2009年8月 7日 (金)

のりピーに逮捕状!!

 酒井法子が容疑者にぃ!!!???びっくりした~!!!

 失踪の理由は「逃亡」だったのか~!?

 自分の表向きのイメージがイメージなだけに、本人も今まで苦しんできたのかもなぁ、、、

 自殺なんてことがないように、のりピーがしたたかであることを祈るばかり。

 のりピーに限らず、きっかけはちょっとした興味本位かもしれない。麻薬はかっぱえびせんのようなものだとは知っていても、いろいろ聞いてしまうと、ほんのちょっとだけ!という気になってしまうものなのかもしれない。「ちょっとだけ。本当に一度だけ、軽く試すだけ…」のつもりが想像以上に効果的だったりすると、「その次」が!!!

 いきさつが気になるところだけど、あののりピーが手を染めてしまったというのが事実だとしたら、そのこと自体が一番の世間に向けての警鐘となるだろう。

 のりピーが今後人生をやり直す道があるとすれば、恥を忍んで(そして中毒を克服して)、世間に向けて人間というものの弱さ、麻薬の恐ろしさを堂々と「告白」することじゃないだろうか。普通の人でさえいかに危険にさらされているかを白日のもとにさらすことで、逆にのりピーはヒーロー、いやヒロインになる!!

 あなたの勇気を!!

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2009年3月31日 (火)

あの高橋洋一教授が!?

 たまたまヤホー!……じゃなくて、YAHOO!のニュース見てたら大ビックリ!!

 えっ!?あの「霞が関・埋蔵金男」として有名な元大蔵官僚で“脱藩官僚の会”とか作ってサンデープロジェクトとかに出てた、東洋大教授の高橋洋一氏が!?

 銭湯で窃盗で書類送検された!!?

( → http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090330-00000754-yom-soci )

 『さらば財務省』って本書いたあのオジさん!

 いやぁ、、、にわかには信じられない話でおどろいた!!

 記事を読んでまず思い浮かんだのが、、、

「官僚に嵌められたか!?」

ということだけど、どうも彼自身「盗んでしまった」とか「申し訳ないことをした」などと自供してるというじゃないの……

 本人が謝ってるってことはやはり、ついできごころで…ということなんだろうか。

 まぁ、小泉改革の推進役の一人ということで、オレ個人としては好きじゃない面もある人だから、べつにどうという感情もないけど、、、それにしても「なぜ!?」という気持ちはある。

 どうも、不思議な感じがしてならない。

風呂屋の脱衣所で…

ロッカーには鍵がかからない…

 う~ん、、、彼はある意味有名人で、自分の社会的、世間的な立場をわかってないはずはないし。 金にだって困ってないだろうし。

 なのに「なぜ??」

 目の前に高級腕時計があったというんだろう?ブランドもんの。

 人って、やっぱそういうものが目の前に無防備に置かれていたら、つい手が出てしまうものなんだろうか?

 今どき、盗んだら足がつくとか考えられないもんなのだろうか??

 そう考えると、どうも違和感が出てきてしまう。

 そもそも、盗まれた被害者は、そんな鍵もかからないような無防備な所に、それも公衆浴場みたいなところの脱衣所、雑多な人間がいる場所に、ふつう現金入りの財布とか数十万もする高級腕時計を置くか!?金持ちばかりが集まる完全会員制のサロンとかでなら気を許すということもあり得るだろうが。

 それと、被害者がすぐに盗難に気付いた!というのはいいとして、すぐさまビデオをチェックして高橋氏の画像を確認し、彼が銭湯から出てきたところを捕まえた!というんだろ。妙に手際がよ過ぎる気がするんだけど。

 たとえばこんな状況だったらどうだろう、、、

 誰かが高橋氏を嵌めるために、宴会の帰りに酔った高橋氏を銭湯に誘う。そして、さり気なく高橋氏の近くのロッカーに財布や高級腕時計を見せびらかせるようにして置いておく。そして、またまたさり気なく高橋氏ひとりを残してさっさと風呂に入ってしまう。残された高橋氏は?

 いやいや、たとえそういう状況が意図して作られたのだとしても、、、たとえ酔っていたとしても、、、やっぱり盗んでしまったらダメだよな。

 でも、どうやら高橋氏は宴会の帰りでもなかったようだ。ご夫婦で風呂に来たらしい。とすると、よほど高橋氏の行動を知ったものの計画的な犯行か、それともやはりなんのトラップでもなく本当に偶然のなかで起きた窃盗事件でしかなかったと考えられる。

 まぁ、ストーカー判事だのセクハラ教授だのと、いわゆる「優秀な頭脳」をもっていると思われている人たちが事件を起こしているというのはある意味不思議な気がするけどなぁ。そんなもんなのだね、「優秀」だからって物欲、金銭欲、性欲にすべて打ち克てるわけじゃないということだ。「頭がいい」ことと「犯罪をしない」こととはまた別の話なんだね。

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2008年11月27日 (木)

舞鶴女子高生殺害事件で重要参考人

 近所の性的倒錯者がいちおう容疑をかけられてるようだね。被害者は全裸だったが性的暴行のあとがないから不思議だと言われているけど、目的は下着だったんだろうから、、、

 夜歩きしてる被害者と話してるうちに「下着が欲しい」と思って殺すしかないと思った…そんなとこだろう。

 だったら押収した大量の下着の中にあるんじゃないのかな、、、それを誰がどうやって特定するかだけど。

 今日、明日と家宅捜索の予定だったけど、どうやら一時中止となったようだ。これから警察はどうするんだろう?やっぱり押収品の中から証拠を見つけるしかないのかな!?

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2008年11月25日 (火)

元厚生トップ連続殺傷事件ふたたび

 せっかく「たけしの日本教育白書2008」を見ていたのに…ちょうど石原都知事が生出演した時、< 元厚生次官宅連続襲撃事件で 「次官刺した」と男が警視庁に出頭 >のテロップが…

 ここからはもう連日連夜どのニュース番組でもあの小泉容疑者の姿が!!

