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2008年12月26日 (金)

何度も言うけど不況不況ってふざけるな!

 たしかにどんどん不況感でてきて、とくに「派遣切り」のニュースばかり報道されると世の中よっぽど暗くなったんだと感じるけど、オレのやってるサービス産業なんかでいえば、また地方は特にかもしれないけど、ここんとこずーっと不景気だ!

 世界的にデフレ傾向になってきているらしいけど日本国内はずっとデフレでしょ。値下げ競争ばかりでちっとも利益でなくて、、、それでも偽装なんてのには手を染めずコツコツやってんだ!

 もっともスタンドの中には「業転」という「偽装ガソリン」仕入れて、看板のマークと違うガソリンを売ってるところもあるんだよね。これなんて「産地偽装」もいいとこだけど、それが問題にならないのは消費者の健康を害するわけでもなく、地震で身に危険が及ぶわけでもないからだろうかね!?

 さて、今日の休みのあとは年明けの4日くらいまで休みないからゆっくりしよーっと。

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2008年12月25日 (木)

渡辺喜美氏の「態度」を支持する!

 別に解散がいいとは思ってない。麻生総理と同調する気はないけど、とにかく今は目の前の「首切り」と「中小資金繰り」対策に全力を尽くすことが最重要だと思う。2ヶ月前なら民主党のいうように解散・総選挙もありかなと思っていたが…。

 今日明日の問題となっている「派遣切り」対策のため、与党も野党もなく打てる手を全力で打つべきだ!麻生総理がいう「一次補正で年末は乗り切れる」とは一体どこを見て出てくる言葉なんだろう??

 定額給付金なんかもらわなくていい。そんな余裕があるなら路上に放り出された人を今すぐなんとかしろ!といいたい。この期に及んでまだ定額給付金を自信を持ってすすめるとか言ってる。

 もはや非正規が増えたことの原因究明とか責任追及とかを議論してるどころじゃない。現実に路上に放り出され、民間の支援団体などに助けを求める人たちが殺到しているようだし。

 ここ数日の冷え込みは外で仕事をしてるオレなんか身にしみてわかる。今、自宅の自分の部屋でストーブをたきながらブログを書いているけど、もし今夜一晩でも外で寝てみろと言われたらとてもじゃないけど耐えられないと思う。下手すりゃ凍死するんじゃないかと不安になる。

 今この瞬間にもどこかの寒空の下で薄い毛布一枚でベンチで夜を明かそうとしている人がいる(ホームレスで路上生活をしている人たちはずっと前からいたんだけど)、ともかく夜を明かす場所と最低限の食事についてもっと政府には考えてもらいたい。実際かわいそうだからとは思っても、なかなか見ず知らずの人を自宅に招き入れることはできないのが普通だ。ならば自治体とかで管理している集会所とか体育館などの施設を開放できないものだろうかと思う。

 さて、肝心の渡辺喜美元行政改革担当相の「造反」行為のことだけど、、、

 オレとしてはただちに解散・総選挙には賛成できないから、渡辺氏の主張の中身に賛同するわけじゃない。支持したいと思ったのは、自分の信念を貫こうとして行動したことそれ自体に対して!

 理屈から言えば政党とは同じ志を持ったものの集まりのはずだから、本来はみんなが同じ方向を向いているのが望ましいというか当たり前のことなのかもしれないけど、政治家は政党の一員でもあるがその前に「政治家」なんじゃないの!と思う。しかも、普通なら自分に同調してくれる人をあらかじめ確保してから行動するものだと思うが、今回の渡辺氏はそうした裏の思惑を持って行動に至ったようでもないみたいだ(本当のところはわからないけど)

 逆に、マイナスの印象をもったのが自民党の対応だ。事の影響を心配して他にも同調する人が現れてはまずいという判断があったためか、渡辺氏への処分はかなりスピーディーにしかも軽い処分として行なわれた。それで幕引きを図ろうとする態度には決してよい印象をもてないね。

 …居眠りしながら書いたから支離滅裂な文章になったかも……

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2008年12月22日 (月)

今年もM-1、よかったぁ!

 早いもので、もうサンドウィッチマンの優勝から1年が経ってしまったのねぇ~!

