまう。「オラ」だといかにも田舎もんのド素人みたいで文の内容への責任を回避してるように思われそう。「わし」はちょっと無理があるし。「あたい」、「われ」、「Me」、「我輩」、「拙者」...どうも素直になれないし。やっぱ「オレ」だな!

で、何を書こうか?心の内をさらけ出す?たしかに、もしオレが自殺したり誰かを殺傷して逮捕されでもしたら、オレのブログがワイドショーの中で取り上げられるかもしれないし、きっとその内容を専門家とかが分析して何か動機になるような心理的傾向が無かったかと必死こいて探ろうとするだろうから、それはそれで面白いかもしれないけど、最初からそんなこと先取りして書こうってのも変だし、そもそも簡単に心の内なんて晒そうなんて微塵も思っていないから。なぁんて、ブログ名は「オレ的日々雑感」って設定してんだから、最初から書く内容は決めてんだよ。そう、日々の雑感です。そんな個人的な「感想」なんて他の人が見たってつまらないだろうから、誰かに読まれることは念頭に置かないようにしようかねぇ。でもホント言うと誰かに読んでもらいたいとも思ってたりするんだよ。やっぱりそのほうが張り合いあるから。

こんなことをズラズラと書くことになりそうだけど、まぁいいでしょう。

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