 正直いって驚いた!もうそろそろ"犯人が捕まった!"ってニュースが流れるんだろうなと思っていたら、なんと警察が捕まえるよりも先に犯人が出てきちゃったんだから、、、

 それにしても奇妙な事件だ……なにしろせっかく自分から犯人ですと名乗り出てきたのに、なかなか犯人と断定してくれないんだから。

 つまりそれだけこうした「重大事件」で犯人がのこのこ出頭してくるのは珍しいってことなのかね。警察の方もかなり慌ててしまったんじゃないかな、、、「ち、ちょっと待ってよ、犯人ですって言われても、そう簡単に信じるわけにはいかないんだからさぁ…」みたいな。ある意味これは画期的な出来事なのかもしれないな。これからは何か事件があったら、犯人が次々と自首なり出頭してきたり…。(おいおい、凶悪事件など起こってはならないのが前提でしょ!不謹慎だな!。。。と、こう書いてフォローしておかないと非難を浴びるだろう)

 でもさぁ、、、いまだに疑問だらけみたいだね。大きいのは「動機」、それから「生活費の工面」、あとは「本当に単独犯なのか?」ってこと。

 「動機」については、本人が「保健所に家族を殺された仇討ち」って何度も言ってるんだからそれでいいんじゃないの?子どものころに愛するワンちゃんを殺されたのが相当ショックだったんだろう。で、「大人になったら」復讐してやると思ってたというんだから、きっとチョー根に持つタイプなんじゃないの?なんか、、、30数年ものあいだ、ずっとそのことを胸に秘めて生きてきたなんてドラマでも見てるような気がする。

 ま、いくらなんでもこの恨みをずっと保ち続けてきたというのには無理があるだろう。

 問題を解く鍵は彼が大学に入ってからにありそうな気がする。なにか「動物愛護団体」か「政治的思想集団」、あるいは何らかの「宗教的組織」と接触を持ち、そこで感化されたような気がする。

 もし彼が今回のような事件を起こす思想的背景を自分自身で導き出したんだとしたら、やはり彼は「優秀」な人間なんだろう。

 もしそうでなかったら、先に言ったような何らかの集団からの思想的影響があったと考えるだろうな。というのは、、、

 報道機関宛のメールにあった、「決起」という言葉。「何の罪もない50万頭ものペットを殺し続けている」という文。

 それと、世の中を動かしてるのは政治家じゃなく高級官僚だということを大学へ入って「学んだ」と供述してること。。。この話からは、単に自分の愛犬がどうのというレベルを超えた、「反体制」的な考え方が見てとれる。

 また、あの「堂々とした」顔から何かしら「信念」のようなものを感じるのは、彼が「自分は正しいのだ!」といった考えている証拠だろう。それが彼自身の頭で築き上げられたものなのか、それとも何らかの組織・集団からの感化の結果なのかがポイントのような気がする。それは同時に、「生活費等の工面」の問題、「単独犯か否か」の問題とも関係してくるだろうから。

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2008年11月21日 (金)

NHKで振り込め詐欺についてやってた

 おとといのNHKクローズアップ現代で「振り込め詐欺」についてやってた。10月から700人態勢でATMなどを警戒していたらしいけど、それでも被害者が後を絶たないというんだから困ったもんだ。

 被害に遭ってしまうのは地方に住むお年寄りが多いとか。しかも特別だまされ易い人というわけじゃないとか。犯行グループの巧みさには思わず脱帽しちゃうけど、人間って案外マインドコントロールされ易いみたいだね。

 余談だけど、、、オレもうちの後輩くんへのマインドコントロールに結構な確率で成功している。人ってよく気付かないうちに頭に残った音楽のワンフレーズを口ずさんだりすると思うけど、今のわが店のブームはインテルのCM音楽だ。

 「セントリーノ、セントリーノ、セントリーノォ~♪♪」

 朝、後輩くんが出勤したら、それとなくWebサイトを開いてこの音楽を流し続ける。そうすると…ほぼ一日中、口ずさんでいる!(とはいえ、このオレも同じく口ずさんでるんだけど…)

 それはそうと、我々日本人が特にそうなのか(なかでも高齢者の方!?)、それとも他の国でもそうなのかは知らないけど、自分のかわいい息子とか孫とかといった身内のことはどうしたって無条件に信用してしまうもんだ。というか疑いたくないと思うもんだ。

 オレにもかわいい甥っ子がいるけど、結構しばらく会わないうちにびっくりするほど大きくなっていたり、声変わりとかしてたりする。もしも突然甥っ子から電話がかかってきて

「お兄ちゃん、久しぶり!○○○だよ」

と言われたら、(おぉ、しばらく会わないうちにずいぶん声も変わって大人になったなぁ…)なんて思ってしまうだろう。(本当に本人か?)なんて疑おうとせず、間違いなく「好意的」に受け止めるはずだ!

 要は、犯行グループはそういう人の情につけこんでくるわけだよな!

 そういうところが許せないけど!!

 で、いくら「だまされないように!」と注意喚起しても、そんな我々の情を否定するような訴えかけはあまり効果がないだろう。なんか、、、「自分以外はまず疑ってかかれ!」なんてのが常識となる世の中ってさびしい、、、

 だから、電話を受けた時点で食い止めようという試みは、やることは必要だと思うけど現実には効果がうすい気がする。

 振り込め詐欺という犯罪全体の流れのなかで、じゃあどこでどういう対策が有効なんだろう??

1.リーダー格が手下を「闇サイト」などで集めるところ。闇サイトを四六時中監視し、警察が潜入捜査をする。 ……これでリーダー格までたどり着くのは難しいらしい。お互いに名前も素性もぜんぜんわからない組織形態をとるそうだから。手下が捕まったら「トカゲのしっぽ切り」のようにすぐに切り捨ててしまうということだ。

2.ターゲットとなるお金持ち(?)の人物リスト、個人情報が流出しないようにする。 ……これも難しそうだ。

3.だまされて振り込みに行くところで食い止める。銀行窓口やATM、コンビニATM。 ……被害者によれば、「そのとき」はとにかく完全に思い込んでしまっているのでいくら行員や警察官に注意を受けても「自分だけは大丈夫だ」とはねのけてしまうという。

 上述のように、マインドコントロールされるのは仕方ないと思うしかない。

4.振り込まれた現金を引き出すところを押さえる。 ……やっぱ、ここしかないかなぁ。なんとか「本人確認」の手段を厳格にし、第三者が容易に引き出せないような技術を開発することは難しいだろうか!?できたとしても口座を作るとき面倒かもしれないけど、、、

 要するに、犯人たちを捕まえるんじゃなく、引き出し(や振り替えなど)を不可能にして犯行そのものをあきらめさせるってことだけど、、、これも現実的じゃないかもね。

 それにしても、日本の警察ってもっとすごいのかと思ったら、意外とダメなのかな?だって、番組で偉い人が言うの聞いてたら、結局「いまのところ、これといった有効な手だてがない」という話みたいだし。警察からの要望としては、「携帯電話の通話履歴をもう少し長く残せるようにして欲しい」って、キモはそこか!!