 去年はサンドがあまりにも面白くて衝撃的だったので思わずブログで書いてしまった…ので、せっかくだから今年もM-1についてひと言だけ、、、

 一番は何といっても「矢口真里さん」の笑い!!彼女にまったく興味なかったけど(名前は聞いたことあったけど)、あんな風に素直に笑える人ってとても好感もてる。あの笑い方だけでもファンになりそうだね(おいおい)

 

 じゃなくて、肝心の笑いの方だけど、、、

 オレがよかった!というか見ていて自然に笑ってしまった順からいえば、

1、ナイツ
2、NON STYLE & オードリー
4、U字工事

 という感じでした。ナイツの決勝でのネタには終始笑いっぱなし。NONは最初のネタの方が笑えた。オードリーは、、、う~ん、やっぱり決勝でのネタの方がよかったかな。観衆のなかで「ウィ」と言うあたりがすばらしかった。U字工事は審査員にはいまいちだったみたいだけど、あれはやっぱりオレみたいな地元(栃木じゃないけど)っ子にはマジいい!関西系が主流みたいなとこあるから「田舎っぺ」しゃべりはダメなんだろうね。これって関西帝国主義みたいだから個人的には×!!

 あのパンチパーマの人、つまらなかった。漫才の世界も厳しいよねぇ、かわいそうだけど、、、

 笑い飯も毎年いまいちパッとしないし、キングコングは個人的には好きになれない。ほんと、笑いって好き嫌いがあるから、、、

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2008年12月19日 (金)

非正規社員のうつ病

 都市工業社会で「使い捨てられる」非正規労働者、大量解雇を前にしてうつ病になる人が増えているという。しかも彼ら彼女らは、弱い立場ゆえに休暇をとることもできず、会社に相談することさえできずにいるという。さらには病気になったからといって医者にもかかれない人もいるという。昨日のNHKクローズアップ現代での話だ。

 東京、大阪などの大都市だけでなく、地方都市でも「派遣切り」が相次いでいるようだ。さらに外国人労働者に対する解雇も行なわれている。中には不法就労の外国人もいることだろう。彼らの境遇はさらに深刻だろうと想像できる。

 そんななか、各自治体や一部民間企業が救済に名乗りを上げているとの報道がある。これはもう経済問題だけでなく人道上の問題である。まさに誰かが語ったように「むき出しの資本主義」の本来の姿がそこにある。資本の限りなき増大、利潤追求が唯一の価値、儲けの対象になるならモノであろうと人であろうと構わない、そんななかにあって、、、

 「目の前で苦しんでいる人たちを黙って見過ごすことはできない」と立ち上がる人がいる。もちろん大多数の心ある人でも、自分で生きていくのに精一杯で助けたくとも助けようがないと思っている人たちもいるだろう。

 それでも余裕のある大資産家も世の中にはいるはずだ。そのなかで手を差し伸べようという人はいないのだろうか?

 ところで、ひとつ思いついたんだけど、地方ではかなり過疎化がすすんでいる地域があるんじゃないだろうか?若者がいなくなりお年寄りだけで暮らす村とかが。田舎村には土地があり、働き手さえいれば農作物が作れるだろう。解雇されている都市の非正規労働者などがそういった所へ行くことはできないだろうか?田畑を耕せば食べることに困ることはないはず。住むところだって確保できるはず。とくに「うつ」などで苦しんでいるなら田舎の自然豊かな環境は精神的にもよいだろう。

 まぁ、概して田舎ほど保守的であるから、「よそ者」扱いされるという問題もあるかもしれないが、そういうところばかりでもないだろうし。

 どうだろうか、政府などが後押しして、若者を受け入れてくれる田舎を募るというのは?そしてかつての上野駅へ向かった集団就職じゃないけど、その逆に田舎への片道切符を無償で配り、田舎行き電車を走らせるというのは??

