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2009年1月31日 (土)

小中学校でのケータイ所持は是か非か!?

 文部科学省としては小中学生が学校にケータイを持っていくことを原則禁止したいそうだ。まずはいろいろな議論が出ることを期待しているとのこと。

 しばらく前からこの問題についてはニュースでたびたび取り上げられていたね。すでにケータイを利用している子どもたちからすれば今さら禁止されたら困る、というか嫌だ!というのは当然だろう。ケータイを持ってない子どもは「関係ねー」だろう。

 ただ、賛否分かれるのは親なんだね。昨今の子どもを狙った犯罪なんかを考えると、いつでも連絡が取れるし、それで安否の確認ができるわけだから、子どものためにも持たせておきたいという親の気持ちもわかる気がする。一方で、プロフでの中傷問題や自身の個人情報を公開してしまうという問題、「有害サイト」の閲覧・参加などの問題のため、ケータイは持たせるべきでないという側の言い分もわかる。

 オレなんかは率直に言って、「ガキのくせにケータイなんて上等じゃあ!そんなもんいじってる暇あったら外でみんなと遊べ、もしくわ図書館で本でも読んでろ!」と言いたくなる方だ……けど、、、

 実際、犯罪に巻き込まれたら…と思うと、いちがいに禁止とも言えなくなる。ホントはそういう社会であることが問題で、「たまたまケータイというものがある」からあたかもケータイは不可欠だ!みたいな話になってるだけで、できるなら「たまたまモビルスーツが普及して」くれてた方がよいのだけど。そういう世の中になるにはまだまだ時間がかかるだろうし、、、

 そーなんだよ、子どもを犯罪から可能な限り守ろうとしたら、ケータイなんて単に連絡がとれるかどうかでしかなくて、実際に犯罪に遭いそうになったとき理想的には催涙スプレーを携帯していたり、超デカ音の防犯ベルでも携帯してた方がよっぽど身の安全を確保できるわけだ。

 そもそも犯罪者は子どもがケータイを持ってるのを百も承知なわけで、わざわざそれを使わせるようなことをしないさ。せいぜい予定の時間より遅れてて不審に思った親が連絡してみたら音信不通だったってことで、そのときにはもう手遅れだってことだし。

 そう考えると、ケータイを持たせているから安心というのは違うんじゃないの!?となる。

 やはり子どもを夜遅くまでひとりで外出させたりしないことが一番だ!親が働きに出ていて家にいなくても、少なくとも子どもだけでも家に帰らせておくことだ。自分が外出してる親の場合、頻繁に「家」に連絡すればいいだけの話だ。塾に通わせる?そんなのやめとけ!子どもの安全よりも受験勉強優先させるのなら、送り迎え含めてとことん関わっていくしかないって!

 思うに、ケータイ世代の若い親たちがすでにケータイを生活の一部にしてしまっているわけで、それゆえ自分の子どもにもケータイを持たせるのがいわば「当然」、「自然」、「違和感ゼロ」になってるだけなんじゃない!?

 とはいえ、それが現実であって、今後ますますそうなっていくことを考えると、結局はいまさらケータイ禁止というのは無理なんだろうなと思う。

 だいたい、オレは便宜上そうしてるけど、携帯電話とか携帯じゃなくわざわざカタカナで「ケータイ」と言ってるうちはまだそれを特別視している証拠なわけで、つまりはまだ日本社会にあっては「ケータイ」(子どもにおけるケータイ所持)というのが一般化の途上にあるということだ。すなわち「過渡期」の現象として「ケータイ問題」があるということ。

 よって、近い将来はこういった議論そのものがナンセンスになる日が来るんだろう。

 心情的には子どもにケータイなんて持たせるな!全面禁止しちゃえばいい!とは思うけど、世の中の流れには逆らえないだろう。むしろ、携帯各社が取り組み始めてるようなアクセス制限をするとか、業者側を規制するとかしていくことで落ち着くんじゃないかと思う。