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2008年11月20日 (木)

元厚生トップ連続殺人および殺人未遂事件

 「俺を見捨てたこの国が憎い。日本の代表は総理大臣だ。だから総理大臣を殺してやる!」といって総理を殺したところで何が変わる?それとまったく同じことだ。きわめて短絡的、幼稚な発想としか言いようがない。

 政治的とか思想的信条といったものがまったく感じられない。まさか両氏をよく知る人物による個人的恨みによる犯行とも考えられない。年金制度、数々の年金をめぐる不祥事に怒った末の犯行だろうことは国民の誰もが感づいていることだろう。

 犯人もわかっているのかもしれない。特定の個人を狙ったところで「的外れ」であることは。それでも自分の気持ちを何かしら社会的にインパクトあるかたちで表現したかったのかもしれない。組織的、いや国家的に行なわれていることであるから、個人を殺害したところで何も変わらないことはよくわかった上での犯行。

 仮に「とにかく社会に対する抗議の意思を示すため」という理由でこのような凶行に及んだのであればふざけるのもいい加減にしろ!だ。あの「誰でもよかった」という無差別殺人者の心情と本質において変わらないじゃないか!目的は社会全体への復讐(というか逆恨み)による犯行、ただその矛先を自分にとっての「幸せな人たちの象徴」としての秋葉原の人たちに向けたのと同じように、年金行政全体への恨みの矛先を「年金制度の象徴」的存在である人間に向けたということなら…。

 さらに卑劣で許せないのは、もし犯人にそれなりの信念があっての凶行だったにせよ、なぜ当事者本人だけを襲わず、その家族までも狙ったのかということだ。これだけで犯人はただの殺人鬼になったわけだ。これをもっていかなる大義名分も立たないということになる。

 そのうえ、今回の犯人には本当の勇気がない。国家という権力そのものに立ち向かうだけの勇気がない。だからやり方を完全に間違えている。

 だがやり方を間違えただけでは済まない。相手がどんな人間であれ人の命の重みというものがあるはず。命の重みを知らない者に自らの不遇について語る資格もない。

 それにしても不気味なのは、もし仮に年金制度に対する個人的な逆恨みによる短絡的な犯行だとしても、宅配業者を装ったり、結果的に逃げおおせて次の犯行まで可能にしたり、なにより正確に「年金のスペシャリスト」と呼ばれた両氏を狙ったりできるというその巧みさ、冷静さ、周到さだ。業者の格好をして静かに殺人をやってのけ、ゆうゆうと車で逃亡したあのドラマ「SP」に出てきたテロリストを思い出した。

 いずれにしても、早く捕まることを祈るのみ。

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2008年8月 8日 (金)

親の愛とエゴとかん違いと…

 埼玉の長女による父親殺し事件で、長女の供述内容がニュースになった。学校の成績のことを親に話せずに悩んでいたという。人間関係に疲れたという動機、この人間関係というのは親との関係を言っているのだろうか?

 ドラマのモンスターペアレントは大変興味深く、毎週見ているお気に入りのひとつだけど、まぁあんな極端な親も実際にいるのかなぁと不思議になるけれど、仮にいるとして、きっと本人(親)はそれを間違っていないと思ってやっているのだろう。そして自分がその「モンスター」だなんて決して思っていないのだろう。

 親の子に対する愛は疑うべくもないものだ。だが、愛というのはそもそもわかりにくい概念だ。私たちの用いている「ことば」というものは、私たちがあるものを表現したい(誰かに伝えたい)と思ったときに無くてはならないものだけど、反面でうまく区別できないことを同じひとつの言葉で表現してしまって、それに自分自身が納得してしまうということもある。「ことば」が私たちの思考内容を逆に規定してしまう。

 これは「子どもへの愛」だと本人は思っていても、もっとよく考えてみたら親の一方的な思いを押し付けてるだけだったということもある。

 ドラマモンスターペアレントで哀川翔が医者役で出演した回では、子どもを勉強させて医者にすることが子どもの幸せだと親が思い込んでいたが、それが子どもにとって本当に幸せな生き方なのかを問う内容だった。

 2006年、奈良でのエリート少年による自宅放火事件。父親の勉強に対する厳しさ、そのための暴力が事件の引き金になった。少年は、あるテストの成績が父親に知れたら殺されるのではないかと真剣におそれ、父親を殺す計画を立てていた。

「なんでこんなに勉強させられなあかんのや」、「なんでパパからこんなに殴られたり蹴られたり暴力を受けなければならないんや」、「一生懸命勉強しているやないか」

そして少年はパパを殺そうと思うようになったという。(『僕はパパを殺すことに決めた』草薙厚子著・講談社)

 今回の長女についてはまだ動機の全容がわからないが、上と似たようなものだとしたら、それは子どもに何か共通の問題があるのか?それとも親の方に共通の何かがあるからなのか?

 前に、格差社会における親や子どもの「勝ち組」強迫症みたいなものがあるのではと書いたけど、勉強させて「いい高校、いい大学」に子どもを行かせることが「唯一の」子どもの幸せなのだという考え方はまさにその典型じゃないかな?

 親のそういう願いはもちろん間違いとは言えないだろうけど、肝心の子どもがその中で悩み苦しんでいるのだとしたら、それはやはり部分的な正しさでしかなく、もっと別な正しさもあるのだろう。正しさの中身がひとつではないように、愛の中身もひとつではないと思う。

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2008年7月24日 (木)

八王子通り魔(3)解決法!?

 またしてもわが店の同僚(後輩)くんがすてきな発言をした。

 今朝、昨日の地震の話とか雑談していて、ふと八王子通り魔事件の話になった。すると彼いわく、、、

むしゃくしゃしてやったって言ってんじゃん。だったらさぁ、、、日本政府がそういう人を募集して、世界の戦争してる国に兵士を貸します、いや、あげます!とかいって戦場で思う存分戦ってもらったらいいじゃん!」

 なるほど、、、

「もしくわ、国が金が無いっていってんでしょ。だったら、その兵士をひとり100万円くらいで売ってさ、、、」

 これはブラックジョークだけど、普通の庶民感覚って案外そういうもんだ。

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八王子通り魔(2)違和感

 感覚が違うのかなぁ…

 一夜明けてからだとはいえ、、、

 殺害された被害者のバイト先書店の同僚(後輩)のインタビュー。テレビで見たかぎりでは、ニヤけてた気がするんだけど。たぶんオレが同じような状況にあったら、しばらくは沈んでる気がする。

 あと、会見をしてた中央大学の方(たしかゼミの先生?)。なんであんなに淡々としかも軽やかに語れるんだろう?たとえ切り取られた一場面だとしても。

 そういえば秋葉原事件のときも、事件現場でテレビのリポーターの背後ではしゃいでたやつらがいたっけ。あれもわけわかんない。

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八王子通り魔

 無差別殺傷事件、、、

 もうここまで続くと「なぜだろう…」とか考えてみる気もしなくなる!とりあえず犯人を死刑にしてはダメだ!一生償わなきゃだめだ。彼にできる第一のことは、一生被害者に頭を下げること。そして第二に、あらいざらい自分の心のうちを世間に向かって告白すること。なぜ凶行に走ったのか?なぜ誰でもよかったと思ってしまったのか?なにが不満だったのか?犯罪行為をどう認識していたのか?自らの心の内面をあますとこなく白日の下に晒すことが彼の被害者に対する、遺族に対する、社会に対する償いになると思う。