 勝手な思いつきだけど。

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2008年12月18日 (木)

今こそこの国のあり方を考えるとき!かな…

 「消費税を3年後に上げる」と明記したとか。。。

 前回ブログで中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』の読書感想文を書いたけど、そのうち『自民党は自壊へ向かうのか?』なんていうパロディ本が出かねない情勢だ。そしたらまた読書感想文を書きましょう(笑)

 消費税増税明記で与党が割れているそうだ。聞いてみてがっかり……結局そのことに反対する理由は「選挙で負けるから」ということらしい。

 国民もなめられたものだ。いいことばかり言ってとにかく選挙を乗り切ればあとはやりたい放題とでも思ってるんだろうか。

 消費税を10%にするならすればいい!!

 そのかわり法人税も増税、キャピタルゲイン課税も上げる。

 消費税は上げるにしても、生活必需品は原則非課税。

 消費税じゃなくて「社会福祉税」を所得税なんかの一部に含めて、そっちの税率を上げる。

 これら税制の抜本改革には前提がある。

 より重要なのは、日本を高福祉高負担型にすると決めること。

 それとセットで特別会計ももっと透明化する。そして財政のムダを無くすって「口ばかり」じゃなくて実際に形にすることが必要だ。

 とはいえ、すでにグローバルでワールドリーディング企業となった日本の大企業を根本的に否定していかなくてはならないから難しいだろう。

 だが、世界的に経済が縮小している今ならチャンスはある!!

 原材料の大半を輸入に頼らざるを得ない日本にとって、ドメスティックな市場だけでやっていくのも事実上無理があるだろうが、それも国民全体が島国としての遺伝子をもう一度思い出し、生活レベルが落ちることも多少我慢すれば不可能ではない。というか、生活レベルが極端に悪くなっている人たちも大勢いるんだから、すこしならして平均化すればいいだけだ。極端に贅沢している少数の人を切るのだ!

 それにはもっと不景気になって「正規社員」まで危機が及ぶこともある程度必要かもしれない。現状では経済の緩衝材としての「非正規社員」が切り捨てられているだけだから。

 横断幕を掲げてシュプレヒコールを挙げる「非正規」労働者たちの写真が新聞のトップを飾る光景…。かつてはこれが労働者一般の姿だった。分断された労働者が一体化したとき、はじめて「国民」的議論が可能になる。

 社会保障制度についてNHK「日本のこれから」で以前議論になったとき、スタジオの多くの人は「米国型」低福祉低負担社会よりも「北欧型」高福祉高負担社会を望んでいた。ネットでの議論でも大多数が後者を選んでいたと記憶する。

 少なくとも麻生総理のいう「中福祉中負担」というのはやや意味不明だ。ニュアンス的にはわかるし、折衷的でいかにも日本人受けしやすい気もしたが、要は中途半端で実現性に乏しいだけ。かえって混乱するだけだ。

 話が飛び飛びになっているが、これらを実現するにはあらたな政治のリーダーシップがなければならない。既存の政党では無理だろう。

 国民的議論のなかから新しい勢力が出てこなければならない。

 以上、絵空事でしかないだろうことはわかってる。そもそも「黒船」が来たときから、日本はアメリカの属国になる運命だったのだろう。第二次大戦敗戦のときを思えば、戦後日本はあきらかに植民地としてスタートしたわけだし、その後の経済発展も決して日本独自の力でそうなったわけではなかったわけだし。朝鮮特需があり、ソ連社会主義があったからこそアメリカは日本を活かす道へすすませただけの話だ。そして「年次改革要望書」という名の台本どおりにすすんできた日本だ。いわれるがままに市場原理主義を受け入れ、郵政民営化を断行し、果ては司法制度改革として裁判員制度まで国民不在の中で決められてきた。「政治主導」によって…。

 けれども、いま総司令官であるアメリカがガタガタの状態だ。いまこそアメリカの呪縛から真に解放される好機である。

 などと書きつつ、オレはそういうハードランディングはきらいな方なんだよね。なにより今大事なのはこの年末をどう過ごせるか、無事新年を迎えられるか、現実はそういうことだ。願わくば緩やかに福祉国家にならんことを!