 オレの小学生時代は、「インベーダーゲーム」が大流行していて、当時ゲームなんて子どもには有害だ!と言われていたらしく、小学校高学年くらいに「インベーダーゲーム」は禁止となった。中学生のときはいちおう禁止されていた「ゲームウォッチ」を隠れて持ち込んでは遊んでいた。あのころ、学生がゲームをやるなんてけしからん!というのが社会の風潮だったんだろう。今じゃ考えられないけど、でもたしかにゲームに夢中になってる子どもを見ると(って、ほとんどの子がそうだろうが)、こいつら大丈夫なのかよ!って思う。

 ただケータイは単なるゲームとは違うからなぁ。サイトというもので媒介されているけどその先には生身の人間がいるわけで、それが実際の同級生であり、援助交際を求めている大人であるわけだ(ケータイ、バーチャル世界などについては以前ブログで書いた)。

 最後にもうひとつ、、、

 プロフを使っての攻撃、(性)犯罪の温床である有害サイトへの参加などは、当然ながらケータイという道具があるからこそ起きる問題だ。もちろんこれらの問題・犯罪は子どもだけに限ったことじゃないが、とくに子どもは自制心が弱いものだし、自分で自分に責任を持てない立場だから一層深刻なわけだけど、では子どもからケータイを取り上げたら問題はなくなるのだろうか?直接的な原因を取り除けば結果も生じなくなるというだけで済むのだろうか?つまりはケータイがあるが故に子どもたちに他人を誹謗・中傷するといった行動を生じさせているのだろうか?そこのとこ、もうちょっと親や教師は考える必要があるんじゃないだろうか?ケータイに責任を押し付けて、もっと基本的なとこで手を抜いてたりしてたらダメじゃん!?

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2009年1月30日 (金)

FMトランスミッターとNEW iPod nano(第4世代)

 以前、FMトランスミッターのこと書いた。これがまたずいぶんと読んでくれてる人が多くて、いまだによく読まれている(驚きだ!)

以前のブログはこちら

 さて、あれからしばらくして、実はサンワサプライ製のを買った。(製品はPDA-FMT7Wというもの)

これとiPod miniを組み合わせてずっと使ってきた。

Oldipod

 いやぁFMトランスミッターもずいぶん音が良くなったものだ。この製品はとても快適だった。たまにかすかなノイズが(サーっという小さな音)はいるけど、使ってて気になることはほとんどないし。

 ただ残念なことに、曲をどんどん追加しているうちにわがiPod miniの4GBでは容量不足になってしまい、、、

 仕方ないので新たにiPod nano 16GBを購入。

 はっきり言ってこれまで使っていたiPod miniは良かった。大きさ的にちょうど携帯用の車載ホルダにぴったり納まるし、作りがしっかりしていて安心感があった。その後に買った初代iPod nanoは薄くて心もとなかった。でも容量的に間に合わないんだから仕方ない。今となってはこのiPod miniサイズのiPodは売ってないし。かといってiPod classicとかiPod touchは大きすぎるうえに、用途が音楽聴くだけなので簡素でよかった。というわけでiPod nano Generation4(第4世代というらしい)。

 さすが16GBあるといっぱい曲が入って嬉しいわぁ!!

 さて、曲も十分入ったし、さっそくクルマで聴いてみよぉ!!!

 と、、、、今まで愛用してきたサンワサプライのFMトランスミッターに接続してみたところ、、、

 んん??

iPod nanoに「このFMトラミじゃ僕を充電できないよ~ん!」と表示されるではないか!?

なに、なに??