 派遣労働を転々として「負け組」と思っていたのか?やりがいとか生きがいを感じられず苦しんでいたのか?日陰の存在と思っていたのか?小中と疎外されいじめられていたせいか?本当はどんな自分でありたかったのか?他人の人生を絶ってしまうことに対して思いを至らせたりできなかったのか?何が自分をこのような状況においやったと思うのか?身勝手、自己中心的だとは思わないのか?なぜテレビにでて有名になりたいと思ったのか?一体誰に対して、何に対して不満を持っていたのか?土浦や秋葉原事件を見て、その犯人の行為を知ってどういう感じを持っていたのか?自分のしたことの弁明は?その償いはどうすべきだと思うか?

 聞きたいことは山ほどあるのに、、、

 ガソリンスタンドで働くオレ、単純労働だし、長時間労働だし、給料も安いし、この原油高でいつどうなるかもわからない状況だし、「負け組」だと自分が思ってしまえば、たぶん「負け組」意識が芽生えるだろう。

 派遣労働者だっていっぱいいる。たしかに(大)企業の都合でこんな社会になってしまったと考えれば(大)企業のせいだろう。好きなときに使って、好きなときに切り捨てられて、まったく(大)企業にとっては都合の良い「制度」だろう。そういう社会背景的な問題もそれはそれで考えなくちゃいけない問題だ。

 だが、そういう人がみんながみんな不満ばかりため込んで生きてるわけでもない。それでも家庭を築いて一生懸命働いてる人だっている。「しあわせ」に暮らしている人もいる。

 子どもの頃から集団になじめず、いじめをうけていた人だって、みんながみんな被害者感情を引きずっている人だというわけでもない。立ち直ってる人もいる。

 悲しいかな、いまこうしてる間にも「境界」で不満をため込んでる犯罪予備軍がいることだろう。あらたな「方法」の提供に触発されて、「次は自分だ」と思い始めてる人がいることだろう。

 テレビでいくらいろんな人がコメントしても、偉い先生が分析しても、ダメだと呼びかけても、そういう人たちは結局は「勝ち組」じゃん!くらいにしか思われないだろうな。

 「負け組」って概念を作ったやつが憎らしいけど、まぁそれも時代の必然なんだろうから仕方ない。そういう言葉ができてしまった以上、自分をそう規定する者が出てくるのもまた仕方のないことだろう。馬鹿げていると言おうとなんだろうと、現実に起きてることだ、認めないわけにはいかない。

 そういう「意識」を持ってしまった人がいるという前提で、いっそテレビ番組をつくろうじゃないか!

 「負け組だよ、全員集合!」でもいい。

 「朝まで生負け組」でもいい。

いくらテレビで「負け組じゃない人たち」があれこれ言ってても、「負け組」の心を動かすことはできないだろうから、ともかく当事者である「負け組」を集めてきて、心ゆくまで討論なり議論なり愚痴のこぼし合いなりさせるといい。そういう番組をゴールデンタイムに放送して、同じような気持ちで悶々としている人たちに訴えかけようじゃないか。

 ……そんなこと根本的な解決ではないかもしれないけれど。

お!すごい地震だ!!!!

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2008年7月20日 (日)

少年少女の犯罪

 格差社会のなかで、とにかく勝つか負けるかという考えが蔓延してる気がする。受験競争というのは昔からあったんだろうけど、いまはもっと深刻化してるんじゃないだろうか。子どもたちの…学校現場ではどうだろう?

 優等生が、内気な子が、おとなしい子が、キレてる。キレるのは食べ物のせいで脳がおかしくなってるのかもしれないし、ゲームやネットも「脳内汚染」の原因かもしれない。あるいは社会の状況にもっとも敏感に反応してるのが子どもたちなのかもしれない。

 「勝つ」ことがとっても大きな価値になっていないか。学校現場で、家庭で、子どもたちは知らず知らずにそういう負荷を受けているんじゃないか。

 バスジャックの少年は親を困らせる=親に勝つために必死になった。バスジャックは手段でしかない。少女は父親に勝たねばならなかった。相手を殺すことは究極的に相手に勝つことになると信じてるとしたらこわい。いっぽう、自分が「負け組」だと悟ると虚無的になって自殺したり死刑を望んだり、自暴自棄になって無差別殺人に走ったり、、、

 ついこの前は「自殺の連鎖」といって騒がれていた。いまは「殺人予告の連鎖」といって騒いでる。連鎖は仕方ないことだよ。それがもっとも自然なことだし。真似するのはごく自然。自分が死ぬのも無差別に殺すのもすべて手段だから。根っこにあるものを探し出さなくちゃダメだ。これからも形をかえていろんな「連鎖」がおこる。ネット予告が出来るのはそういう環境が出来たためでしかない。ネット自体の問題もあるだろうけど、ネットが無い時代にはそれなりの別の形があったんだろう、いやあり得たはず(昔もいまと同じような根っこの問題があったとはいえないから、あり得たと言った方がいいだろう)。

 格差社会をなんとかしないと、これからもますますびっくりするような犯罪が絶えない気がする。

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2008年6月23日 (月)

繁華街やばいね!

 大阪の通り魔事件。

 何があったんだか、どんなうっぷんが溜まってたんだか知らないけど、なんで他人を傷つけるんだかねぇ!しかも無差別に。対象が無差別ってことは特定の人に対する恨みとかじゃないんだろうね。

 この女性だか男性の変装だかわからないヤツ、黒い帽子と黒いワンピース、、、人間ってできるだけ目立ちたくないと思ったら黒を選んでしまうものなのかな?