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2008年12月14日 (日)

『資本主義はなぜ自壊したのか』

 中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)、面白かった。

《商品はこちらから→ 資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

 発行年月日は2008年12月20日。。。なんだけど、今日はまだ12月14日だよ。あれ?ま、いいや。発行年月日ってそういうもんなのだろう。

 どこが面白かったかといえば、日本の「構造改革」を積極的に推進してきた役者のひとりである著者が、その改革の結果、日本のよき「一億総中流」社会が壊れてしまい、人々の関係が冷たくなり、格差社会となり、ワーキングプアが増え、社会不安が増大したという現状を考えて、過去の自分の「新自由主義」的考え方が悪かったと「ざんげ」した書だという点。

 市場原理主義だとか、新自由主義、日本においてそれを強力に推し進めてきた「小泉・竹中構造改革路線」に対する批判でいえば、内橋克人『悪夢のサイクル』とか、森永卓郎『こんなニッポンに誰がした』なんかを読んで「うん、うん!」と激しく共感していたけれど、いわば小泉改革路線を下支えしてきたような人がその考えを改めた(本人いわく、「転向」した)うえで書いた本なので、また違った趣があって良かったと思う。

 しかも、この時期にあってタイムリーであったことも刺激的でよかった。リーマンショック以降の話まで出てくるのだから、、、そのためか、じっくり書かれたものではないらしい。そりゃそうだ、つい最近の出来事を話題にしているのだから、経済学の専門家ではあっても短期間に詳細で緻密な「お堅い」話を書き上げるのは時間的に無理があるだろう。逆にそのためにオレみたいな素人でもたいへん読みやすい。たとえばサブプライムローンの本質的な部分についても…

 《 サブプライム・ローンとは結局のところ、アメリカ系証券会社のエリートたちが、住宅ローンの対象になりそうもない貧困層を食い物にして、自分たちだけが儲けるために作られたかなり「いかがわしい」金融商品であった。 》 (P.26-27)

 といった感じで非常に簡潔に本質を話してくれる。

 著者自身もアメリカ留学によってすっかり感化されたという「新自由主義」思想のある種の「うさんくささ」に対して、なぜ高名な経済学者たちからもっと真剣な議論が出てこないのか!という点についても…

 《 おそらく、新自由主義思想というのは単に学術的に、あるいは論理として「正しい」ということで支持を集めたというよりも、一部の人々、はっきり言ってしまえばアメリカやヨーロッパのエリートたちにとって都合のいい思想であったから、これだけ力を持ったのではないか。 》 (P.61)

 《 …政府の干渉が減り、規制が緩和されたマーケットが実現すれば得をする勢力がいたからこそ、これだけ「自由競争の神話」が広がることになったのだと考える。新自由主義思想は金融や投資の世界に暮らす人々にとっては、まさに歓迎すべき思想であったのである。その意味においては、アメリカ経済学や市場原理主義とはエリートたちの「支配のツール」にすぎないとさえ言えるのではないだろうか。 》 (P.112-113)

 唐突だけど、オレもいってみれば「中産階級」に属した人間だ。今現在は決して余裕のある生活ではないけど、いわゆるワーキングプアと呼ばれるほどの人間ではない。けれどあきらかに昔の(子どものころの)日本の「中流」的風景へのノスタルジーはある。今は…周りを見ても、とくにお客さんと日々接している立場からすると、なんとなく「さびしい」気分になることがある。なんで日本人はこんなに「せこく」なってしまったのだろうと思う。ガソリンスタンドで働いている経験からいえば、1円、2円の違いでうるさく言われることが多くなり、そのたびに「安売り店と比べて高いと言われるけど、よく考えたら満タン給油したってたかだか総額で100円くらいの違いじゃないか。あなたはジュース1本買うのを躊ちょする生活してるの?」と愚痴りたくなる。もちろんこの不況でなるべく生活費を切り詰めている気持ちもわかるし、そういう時代だからこそ数円安いだけでも得した気分になる消費者心理もわからなくはない。だけど、、、どこか精神がすさんでいるように感じられてならない。オレはどちらかといえば「武士は食わねど高楊枝」的なものに美的感情を抱く方だから余計そう感じるのかもしれないが、、、

 そういう意味でも、著者の「古きよき日本人」論には共感を覚えるし、今の現状を嘆くあたりにも共感を覚える。そして次のような話にも…

 《 島国社会に長く暮らしてきた日本人ができるのは、せいぜい地道に正直にモノを作ったり、誠実第一で商売して他者の信頼を勝ち取っていくという、長期的な戦略でしかない。たしかに、そういった日本的な生き方は、けっして派手でもないし、スマートでもない。…(中略)…我々はたとえ不格好で不器用であっても、覚悟を決めて、長期的に信頼を勝ち取るという方向を今後も維持すべきではないだろうか。 》 (P.319-320)