 で、調べてみるとおNewのiPod nanoは規格が変わったとかなんとかで(5Vになったんだって。前は何Vだったの?)これまでのFMトランスミッターでは充電できないというのだ。

 そういうわけで、またまた仕方なしに新しくFMトランスミッターを買う羽目になってしまったのでした、、、トホホ、、、金かかるなぁ、、、

 またまたネットで調べてみると、オレのぜひあって欲しい条件である

1、充電できる

2、車のキーのON/OFFに連動してiPodも電源が入り切りできる

3、できるだけ本体が小さくスマート

に合致したのは、ロジテック製のiPod専用FMトラミだった。

( こちら→ http://www.logitec.co.jp/products/audio/latfmi02.html )

★ちなみにサンタック(サン電子)製

(→ http://suntac.jp/products/ipod/transmitter.html )

は第4世代iPod nanoの充電機能は無いという。

★プリンストン・テクノロジー製のもあるようだけど

(→ http://www.princeton.co.jp/product/car/pckfmip2v.html )

近くの家電量販店には売ってなかった。

★その他、ラディウス製、ラウダ製など調べりゃいろいろあるみたいだけど、身近なとこですぐに買えたのがロジテックのだったってだけかな(^^; もう1社第4世代対応のがあったけど本体がでか過ぎたので却下。

 というわけで、こうなりました。

Newipod

 このロジテック製は4th iPod nanoのために作られたような製品で、iPod nanoの例のカラフルな色にそれぞれマッチしたものが出ている。オレはシルバーを買ったから写真のようにシルバー色のを選んだ。

 まだ少ししか聴いてないけど、はっきり言って今のFMトランスミッターはどれも音質が向上していると思うから(根拠はないけど、サンワサプライでさえいい音だったから!という安易な理由……サンワサプライさん、ごめんなさい)、自分で概観とか気に入った製品を選べばいいと思うよ(ヒジョーに無責任だけど)。

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2009年1月11日 (日)

NHK日曜討論~細田幹事長にあ然!

 仕事の中休み中でゆっくり書いてる時間ないけど、、、

 いやぁ、びっくりだ。。。。。日曜討論での細田自民党幹事長の話は次から次へと驚かされた!ここまで言っちゃうか!?

 司会の影山さん「年末は一次補正で乗り切れると言ったが、民間のボランティアのおかげで何とか年を越せた人たちがいたが」

 細田幹事長「一番大事なことは、企業が金融危機を乗り越えられるかどうかで、これはうまくいった」

 影山さん「それにしても一昔前だったらこんなにいっぺんに解雇することはなかったが雇用の規制緩和のために企業は首切りしやすくなったからこんな大量解雇が行なわれてしまったのでは」

 細田幹事長「バブル崩壊後は失業率が5%台までいった。それに比べれば今はまだ低い…(失業率は)同じくらいまで行くだろうが、そもそも今回はアメリカ発なのでアメリカにまずきちっとした対策をとってもらって、アメリカが立ち直ってくれることが第一に必要だ。われわれはその津波を受けた被害者だ」

 影山さん「派遣法制を見直すべきじゃないか」

 細田幹事長「バブル崩壊後の大量リストラから景気がよくなったが、これまでのような終身雇用、常用雇用ではこれからの企業はもたないんじゃないか。そこで臨時雇用でいいじゃないかという話になった。今は非常に景気が悪い時期だけど、いずれ景気がよくなったとき、派遣がダメなら企業は人を雇いませんと言うかもしれない。そうなったらかえって働けない人が出てしまう」

 まぁ、、、、ほんの最初の部分だけみていて、開いた口が塞がらず、とりあえず書いてしまった。二人のやりとりはオレの「意訳」だから正確じゃないけど、だいたい趣旨はそういうことだ。

 その後の定額給付金の話もそうだけど、自民党の感覚ってかなりズレ過ぎてないか!?

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2009年1月 9日 (金)

定額給付金をめぐる国会論戦を見て

 民主党・管直人の発言はちょっと過激だったねぇ、、、

 『定額給付金って結局は公明党の選挙目当てのバラマキだろ~!!自民党だって本音では反対なんじゃないの~!!』

 って、、、そこまで言ってダイジョーブかよぉぉぉ、、、身の危険を顧みずなのか(汗)

 それにしても、麻生総理の「ぶれ」は置いといても、いい加減にしてほしいよなぁ、、、このままいったら結局は与党が押し切ってしまうんだろうけど、、、、

 なにしろ、国民自身が「ひとり1万2千もらうんだったら、その総額2兆円を他で使ってよ!」と言ってんだ。

 じゃあいらないの?いらない人にはあげないだけのことだ。どうぞ手を上げてください!と政府は言う。

 「そりゃあ、もらえるものならもらいたい。」 あまりふところの助けにはならないけど、そりゃあ誰だってもらえるならもらいたいと思ってるさ!