 それにしても繁華街はいま危険地帯だから、繁華街を歩かなくちゃならない人は鎧でも着て歩くしかないでしょう。

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2008年6月19日 (木)

3人の死刑が執行ですね…

 死刑存置派、廃止派それぞれの主張を比べてみると、どっちも「なるほど!」と思えてしまう。

 (たとえばウィキペディア→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E5%88%91%E5%AD%98%E5%BB%83%E5%95%8F%E9%A1%8C

 世界の先進国では死刑廃止の流れになっているみたいだけど、日本では逆に死刑存置が多数だ。オレのまわりの人に聞けば100人中99人は死刑当然!になると思う。

 若い人で死刑廃止を主張するのは大学の法学部生か、アムネスティで活動してる人たちか、少しでも西洋思想を勉強した人くらいじゃないの?…それは冗談としても、、、

 オレとしては、正直どちらだとハッキリ言えない。たぶんごく自然に考えれば死刑はあって当然だろうと思う。それどころか、抑止効果を発揮させるんだったら、いまの執行方法ではぜんぜん生ぬるい!とさえ思ってしまう。

 猿ぐつわをして素っ裸で全国横断的な引き回しをしつつ、少しずついたぶりながら最大限の苦痛と、そしてなにより屈辱を味わうくらいのことをしないとダメだろう!と、、、そもそも抑止効果(予防効果)は犯罪を起こすことをためらうようなくらいじゃないと意味がないんだし。

 だが、そんな方法をとったら一番苦しいのは執行人だろうな。現在でさえ執行官はかなり精神的に負担を強いられているんだから。(そのひとつの理由は、死刑囚をいつまでも生かしておくことだ。悔い改めて「まともな」人間にしてから死刑を執行させねばならないこともある)

 それはともかく、われわれ(日本人?)の自然な感覚からすれば、凶悪犯罪を犯したものが死刑になるのは当然だという意見が多数になるのは明らか。

 だけど問題なのは、多くの人が「死刑は当然」と軽く言いながら、いざ裁判員として量刑判断を迫られることに考えを至らせると、判を押したように「死刑なんて言えないや!」という、その感覚。つまり、死刑は当然だと当然のように言うそのときの死刑がどこか空虚で抽象的で観念的すぎるように思うわけ。そんな感覚的な(感情的な)内容である「死刑賛成」の声を「世論」だからといって公言しちゃっていいのだろうか??

 そもそも、死刑存置というのは自然な感情として容易に受け入れられるものだけど、一方の死刑廃止という考え方は、やっぱりそれに至るまでに理性的な価値判断を介在させないと出てこないような類のものだと思う。つまり、死刑に賛成という意見形成には、「被害者遺族感情」とか「(因果)応報」といった誰にでも馴染みのある感覚だけでこと足りるのに対して、死刑廃止のそれは、「人権」とか「憲法の精神」とか「冤罪の可能性」といった理念だとか潜在性という反省的な思考が必要というわけ。

 さっきやってたNEWS23で、視聴者からのメールが紹介されていたけど、その中のひとりが、「鳩山法相になってこれで○○回目だ!などと報道するのはやめてほしい。まるで死刑廃止論へ誘導しているみたいだから」といった趣旨のことをメールに書いてきていた。思うに、死刑廃止論はそんな風にあえて誘導するくらいのことをしないといけないくらい「頭で考えること」を要求するものなんじゃないのかな、と。。。

 で、なんだかんだ言いながら、要するにオレとしてはもうちょっと各々の主張について学んでからじゃないと決断ができないということだ。だし、、、同様にこの日本でも感情論だけじゃない部分でもしっかりと議論してかなきゃいけないんじゃないだろうかと思ったわけ!、、、いや、オレだけ無知だったというならそれでいいんだけど、、、(#..#)

 ほわぁぁ、ネム!

 また明日、眠たそうな顔してて同僚に叱られる、、、

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2008年6月18日 (水)

そして本当の殺人者は笑う

 九州の殺人予告で17歳少女が捕まる。広島の殺人予告で19歳少年を逮捕。静岡の殺人予告で29歳男性逮捕。新潟の放火殺人予告で13歳の少年を補導…

 奇妙な光景、、、

 匿名で掲示板に載せ、匿名の通報によって、次々と容疑者が逮捕されていく。

 誰がどこで見ているかわからない。ちょっとした「いたずら」のつもりで、気軽に書いた掲示板への書き込みが、どこの誰かに見られていて、通報される。なんだか聞いたこともないような罪名で逮捕。いまやネット上ではうかつに書き込みできなくなっている。見えない「通報者」におびえ、すっかり萎縮してしまっている。結果だけは報道されるが、実際にその書き込みがあったのか、どのような書き込みだったのか、誰が通報したのか、まったくわからない。

 逮捕されたという報道自体の信憑性は?ひょっとして架空の話だったりして。

 秋葉原事件などネットへの予告犯罪が起こるたびに、それがよい口実となって監視、取り締まり、管理がどんどん厳しくなっていく。なんといってもそれは国民自身が望んだことなのだ!

 そして、本当の殺人者は陰でこっそりと笑っている。いまや丸裸にされつつあるネット上にわざわざさらけ出すバカもいないだろう。やっぱり切り貼り文字をコンビニのFAXで新聞社などに送りつけるという古典的な犯行予告がベターかな、、、なんて書いたら、、、

 いまもどこかで殺人者はかろうじて心の均衡を保たせつつ、いつか振り子が大きく振れる日を待っている。そういう不安定な均衡をこの社会は抱えている。

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2008年6月14日 (土)

秋葉原事件の残滓

 アホやな~

 情けナ~

 しかし、これは深刻だわぁ、、、

 山形の29歳と、大阪の大学4年がネットへ犯行予告の書き込みをして逮捕されたと報じられた。

 その単細胞ぶりには呆れるけど、簡単に書き込んだ人間を特定できてしまうということに200倍くらい驚いた!!

 至るところにある監視カメラの存在といい、匿名で書き込んでも簡単に判ってしまうことといい、なんか危なくね?

 超監視社会、超管理社会の到来は実はすぐそこまで来てるのかな??

 『裁判員制度の正体』(西野喜一著・講談社現代新書)のなかで触れられていたことだけど、氏の主張では「裁判員制度」の危険性のひとつに「国家が国民を強制的に徴集できるようにするための地ならし」(こういう表現ではないけど)という意味があるということだ。裁判員に選ばれた国民は特別の事情がない限り参加を強制され、背いた者には罰則がかけられている。また国民はもっと国のために奉仕すべきだという理屈が憲法上許されるとなれば、将来国のために命を投げ出すべきだという徴兵制も同様の理屈で許されてしまうわけだ。ここに著者は警鐘を鳴らしている。

 題名は忘れたが、たしかジャーナリストの斎藤貴男氏も超管理社会についての本を書いていたように思う。

 いずれにせよ、このように簡単にネット利用者が特定されてしまうと、たとえば国家・体制に批判的な者の摘発もその気になれば容易に出来るということだ。

 おぉぉコワっ!オレも「政府はなにやっとんじゃ~!」なんてうかつに書けねぇや。気をつけなきゃ、、、

 それにしても、「犯行予告」ってなんだろーね??予告しちゃったらばれ易いに決まってんじゃん!予告すること自体が目的なら「勝手にやってろ、ばか!」といいたいし、それで世間を騒がせることでストレス発散してるんなら人間のレベルが低すぎるし、そうじゃないんだったらもうちょっと周到にやれよ!怪盗ルパンじゃないけどやっぱりそこに美学がなきゃダメだろうよ。また、酒鬼薔薇の場合はわからんけど、犯行声明文ってものにもそれなりの政治的意図だとか相当の覚悟というものがあるのが本来だろう。

 だいたい真似する時点でニーチェのいう「畜群」と同じだっての!「あいつがやるからおれもやろー」「赤信号、みんなで渡ればこわくない」「だって~、○○ちゃんもやってるも~ん」って、小学生か!小学生にもいないよ!