 もちろん、著者は日本の特殊性ばかりを美化して人間としての普遍的価値については考えてないというわけではない。あくまでこの日本をどうすべきかという観点からの話であると理解する。

 また「構造改革」をすべて否定しているわけではない。無駄な官製事業をなくしていくことには賛成しているし、市場メカニズムの利点もちゃんと述べている。ただ、少なくともオレの印象では、安倍元総理がしきりに言っていた「経済成長の果実を国民に還元できる」などというのは幻想であり、新自由主義的発想ではますます格差は拡大していくとキッパリ言っていると思う。

 痛快なのは、いまだに「小泉構造改革」信者が言っている《 貧しい若者がいるのは、日本社会の改革がまだ中途半端だからだ。もっと構造改革を進め、所得税の累進課税もさらに緩め、やる気のある人にインセンティブを与えれば、雇用も増えるから貧困も減るはずだ 》 (P.310) という議論を引いて、それに意見をぶつけているところだ!

 最後のころの著者による「日本再生への提言」の章もなかなか新鮮な話でよかった。税制改革のやり方、社会保障制度の拡充策、そして消費税の「逆進性」を解消する「秘訣!」である「○○○付き消費税」構想(あまりネタばれ書くとやばそうなので、気になったら読んでもらうとして)、北欧の高福祉高負担の内実についてなどなど、、、

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2008年12月 9日 (火)

支持率低下…暗い年の瀬…明るい日本を「引き寄せ」よう!

 麻生政権、いよいよ秒読み段階か、、、

 自民党と公明党はとりあえず「下野」(げや)かな。少し前まではお客さんの社長さんらと話してても、解散の話よりも「とりあえずは景気対策しっかりやってもらいたい」って声が大きかったけど、ここ最近ではいつまで待ってても景気対策なんて期待できないじゃん!って怒りの声やあきらめ、失望に変わってきてる。

 うちの町は某大企業の企業城下町で、そこにぶら下がっている町工場のお客さんが結構いるけど、みんな顔が暗い。元気がない。「数十年、一度も途絶えたことのない仕事が初めて"パタッと"無くなった」とか。

 「定額給付金」については、創価学会のお客さんは当初しきりに自慢してたけど、それ以外の人たちからは最初から「意味ない」って声が多かった。オレの場合は最初から「定率減税復活」だったけど…。1万そこそこでは消費喚起は難しいだろうなぁ。そっちにお金使わないで雇用対策にでも使ったほうがいいんじゃないかね。

 雇用対策っていえば、ひとりのお客さんが言ってたけど、なんでも退職した公務員の人たちに再就職させるためにも使われるらしい。その人たちの就職斡旋でチラシを配り歩いてるんだそうな、、、まさかそんなことってあるの!?

 麻生政権はさんざんだけど、こうなったのも直接は去年からのサブプライムローン破たんが原因で、それは証券化商品で儲けようっていう無政府的な金融モデルに走ったためだろうし、おひざ元のアメリカがそうした行きすぎた自由主義にノーを突きつけたくらいなんだから、それを日本に置き換えれば、なんだかんだ言っても小泉とかの行きすぎた自由主義の結果でもあると思うんで、そのあとに政権を引き継いだ人たちはまぁ不幸といえば不幸だったかもね。

 あぁ~、またしても政治の愚痴が出ちゃった、、、

 なるべく暗い話題から目をそむけようと思ってたのに!!

 でもまぁ、暗いのは人間だけだよ。大自然はそんなことお構いなしに、今日も明るい日差しで世の中を照らしてくれる。

Sunrise_1

 いくら「こんな世の中イヤだ!!」と思っても、人間の好き嫌いに関係なく思ったことは「引き寄せられる」わけで、、、オレは常に「すべてがよくなる途中だ!」と考えます。毎日ワクワクして、楽しく過ごしています(^o^)v

 この日の出のように!!