 だけど!!!わずかな金をもらうより、もっと必要としている人たちがいるならそちらに回してくださいよ!!!と国民自身が言ってるんだ。なんとこの気持ちと国会とに距離があることか、、、

 ついでだけど、このあいだのどっかの政務次官(だっけ??)がつい本音を漏らしたね、、、「働く気がない」人間たちと。。。

 てゆーか、そもそも国民全員がバリバリ働く気があったって、それだけの労働需要を吸収できるだけの場があるか??コインの裏表じゃないけど、金持ちが金持ちとして存在できているのは、その対極に貧乏、貧困者がいるからこそなんだ。

 所得の再分配こそが政府の大事な役割じゃないか!!

 あぁ、いつまで続くんだろう、、、この論戦は、、、

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非正規解雇問題と過疎地域の活性化

 少し前のブログでオレが何気に書いたこと、、、

 < 都市部で「派遣切り」などで路上に放り出された人に、地方の限界集落など「過疎化」がすすむ地域に移り住んでもらってはどうだろう!? >

 そのあとで何冊かの貧困に関する本を読んでみて、オレの思いつきなどは所詮、「絵空事」でしかないようだと思っていた。

 

 ところが昨日(1/8)朝のNHKニュースを見て驚いた。

「製造業などで雇用情勢が悪化するなか、全国の農業法人が人手不足解消のため、370人あまりの人材を募集している。農水省でも、全国的に農家の高齢化や後継者不足が深刻化していることや、先進国で最低水準となっている食料自給率を引き上げるためにも、製造業を中心に解雇された派遣労働者などを農業に呼び込みたいとしている」(概要)

 そうなのかぁ…!実はそういった動きがすでに始まっていたんだ!!

 それは大変よいことだと思った。

 ただこれもブログで書いたことだけど、問題もあるだろうと思っていた。一番の問題は過疎地域の社会の「閉鎖性」だ。日本人はもともと内輪意識が強いし、ましてや田舎の高齢者ばかりの村落、集落といったら相当「よそ者」に対する警戒心が強いんだろうなぁと想像された。

 だが!!!同じく昨日の「クローズアップ現代」でまさにタイムリーなことに、今広がり始めている過疎地対策の新しい有効な活動が紹介されていた!!!

 それは「集落支援員制度」というらしい。もともとはNPOの若者たちが違う目的で始めた過疎地のお年寄りとの交流が思わぬ波及効果をもたらしたという。集落(のお年寄りたち)に活気が戻ったというのだ。テレビで見ていても本当にほほえましく思えるようなお年寄りたちの笑顔、笑顔、また笑顔!!!

 これまでの国の過疎地対策というのは、公共事業によって道路や「都会に引けをとらないような」立派な建造物を建てることだった。しかし過疎化はさらに進行するだけで効果がなかったという。

 すでに欧州などでは気付いて取り組み始めていること、すなわち過疎地対策としては公共事業などのハード面での対策よりも、人を直接「元気にする」ようなソフト面の活動こそが必要なのだということ、、、遅ればせながらわが国もようやくそうした方向へと転換しようとしているそうなのだ。

 もちろん、若者が集落に入っていけばすぐにでも活性化されるというわけではなく、最初は集落の抱える課題を見つけたり解決したりという地道な作業も必要だし、やはりお年寄りたちと本当に馴染んで「受け入れられる」までにはそれなりの交流も必要だろう。すべての地域でうまくいくとも限らない。

 いろいろと課題もあるけれど、番組を見ていてひとつの大切なことに気付かされた。

 それは、、、なんでも都会に近づけることが良いことだとか進歩発展だといった価値は見直されるべきだということ。その地域にもともとある優れた点を伸ばしていくという道も重要じゃないだろうか!?ということ。