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2008年6月13日 (金)

無差別殺人を考えてる方へ

 親愛なる諸兄

 あなたが思い描いている「くわだて」は、わたしたちの社会にとってどんな意味があるかを教えてあげましょう。

 社会にたいしてよほど恨みつらみがあるのでしょうが、もしそのことを実行したら、あなたにとっては相当みじめな結果に終ることになるのです。

 はっきりしてるのは社会への恨みを無差別殺人などで晴らそうとしても、そのときだけはワイドショーなどをとおして注目されるでしょうが、それとてただ面白いことに飢えている大衆の好奇心を満たすか、専門家に実験材料を提供して歓迎されるのがおちで、しばらくすれば誰からも忘れられるか、「あいつは馬鹿なやつだったよなぁ」といって笑いのタネにされるだけの存在でしかないということです。

 ただし必ずしも悪いことばかりだとも言えません。もっともあなた以外のすべての人にとってではありますが。というのは、あなたの行為はあなたが仕返しをしてやりたいと願っている社会にとってたいへんな痛手となるどころか、反対に社会はその行為によってより強くなり、より賢くなり、やがていっときの苦悩を乗り越えてさらなる高みへ歩みをすすめることになるからです。しかも、社会のすすんでいく方向は、間違ってもあなたがそうあって欲しいと望んだ方向へすすむことはないでしょう。

 「最期は華々しく散ってやろう」、「最後にひと花咲かせよう」などと思うのは勝手ですが、あなたが何を思おうと結局のところあなたは社会にとっての単なる踏み石(*)以上のものではありません。

 (*)踏み石……玄関先にあり、人が脱いだ履き物を置く石。人の役に立つものですが、ただの石ころということには変わりありません。

 じゃあこのうっ積した怒り、憎しみをどうすればいいかって?そんなことは自分で考えてください。

 こんなこと書いて、べつにいいこちゃんぶってるわけではないし、同情しているわけでもないので誤解しないでください。

 オレもまいにち、自分の子どもくらいの歳のおにいさんおねえさんに頭を下げて愚痴りたい気持ちを腹のなかに押し込めながら仕事をしているので、ときどき抑え込んだエネルギーに手を焼かされますが、幸いにもB型ということで(?)天性の楽天的性格と、他人に迷惑はかけるべきではないという社会の最低限のルールを知っていることと(いや、些細な点では迷惑ばかりかけてるかもしれませんが…)、馬鹿なことをして自分がみじめになることだけは避けたいというプライドとを持ち合わせているため、間違っても無差別殺人に走ったりはしません。むしろ、絶望したら自ら死を選ぶでしょう。

 まだ仕事の途中なので、このへんでやめときましょう。

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2008年6月12日 (木)

秋葉原事件K青年のこと

 K容疑者(以下「彼」という)についての専門家の分析という記事を読んでみた。

( 記事URL→ http://netallica.yahoo.co.jp/news/37569

 限られた情報からだけど、オレはこう思う。

 福井へナイフを買いに行ったときのレジでの彼の笑顔が印象的だった。どことなく落ち着かない様子、そわそわした様子、レジの女性(だよね?)の応対に満足していたようだ。サイトへの書き込みで、「店員さん、いい人だった」と率直ととれる感想が書かれている。そのあと「人間と話すのって、いいね」と。すぐあとには「タクシーのおっちゃんともお話した」とある。もちろんそれが型どおりの接客にすぎないのだろうとも考えていたと思うが、このちょっとした他人との屈託のない触れ合いが彼の決意を少しでも弱らせてくれていたらと思ってしまったのだが…。でも、すでに彼の閉ざされた心は簡単には開かないところまできていたのだろう。

 徹底的なまでの自己卑下。被害者意識だ。

 彼は小学生時代には皆から一目置かれる存在だったそうだ。少なくとも彼の主観的にはヒーローであり、皆から尊敬される存在だったのだろう。このときの心地よい感覚がずっと彼にとっての拠り所となっていたのだろう。自己愛的な万能感に満ちたこうした経験が彼の願望として無意識下でずっと彼を支配し続けた。願望であることは、彼が見た「夢」からうかがい知ることができる。6月4日早朝の書き込みにはこうある。「おかしな夢だった」「唐突に小学生の頃を思い出した」「人生にはモテ時期が3度あるらしいけど、俺のモテ時期は小4、小5、小6だったみたいだ」

 高校進学以降の挫折。その現実を彼は「否認」しようとしていただろう。「こんなの本当の俺じゃない!」「本当の俺はもっとすごい人間なんだ!」…「否認」というのは自己防衛心理のひとつだという。その間、まさに小学生時代が彼にとっての拠り所だったはず。

 それでも否応なく突きつけられる現実!!彼にとって不本意だったであろう短大進学、派遣労働、単純作業。6月5日早朝の書き込み「派遣がやってた作業をやりたがる正社員なんているわけない」「自分は無能です、って言ってるようなもんだし」。また6月6日には「誰でもできる簡単な仕事だよ」とも。「工業も運輸も、底辺か」「勝ち組はみんな死んでしまえ」と書いてるように自分を「負け組」と認識し、そこから一生抜け出せないという考えに固執してしまっていたようだ。

 逃れられない現実!!!

 それでも人間には自己防衛心理(自我の防衛機制)というものが働いてしまう。それは自分を「被害者」とすることだった。責任を「不細工な顔」に押し付けること。顔がそうなのは自分のせいではない。こんな顔に生んだ親のせいだ!と。

 彼にとっての執拗なまでの「彼女」願望。彼にとって彼女という存在は何だったのか?もちろん性欲はあるだろう。誰だってある。ただそれ以上に彼にとって彼女ができるということは、自分の自己愛欲求を充たしてくれることになるはずだった。そう考えられるんじゃないだろうか。6月4日夜の書き込み、「女性にとって、彼氏は自分の価値を証明するもの」。つまり女性に選ばれるということはそれだけその男は彼女にとって(世間一般にとっても)価値のある存在だということの証なのだ。彼にとってはそれが逆証明だ。

 「彼女なんか絶対できないのに」「諦めれば幸せになれるのに」…諦めるということは自分の拠り所の放棄だった。自分にとっての誇りを捨てることだった。自分が昔の栄光という幻想に固着していること、それが彼の歩みを止めていることをうすうす彼も分かっていたのかもしれない。だが、それを捨てることは自分を捨てること、人生を投げ出すことになるとも直感的に感じていたのかもしれない。客観的に見たらそんな直感は間違っているのだけど、そこまでわかっていて教え導いてくれるような人もいない。

