脳死、臓器移植について(その1)
「お母様、お父様、息子さんはかなり危険な状態です」
「そんな、先生!なんとか息子を、タカシを助けてください!」
「よく聞いてください。タカシくんは事故で脳に重大な損傷を受けてしまいました。この救急センターに運ばれてから、すでに8時間以上経っています。身元がわからずご連絡が遅れまして、大変遺憾に思っております。私どもも、可能な限りの処置をしたつもりですが、ごらんのような昏睡状態が続いており…」
「お願いです。先生。なんとか助けてください!」
「残酷なようですが、すでに数時間前に一度、脳幹反射テスト…すなわち光に対する反射や咳を起こす反射などのテスト、それから痛み刺激に対する反応などのテストをしたのですが、いずれも残念な結果となりました」
「それはいったい、どういう意味ですか?」
「つまり、『脳死判定基準』というものに従って実施された『脳死診断』というものをおこなったわけでして、その結果という意味です」
「脳死……ですか」
「そうです。タカシさんは…、ご覧のように搬送時から深い昏睡状態にあり、脳波も平たんな波形を描いております」
「いまここで、ご両親の前で、ふたたび『脳死診断』をさせていただいているのです。このように、皮膚にいくら刺してもお顔の筋肉にもまったく変化がございません」
「最後に人工呼吸器を止めましての『自発呼吸の有無』を調べます」
「そんなことしたら、息ができなくてタカシが…タカシが本当に死んでしまうじゃありませんか!!」
「どうか、落ち着いてください。わたしどもは彼、タカシくんの呼吸中枢の機能を調べるだけです。あらかじめ危険性のないように準備された状態でおこなわれますので、タカシくんの脳幹の機能が働いていれば、必ず自発呼吸するのです」
「やはり、息子さんは残念ながら、脳死ということになります」
「で、でも、ほら!先生、見てください!!タカシの腕が動いているじゃないですか!!」
「落ち着いてください、お母様。これは一種の脊椎反射という自然現象なのです」
「でも、タカシはこうして動いているんですよ!」
「残念ですが、まちがいなく『脳死』の状態です」
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数分の後
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「では、ただいま説明しました通り、先ごろ施行した『改正臓器移植法』により、ご本人様による生前の“ドネーション拒否”の意思表示が見当たりませんので、ご本人様は現在順番を待っておられる重症のレシピエント(移植待ち患者)に対して臓器提供の意思が有るとみなされます。息子さんの意思としてどうぞ苦しんでおられるレシピエントの方への臓器提供をご両親にも承諾願いたいのですが、いかがでしょうか?きっと、息子さんも天国でご自身の臓器によって別の命が救われることを望んでおられるに違いありませんよ!!」
「……」
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さらに数分の後
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「それでは、ただちに臓器の摘出術に入らせていただきます。センターの屋上には救急ヘリが待機しております」
「息子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます」

切開の際、脳死者が激しく動いたので麻酔が打たれ、 元気に脈動する心臓が摘出され、すぐにヘリのある屋上へと運ばれていった。
脳死とされたタカシの目から静かにこぼれ落ちた涙の粒を、執刀医がそっと指先でぬぐったことに、ほかの誰も気付かなかった。
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