Sunrise_2 

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2008年12月 2日 (火)

とりあえず国民に選んでもらおうよ!!

 先月28日は麻生総理と小沢代表の党首討論。どっちの話が共感できるかなぁと思ってたんだけど、とてもとても共感がどうのって話じゃなかった。

 小沢「なんで二次補正を年内に出さないの!?政局より政策だと言っておきながら筋が通ってないじゃない!」

 麻生「年末にかけては一次補正で大丈夫だ。それより貸し手側の対策である金融機能強化法を通すために協力してもらいたい!」

 小沢「何もやらないんだったら選挙をやればいいじゃないの!」

 麻生「世界が大変な時に政治の空白を作ってはならないと考えている!」

 45分もの時間を使って、なんでこれだけしか話がないの!?

 そもそも、なんでこの時期に「党首討論」なの?

 いや、党首討論やるのはいいけど、この話がどれだけ党首討論にふさわしいの?党首同士の話し合いだったら党首会談ってのもやってるわけで、党首討論がそれとは別の意味を持つというなら、それは圧倒的な国民的注目度にあるわけじゃない。ということは国民に対して何らかの評価なり判断をしてもらおう!というのが趣旨じゃないかな。オレらもそのつもりで見てるんだと思う。

 あまり細かな各論を述べる必要はないけど、それにしても「我が党はこういう考えであり、あなたの考えはこういうところがダメだ!」といった話ならば、あぁなるほどオレもその考えに賛成だ、いや反対だといえると思うけど、どうも今回の討論会では何をどう判断したらいいのかがわからなかった。

 サンデープロジェクトに久々に竹中氏が出てきて、いわゆる「小泉・竹中構造改革路線」への世間一般の批判に対して答えていた。

 竹中氏は頭がいいだけじゃなく、まったく饒舌というか雄弁というか、難しすぎてオレみたいに素人で理解も判断も出来ない人間は簡単に丸め込まれてしまうって感じ。田原さんもその他コメンテーターも結局、何も反論できずじまい。言ってることはいちいちもっともだと思わされてしまうんだけど、ただおぼろげながら感じるのは、どうも彼の経済学は要するに我々ひとりひとり生身の人間というのもを単なる「駒」みたいにしか見ていないということ。学者だからなのかもしれないけど、ひとりひとりがどうのという視点じゃなくて、経済全体にとってどうであるかという視点でものを考えてるような気がする。

 一国の経済全体がより効率的になるためには、資金や労働力などの資源の流動化が必要なのはわかるけど、個々人にとって見えている世界というのはやはり目の前の自分の今の職場であり、目の前の給料であり、目の前の家庭、日々の暮らしであり、自分のための医療であり年金であり介護なのだ。

 自由競争は必要であり、規制緩和は必要である。大事なのはルールを作り、ルールを守ったうえで競争することだ、と竹中氏は言う。もちろんその場合のルールというのは、自由な経済活動を保証するためのルールであって、ゲームに勝ち続ける者を阻害しないためのルールを言ってると思う。

 ともあれサンプロに望むのはどうせなら竹中氏だけでなく、森永氏とか金子氏とかリチャード氏とか内橋氏みたいな人たちも同時に出演してもらって論戦をやらせてもらえればと思う。そうじゃないと竹中氏の独壇場で終わってしまって、素人が洗脳されて終わってしまう気がするから。

 それはそうと、本題に戻って、、、

 だから、今日本では民主党と小泉型自民党と旧来型自民党との3大勢力が優勢なんだから、この3者で選挙でもやって国民に選んでもらえばいいと思う。竹中氏のあとに出てきた自民、民主幹事長たちの議論を聞いていても、さっぱり先にすすまないような気がした。この3者がそれぞれに自分が正しいと思っていて、いつまでたっても平行線のまま話が進まないみたいだ。一体何が国民にとってベストなのかは、はっきり言って誰にも判断できない。だって国民といったって、投資家もいれば、企業経営者もいれば、社員もいれば、非正規雇用労働者もいれば、家庭の主婦もいれば、年金生活者もいるわけで、すべての人たちをカバーできるような「正しい道」なんてないようだから、あとは全員を交えての多数決で決めるしかないだろうから。

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