 「心の闇」というまでもなく、比較的単純な心理ではないだろうか、というのがオレの考えなんだけど。

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2008年6月11日 (水)

秋葉原無差別殺傷事件について

 5月末頃携帯サイト上でネット族たちとやりあってたらしい。みんな殺してやるなどと発言していたらしい。そこまでは追ってられなかったが、とりあえず今朝入手した6月3日から7日(事件前日)までの容疑者(以下「彼」)の書き込みについて感じたところを書いてみる。

( 出典URL→ http://www.kotono8.com/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F%E9%80%9A%E3%82%8A%E9%AD%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 ※ここの管理人さんが携帯サイトから手作業で転記されたそうです。大変な苦労だったと思います。

 これらの書き込み内容を大きく分けると、(1)彼自身の人間関係(恋愛)について、(2)仕事について、(3)事件について、になると思う。その他は生活の細々したことだ。

 このわずか数日間の書き込みだけで何か今回の事件の核心的なことがわかるというわけではもちろんないが、ずっと読んでみるとかなり彼自身の(主観的な)心のうちが見えてくると思う。今後、公判の詳細でもわかればよいとは思うが、そこはぜひ産経新聞さんに頑張って出版でもしてもらいたい(秋田事件、セレブ妻事件のように)。

 さて、重複する点もあるだろうが、今回は上の(1)に関連した書き込みの主なものを抜き出してみたい。

 なお、(2)(3)については割愛するが、簡単にいえば、(2)について彼は、自分の仕事を「底辺」とし明確に「負け組」と認識している。(3)についてはテレビでもよく報道されているが、注目は、彼が先日の「わざわざバックして車を小学生の列に突っ込ませた事件」や「土浦連続通り魔事件」を意識しているということと、「孤独が無差別殺人を引き起こす」と考えてること、「誰でもよかった」ということに共感を覚えていたくだりだ。

(1)人間関係(恋愛)、ひがみ、嫉妬、孤独、寂しさ

「彼女なんか絶対できないのに」
「諦めれば幸せになれるのに」
「どんだけ金があったら友達になってもらえるんだろ」
「イケメソだったらお金なんかなくても友達できるのに」(イケメソ→以下イケメン)
「どうせ一人だし」
「ネットですら無視されるし」
「いつまでたっても一人」
「今日はこのまま出かけてみる 一人で」
「スーツの女の人がぼーっとしてる…どうせ部屋に帰れば彼氏がいるんだろ」
「トマト 食べようかな 一人で」
「こういう「明るい」奴じゃないと彼女はもちろん女友達もできないんだろ」
「俺だけ一人」
「どうせ彼女もできないし」
「どうせ不細工なおっさんですよ」
「一人の食事ほど虚しいものはない」
「ていうか、一人は虚しい」
「余ってる女の人なんているわけないし」
「これ(ブログ?)を書けば人気者になれるかと思ったら、そんなことはないみたいね」
「俺が余る理由は不細工だからだけど」
「みんな普通にイケメンを選ぶだろ」
「結局、顔なんだよね」
「部屋が広すぎるんだよ」
「寂しさが際立つだけ」
「みんな俺を避けてる」
「お前らは「そういう性格だから彼女ができない」って言うんだろ」
「逆だよ 彼女ができないからそういう性格になんの」
「一人で寝る寂しさはお前らにはわからないだろうな」
「現実でも一人 ネットでも一人」
「不細工だから」
「スポーツカーに女乗せてる奴が居た 事故ればいいのに」
「トラックのタイヤが外れてカップルに直撃すればいいのに」
「相変わらず一人」
「ひとりぼっち」
「…一生無視される 不細工だもの」
「いつまでたってもひとりぼっち」
「電車きた 乗る 一人で」
「汚いものを見るような目で見るなといっているのにどいつもこいつも」
「…降りる 一人で」
「女のくせに車運転してる奴ってなんなの 彼氏の車乗れよ いない訳ないだろ」
「今日も一人寂しく飲もう」
「いいよな イケメンは不幸話をすればみんなが同情してくれるもんね」
「車ももてない不細工は存在価値なし」
「…社内でイチャイチャされると殺意がわく」
「どうして俺だけ一人なんだろ」
「みんな裏切る 結局一人にされる」
「なんで一人なんだろ」
「不細工だから 終了」
「女性にとって、彼氏は自分の価値を証明するもの 故に、不細工には彼女ができない」
「友達ほしい」
「でもできない なんでかな」
「不細工だから 終了」
「彼女さえいればこんなに惨めに生きなくていいのに」
「一人は嫌」
「どうせどこにいっても一人だろうけど」
「努力して彼女ができるならみんな努力してるっつーの」
「顔だよ顔 全て顔 とにかく顔 顔、顔、顔、顔、顔」
「彼女がいることが全てなのか? それが全てですが何か」
「お前らには当たり前のように彼女がいるからわからないだろうね」
「彼女がいれば仕事をやめる必要が無かったし」
「彼女がいれば車を売る必要も無かったし」
「彼女がいれば車のローンもちゃんと払ってるし」
「彼女がいれば夜逃げする必要も無かったし」
「彼女がいない、ただこの一点で人生崩壊」
「社交性をもてって お前らが不細工と関わらないんだろうが お前らが避けてるんだろうが」
「何が彼女のモーニングコールじゃ 死ねばいいのに」
「お前ら他人の気持ちなんか考えたことないだろ」
「それなのに彼氏彼女がいるってことは、顔が全てだってことだね」
「あ、不細工な俺は存在自体が迷惑なんだっけ」
「すれ違った女子高生が大きく避けた イケメンならぶつかりにいくんだろ」
「顔3:性格7 そんなわけない」
「顔が全て」
「イケメンだから顔を気にする必要がない…」
「不細工でも彼女ができる、なんて寝言を言ってる人は、とりあえず夢から覚めてくれ 顔が全てなんだから」
「被害妄想とか、そういうのじゃないの 事実なの」
「顔が良くても性格が悪かったら長続きしない? その通りだよ 不細工は始まりすらしないんだよ」
「…少ない女性をイケメンが独占するんだから、俺ら不細工は余って当然 そういうことだね」
「死ぬまで一人 死んでも一人」
「俺には支えてくれる人なんか居ないんだから」
「やりてー、って気持ちが無くなったら、男として終わってるんだってさ」
「やりてー、というか、やれねー」
「童貞が誇り、というのは無し」
「…いろんな要素が積み重なって、自信がなくなる」
「みんな彼氏がいるから、彼女ができない」
「幸せになりたかったな」
「彼女ができない奴の気持ちは、お前らにはわからない」
「彼女がいない それが全ての元凶」
「彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった 希望がある奴にはわかるまい」
「で、また俺は人のせいにしてると言われるのか」
「悪いのは全部俺」
「いつも悪いのは全部俺」
「いつも悪いのは全部俺だけ」
「他人から知り合いに発展しないのは、不細工だから」
「オフ会だって一つの出会いだし 2ちゃんのオフ板だって使ったし なんで他人から知り合いになれないか 不細工だからだよ」
「電話番号きかれるわけでもない メアドきかれるわけでもない」
「イケメンならそんなことないだろ」
「心を開かない俺が悪いんだってさ」
「イケメンなら相手が心を開くまで頑張るのにね」
「…誰も信用できない みんなすぐに裏切るもの」
「裏切ってるんじゃないのか 俺が勝手に勘違いしてるだけか 悪いのは全部俺だもんね」
「一人で回転寿司 おいしいよ」