 若者はどうしても都会へと目を向けてしまうということも否定できないところだが、ただそれがすべてでもないかもしれないと思う。残りたくとも職がない、希望がない、活気がない、そういったことも一因じゃないかと。国の農業政策の誤りもあるかもしれない(勉強不足でわからないが)。いま、見直されるべき価値があるのかもしれないと思った。

 さて、このクローズアップ現代で取り上げられた「集落支援員制度」と過疎地活性化とが、先の非正規労働者の「行き場」とマッチングされる可能性は多少なりともあるように思うんだけど、いかがだろう!?

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2009年1月 2日 (金)

新年にあたって

 新年早々私事で恐縮だけど、、、

 昨日(大晦日)まで仕事してた。そして今日(元旦)から普段どおり仕事してる。

 この仕事(地方の零細サービス業)に就いて10数年、2日以上の「連休」をとった記憶はあまりない。3日以上の「連休」は、彼女との北海道旅行(3日間)と昨年年初の重い風邪によるダウン(5日間)だけだ。

 ま、そんな話はどうでもいいけど、要するに年末もなければ年始もないし、ゴールデンウィークやお盆や夏休みなんてのもないもんだから、日々の生活に大きな「区切り」というものがない生活をずっと続けている。だから、世間的に新年をどーのと言っているのを見ても、実に実感が湧かない。

 そんなオレが言うのもなんだけど、正月の3日間くらいは実家へでも帰って、もちを食べたり、かるたや凧揚げをしたり、年始回りでもして穏やかに過ごすのが日本的でいいんじゃないかなぁと思う。

 けれどもこの年末年始はおそらく例年にも増して、寒空のもと冷たい路上で年を越し、ボランティアの人たちからの振るまいだけが唯一のぬくもりだったという人たちがたくさんいたことだろう。

 思い出されるのは昨年末の政治家たちの議論の内容だ。1次補正だけでこの年末は乗り切れるだの、いや乗り切れないだの、与党野党がぶつかり合っていた。そんな議論してたっていつまでたっても何の解決にもなりゃしないだろう。どうせ平行線のままだし。そんななか、現実はまさにボランティアの人たちの必死の活動だけがせめてもの救いだったわけで。

 

 最近、NHKの「ワーキングプア」本や、テレビでお馴染みの湯浅誠さんの『反貧困』などを読んでみて、あらためてオレの認識の乏しさに恥じ入ってしまった。少し前のブログでは、過疎化し高齢化している地方の田舎へでも失業した人たちを送り込めばいいじゃないかと書いたけど、地方の現状はとても他者を受け入れられるようなもんじゃないと知らされた。

 

 たった今、NHKの新年特集番組を見ていた。日本を代表するとされる経済などの専門家が熱い議論を戦わせていた。NHKの心にくいセッティングを待たずとも、顔ぶれを見、その席の配置を見ただけでも、わくわくさせられるものだ。一方には竹中、八代、もう一方には金子、山口、斉藤と。(やっぱり森永氏はわかり易すぎて無理だったのかな?)

 こういう構図は多くの国民に受けやすいのだろうか、、、いわゆる「市場原理主義」肯定派と否定派。竹中さんはそういうレッテル貼りは単純すぎるとバカにしていたが、、、

 それぞれの先生方の議論、できるだけ真剣に聞こうとはしていたが、やっぱり議論が深いとこにいくと理解することもできなくなった。なにより難しいと思うのは、画面左の方々は(勝間さんはいまいちわからないけど)なんとなくサヨク的なんだろうなとわかるけど、右側の人たち(竹中さんや八代さん)はわからない。社会的弱者、非正規労働者、社会保障などそれなりにすくい上げようとしているような話の内容みたいだし、また理想論よりも具体的な政策を論じているようにも聞こえる。けれども、オレとしてはどうしても左側の人たちの言ってることに共感をおぼえてしまう。

 いつも思うこと、、、たとえば政党間の議論を聞いていても、社民党や共産党が言ってる弱者切捨て、大企業優遇に対する批判などはなるほどそうだと共感はするけれど、いまひとつ現実的な話から距離があるという気がしてしまう。

 それが、今日のNHKでの議論を聞いていてもそうなんだ。

 問題の核心は、「(原理)主義(~イズム)というひとつの思想を取り入れるか否か」ということにあるのではない!んじゃないかな?と思うんだよなぁ、、、たしかに政府の強力な政策の力が経済構造の転換を可能にする部分もあるとは思うけど、けっきょく「グローバル化」という成熟資本主義の当然の流れが大元のところにあるわけで、それこそグローバル化であって、グローバリズム(グローバル主義的思想)ではないんじゃないのかな!?と。

 そこのところ、つまり、世の必然の流れに対してどう乗っていくかという議論と、かたや「原理主義的」政策という人間の選択の問題だという議論とがごっちゃになってるから齟齬をきたしてるんじゃないのかな?と。ま、しょせん素人の感覚的な話なんだけど。

 

 グローバル化と並んでもうひとつ難しいのは、日本が輸出依存型経済だから脆いんだという点。あるいはここ最近では外需依存だといわれる点。もちろんグローバル化と密接に関係していることだろうけど、たとえば麻生総理が登場した当初さかんに内需拡大だと言ってきたが、これも言うほど簡単じゃないわけで、これまで日本経済がそういう経済構造に傾斜していったのもやはりそれなりの必然性があったからだと思う。たとえば資源小国であること、少子化がすすんでいることなど、内需といってもバブルでも起きなければ国内需要ってそんなにキャパもないだろうから。

 世界的な規模で経済はフラットになろうとしているわけで、冷戦構造が崩れたときから労働市場がグローバル化され(『資本主義はなぜ自壊したのか』などを読むと)、企業の論理としてより安い労働力を求めて後発国へ出て行くことで技術移転がすすみ(日本での非正規雇用形態が促進され)、結果として新興国とよばれる国々に「世界の工場」の座を奪われようとしている。

 そうした中で議論にあったような、今後日本がどういう分野を「飯の種」として伸ばしていくかという経済的なビジョンを持つことの必要はとても重要な課題だと思う。。。思うけど、遅い気もする。日本は環境技術先進国で行こう!なんて叫ばれていたのはついこの前の話だと思うけど、それもアメリカのオバマに遅れをとろうとしているとか、、、トヨタが太陽電池車を開発すると意気込んでいるが、そういうことも国家的なバックアップがあれば早いんだろうケド。

 

 八代さん竹中さんは、日本の正社員は非効率すぎるとも言っていた。成長期ならば日本的経営も機能するだろうが、いまやグローバル化の中で勝ち抜いていくためには非正規雇用が必要不可欠だと。そこで欠けているのは非正規を殺させない制度設計が大事なんだとも。

 オレが思うには、、、子どもじみた考えかもしれないけど、、、そもそも、そんなに企業は国際競争の中で勝ち抜いていかなければならないんだろうか??国民がみんな「そこそこ」の暮らしができるような経済じゃダメなんだろうか??終身雇用で非効率でダメなんだろうか??日本の一部の大企業が国際的に勝ち残ることこそが大事で、国民は一部の金持ちと多くの貧困層が生まれることは仕方ないことだというのじゃ本末転倒じゃないだろうか??グローバル化の名の下に結局生まれる社会というのは弱者を肯定し、貧富の差を正当化し、いらんテロの恐怖におびえ、軍隊の必要性を正当化し、ゆくゆくは戦争を当然のこととするような社会じゃないのか??「そこそこ」の経済的に豊かな社会、日本人も外国人もともに共生する社会は夢想でしかないのだろうか??

 

 「年始」にあたってあえて今年の日本のキーワードを挙げるなら、総選挙での国民の「選択」かな!?竹中さんのいうのとは違う意味での「分かれ道」か……

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