 読んでいて、バカらしい、独りよがり、思い込み、自己チュー、劣等感、被害妄想、被害者意識、あるいは時に同情、憐れみ、可哀想、寂しいんだな…などいろいろな感想を持つ。そのどれもがその通りだと思うし、なにかひと言で言い表せないか、同じ根っこがありそうだとも感じる。オレには専門的な知識がないからうまく表現できないが、あえて言えば、強烈な「劣等感」「自己卑下」が見て取れる。だが、「どうせ俺なんて」、「悪いのは全て俺」と劣等感から自暴自棄的になってるように見えて、その反面で「彼女がいるイケメン」を激しく妬み、恨んでさえいる。つまり劣等感の裏には「本来の俺は違う!」、「自分は本当は特別な存在であるはず!」という特別視、すなわち自己中心性があるのではないか?言い換えれば、(主観的なあるいは抑圧されて無意識的なのかもしれないが)「空想的・自己愛的な全能感」みたいなものがあり、リアル世界でそれらが否定される(と思い込む)ことによって、現実的にはそれが「無力感」へと転化されて自虐的表現となるのではないか、または現実を否認することで(現実の無力さを抑圧して)あいかわらず空想的な全能感を持ち続けているといえるのかもしれない、強迫的なまでの自己肯定欲求によって。

 ただ、そうした心理が彼に特殊なものであれば、つまり他にも応用できないのであれば、あまり深く分析しても仕方がないのかもしれない。ただ、今回は取り上げなかった彼の置かれている経済的な境遇が彼の感情に大きな影響を与えているということは決して見逃してはならない点だ!実際、金がないことがかなりの負い目となっている。また将来への不安も文章からにじみ出ている。要するに派遣労働、単純労働、低賃金など労働環境の問題が背景のひとつとしてあるわけだ。これは間違いない!彼個人のパーソナリティだとか他の同様な人間、犯罪を犯す人間のパーソナリティ問題を、教育の問題に帰着させるのは大事だが、教育現場の改革、改善は今の日本の格差問題とも関連しているわけだから、格差をますます広げるような経済構造を改めることと同時に考えなくてはならないと思う。あいかわらず政府の方向性は「市場原理主義」(新自由主義)路線なのだろうから!それが弱者、負け組を作り上げているのは事実だ!「経済が成長すれば国全体が豊かになり、おこぼれがある」という論理、そのためにも国際社会で勝ち残っていかなければならないとしていっそうのグローバル化、資本自由化をしようとしているのだろうから、暴論かもしれないが、それが今回の事件の背景のひとつだと言えるなら、今回の事件については格差是正の対策をとっていない政府の不作為的犯罪が成り立つといえないだろうか!(いやいや、ほんとうに暴論だとは思うけど…)

 あぁ~午前4時になってしまった!寝る時間が、、、

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2008年6月 9日 (月)

秋葉原無差別殺人事件

 まず被害に遭われた何の罪もない方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに死者の御冥福をお祈りします。

 第一報を見て「またか!? また例の “殺すのは誰でもよかった” か!?」と思った人もいただろう。オレもだ。

 「世の中がいやになった。人を殺すために秋葉原に来た。だれでもよかった」

 ネットを眺めれば、「自分は仕事で正当に評価されてない」だとか「2chで犯行予告してた」とかさっそく出てるし。時間が経つにつれてまたいろいろな「新情報」が出てくるんだろう。

 一市民としては、こう次々と意味不明な言動吐きながら意味不明な無差別殺人がくり返されると、もどかしくて仕方ない。そのたびに「ごく普通の人間がなぜ」だ「心の闇」だ「ネット・ゲーム・メディアの影響」だ「動機が不明」だとかやってて。

 背後にはある大がかりな麻薬密売組織が…みたいに、「一連の不可解無差別殺人者たちには実は共通点があった。あるカルト的集団の作成した音楽の愛好者だったのだ」、、、なんてことでもあれば話は簡単でいいんだけど。

 (自己)破壊衝動、誇大自己、エゴイスト、ナルシスト、自己顕示欲、リビドー(フロイト的な)の抑圧と爆発、パラノイア、サディスト、マゾヒスト(原罪の贖罪のためにあえて罪を犯す種の)、トーテム的社会共同体制(タブーのある社会)の崩壊…とまではいわずとも地域共同体の瓦解、等々なんらかのカテゴライズをしたくなる衝動を抑えつつ、あえて言おう、、、

 簡単に言えば、殺人者たちはみんな「弱虫!」っててことだ。最近でいえば、この前の小学生の列にわざわざバックして突っ込んだやつにしろ、土浦・荒川沖のやつにしろ、そのあとのホームから突き落としたやつにしろ、子どもをビルから投げたやつにしろ、相手を殺そうとしてるんだから。決してタイマンはって格闘することをせず、絶対的に優位な道具(自動車とかナイフとか)を使用するとか、絶対的な弱者(子どもとか)をターゲットにするとかして。。。なぜ相手を怪我させるんじゃなく死に至らしめようとするのか。相手が生きててあとで復讐されるのがこわいんだ!「人をボコボコにしたかった。相手は誰でもよかった」とか言ってみろってんだ!中途半端でやめられないのはそもそも弱虫だからだ。相手の息の根を止めないと不安でしょうがないんだろう。

 じゃあ「人を殺して死刑になりたかった」ってやつはどうかって?そりゃあもちろん自分の死さえ他人に「やってもらわなくちゃできない」というんだから、ただのお坊ちゃんだろ。

 じゃあ、人を殺してから自害して果てるやつは?、、、ただのバカだろ。そういうやつの理由を探るなんてのは時間の無駄だ!

 ムチャクチャな理屈だけど、、、とりあえず憤りから筆をとってみた。筆じゃないけど…

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